H-695 ダラスに至る経路には大きな課題がある
午前発のデンバー行き列車に乗り込み、七海さん達の見送りを受けて出発する。
レディさんが残念そうに手を振っているのは、レーヴァさんとの別れではなく俺達と一緒に陸上艦隊を南へと進めないのを悔やんでいるからじゃないかな。
皆の姿が見えなくなったところで客車の椅子に改めて腰を下ろし、エディが窓を閉じた。
途端に凍える程の寒さが緩和してくる。
ジュリーさん達も窓を開けていたからだろうな。客車の片側の窓がほぼ前回だったからなぁ。暖房の意味が全くなかったに違いない。
2時間ほどの旅窓からの景色は、白一色だ。4月に入ってもまだ雪に覆われている。これからはいるトンネルを抜ければ白に土色が混じるんだろうけどねぇ……。
「ようやく防寒服を脱げそうだ。ニック、確かポットを受け取っていたな?」
「パットが渡してくれたんだ。飲むかい? カップを出してくれ!」
ニックが保温水筒を取り出すと、俺達のシェラカップにコーヒーを注いでくれた。
ニック好みのコーヒーのはずだから、すでに角砂糖を入れてある。ニックはあまり濃いコーヒーを好まないから、砂糖2個で俺には丁度良い。
エディが一口飲んで、タバコを取り出す。
天井の換気扇が作動しているから、女性の顰蹙をかうこともないという判断だろう。俺達も顔を見合わせてタバコに火を点ける。
「直ぐに出発という事はないよね?」
「分からないぞ。リンダさんが今日の帰還を指示していたからね。既に準備は終わっているんじゃないかな」
俺の言葉に残念そうな顔を2人がしているんだけど、さすがに明日の出発は無いだろう。
明日は出発前の最終点検を行って、早ければ明後日という事かもしれないな。
万が一にも点検に不備があったなら、マリアンさんの事だからなぁ。激怒しないとも限らない。エディ達がだいぶフクスをいじっていたから、明日は軽く走行試験をして貰おう。
デンバー空港駅に降り立つと、先ずは荷物を持って併設されたホテルへと向かう。
フクスに私物を運ぶのは明日でも出来るからね。
バッグとマーリンを部屋に残し、通路の端にあるラウンジに向かう。
ソファーに腰を下ろして空港を眺めると、飛行機の離着陸の邪魔にならないよう滑走路の一角に車列が並んでいる。
あれが新たな陸上艦隊という事になるんだろうな。
一際目立つ大型のトレーラーが戦車輸送車を改造した指揮車両とドローンの母艦になるトレーラーに違いない。それより一回り以上小さなトレーラーが10両程あるんだが、その中に1両には小型のヘリコプターが搭載されていた。折り畳める構造なんだな。長い台車の上に2機搭載されている。
それにしてもトレーラーはいろんなものを乗せているなぁ。
重機や保冷庫まであるようだ。
輸送トラックは大型が10両以上あるようだ。
資材や食料をたっぷりと搭載しているに違いない。それより少し小さなトラックもあるんだけど105mm榴弾砲を搭載したハンヴィーと共に停車しているところを見ると、弾薬輸送車という事になるんだろう。
更にストライカーがずらりと並んでいる。あの中に俺達の乗るフクスがあるはずなんだけど、ここからでは良く分からないな。
「精悍だな! 明日はコンボイの車列を組みやすくするために少し並びを変えるはずだ。だが俺達が先頭集団であることは間違いないぞ」
「先行偵察部隊ですからね。コンボイから10kmほど先行したほうが良いのかmおしれません。今回は前回と違い随行する騎兵隊がいませんから」
時速60kmで進軍するのなら、10kmは10分先の位置となる。もう少し時間を稼ぎたいところだけど、あまり本体から離れるのも考えてしまうんだよなぁ。
「私もそれぐらいの距離を置きたいところだ。となると一番の課題は進軍速度になりそうだな」
1300時より作戦計画の説明があると俺に告げて、レーヴァさんが去って行った。
腕時計を見るとすでに12時を過ぎているぞ!
早めに昼食を取って会議室に向かわねば……。
食後のコーヒーを飲み終えた時には、13時10分前だった。
急いでカップを洗い場に戻して、通路を足早に歩いて会議室へと向かう。
会議室の扉をノックして扉を開ける。3歩中に進んだところで立ち止まり、マリアンさんに向かって敬礼をする。
マリアンさんが笑みを浮かべて答礼をしてくれたことを確認したところで、俺の席を探すと……、レーヴァさんの左手にあった!
