H-694 休暇が終わる
大きな鹿をし止めたのは、レーヴァさんだった。
10人近いハンターが協力して行う狩りだから、射撃のチャンスは1日に1度あるかないかだろう。
今回はレーヴァさんの運が良かったに違いない。だからと言って生まれてくる子供が男の子だったなら『エルク』と名付けようなんて考えは止めといた方が良いと思うんだけどなぁ。
「あれならリビングの壁に頭を飾っても良さそうだ。大統領閣下も大型をし止めたと聞いたが、私の方が大きいに違いない」
釣り人の自慢話のような事をレーヴァさんが言いだしたから、ティーピーの中で失笑が起こる。
分からなくもないが、まじめなレーヴァさんがそんな事を言い出すとはねぇ……。
「頭は自警団の連中に渡して剥製にして貰うぞ。肉は明後日に持ち帰れるように婆さん達がブロックにしてくれるはずじゃ。ブロック1つがサミーの獲物数体になりそうじゃが、サミーががっかりすることはない。シチューにしたならのウサギの肉が一番じゃからな」
とは言ってもねぇ……。食べる前では肉の大きさで技量を比較されそうだ。
西の狩場には、なんで鹿が来ないんだろう? 新たに増えたのは野犬だけだからなぁ。
そんな俺の疑問にライルお爺さんが教えてくれた話では、森か荒地かという地形に違いによるものらしい。
「獣達は、ワシ等と違ってしっかりしたテリトリーを持っておるんじゃ。狩りはそのテリトリーで行うことになる。東の森はエルクとグリズリーやブラックベア、西の荒地は野ウサギやキツネ達ということになるかのう。サミーが今の狩場で野ウサギを狩るのなら統合作戦本部の命令に背くことにはならん筈じゃ」
要するに、熊や鹿は出てこないということか……。
まぁ、日本では到底味わえない狩りを行うことが出来るんだから、俺は野ウサギで我慢しよう。それに熊狩りは除隊してから頑張れば良いだろう。
「次はクリスマスになりそうじゃな。元気な赤ん坊を見ることが出来るはずじゃ」
「今度はヒューストンを目指すことになります。何事も無ければ3日で到着するんでしょうけど……」
「ダラス経由で約1800km。1日で十分だ。だがあのコンボイだからなぁ」
「騎兵隊が随行しないから、時速60kmは出せるじゃろう。1日半じゃな」
ウイル小父さんとライルお爺さんの話では、案外近いんだな。いや1800kmを1日ということは、かなりの速度で道路を長時間走り続けることになるんじゃないのか? そうなると俺達の工程はどうなるんだろう。
明後日デンバー空港に戻ったなら、詳しい計画を教えてくれるのだろう。偵察を繰り返しながらの行軍だからなぁ。
途中の大きな町のゾンビに対しては攻撃せずの通り過ぎるなんてことをマリアンさんはしないだろうし、補給の問題もあるはずだ。
ダラス手前辺りで、しばらくはダラスを攻撃し続ける筈だし、最後に南に誘い出すことを想定していたからなぁ。
先ずはダラスまで、そこからは状況次第ということになりかねない。
「それにしても思い切ったものだな。ラングレーが無いとヘリを使えなくなるんじゃないのか?」
「小型ヘリをトレーラーで運ぶそうです。さすがに4機は無理ですから2機ということになるんでしょうね。ドローンも海軍仕様の汎用型ですから小型のノイズマシンぐらいは搭載できるんですけどねぇ」
「こっちにも2機回して貰ったぞ。おかげでビッグジャックを10km先まで運べるようになった。ノイズマシンほどには集まらんが、ジャックよりは釣出せるぞ」
ビッグジャックは重量が100kgほどになるらしいからなぁ。105mm砲弾を装薬込みで2本アングルの中に納めているらしい。2発同時に炸裂したなら、半径30m圏内ならゾンビがバラバラになってしまいそうだな。
「まぁ、それでも200体には届くまい。ビッグジャックが出来上がり次第デンバー市内に運んでいるんじゃがなぁ」
戦力不足を暗に嘆いているんだよなぁ。それ以外にもノイズマシンでゾンビを集めてM777による砲撃も行っているはずだ。
他の地域を無視して良いなら、後10年もすればデンバーを俺達の版図に出来そうに思えるんだが、アメリカはデンバーだけではないからねぇ。
早々にデンバーを手に入れて、ウイル小父さん達を他の都市の解放に向わせたいに違いない。
「だがダラスをマリアン少将が狙うとはなぁ……。サミー、焚きつけたわけではないんだろうな」
「まさかですよ。俺としては、フェニックスが気になるところです。フェニックスでしばらくは膠着すると思っているんですが、フェニックスが動き出せばその先にあるのが、サン・アントニオ市なんですよねぇ」
「テキサスの要はヒューストンにダラス、そしてサン・アントニオという事じゃな。コロラドはデンバーにコロラドスプリングス、それとシャイアンということかのう」
シャイアンはコロラドの上にあるワイオミング州じゃないかな。それにしても南北に3つの都市という事か。西にロッキー山脈が連なるし、東は大平原だからだろう。
だが、西の山脈沿いに俺達の版図が広がれば、後は道路や鉄道網に沿って東へとゾンビを掃討していくことが出来る。
それを可能にするためにも、デンバー市を早く手中に収めたいと統合作戦本部も願っているに違いない。
「サン・アントニオも魅力があるのう……。ペンデルトンの連中はそっちを選んで欲しいかもしれんな」
「ロッキー山脈や砂礫砂漠の町を1つずつってやつか! 終点はロサンゼルスになるわけだ」
「それはペンデルトンの中傷達が考えていると思いますよ。俺としては南の国境の監視を強化して欲しいと提言しました」
俺の言葉に2人が頷くと顔を見合わせているんだよなぁ。
溜息を漏らすかと思ったら、笑みを浮かべているのが気になるところだ。まさかテキサスをメキシコ国境近くにまで移動させようなんて考えていないだろうな?
