H-063 デンバーは目の前だ。今度はやることが沢山あるな
9時半前に、ウインターパークでトロッコは一時停止する。
これからトンネルだからね。トンネルと言うより冷蔵庫のように思えてしまうんだよなぁ。日差しが強くだいぶ暑くなってはいるんだが、Gジャンの下にフリースを着こむ。兵士の中には、上着の上に薄手のコートを着ている者もいるようだ。
通過するのに1時間も掛からないけど、風邪でもひいたら病院に行くことさえできない。解熱剤を飲んで寝込むだけになりそうだ。
無理はしない……。何事もこれが一番大事なんだろう。
小休止を終えると、いよいよトンネルだ。
ハンヴィーが前照灯を付け、トロッコにもLEDランタンがいくつか下がっている。
トンネル内だから横からゾンビが出て来るとは思えないが、やはり明かりがあると安心できるんだろう。
「なるほど、冷えて来た……。これが30分も続くんだからなぁ」
「ここからは予断を許しませんからね。トンネルの出口にゾンビが群れているとも限りません」
「出口近くで減速すると言っていたのは、そういう事か。出口が見えたなら耳栓と射撃準備の合図をすれば十分だろう」
トンネル内だからねぇ。耳栓をしないと音の暴力にさらされかねない。俺も用意はしておくか……。
何度か行き倒れの死体が線路脇に見えてきた。
トンネルの半分は過ぎたことになるんだろう。
もう直ぐ出口近くになるとマケインさんに伝えると、頷き返してくれた。銃弾が差し込まれているベストのポケットからマグライトを取り出し、後方に向かって大きく何度も円を描く。
射撃準備の合図と言うことなんだろう。俺も耳栓を付けておくことにした。
出口の明かりが点から面に変わるとどんどん明るい場所が大きくなっていく。それと共にハンヴィーの速度が少し遅くなってきた。
レールの継ぎ目を渡る車輪の音が、嫌に大きく聞こえるんだよなぁ。
音に敏感なゾンビだから、近くに群れていたならたちまち集まりそうに思える。
トンネル前方の景色が見える。幸いにもゾンビはいないみたいだ。やはり都市部に移動したんだろうか?
トンネルを抜けると、マケインさんが素早く周囲に視線を向ける。ほっとした表情で、今度はマグライトを上下に振りだした。
射撃準備の解除ということになるのかな?
とりあえず耳栓を外し、Gジャンの前を開いておく。このままだと直ぐに汗だくになりそうだ。
トンネルを抜けて10分程走ったところで再びトロッコが停まる。
先ずはフリースを脱ごう。
一服しようとしたら、七海さんが保温ポットを渡してくれた。自分のシェラカップに半分ほど注いだところで皆に回して貰う。
「全く、夏と冬が同居している感じだな。後は長いトンネルは無いんだな?」
「長いのはこれだけです。後は入ってすぐに出口が見えるようなものばかりでしたよ。フリースは帰るまでナップザックの中です」
ウイル小父さんとレディさんが地図を見ながら、現在地店の確認をしている。この先、あまり目印が無いからなぁ。だけどデンバーの町が見えるまで3時間も掛からないはずだ。
「この先に道は無いから、ここで乗り捨てたのか。かなりの車があるから、やはりゾンビ化してしまったんだろう」
「そのゾンビがどうなったか、考えてしまいます。トンネルを抜けて線路伝いに移動したのか、それともデンバーに戻ったのか」
「両者ともあったはずだ。線路伝いに移動したとするなら、俺達で倒さねばならん。デンバーにしてもそうなるだろうが、しばらく掛かりそうだな」
そのデンバーが問題なんだよなぁ。
前回の写真を見た限りでは、ゾンビの衣服はそれほど酷くは無かったからね。グランドジャンクションのゾンビは焼けてぼろぼろの衣服を着ていたからなぁ。
デンバーのどの辺りに核を落としたんだろう? 爆弾や焼夷弾も落としたらしいが、撤退を決意したあの踏切ではそんな状況がまるで無かったんだよなぁ。
踏切を2つ通過したところで谷に入る。
谷を抜けると、灌木の間からデンバーの街並みが遠くに見え始めた。
「爆撃の跡は、まるで分らんな。核も地上爆発ではないはずだが、衝撃はで倒れた建物位は分かるかと思っていたんだが……」
「それだけ町が大きいんじゃよ。1個では足りかったようじゃな。10kt程度の核を使ったに違いない。さすがに大陸間弾道弾用のMt級の核を使うのは躊躇ったんじゃろうな」
「20km以上離れているからだろう。サミー達はデンバーの住宅街にまで進出したらしいが、トロッコの上からの状況監視だけだ。今回はドローンを持って来ている。もう少し詳細な情報を得られるだろう」
次の休憩は大きく線路が向きを変える屈曲部だ。南に向かって射た線路が北になるんだからなぁ。それだけ一気に標高が下がることになる。
屈曲部を通り過ぎたのは、11時を少し過ぎた時刻だった。
