H-066 バニシング・ベティと言う兵器があるらしい
デンバーの西の尾根の屈曲した線路を通り過ぎたところで夕食を取る。
この辺りには人家も無いし見通しも良いけど、とりあえず客車の屋根に2人ずつ支援部隊の兵士が見張りに立ってくれるそうだ。
レディさんの指導の元、七海さん達が夕食のレーションを皆に配ってくれた。食後のコーヒー用に燃料缶でポットにお湯を作る。
中には粉末ジュースをお湯で溶かして飲む兵士もいるそうだけど、それは邪道に思えるんだけどなぁ。
結構美味しいジュースなんだから水に溶いて飲んでほしいところだ。
「ウイル殿。レーションの配布を終えました。兵士達もお湯を沸かしていましたから、あのポットのお湯は我等で使います」
「了解だ。だいぶ暗くなってきたが、今回の任務は一応成功と言って良いだろう。それにしても60mm砲弾があれほどの威力を持つとはなぁ……」
「地上爆発ではなく空中爆発だったからだと推測します。ゾンビに対しては頭部破壊以外倒す手立てを我等は持っておりません」
レディさんの言葉に、マクインさんが苦笑いを浮かべながら頷いた。
確かにその通りだ。それは誰もが分かっているんだが、投影面積比で言えば数%にも満たないだろう。
いくら高性能の銃を持っていても、囲まれてしまえばすぐに銃弾が尽きてしまう。
やはり地道に倒していくしかなさそうだ。
今回の爆弾はそれなりの効果があったからね。1個の爆弾で仮に200体を破壊出来たなら、100個使えば2万体を倒すことができるわけだ。
さすがにそこまで今回と同じ効果を出せるとも思えないけど、ちょっと大きな町ならば10個ほど先行して使うなら、その後の掃討戦も容易になるんじゃないかな。
待てよ。そんな地雷があったようにも思えるんだが……。
「レディさん。確か地雷の中に、踏むと空中に飛び出して爆発する地雷がありましたよね?」
「バニシング・ベティの事か? あれはクレイモアに変わりつつある代物だが、良くもそんな兵器がある事を知っているな」
感心したような口調だけど、ちょっと首を傾げている。
「何を考えたんだ?」
「爆弾を地上爆発させるのではなく、空中爆発させれば迫撃砲の砲弾と同じ効果が得られるんじゃないかと……」
マクインさんが俺達の話に興味を持ったらしく、レーションのパックにスプーンを入れたまま俺達のところにやって来た。
「確かにバニシング・ベティは空中爆発だ。およそ1.5mほどに飛び出して爆発するんだが、かなり高さにばらつきがあることも確かだ。それでクレイモアに変わりつつあるんだが……。案外サミーの考えは、的を得ているかもしれんな」
ちょっと考え込んでいたけど、最後には俺に笑みを浮かべた顔を向けてくれた。
「ですが、あれは地雷ですよ。タイマーを設定することなどできません」
「そこは、工夫と言うことになるんだろうな。アイデアが出るだけでも助かる話だ。効果があるか否かは試作して見ればわかるだろう。あまり部隊を大きくすると食料や銃弾の不足に悩まされかねない。それを考えればデンバーの攻略は今日使った爆弾のどちらかで行きたかったんだが、迫撃砲が効果的だとはなぁ……。同じような代物にクラスター爆弾があるんだ」
確か収束爆弾と言う奴だったはずだ。小さな爆弾を広範囲にばら撒くという考えは理に適っているんだけど、案外不発弾が多いらしい。それで禁止条約が締結されたらしいんだけどねぇ。
マクインさんは本部に試作を依頼するつもりらしいけど、すでに秋だからね。
運用試験は、来春になりそうに思えるな。
夕食を終えたレディさんが、本部に連絡をしているようだ。
帰還時刻を告げているのだろう。これで今回の冒険はもう直ぐ終わりだな。
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22時半過ぎにグランビイの駅に到着した。
やはりハンヴィーは機関車よりも馬力がある。平地と同じように長い上り坂を登って来れるんだからなぁ。
マクインさんから今回得られたドローンの画像を記録したメモリーを受け取り、俺達を迎えに来たウイル小父さん達と山小屋に帰る。
「良い結果を得られたと聞いたが?」
「爆弾よりも迫撃砲が良い感じだね。それでサミーがバーニング・ベリーなんて話をしていたんだけど……」
「ベティだ。ウイル殿も聞いたことはあるだろう?」
「ああ、あれは厄介な地雷だ。おかげで暑くとも窓を全て防弾ガラスにしたんだからな」
ちょっと笑みを浮かべているところを見ると、俺の思惑に気が付いたのかな?
「マクイン殿が本部に依頼すると言ってた」
「たぶん別物を送って来るんじゃないか? あれは被害半径を押えているはずだ。ゾンビ相手となれば、手心等無用だからな」
既存の者より大きく作るということなんだろうか?
