H-720 胸から飛び出しているのは大砲に違いない
集団を作ったゾンビの移動速度は2.5~3kmというところだ。
オクラホマ・シティからダラスまでの距離は約140kmだから、50時間程で到達することになるのだが、少しゾンビ達の移動速度が速いようにも思える。
誘導を始めたのは昨日の12時で、現在俺達は道路の真ん中に車を止めて夕食の最中だ。すでに30時間が過ぎている。今日中には州境のテキサス川を越えるだろう。
「このまま推移するなら、最後の誘導は日中になりそうだな」
「夜間は危険ですからねぇ。直ぐ南は大都市ダラスですから」
食事の手を休めて、モニターに目を向ける。
たまにストライカーの上から投げる爆弾に釣られて、順調にゾンビの集団が追いかけてきているな。今朝方に見た上空千mから撮影スタゾンビの集団を見て、皆が驚いたからなぁ。どう見ても12kmはあるに違いない。
さすがに最後尾を歩くゾンビはまばらだが、集団が密集している部分だけでも10kmを遥かに超えている。
「やはりオクラホマはゾンビの数が多かったということなんだろうな。これほど誘導できるとは思わなかったぞ」
「都市のゾンビの数が多いことも確かでしょうが、やはり砲撃の効果もある様に思えます。でも多くて困ることはありません。それだけダラスのゾンビを損耗できます」
「全く……。少なくともサミーを敵にしたくはないな。俺達と戦術思想がまるで違う」
敵の敵は味方という言葉は、西洋の教えじゃなかったかな?
俺としては『兵は詭道なり』を実践しているだけに思えるんだけどなぁ。
孫子を士官学校で学んだとマリアンさんが言っていたから、俺のような戦時任官でないレーヴァさんなら当然習っていると思うんだけど……。
「前にレディとサミーの戦術について話したことがあるんだ。レディが言うには正面で戦うということはあまり無かったと言っていたぞ。『サミーを3人、敵の後方に送ったなら我等が戦う前に敵は自壊してしまうだろう』とまで言っていたな。ゾンビとの戦が終わったならゲリラ戦に長けた部隊を指導して欲しいと陸軍の上層部が言っていたぞ」
「早期に戦を終わらせるなら、敵軍の戦車兵にするのが一番だとも言っていたな。大混乱に陥ることは間違いないらしい。サミーをペンデルトンが離すとは思えんな」
「生憎と、エディ達と牧場経営の夢を持っていますから……」
首を振りながら丁寧に断わると、レーヴァさん達が顔を見合わせて苦笑いを浮かべるんだよなぁ。
「全く宝の持ち腐れという奴だ。サミーの能力は伝えるべき価値があると思うぞ」
少し真面目な顔に戻ったシグさんの言葉に、レーヴァさんが真剣な表情を俺に向けて頷いている。
「俺はお祖父さんに教えて貰いました。教えてくれた時には70歳を過ぎていましたけど子供の俺よりも身軽な動きで野山を移動していました。それを考えると、俺の体術を教えるのはずっと後でも良いように思えます。一応武を誇る一門の末裔ですから一子相伝の教えもあることはあります。オーロラや汐音が望むなら教えたいところではありますが、強制はしませんよ」
「表には出さない武術という奴か……。日本人が刀を手にしなくなっても、そんな武術が伝わっているとはなぁ」
武術なのかなぁ? お祖父さんに言われるままに体を動かしていた感じもするんだけどねぇ。組手なんてしたこともないんだが、『接近したならこんな感じに体を動かして相手のここを持て』なんて教えられただけに思える。
それが咄嗟に出来るのは、そこに至るまでの体の動かし方に秘密があるのかもしれないな。
「接近戦にならないように動くなら、銃の腕があれば十分だと思いますよ」
「それが出来ないから白兵戦になるんだ。居眠りしていても殺気を持って近付く者に気付くのはサミーぐらいだぞ」
そうかなぁ? 殺気とは何だろうと考えてしまうこともあるんだが。危機的状況になりつつあることがなぜか分かるんだよね。お祖父さんはそれを『気配』と言っていたなぁ。それを感じることが出来る猟師は、獲物を得ることが出来るとまで言っていたぞ。
「俺より優れた人達はたくさんいると思いますよ。猟師なら俺以上に気配に敏感だと思います。それにこの傷ですからねぇ。グリズリーに気付かなかった代償ですよ」
「長く生きたグリズリーは、山と一体になると先住民の伝承にあるぞ。それだけ狩るのが難しい。あの剥製は私達の新居のリビングに飾るためにしっかりと保管しているよ」
そんな話もあるんだ。日本人の感性と先住民の人達の感性は案外似ているんだよね。
次の休暇には、一度彼らの共同体を訊ねてみようかな。
作戦が上手く行っていると、指揮車内は案外暇だ。。
雑談で時間を潰していると、通信機の着信ランプが点滅した。
何かあったのかな?
