H-060 ハイスクールを中隊本部にしたらしい
海兵隊の中隊本部は、グランビイの元ハイスクールに設けたらしい。
教室を使えば小隊や分隊の宿舎も作れるし、校長室は中隊長の部屋にしたようだ。
実験室を食堂にしたようだけど、食事は小隊毎に時間を変えているそうだ。
それにしても、指揮所を体育館に作るとはねえ……。
大型通信機や資材の一部も置かれているようだから実際には半分ほど使用しているのだろう。それでも冬場に備えて薪ストーブを2つ設けているそうだ。
作戦地図を張り出す白版は、元はスコアボードだったらしい。地図を広げるテーブルは卓球台らしいから、結構広そうだな。
「中隊を越える規模にはならないでしょう。大隊本部はグランドジャンクションに作る計画のようです。ここはデンバーのゾンビを掃討するための基地となると考えております」
3日目の昼下がりに、グラハム大尉が数人の兵士を連れて山小屋を訪れた。
一緒に来たのは、中隊付きのマケイン曹長と今まで2つの小隊を率いていたジョナさん、それに俺と一緒にハイスクールの上でゾンビと戦ったレディさんだ。
「ヘリコプターの組み立ては簡単です。数回試験飛行をさせれば実戦投入は可能と判断します。使うのはグランドジャンクション、これはウイル殿の計画通りと言うことになります。運んで来たドローンは軍事用ですが、操作はそれほど難しくありません。数人の操作員を養成してデンバー偵察に用立てたいと考えております」
「グランドジャンクションの攻略はかなり時間が掛かるだろう。先ずは駅周辺、その後に飛行場への道路と言うことで良いのかな?」
「トロッコをさらに西に向かわせたいところです。グランドジャンクションの次はブライス、そしてソルトレイクです」
さすがに道路で向かうのは命が良くあっても足り無さそうだ。その点線路を進むなら大きな町は途中にあるブライスだけになるという事だろう。
そうなるとトロッコを使った先行偵察部隊と輸送部隊、それにデンバーの偵察部隊の3つが必要になってきそうだ。
「政府としてはソルトレイクを優先したいとの事。よってグランドジャンクションは我等海兵隊が主力で行い、ウイル殿達にはその手助けをお願いしたいと考えております。デンバーについては国際空港がありますが、デンバーの市内を抜けるための道路確保が重要でしょう。さらに線路を使えれば、東と南北への状況偵察も可能になるはず。こちらはウイル殿達を主力として行って頂きたい。我等の方から、必要に応じて1個分隊を派遣します」
「デンバーは偵察主体となれば、それで十分だろう。かなりの数のゾンビがいるぞ。しばらくは中心部を見ることは出来んだろうな」
「絶対に無理をなさらずに……。アメリカの人口は数パーセントにも達しておりませんから」
「了解だ。現状では往復で2日も掛からんからな。短波で連絡も可能だ。通信はそちらで一括化することになるのかな?」
「その方が、混乱を防げるでしょう。周波数とコールサインは後程知らせます。この山小屋と遠征隊の2つに予備を1つとします。市民バンドのトランシーバーはこれまで通り使って頂いて問題ありません」
色々と決め事があるんだな。
まだ新たなエンジン付きトロッコは調整中らしいから、出発するのは今月末辺りになるのかも知れない。
「最後に、我等との連絡要員として、レディ兵長をこちらに派遣したいと考えています。こちらの食料事情に負担を掛けてしまいますが……」
「それぐらいなら問題ない。どちらかと言うと民間人の方が心配になる。ゾンビ掃討のおりに食料が見つかれば、彼らにも分けてやって欲しいんだが」
「それは大隊長からも厳命されています。ご安心ください。それではレディ、後を頼んだぞ」
グラハム大尉達が席を立ち、綺麗な敬礼をしてリビングを出ていく。
答礼を返したウイル小父さんがレディさんに顔を向けた。
「ここに住んで貰うことになるが、2階の1部屋を提供しよう。荷物はニックに運んで貰うと良い」
「ありがとうございます。それにしても大きな山小屋ですね」
「俺達の避難所として作ったからなぁ。30人近い家族が集まる予定だったんだ」
集まれなかった人達は他の避難所に上手く避難できたんだろうか?