陸上を動き回る軍艦みたいな代物だから、じっとしているよりは小さな町のゾンビを次々と掃討して欲しいところなんだけどねぇ。
メキシコからのゾンビが押し寄せてくるような状況がない事を、当座は監視していれば良いと思うんだけどなぁ。
「まぁ、それは数年先になるんじゃないか? さすがにライル爺さんは山小屋で子供達の面倒を見るのが仕事になりそうだが」
「まだ10年はお前さんらに付き合えるぞ。じゃが、それも85までじゃろうなぁ。その先は車のエンジンでもバラシながらのんびり過ごさせて貰いたいものじゃ」
体が動く内は、俺達の面倒を見るつもりらしい。
ライルお爺さん達がのんびりと山小屋暮らしをする前に、俺達の牧場を見せてあげたいところだ。
ライルお爺さんは10年と言っていたな。
さすがにそれぐらい先まで俺達の牧場が未確定とは思えない。大統領の言葉はある意味絶対だからね。とはいえ、そろそろどの辺りに貰えるのかぐらいは教えて欲しいところなんだよなぁ……。
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デンバー空港に向かう前夜の食事は、マーカスさん夫妻を招いての晩餐会という事になった。
もっとも山小屋の晩餐会は、礼儀なんてどこかに忘れてきたような食事会なんだよね。でも晩餐会と言うだけあって、いつもと違った料理が沢山出てくるから俺達は大喜びだ。
とは言ってもあまり食べ過ぎるのも良くない。最後はメイ小母さん達のケーキの競作が俺を待っているからね。
グランドジャンクションのワイナリーで作られたワインとペンデルトンのワインを飲み比べていたのは覚えているんだが……。
ふと目が覚めたら、ベッドの中で七海さん達に抱かれていたんだよなぁ。まさか2人に運ばれてきたとは思えないんだが、そうなると無意識にここまで歩いて来たってことかな?
2人を起こさないようにベッドを抜け出し、着替えを済ませる。
今日はデンバー空港への移動だから戦闘服に防寒服で良いはずだ。バッグとライルお爺さんが丁寧に整備してくれた44マグナム仕様のマーリンを肩に掛けて部屋を出る。
階段を降りていくと、焚火の周りに数人の男女が腰を下ろしていた。
「サミーが最初か! エディ達はいつものことだな。そっちのベンチに装備を置いてこい」
レディさんの言葉に頷くと、窓際の薪ストーブ傍のベンチにバッグを置いて銃を立て掛けた。結構重かったな。荷づくりは七海さんがしてくれたんだけど、何を入れたんだろう?
焚火傍にベンチに腰を下ろすと、すぐにシグさんがコーヒーの入ったカップを渡してくれた。一口飲んで俺に歯濃すぎるのが分かったけど、近くにポットが無いんだよなぁ。各砂糖を2個入れて溶けるのを待つことにしよう。
「シグが首を傾げていたぞ。軽すぎるという事だ。ニック並みにとは言わんが、後10㎏ほど体重を増やしたらどうだ?」
思わずシグさんに顔を向けた。
という事は、俺をベッドまで運んでくれたのはシグさんという事になる。
「負傷した兵士を運ぶのは、海兵隊なら実戦で直ぐに経験することになるだろう。今回のゾンビ相手ではそうはならなかったがな。海兵隊では戦闘地域での負傷者の救護訓練を行うのだが……。サミーは私が担いだ兵士の中で一番軽い。それでいてあの瞬発力だ。もうすこし筋肉を付けたなら、白兵戦でサミーに敵う相手はいないだろうな」
「エディ達と同じ食事をしてるんですけどねぇ……。どうしてもこれ以上筋肉が付かないんです。見かけの筋肉を付けても意味はないですから、この先もあまり変化はないと思いますよ」
「体脂肪8%は維持しているという事か。全く困った民族性だな」
確かにもう少し筋力が欲しいと思う時もあるけど、あまり体重を上げたくないことも確かだ。それだけエネルギーを必要とするだろうから、持久力は低下するだろうし腹も減るに違いない。
現状維持が一番だろうな。それなら自分の限界を自覚できるから無理な行動もしないはずだ。
「シグさんの忠告はありがたく頂きますが、多分この先もそれほど変わらないと思いますよ」
「あの訓練で少し分かったことがある。全く別の筋肉が鍛えられているようだ。それであの動きが可能なのだろう。海兵隊の訓練はサミーには向いていないのかもしれないな」
俺と一緒にトンネル内に設けた区画で体を鍛えていたからなぁ。
マリーさん達も一緒にやったことがあるんだが、3日持たなかったからね。
『私は自虐趣味を持っていない!』なんて言っていたけど、そんな気は毛頭ない。少し体を酷使することは確かだけど……。
「それで、サミーは次の作戦は順調に進むと思っているのか?」
「順調とはいかないでしょうね。でもヒューストンからの補給を受けられる位置まで陸上艦隊を進めることが出来れば、後は時間の問題にも思えます。装甲列車での補給を受けてからダラスの北部に到達するまでが俺達が忙しくなりそうです」
レディさんが、残念そうな表情をしてるんだよなぁ。それに比べてシグさんはコーヒーカップで笑みを隠している。
行きたいのは分るけど、レディさんが俺達の部隊に復帰するのはヒューストンから次の戦場へと向かう時だろう。
少なくとも来年中にはヒューストンに到着したいものだ。出来ればヒューストンのゾンビを掃討したいところだけど、それはさすがに来年だけでは無理だろうな。




