H-698 全員のレトルトを温めるのは大尉の仕事なんだろうか
州刊高速70号線をひたすら東に走行し、サライナ市に入るために今度は135号線へと乗り換える。2つほどサライナ市内と接続するジャンクションを過ぎれば直ぐ東にサライナ市街が見えてくるはずなんだが……、生憎と真っ暗なんだよなぁ。
135号線のジャンクションを過ぎて1km程の道路上で先行する車両が速度を緩め始めるとやがて停車した。
道路の真ん中だけど、対向車両は来ないだろうし後続はワトソンさん達の乗るストライカーが2両だけだ。こんな場所に停めたなら、交通妨害の現行犯になりそうだな。
「レーヴァさんから連絡『ここで夜を明かす。指揮官は指揮車に集合』だって!」
「了解。オルバンにも伝えておいてくれ。私とサミー大尉が出頭する。夜間の当直はオルバンの指示に任せるぞ」
「伝えとくね! サミー、車のカギを渡したわよね。忘れないで持っていくのよ。キャンピングカーゴに私達は移動しちゃうから」
ジュリーさんの頭ごなしの注意を聞いてとりあえず頷いておく。下手に返答したなら更に色々と注意されかねない。俺1人でこのフクスを利用できるってことかな? それならハンモックを使わずにベンチで横になれば十分だ。
道路を南に歩くと、105mm無反動砲を背負ったストライカーが一番前に停めてあった。ストライカーの後部ハッチを開いているからキャビンの明りと、外に置いたテーブルの上のランタンの明りでそこだけ周囲から浮いたように見える。
俺達の姿を見て、レーヴァさんがベンチの1つに腕を伸ばした。
テーブルを囲むベンチは3つだ。ストライカーの開口部側にはベンチを置いていないんだよね。キャビンの床をベンチ代わりにしてレーヴァさんが座っている。
「これで全員だな。このまま10kmも進めばサライナ市街だ。今のところ周囲にゾンビの声は聞こえないそうだから、ここで夜を明かすことにする。明日は……」
明日はジュリーさん達に頑張って貰おう。
午前中にジャックを仕掛けて、午後と夜間に2個ずつ炸裂させる。設置場所はシグさんがテーブルに置いてある地図にしっかりと印を付けてくれた。
「135号線の東3kmほどの場所か。設置はサミー達に任せるとして、残った我等は135号線上の放置車両を少し移動させねばならないな。ストライカーで斜めに押してやれば路肩に移動できるだろう。それで、しっかりと用意はしてきたんだろうな?」
「だいじょうぶです。音が出ないよう、強化バンパーにブランケットを巻き付けてあります」
なるほどね。ストライカーを放置車両にぶつければちょっとした衝突事故そのものだ。その音をなるべく小さくしようという事なんだろう。
俺達だけなら放置車両の間を縫って南に進むことも出来るだろうが、本体のコンボイの規模はかなり大きいからなぁ。なるべく放置車両の間を縫って進むようなことになったならたちまち大混乱に陥りそうだ。
「前回の措置でかなり減っていることは間違いないが、それでも5千体以上は残っているだろう。明日の作業はなるべく車両から降りないで行って貰いたい。周囲の監視とジャックの設置はサミーに任せるぞ。何かあれば直ぐに知らせてくれ」
汎用ドローンの1つは周辺監視に使うことになりそうだな。
俺もフクスの中で、聞き耳を立てておこう。
フクスに戻ると、エディ達が小さな焚火を囲んでいた。
道路の真ん中での焚火だから、キャンピング用の組み立て式の焚火台を使っている。
日本ならアスファルト道路だけど、アメリカはコンクリートなんだよね。そのまま焚火をしても問題無さそうなんだけど、エディの言う事には火の始末を確実に行う為らしい。
こんなご時世だからなぁ。野火が燃え広がったなら天に祈るしかないからね。
「俺達の役目は、ジャックを据え付ければ良いだけだろう?」
「周囲の監視も我等の役目だ。レーヴァ達が135号線の放置車両を撤去する。その音を聞きつけてやってくるゾンビもいるんじゃないか」
シグさんがそんな事を言うから、エディ達の目が輝いているんだよなぁ。
これから寝るんだから、そんなにテンションをあげなくても良いと思うんだけどねぇ。
「ライフルで狙撃するなんて、久ぶりな気がするぞ。まぁ、周辺監視は俺達に任せておけ。だけどステルスなんて奴もいたからなぁ。サミーもしっかりと耳で確認してくれよ」
「俺以外にも日本人がいるからね。シフトを組んで対応するよ。エディ達もあまり無理をしないでくれよ。これからもっともっと面倒になるんだからな」
「ウイチタにオクラホマだね。どれだけ釣り出せるか今から楽しみなんだ」
いつの間にかワインのボトルがテーブルに乗っているんだよなぁ。エディ達が饒舌なのは、少し酔いが回っているからなのかな?
酔っ払いに絡まれると面倒だからなぁ。ここは笑みを浮かべてひたすら頷いていよう。
どうにかフクスのベンチに横になった時には日付が変っていた。
ちょっとふらつくぐらいに飲まされたけど、二日酔いにはならないだろう……。
突然空中に投げ出されたと思った瞬間、ドシンと背中に衝撃が走る。
何だ? と頭の上に『?』と大きな疑問符を浮かべながらも周囲を眺める。
発光ダイオードの室内灯が、周囲を冷たく照らしている。薄明かりに浮かぶ周囲の光景は、俺がフクスの中にいることを教えてくれる。
ひょっとして、ベンチから落ちたのか?