着席して、バッグから筆記用具とタブレットを取り出す。
腕時計の時刻は開催3分前だ。どうにか間に合ったかな。
俺の後から部屋に入って来た士官は2人だけだったから、皆早めにやって来たみたいだな。次はもう少し前に来よう。
「さて、次の作戦を説明するわ。リンダ、資料を配って頂戴」
従兵のナタリーちゃんも一緒になって配ってくれた。どうやら俺達より一足先に空港に来ていたみたいだな。
数枚のレポートの半分は、新たな陸上部隊の編制表だ。
俺達はレーヴァさんを指揮官とした先行偵察部隊だから前と変わらない。
大きく変わるのは本隊だな。これは旗艦となる車両が小型化したことによるものだろう。
最後の2枚が、今回の作戦の概要だった。
1枚目がヒューストンまでの進行ルートにある町への対応であり、もう1枚がタイムスケジュールのなるんだが……。
このタイムスケジュールはダラスの北にある湖への到着で終わっている。
「今回の作戦目的は、デンバー市からヒューストン市までの道路を確保すること。途中にある都市や町に対しては通行に支障がないまでにゾンビを駆逐することになるわ。さすがに10万都市ともなればその駆逐に時間が掛りそうだから迂回ルートの開拓も作戦の範疇という事になるんだけど、最大の課題はダラスになるでしょうね。リッツ、作戦工程に沿って説明してくれない」
「了解しました。少し長くなりますから、飲み物と喫煙は自由にどうぞ……」
だいぶ長く準備に時間を掛けたのは、車両の航続距離を合わせたかったという事らしい。燃料タンクの交換や予備燃料タンクの増設、それが出来ない場合は外部に燃料缶を搭載することで部隊の航続距離を600kmにしたようだ。
デンバーからヒューストンまでの距離は高速道路を使えば1800kmほどらしいから、途中で2回給油すれば到着できることになる。
最初の給油はデンバー市からおよそ600km離れたサライナ市になる。此処で装甲列車が曳いてきた燃料タンクを使い各車両を満タンにして南進する。
南進の距離はおよそ1200km。当然燃料が足りないから、コンボイの燃料トレーラーから給油を行うことになるんだが、ダラスで足止めされるのが目に見えているからなぁ。予備燃料が全車両の2割増しを搭載しているとしても、ヒューストンに達するのは難しいだろう。
「ダラスの北部には貯水池が沢山あります。この貯水池の1つを確保しC-130により貯水池に燃料の入ったドラム缶を落として貰い、ゾディアックボートで回収するという方法で燃料を調達します。オスプレイも使えますが、何度も往復しなければなりません。ダラスの攻略は物資輸送手段の確保が第一になります。ダラス北西のレイ・ロバーツ湖、もしくは北東のラボン湖の一角を確保してダラスを叩くことになるでしょう……」
どちらを選ぶかは状況次第。場合によってはより都市部の近接したルーイスビル湖が手に入ればゾディアックボートからの迫撃砲攻撃も可能だろう。
ダラスの衛星写真画像をリッツさんが拡大してくれた。ダラスは湖に囲まれているんだな。人口湖もあるんだろうけど、これだけ湖があったなら釣り師にとっては天国なんじゃないか。釣竿を準備しておこう。何が釣れるか楽しみだ。
湖を確保するのは、水上機部隊を使ってダラス爆撃を計画してるのだろう。フロート付きのセスナならヒューストンから飛んで来られるだろう。元は軍用でなくとも、ちょっとした改造で155mm砲弾を改造した爆弾ぐらいなら投下できるからね。M777の射程を越える目標を叩くには最適だ。
「サライナからダラスまでの距離はおよそ650km。州間高速道路70号線をサライナから135号線に乗り換えての南進です。135号線を140kmほど進みウイチタで35号線に乗りかえ、更に140km南進するとオクラホマです。ウイチタの人口は約40万人、オクラホマが65万人。ウイチタは核の洗礼を受けていませんが、オクラホマは1発落とされています……」
「オクラホマの先はダラスになるわ。途中にある、この2つの市が厄介なのよねぇ。状況いかんでは週刊高速道路を降りて州道で迂回する事も考えられるけど、ある程度は叩いておきたいわ」
後のゾンビ掃討を容易化するということかな?
そうなるとかなりの砲弾がこの2つの市で消費されそうだな。ちょっと補給体制が心配になってくる。
「出来れば先行して出発したいところだが……」
「新たに増えた指揮車両に、小型タンクを曳けば先行出来るわよ。やってくれるかしら?」
思わずレーヴァさんに顔を向けると、しっかりとマリアンさんに頷いているんだよなぁ。これで、先行出発が確定した感じだ。
後は出発日時だが……。これは、直ぐにマリアンさんが答えてくれた。
「出発は3日後の4月11日とします。0900時に全員を所定の車両に乗車させてリンダに報告して頂戴。先行偵察部隊が既に出発しているから、ニコル中佐の陸戦部隊から2個分隊を出してくれない。その後の編成は、編成表の通りよ」
リッツさんの説明が終わると、作戦に係わる質問だ。
やはり兵站が気になるんだろうな。最初は補給が出来ない場合を心配しる声がおおかったけど、これはオスプレイを使うことをあらかじめ想定しているようだ。
マリアンさんがテーブルをゆっくりと見渡して、質問者がいなくなったのを確認すると俺に視線を向けてきた。
「サミー君は、これで行けそうだと思っているの?」
笑みを浮かべているところを見ると、私的な問いなんだろうな。
「一番心配だったのは、兵站でしたがその対応が出来ているなら、後は実行あるのみです。1つ確認したいのですが……、先行偵察は威力偵察になりそうですけど、それは許容して頂けるんですよね?」
「サミー君達の準備品を使う限り、それは先行偵察の範疇として良いわよ。それでも足りない時は早めにリッツに伝えて頂戴。ヒューストンからのトマホーク、デンバーからのF-18による爆撃は1時間以内に実行可能よ」
俺とマリアンさんが互いに顔を見合わせて笑みを浮かべる。
どうやら俺が何をやろうとしているか分かったみたいだな。
まだレーヴァさんには話していないけど、やる価値はあるだろうし、失敗した時には都市のゾンビの数と種類がある程度分かるだろう。それなら偵察という任務が失敗したということにはならないだろう。




