H-708 作戦通りに進んでいる
一度動き出したゾンビが止まるのは、食料が潤沢にあることを知ることが出来た時と移動を阻害する敵の存在に会った時ぐらいだろう。
このままでも南に向かいそうだけど、ゾンビの大移動は大きな道路を利用しているからなぁ。ジャンクションで意図しない方向に向かうことだってあり得る話だ。
そんなゾンビの行動を考えると、俺達の次の攻撃目標であるオクラホマ・シティの市街地ギリギリまでゾンビを誘導しないといけなくなる。
誘導を始めて2時間。夕暮れはもう直ぐだが、ゾンビは24時間休まずに移動するからなぁ。このまま、付かず離れずの誘導がしばらく続きそうだ。
「35号線に上手く乗ってくれたな。既にジャンクションから7km程まで群れの先端は達しているが、まだまだ市内から移動しているようだ。1kmで1万体なら8万体は確実だぞ」
「ここまでは上手く行きました。50km先まではレーヴァさん達が邪魔な放置車両を退かしてくれましたが、その先は確認出来ていません。明日の早朝にその先を確認します」
「そうしてくれ。明日はそれで良いが、明後日は……」
「退避道路の確認をします。出来ればオクラホマ・シティの偵察ゾンビに出会ってからが良いんですが」
「追って来るゾンビの存在を、知らせるということだな。ウイチタのゾンビもオクラホマ・シティの偵察ゾンビの存在を知ることにもなる。どうなるか楽しみだが、そこで止まるということにならないか?」
「止まるのは何度か争ってからになるでしょう。それに止まったとしても、数の多いオクラホマ・シティのゾンビに食い尽くされるでしょうね」
日が暮れて、指揮車内で夕食を頂く。
少し先行して車列を停めたから、ゆっくりと夕食を取ることが出来た。
軍のレーションはビーフシチューだったけど、本当に牛に肉なのかと考えてしまうんだよなぁ。
夕食を終えても、まだゾンビを釣り出しているストライカーは遥か後方のようだ。
コーヒーを頂きながらタバコに火を点けて満点の星空を眺める。
まだ4月だからなぁ。デンバート違って平原だけど夜風は結構冷たいが、防寒服を着ずに我慢できる。
少しずつ暖かくなっているんだろう、荒地の緑もだいぶ濃くなってきたからね。
シグさんとレーヴァさんの副官がトランシーバーで状況を確認し合っている。
順調そうに見えていても、隠れたところで異変が無いとも限らないということなんだろう。そんな2人を見ていたら、フクスからドローンが飛立つのが見えた。
汎用ドローンだから、周辺偵察とゾンビの進行状況の確認ということかな。
奥のフクスから小さなエンジン音が聞こえてくるのは、発電機を起動しているからに違いない。フクスには30KVAの発電機が標準装備だからなぁ。ドローン用の移動基地には最適な車両に思える。
フクスに戻り、ベンチの上にハンモックを吊るして横になる。
夜もゾンビの移動合わせて南進することになるからなぁ。ベンチで寝ると転げ落ちてしまいそうだ。
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心地良い振動で目が覚めた。
フクスは移動中らしいな。2度寝しないように、体を起こしてハンモックを降りる。
腕時計を見ると、まだ7時前だった。
もう少し寝ていたかったが起きてしまったからね。両頬を軽く叩いて眠気を覚ますと、ハンモックを畳んでベンチの下に押し込んだ。
「早起きだな……」
シグさんがコーヒーを入れたカップを渡してくれた。
一口飲んで、直ぐに角砂糖を2個入れる。
眠気覚ましとはいえ、これは濃すぎると思うんだけどなぁ。
「ありがとうございます。ところでどの辺りですか?」
シグさんがテーブルの地図に指先を伸ばして位置を教えてくれた。
ウイチタ市から40kmほど南にある160号線とのジャンクションを過ぎたところらしい。直ぐ西にウエリントンという人口3千程の町があるがジャンクションとは少し距離があるから俺達の誘導に影響はないだろう。
「14時間で40kmですか……。時速3kmというところですね。歩いても逃げられそうです」
「可能だろうが、何時までも歩くわけにはいかんだろう。その点ゾンビは疲れを知らんようだな。この速度を維持するなら、明日の夕刻にはオクラホマ・シティに到達するぞ」
「今日は先行して道路状況を確認するだけで十分ですが、明日は退避する道路を見付けないと行けません。出来ればオクラホマの偵察ゾンビを確認してから退避する道路を探りたいところです」
「了解だ。その旨、レーヴァに伝えるぞ。そうそう、本隊は明け方に35号線に乗ることが出来たそうだ。現在ウイチタ市を砲撃しているらしい」
単純な砲撃ではないだろう。ジャックを仕掛けて集まってくるゾンビの数を確認するついでに砲撃しているんじゃないかな。