そうなると、簡単に出来そうもない気もしてくるんだよなぁ。
山小屋に着くと、テーブルにバリーさん達も集まっていた。
ニックが白板に、頂いたメモリーをプロジェクターに差し込んで映写会が始まる。
ウイル小父さん達はバーボンのグラスを持ち、俺達と小母さん方はワインが入ったグラスを持つ。
チビチビと飲みながら、タバコを楽しみながらニックの説明を聞きながら画像を眺めていると、やはりグランビイとは全く集まるゾンビの数が違っているんだよなぁ。
少なくとも10倍以上の群れを成して集まってくる様子がそこに写し出されていた。
「どう考えても500体以上、千体近い数だ。それで爆弾を炸裂させてもあの程度しか倒せないのか!」
「即席の焼夷爆弾の方がまだましに思えるな。出来れば迫撃砲を多用したいところだが、あれは操作訓練も必要だろう。直接観測射撃ができれば良いが、そうでなければ座標での間接射撃だ。上手く目標点に砲撃を加えるには訓練が必要になるぞ」
バリーさんの疑問にエンリケさんが答えてくれた。ウイル小父さん達も頷いているところを見ると、簡単そうに見える操作も案外難しいところがあるのだろう。
「中隊の方から本部に依頼をするそうだ。バニシング・ベティは知っているな? あれの改良版を作って貰うらしいな」
「あれか! だがあれは……」
「上空に飛び上がって爆発する。丁度迫撃砲の砲弾と同じようになるはずだ」
どういうことだ? とバリーさん達が近くのテリーさんに話し掛けているけど、テリーさんは知らないのだろう。小さく首を振っている。
「それでも、デンバーはゾンビが多いな。核を落としたと思えないほどだ」
「核で殲滅できたのは良くて1割ほどだろう。さらに爆撃をしているからどうにか2割と言ったところかもしれん。今回使った爆弾でもそれなりの効果はあるんだ。雪が降る前に何度か出掛けてみることになりそうだな」
そうなると問題は踏切を塞いでいるトラックなんだよなぁ。
次はあの辺りに爆弾を置いて周囲のゾンビを一掃したいところだ。
画像を何度も見て、その都度気付いた点をメモにしているのはメイ小母さんとマーサさんだ。
たまに隣のレディさんに、補足説明をお願いしているから、今回の報告書をつくっているのかな?
マクインさん達も纏めているに違いないから、両者で交換して見比べるかもしれない。自分達が気付かなくとも他者なら気付くなんてことはよくあることだ。
「次はワシも行こう。だいぶ腰の調子が良くなってきたからのう。爆弾を移動して爆破するだけじゃから、海兵隊の方は頼らんでもすむんじゃないか?」
「そうだな。だが誰もいなくなるのも問題だ。サミーを残しておこう」
「サミーだけでは問題だろう。ケント、残ってくれんか?
「2人で薪割でもして過ごしますよ。でも次は連れて行ってくださいよ」
俺が残るのか……。エディ達が同情の眼で俺を見てるんだけど、エディ達はハンヴィーも機関車も動かせるからなぁ。
精々1日限りなんだから、山小屋でのんびり待つことにしよう。
2日後にエディ達がグランビイ駅を後にした。
メイ小母さんやキャシー小母さんも一緒に出掛けたし、元軍人や元警察官の小母さん達も一緒だ。
ケントさんと俺の2人でピックアップトラックに乗せて皆を駅に運んだんだけど、俺の運転するトラックから降りたメイ小母さんが「もっと練習するのよ」と言ったんだよなぁ。
だいぶ上手くなったと思うんだけど、まだまだダメだという事なのかな?
皆を見送って山小屋に戻ると、ケントさんと一緒に薪割をする。
ケントさん達が暮らしているキャンピングトレーラーは丸太作りの小屋に入ってるんだけど、トレーラーに暖房が無いから小屋全体を薪ストーブで温めるらしい。
「外付けのストーブがあるから、それほど寒くは無いと思うんだ。ニック達とだいぶ炭を作ったぞ。さすがにトレーラーの中では火を使えないからね」
「去年は結構寒かったですよ。そうなると冬場の電気はどうするんですか?」
「ランプ生活と言うことになるんだろうな。トランシーバーの充電は山小屋にお願いするつもりだ」
太陽光発電器があるらしいけど、降雪で使えなくなるだろうな。
2つの小屋に4台ずつトレーラーが治まっているから、冬は薪ストーブに皆が集まるんじゃないか。
だとしたら、沢山薪を作っておかないとね。
別荘地を巡ってだいぶたくさん集めてはいるようだけど、余分にある分には何ら問題は無いはずだ。
頑張って薪を作っていると、ケントさんの奥さんのアニーさんが俺達にコーヒーとクッキーをご馳走してくれた。広場の片隅でやっていたから、子供達にクッキーを半分ほど取られてしまったのがちょっと残念な気持ちだ。
一口食べて、その美味しさが分かったからね。キャシーお婆さんのクッキーとタメを張れるんじゃないかな。
「美味しいクッキーですね」
「あら、ありがとう。ケントのお母さんから教わった秘伝のレシピなのよ」
「小さい頃は良く食べてたんだけどなぁ。だけど結構甘口だろう? 今ではねえ……」
「口が贅沢になったんじゃないですか。俺には丁度良いですね。キャシーお婆さんのクッキーも美味しいですけど、これとどっちが美味いと聞かれると返答に困ってしまいます」
「お婆さんのクッキーは美味しいわよ。まだまだそこまで到達してないと思うんだけど……」
アメリカ人も謙遜するときがあるんだな。
ちょっと意外な感じがする。
「お友達は皆デンバーに行ったんでしょう? ちょっと残念ね」
「次は付いていきますよ。今夜遅くには帰って来るんでしょうが、できれば踏切を塞いでいるトラックを何とかしてくれると、その先に進めるんですけどねぇ」
「その周りにゾンビがうじゃうじゃしてたな。確かにあれを何とかしないといけないだろう。案外、それは俺達の仕事になるんじゃないか?」
「やはりデンバー中心部は凄いことになってると思いますよ。とはいうものの、やはりデンバーは都会ですね」
うんうんと2人が頷いてくれた。
デンバーはある意味、若者達のあこがれの地なのかもしれないな。
この辺りでは一番大きな都市だからねぇ……。




