H-653 サンディー達に助手が出来た
「統合作戦本部の1室で地下施設のリストを作り始めたらしいんだけど、その日の内に本部長に苦情が舞い込んできたそうよ」
オリーさんの部屋に戻って熱いシャワーを浴びると、ソファーに座って2人でワインを楽しむ。
窓際に位置したからタバコに火を点けたんだけど、今夜はこれを最後にしておこう。妊婦にタバコは厳禁らしいからなぁ。
ワインをゆっくりと味わっていたオリーさんが、その後の騒動について教えてくれた。
地下施設と言葉で言うのは簡単だけど、その種類がかなりあるらしい。
大都市の地下街だってそうだろうし、伝統のある学校や図書館それに博物館等は地下に保管施設を持っているらしい。地下劇場なんて代物は数百人の観客を収容できるそうだ。
「さらには地下道やトンネル。それに鉱山の坑道も対象になるでしょう。軍人と事務官合わせて10人程揃えたらしいんだけど……」
「アメリカは大きな大陸なんだから全て地上に作って欲しかったなぁ。冷戦時代の基地だけを考えていたんだけど……。地下を利用した施設がこれほど多いとはねぇ」
地下施設の種類が多いということは、施設に構造的な相違もあるに違いない。
水没後の状況確認をどのような手段で行うかは、かなり頭を捻ることになりそうだ。オットーさんから中々返事が来ないのも、それが原因かもしれないな。
「統合作戦本部が動いているから、早期に手段を確定しないといけないんでしょうね。でも焦りは禁物よ」
「その手段というのが考えてしまうんだよなぁ。水没させるには大量の水が必要になってくるし、何日もかけての水没ではゾンビだってそれをやめさせようと動きかねない。実証試験を行う部隊の創設も必要になるんじゃないかな」
その戦力をどこから捻出するかで、また大騒ぎしそうだな。
面倒なことは上に任せて、俺に出来ることをするしかないんだろうけどね。
「オーロラは大統領夫人が預かってくれているんだよね。オリーさんが帰ってきたから、明日は元気な姿が見られるかな」
「会議が紛糾しそうだから、もう少し預かって貰うわ。次の出産まで山小屋に御厄介になろうかと思っているの。私の研究はサンディー達が情報を送ってくれるなら山小屋でも纏められるし、オーロラを取り上げてくれたお医者さんも近くにいるのよねぇ」
「キャシーお婆さんが喜ぶんじゃないかな。そうなると今年はオーロラに山小屋のクリスマスを楽しんで貰えるね」
プレゼントを考えないといけないな。
エディ達と相談してみよう。
「来年は陸上艦隊を南に向けて動かすそうですよ。最終目的地はヒューストンと聞いているんですが、オリーさんはテキサス出身でしたよね。実家は何処にあるんですか?」
ちょっと驚いた表情で、ジッと俺の顔を見ていたんだが……。やがてちょっと顔を伏せると小さな呟きをもらした。
「ドーバーで情報を漁ったんだけど……。でも実家は残っているはず。たぶん将来的には破壊されるでしょうから、出来れば写真をお願いしたいわ。家の中までは無理でしょうけど、ドローンなら何とかなるんじゃないかな」
オリーさんの実家はダラスの北東にある町らしい。湖の近くという事だから、場合によっては実家の中も撮影できそうだ。だけど作戦行動中での私的な行動はとれないだろうから今はただ頷いておくだけにしよう。
ワインを2杯頂いたところで、ベッドに向かう。
体が火照っているから、毛布だけで寝られそうだけどドーバー市の冬はかなり気温が下がるんだよね。
まだセントラルヒーティングが始まらないみたいだけど、オーロラが風邪などひかないように大統領夫人が気を配ってくれている気がするなぁ。
ますますご夫妻に頭が上がらなくなりそうだ……。
レースのカーテンだけだったから、朝日で目が覚めてしまった。
時計を見ると、すでに8時近い。
まだ寝ているオリーさんを起こさないようにベッドを抜けると、シャワーを浴びる。
タオルで体を拭きながら、サイホン式のコーヒーメーカーでコーヒーを作り始めた。
リビングにコーヒーの良い香りが漂うと、その匂いで目を覚ましたのだろう。寝室からオリーさんがベッドを離れる音が聞こえてくる。
すでに制服に着替えているから何時呼び出されても何とかなるけど、いまだにマリアンさんからの連絡が来ないんだよねぇ。
やはり調整に手間取っているのかもしれないな。統合作戦本部に陸上艦隊とは別の部隊を創設することになりかねないからねぇ。
リビングを横切り、オリーさんがシャワー室へと足を運ぶ。途中、俺の傍に近寄ると軽くキスをしていくんだよなぁ。
思わず顔を赤らめてしまったけど、まだまだこの国の習慣には慣れないんだよね。
コーヒーを2つのマグカップに注いで、オリーさんが身支度を終えるのを待つ。