トロッコを停めて、ここで昼食を取ることにする。ガスコンロでお湯を沸かし、コーヒーを作る。海兵隊の兵士達は燃料缶を使ってお湯を沸かしていた。
最新のレーションは発熱素材を内在してあるようで、紐を引いてレトルトを温めていた。
「野菜サンドにジャムサンド。それにコーヒーだからなぁ。ゾンビ騒ぎが嘘のように思えるよ。俺の家の定番昼食だ」
「定番と言ってもジャムはいつも違ってたよ。俺はマーマレードが一番だったな」
俺とニックの会話にウイル小父さんが笑みを浮かべる。メイ小母さんを褒めて貰ったのが嬉しいのかな。
「朝と昼はこれで十分じゃな。夕食はレーションで腹を満たせば十分じゃろう」
「でもだいぶ残ってしまいましたね。エディ、もっと食べないの?」
エディがコーヒーを飲んでいたから、首を振って遠慮している。俺もお腹いっぱいだからなぁ。
「それなら、俺達が貰っても良いだろうか?」
マケインさんが飲んでいたカップを手元に置いてメイ小母さんに確認すると、直ぐにまだたくさんサンドイッチが残っているバスケットを渡して貰ったようだ。
「何と言っても、大飯ぐらいの連中ばかりだからなぁ。申し訳ありませんね」
「良いのよ。夕食時でも食べられそうだけど、私もレーションを久しぶりに食べてみたいし……。皆さんで食べてくださいね」
綺麗な敬礼をしたマケインさんが後ろのトロッコに向かって歩いて行った。
直ぐに「「ウオォォ!!」」と声が聞こえてきたから、取り合いが始まったのかもしれない。
食べ物の恨みは恐ろしいと聞いたことがあるからねぇ……。マケインさんが無事に過ごせるよう祈ってあげよう。
「喜んでましたよ。2つに切り分けましたから、あぶれた者はいないはずです」
「次はもっとたくさん作りますわ」
喜んで食べて貰えたんだから、小母さんも嬉しいんだろうな。
そうなると、次は山盛りの籠を持たされそうだ。
「さて、1時間ほどでデンバーの住宅街に着くはずだ。いよいよだが、場所は予定通りで行く。ゾンビの群れがいたなら、少し離れた場所からドローンを操作することになるがあまり変更はしたくないな」
「試すのは3つ。小型爆弾と大型爆弾、それにM224での砲撃です。爆弾の運搬と目覚まし時計の運搬は大型ドローン。状況監視は小型ドローン。お嬢さん達に操作をお願いしますが、小型ドローンの撮影画像を皆で見られるようディスプレイを用意してありますよ」
「十分だ。準備は今の内にしておいて欲しい。ドローンの方も頼む」
マケインさんが再び後方に向かって歩いていく。
パット達も、客車の向かって行った。ドローンの操作をするためのゲームのハンドセットのような物を取りに行ったみたいだな。
「前回の場所まで行けるかな?」
「たぶん行けると思うよ。前回だって俺達を追ってこなかったからね。多分あの辺りを徘徊しているんじゃないかな」
縄張りと言うわけではないんだろうが、ゾンビの行動はまだよくわからないんだよなぁ。
7.62mmの銃弾を至近距離で撃たれたゾンビの後頭部には大穴が開いていたけど、中はピンク色をした粘液のようなものが入っているだけだった。
少なくとも脳みそでは無さそうだし、オリーさんも死後時間が経過したとしてもあのような形態はとらないと言っていた。
とりあえずその粘液が流れ出すような状況を作れば、ゾンビは活動を停止することになるのは経験則で分かったつもりだ。
ヘルメットをかぶったゾンビはまだ見ていないから、このままイエローボーイで倒し続ければ良いだろう。
今回の爆弾はどんな結果になるんだろう。ウイル小父さんの話では、期待ほどの効果は無いかもしれないと言っていたんだよなぁ。
皆で一服していると、マケインさんが帆布製のバッグを持って現れた。週刊誌ほどの大きさがあるから、その中にディスプレイが入っているのだろう。側面についているポケットが膨らんでいるのはバッテリ―を入れてあるのかもしれないな。
「16インチのディスプレイです。ハンヴィーの後部座席の裏に取り付ければ、皆で見ることができるでしょう。画像はディスプレイ内のメモリーに保存されますから、本部に戻っての再現も可能です」
「海兵隊も色々と覚えないといけなくなってしまったなぁ。俺は良い時期に退役できたと思うよ」
「昔から海兵隊に馬鹿はいませんよ。おかしな連中はいますけどね」
マケインさんの言葉が面白かったのか、ライルお爺さんとウイル小父さんが大笑いをしている。
メイ小母さんも笑みが浮かんでいるのは、昔と今に違いがあることが分かっているんだろうな。
「さて、そろそろ出掛けるか。3つもやることがあるんだからな。夕暮れ前には、この場所に戻りたいところだ」
ウイル小父さんが腰を上げると、俺達も腰を上げる。
さて、果たして前回と同じかどうか……、直ぐに分かるに違いない。