直ぐにレーヴァさんがハンドセットで交信を始める……。
「何だと! 了解した。これから夜になるからなぁ。済まんが、今夜は常に1機を上空に上げてくれ。サミーには私から伝えておく。以上!」
ハンドセットを通信機の前に置いて、テーブルに戻ってきた。
テーブルに広げた偵察衛星の画像を眺めると、赤いマーカーで35号線から西に少し離れた位置に『×』を描く。
「別動隊を見付けたようだ。35号線から西3km程の位置を南に進んでいるらしい。ゾンビの本隊よりも2km後方だが、速度は速いとのことだ。夜間に誘導車両の横から襲い掛かられかねん」
「やはり戦士型ですか?」
「接近するそうだから、それを先ずは確認しよう」
モニターの映像が道路を離れていく。少し高度も上げているようだな。
直ぐに集団の姿を捉えてくれたが、移動しているのは農道のようだから、細長い集団を作っている。上から見るとまるで蛇のようだ。
ドローンが別動隊の上空に達したところで高度を下げてくれたから、ゾンビの姿が少しずつ明確になってきた。生憎と日没を過ぎてしまっているから、モノトーンの映像だ。
「まるで虫のようだな。胸が長く銅が短い。胸から足が5対。前足は攻撃用だろう。後ろ4対が移動用と言う事か……」
「胸から真上にバケツのような構造体がありますね。カンザスで遭遇した戦士型にかなり似ていますよ。バケツの基部から2対の目玉が触手に付いて良いますし、バケツの頭部はイソギンチャクのような口です」
「戦士型と言うことだな? 表皮は硬化しているようだが、装甲までには至っていないように見えるな。それと……、これは何だ?」
胸から何かが飛び出している。
まさかと思うが……。
「ジュリーさんに伝えてください。地上2m程の高さでゾンビの前方を素早く横切り、ゾンビ正面の映像が欲しいです」
今度はシグさんが席を立って通信機に向かった。
タバコを取り出し、火を点ける。
まさか、こんなに早く出会うとは思わなかったな。
多分間違いはないと思うが、確認する必要はあるだろう。
ドローンが高度を落として地上すれすれを飛行するから、モニターの映像はかなり迫力があるんだよなぁ。よくこんな状態で飛行できるものだと感心してしまう。
戦士型ゾンビに向って飛び続け、10m程手前で急上昇したから、最後の映像はゾンビがモニター一杯に映っていた。
「シグさん。ジュリーさんにお礼を言ってください。……出てくるとは思っていましたが、ここで出会うとは思いませんでした。大砲を持ったゾンビです!」
「この短い棒が大砲だと!」
シグさんが画像をタブレットに取り込み、戦士型ゾンビの前面画像をモニターに映してくれた。
「棒ではないな。穴が開いている。ライフルリングが無いから滑空砲ということなんだろうが、威力はどれほどあるのだ?」
「プレーリードッグを狩るために通常型ゾンビが小さな大砲を持っていましたよね。たぶん発射方法は同じなんでしょうが、これはちょっと問題です」
どう見ても口径50mmはありそうだからなぁ。飛び出す砲弾は炸裂弾なのか、それとも徹甲弾のような代物か……。
出来ればうまく倒してあの大砲を手に入れたいものだ。生物学研究所に送れば、威力を考察してくれるに違いない。
「爆撃してサンプルが上手く採れれば良いんですが……」
「なら早くやるべきだろう。本隊のリトルバードなら採取が出来そうだ」
直ぐにジュリーさんへ別動隊への爆撃を依頼する。大型のドローンなら81mm迫撃砲弾が4つ搭載できるからね。炸裂弾を使って群れの後方にいるセンス型ゾンビを攻撃して貰おう。後方なら共食いされずに済むだろう。
「取り合えず、作戦を本体に伝えたぞ。かなり驚いていたが、あの画像を送ったら直ぐに準備すると言ってくれたよ」
「研究所にサンプルを届ける方が大変かもしれませんよ。此処には飛行場がありませんからね」
「ブロンコなら可能だろう。州間高速道路は真直ぐだからな」
300m程の滑走距離があれば離陸可能だそうだ。
飛んでくるのは、ヒューストンからだろうな。
どれほどの威力があるのか分からない間は、ストライカーやフクスの中から出ない方が良いだろうな。
レーヴァさんが直ぐに全車両に連絡をしてくれたけど、そうなるとストライカー後部のハッチを開いて爆弾を投げることになりそうだ。
落ちないようにしっかりとハーネスを取り付けることになるのだろう。
「ジュリーから連絡だ。大型で別動隊の攻撃を行い、小型の方で我等の上空監視を続けると言っていたぞ。注意が別動隊に向ってしまわないようにせねばならん」
「了解です。さすがに東にはいないようですね。でも、現れる可能性はあります」
俺も注意していよう。フクスの集音装置は稼働状態を保っているからね。ゆっくり回りながらゾンビの声を拾ってくれるのだから、接近したなら直ぐに分かる筈だ。
テーブルにノートパソコンを乗せて、スペクトルアナライザーで得られた情報を表示させる。
今の所、北から聞こえるコオロギの大合唱だけだな。さすがに3km先の戦士型の群れの声までは聴こえてこないようだ。