無作為に砲撃するような事を言っていたけど、マリアンさんだからねぇ。砲撃でゾンビを減らすことだけを考えているとは思えないからなぁ。
「それで、ゾンビの群れの長さはどれぐらいになったんでしょう?」
「およそ8kmとのことだ。こちらからの画像を本隊が推測した数は7万体前後になる」
本隊の指揮車両にはサンディーがいるからね。何か所かのサンプル値を使っての推測だからかなり確度は高いに違いない。
「まぁ、5万体を超えているなら十分でしょう。事前にトマホークや爆撃で倒した数もありますからね。ウイチタ市に残った数は5万体を下回っていると思いますよ。それぐらいなら後々の地上戦で殲滅は容易に思えます」
「砲撃で瓦礫に変えた後で区画ごとに殲滅か……。それでも、その半分に数を減らしておきたいところだな」
それは砲撃と爆撃で何とかしたいところだけどねぇ。案外ゾンビはしぶといからなぁ。事前攻撃で削減できるのは2割程度だろう。
もっとも、これは今までの一時的な攻撃での値だ。爆撃だって戦略爆撃ではなく戦術爆撃だからなぁ。
使える飛行機の数が少ないし、爆弾だって無尽蔵にあるわけではない。
どうしても目標を定めて効果的な爆撃を行おうとしてしまうようだ。100機程の爆撃機が編隊を組んで都市爆撃をするなんてことは出来ないかもしれないな。
8時を過ぎたところで車列が止まる。
フクスに取り付けられた集音装置を使って周囲を確認し、結果をシグさん経由でレーヴァさんに伝える。
ドローンも飛び立ったようだ。汎用ドローンを使って周辺偵察を行って来るのだろう。半径5kmを偵察して異常がないなら、1時間ほどはゾンビの脅威にさらされることはない筈だ。
ドローンでの偵察結果をレーヴァさんに報告すると、車から降りる許可が出た。
即応体制を取っての降車だけど、やはり外に出て大きく腕を広げるのは気分が良い。
風が少しあるけど、肌寒いと感じる程ではない。
キャンピング用のガスストーブを使って、早速お湯を沸かし始めた。
レーションを温めるのかな? ポットを乗せたストーブもあるから、もうすぐコーヒーも飲めそうだ。
一服しながら、周囲を集音装置で探る。
車列を一回りして戻ってくると、レーヴァさんに呼び止められた。
ヘッドホンを跳ね上げて副官からコーヒーカップを受け取り、レーヴァさんに向かい合う。
「今の所、問題はない。ワトソンが上手く誘っているようだ。今日はこの先を調べて欲しい。まだ事前に調べた位置にいるから、朝食後直ぐでなくても十分だ。10時を過ぎて車列を停めてから向かってくれ」
「了解です。それにしても8kmに伸びていると聞きました。総数約7万体、このまま上手くオクラホマ・シティに連れ出したいですね」
「全くだ。次に山小屋に行ったならレディに今回の作戦を話してあげよう。さぞかし悔しい目をするに違いない」
銃を向けられかねないから、俺は黙っておこう。触らぬ神に祟りなしという位だからね。それに嫁さんを『おかみさん』ということもあるんだよなぁ。それは『御神様』が変化した言葉かもしれない。女性は結婚すると神のような存在になると昔の人は考えたに違いない。その神とは荒ぶる神の一面を持っているだろうからね。
信心深い俺は何とか危機管理を行うべく努力しているけど、果たしてレーヴァさんは上手くやっているのだろうか?
「なんか難しい顔をしているようだが、何か問題でも見つけたのか?」
「いや、今の状況での問題はありませんよ。少し先の事を考えていました。ところで、レーヴァさんは白兵戦の訓練は散々してきたんですよね」
「急に変な話に変えるな。ああ、してきたぞ。それでこのベルトだ。海兵隊に合わせてブラウンベルトをしている。中でもナイフは得意だぞ。だがサミーを相手には出来そうもないな.私がグリズリーを倒すなら、これを使う」
ゴツイ拳銃をホルスターから抜いて見せてくれた。デザートイーグルなんだろうけど、少し口径が大きくないか?
「50AE弾仕様だ。これなら戦士型を余裕で相手に出来る」
隣の副官が、苦笑いを浮かべているんだよなぁ。
どこで見つけて来たか分からないけど、俺には絶対無理だろう。
「これを使う状況が起こりえるのか?」
「いや、そこまでは考えていませんが、白兵戦で防戦一方という事態が起こったならどうするのかと……」
「それは相手にしないで、撤退が一番だろうな。『状況の見極め』と『素早い判断』が現場で戦う士官の持つべきスキルであることは間違いないからね」
レディさん相手にそれが上手く出来るかなぁ……。
少なくとも、レーヴァさんより前にレディさんに顛末を話すことは避けることにしよう。それと被害を少なくするべく、シグさんからたまに状況をレディさんに伝えて貰うことにしよう。
「それでは、出発時に連絡します」と言って、指揮車を後にした。
首を傾げて俺を見ているのは、先程の白兵戦の話がどうして出てきたのだろうと考えているに違いない。