ドレッサーの前でしっかりとメイクしているんだけど、オリーさんは素顔でも美人だからなぁ。それ以上美人になる必要があるんだろうかと考えてしまう。
グラビアモデルのようなオリーさんが俺の隣に座ると、コーヒーを飲み始める。
すっかり温くなってしまったから、アルコールランプに火を点けて残ったコーヒーを温めることにした。カップに注ぐのが少し早かったかな。
「私もサミーと一緒に会議に参加することになるんだけど、連絡はまだなんでしょう?」
「朝食頃とマリアンさんが言っていたんですが、まだ来ないですね。とりあえず朝食を取りましょう。『直ぐに来い!』なんて連絡が来たら一食抜くことになりますからね。さすがに会議中にカロリーバーを齧るとなれば、皆から顰蹙をかいそうです」
俺のそんな姿を想像したんだろうな。オリーさんが吹き出しそうな顔をしている。
オリーさんの着替えも済んでいるから、オリーさんがこちらで使うよう準備してくれたバッグを持って朝食に向かうことにした。同じようなバッグをオリーさんも持っているからこの部屋には戻らないという事なんだろう。
卵サンドにサラダとカリカリベーコン。それにコーンスープが朝食だった。四つ切のリンゴが2つ付いているのが季節を感じさせる。
すでに他の職員は朝食を終えているのだろう、食堂には俺達以外は2組がいるだけだからね。
朝食を終えると、エントランスホールのソファーでタバコに火を点ける。天井が高いホールだからここなら喫煙しても大丈夫だろう。
オリーさんは禁煙中だけど、これを機会に止めることも考えるべきだろう。離乳したらまた始めるようなことを言っているんだよねえ。
「おはようございます!」
元気な女性の声に、声の主に目を向けるとサンディ―達が立っていた。ケイトの後ろにいる2人が新たなオリーさんの助手なのかな?
「おはよう。丁度いい機会だから、2人にも紹介してあげなくちゃ。サンディー、コーヒーをお願いするわね」
オリーさんが4人を手招きすると、俺達の横にあるソファーに少し戸惑いながらも腰を下ろして俺にちらちらト視線を向けてくる。
サンディーがトレイを使ってコーヒーを運んでくると、トレイに乗せたカップの一番端にあるカップを俺の前に置いてくれた。特別ってことかな?
サンディーなら俺の好みを知っているからなぁ。
「こちらが私のハズよ。見ての通りの軍人なんだけど、研究所の上級研究員でもあるの。顔の傷は例の逸話の結果なんだけど、根が優しい人物だからゾンビに対する疑問は彼に聞くのが一番よ」
例の逸話って、あれだよな? 話が一人歩きするとどんどん脚色されていくに違いない。単なる遭遇事故だと思っているんだけどねぇ。
「あまり自覚のない研究員だから、構える必要はないよ。質問はいつでも歓迎するよ。それに答えられなければ、その籠手を見つけるよう努力するつもりだ」
「大きなグリズリーを拳で殴り殺したと聞きました。屈強な体型の持ち主だと思っていたんですが……」
おずおずと呟く少女の言葉に、思わず天を仰いでしまった。
そこまで脚色されているのか! これは何らかの形で公式見解を示さないといけないかもしれない。
オリーさんは、そんな2人に笑みを浮かべて頷いているんだよなぁ。
「見ての通りの人物よ。体格はあまり良くないけど、彼の体脂肪率は8パーセント前後を常に維持しているんだから凄いとしか言いようが無いわね。それと彼に対するもう1つの逸話も知ってるかしら?」
「女性の敵!という話を聞いたことがあるんですけど……」
「その言葉にはいろんな意味があるんだけど、彼の場合は女性からの敵視という事になるの。サンディーは教えて無かったの?」
「まだそこまでは……。それに、直ぐに分かると思っていましたので」
「彼の座右の銘が『スイート・イズ・ジャスティス』なの。驚くほどに甘い物が大好きなんだけど、体脂肪率が極めて低いのよ。それだけの運動量をしていることも確かではあるんだけど、私達が彼と同じ量のスイーツを食べたなら直ぐに太ることは間違いないわ」
「それが女性の敵という話になるんですか?」
女性なら誰にでも声を掛けるような人物ではないからなぁ。しかし甘い物好きであると女性の敵に認定されるというのは問題に思えてしまうんだよなぁ。
「軍での階級は大尉になるわ。もっとも中隊を指揮できる能力は無いみたいだけど、特殊部隊を率いてゾンビとの最前線にいるの。そこで知りえた情報は研究所に送ってくれるし、私達の研究の方向性を左右するような提案を出してくれる存在なのよ。とはいえ、彼が強いことは間違いないわ。私達が前線まで出掛けて行っても無事に帰って来られるのは彼のおかげよ」
それが分かっているなら、もう少し後方にいて貰いたいところなんだけどねぇ。いつも近くに俺がいるとは限らないだろうし、間違いが起こってからでは遅いのがゾンビとの戦いだ。