改めて床を見ると、足元にブランケットが落ちていた。
ほっとしたと同時に、自分に少し呆れてしまった。寝相は良い方なんだけどなぁ。
だけど、ベッドから落ちて怪我をした人の話を聞いたことが無いんだよなぁ。案外無意識に防御姿勢を取るのだろうか?
俺は背中から落ちたけど、頭を打ちつけることは無かったからね。
腕時計を見ると、まだ6時前じゃないか!
だけどベンチから落ちたことで、すっかり眠気が覚めてしまったんだよなぁ。
ブランケットを畳んで、ベンチの座布団代わりにする。戦闘服は着たままだから、寝る前に脱いだ防寒服と装備ベルトを付けて外に出た。
さすがに4月だからなぁ。もう直ぐ日が昇るのだろう。朝焼けが綺麗だな。
やがて顔を出した朝日に軽く手を合わせたところで、車列の周囲を歩いていると、焚火を囲んでいた兵士の中から声を掛けられた。
「サミー大尉じゃないか! まだ朝食にはだいぶ間があるぞ」
「おはようございます。なんか目が覚めてしまったんです。二度寝したらシグさんに叩き起こされそうですからこのまま起きていようと……」
声を掛けてくれたのはワトソンさんだったけど、俺の言葉にワトソンさんだけでなく焚火の周りにいた兵士が呆れた顔をしてるんだよなぁ。
「たまに、そんな日もあるなぁ。座ってくれ。朝日を見ながらのコーヒーもおつなものだぞ」
「ですね。頂きます!」
空いていた椅子に腰を下ろすと、兵士の1人がシェラカップを渡してくれた。俺が甘い物好きなのを知っているのだろう。しっかりと角砂糖を2個入れてくれたからね。
受け取ったシェラカップを受け取り、先ずは一口。
丁度良い甘さだし、それほど苦くないぞ?
「エディ軍曹から、『サミー大尉のコーヒーは半分注いでお湯で薄めるんだ』と聞きましたが……。本当なんですね?」
「苦いのがダメなんだ。山小屋ではいつも皆に呆れられているんだよなぁ。『苦くて濃いのがアメリカンであって、砂糖を入れたりお湯で割ったりするのは邪道だぞ!』なんてね」
「まぁ、コーヒーや酒にこだわりがある連中は多いからなぁ。だけど、変なスローガンを作るから困っているとレディが嘆いていたらしいぞ。『ブランディ―をお湯で割ったらアメリカン!』というのはねぇ……。さすがにそれは無いんじゃないか」
あれは親父が良く口にしていた言葉なんだよなぁ。
昔、そんなCMがテレビで流れていたらしい。いくらブランディ―を日本に広める為とはいえ、確かに問題のあるCMだよなぁ。
「俺達には少しアルコール濃度が高すぎるからでしょう。それでお湯割りということになるんでしょうが、俺にはワインで十分ですよ」
朝日を浴びながら、タバコを燻らせてコーヒーを頂く。
結構冷える朝だけど、気持ちの良い朝だ。早起きは3文の得ということは、こんな心境を現した言葉だろう。ここまで歩いて来て、1セントも落ちてなかったからなぁ。
「バンパーを見せて貰いましたよ。だいぶブランケットを巻きましたね」
「あれぐらい巻かないと大きな音が出そうだからなぁ。だが、あのブランケットはそのままにしておくぞ。サミーの事だから州間高速道路の放置車両を全て弾き飛ばそうと考えているに違いないとレーヴァが言っていたぐらいだ」
「皆さんが寝る時に困りませんか?」
「あれは、空港の古いブランケットだよ。さすがに新品では少将が怒るだろうからなぁ」
俺もそう思うぐらいだから、間違いはないだろうな。
この頃、レディさんとマリアンさんがたまに被る時がある。案外似た者同士であることは間違いない。
たまに兵士が2人連れで焚火を離れて行く。
周囲の警戒を行うのかな? ワトソンさんの持つトランシーバーに着信があるのは、キャンピングカーゴで周囲の聴音を行っている兵士からのものだろう。
「そうか! 私達のシフトは朝食終了までだからな。後1回周辺を巡れば終了だ」
巡回を終えて帰ってきた兵士にワトソンさんが労いの言葉をかける。
焚火を囲む兵士は5人だから1チームということになるのだろう。今日の運転はさすがに現在寝ている兵士達に任せるに違いない。
だいぶ路上が賑やかになってきた。
オルバンさんの姿は見えたけど、エディ達はまだ夢の中に違いない。
さて、俺もそろそろ失礼しよう。
ワトソンさんにコーヒーの礼を言ってフクスに戻ると、ジュリーさん達が新たな焚火台まで持ち出して朝食の準備を始めていた。
「あら! 起きてたの? まだコーヒーが出来ないの。そっちの焚火でレトルトを温めて頂戴な」
思わず、自分を指差してしまった。
まぁ、世間体の為に頂いた階級だからなぁ。だけどレトルトを温める大尉なんて、俺以外にいるんだろうか?
首を傾げながらも、ジュリーさんに言われるまま全員分のレトルトを温める。
そんな俺の姿を見て、シグさんがお腹を抱えて笑ってるんだよなぁ。