ウイル小父さんは何も言わないけど、他の避難所と連絡を取り合えたのは2つだけだったらしいからなぁ。やはりゾンビや暴徒の犠牲になってしまったのかもしれない。
ちょっとした判断ミスが、生存を左右しかねない状況であったことも確かだ。
俺達だって、ウイル小父さんの指示を上手く聞き取れなかったら、どうなっていたか分からないからなぁ。
ニックとパットがレディさん部屋に案内していく。
ここなら海兵隊の制服を何時も着用しなくても良いだろう。武装は俺と同じM4カービンらしいけど、サイドアームは何になるんだろうな。
夕食時にテーブルに並んだ料理を見て、レディさんが目を丸くしている。
どうやら、ずっとレーションばかり食べていたらしい。栄養的には問題は無いんだろうけど、飽きてしまったようだな。
やはりビスケットよりも焼いたばかりのパンが美味しいってことなんだろう。今夜は歓迎会も兼ねているのか、鹿肉のシチューだ。
脂身があまりないんだけど、結構美味しいんだよね。
「たまに狩りをすれば良いのか……。M16でし止められるだろうか?」
「M16では不足じゃな。口径がちょっと足りん。頭を貫通させれば問題あるまいが、早々できるものではないぞ。ゾンビよりも動きが早く警戒心も高い。腹に当てたなら衰弱死するじゃろうがその場から逃げてしまうぞ」
「やはり猟銃を何丁か手に入れるように具申した方が良さそうだ」
「ビリーに言えばすぐに渡してくれるだろう。グランビイの家々を1軒ずつゾンビの確認と物資の調達をしたはずだ。もっとも民間人の武装用に渡しているかもしれんが、民間人の数より猟銃の数が多いと言っていたぞ」
肉は何とかなるんだが、穀物と果物の入手が難しい。
トウモロコシとジャガイモの出来高が気になるところだけど、とてもそれだけで1年間食つなぐなんてことは不可能だ。
「住人のいない家から食料調達が可能なのも、来年辺りまでだろうな。それを考えてレーションにはあまり手を付けないでいる。軍の方もかなり苦しくなると思うぞ。やはり早くに兵站基地の奪還を考えねばなるまい」
正味期限を過ぎても食べられるということなんだろうけど、それがいつまでも続くとは思えないということなんだろうな。
とりあえずは今年の冬は越せそうだ。
「シャワーは何時使えるのでしょうか?」
ちょっと遠慮した問い掛けに、ウイル小父さんがメイ小母さんに顔を向ける。
まだ説明してなかったのかな?
「何時でも使えますよ。真冬でも使えます。一応男女別になってますから、後でパット達と一緒に入ってください」
「何時でも!」
「ああ、今は太陽電池で電気は潤沢だからなぁ。さすがに冬は電気は作れんが、別の方法で電気と温水を作ることができる。この山小屋を拠点化した時に、真っ先にその問題を解決したんだ」
驚いているレディさんにウイル小父さんが説明している。俺の目標は今年あの蒸気機関の外側のテラスに風呂桶を作ることだ。樽が手に入ったら、エディ達にも手伝ってもらおう。
食事が終わると、寝る前の自由時間。
朝晩は涼しくなってきているから、薪ストーブのベンチでのんびりと推理小説を読む。結構分厚い本だけど、上下2巻なんだよね。殺人事件が何度か会ったんだが、今のところそれらを結び付ける線が見当たらない。
主人公は町の新米警官なんだけど、どんな切り口で犯人を見付けるんだろう?
「あら、まだ読んでるのね? その辺りだと、まったく犯人が分からないんじゃないかしら?」
「そうなんですよ。殺人事件がいくつかありましたし、上司は迷宮入りを心配しているんですが、容疑者は全てアリバイがあるんですよね。そうなると、今まで容疑を掛けられなかった人物と言うことになるんでしょうが、それにしては容疑者の人物像をかなり掘り下げているようです。となれば、この中にいるというのが俺の推理になりますね」
俺の頬に軽くキスをして、「良いところを突いてるわ!」と笑みを浮かべる。
ベレッタの手入れをしていたニックが呆れたような顔をして俺達を見ているんだが、できれば立場を変えて欲しいところだ。
メイ小母さんが運んで来てくれたコーヒーを味わいながら、しおりを挟んでタバコに火を点けた。
「母さんは読書家だからなぁ。自分でも書くぐらいだからね。今でも書いてるかな?」
「ああ、書いてるぞ。確か……『運転の下手なボーイフレンド』だったかな」
「それって、俺の事?」
「後ろからディスプレイに映った文章を見ると、サミーそのものだったな。サミーで2冊目ができそうだ」
俺の顔を見ながら、ウイル小父さんが笑い声をあげている。
それほど下手かな?
「ある意味、この国では考えられない題材じゃな。こんな騒ぎでなければかなり売れるかもしれんぞ」
「同じことを言っていたよ。だが、悪い話じゃない。どんな時にも希望はあるってことだな」
主人公の人物紹介欄に、実在の人物では無いと書いて貰おう。
そうでもないと俺の黒歴史になりかねないし、俺の運転する車を見たら、皆が俺から距離を取るんじゃないかな。
「そんなに下手なの?」
レディさんが興味深げに俺に顔を向けるんだよなぁ。
「そんなことは無いですよ。この頃はちゃんと道路を走れますし、道路標識にもぶつけなくなりました。ギヤを切換える時にはきちんと目視確認しながら復唱だってしてるんです。パット達を乗せると、降りる時には笑みを浮かべて『また乗せてね!』と言ってくれるんですから」
俺の言葉を呆れた顔で皆が見てるんだよなぁ。
「まだ、ギヤを切換える時にやってたんだ……」
「パット達が喜んでるのは、サミーの運転に感動してるんじゃないと思うよ。『同じ道を走っても、毎回違う場所でスリルが味わえるの! サミーの運転技術を知ったなら遊園地の責任者が直ぐに飛んでくるわ』と言ってたぞ」
そうかなぁ。安全運転を極めつつある感じがしないでもないんだが。
「事故前なら運転しない方が国家の為にはなるだろうが、これも良い機会だろう。来年は私も乗せて貰おう」
レディさんは、今年とは言わないんだよね。
それほど安心感が無いんだろうか?
それでも、突っ込まなくなったし、ぶつける事も少なくなった。
来年にはレーサー並みの運転ができるに違いない。




