H-580 第2陸上艦隊が作られるらしい
3日ぶりにフクスの仲間の元に戻ると、エディ達が肩を叩いて出迎えてくれた。
七海さんがハグしてくれたんだけど、そんな行為にもだいぶ慣れた感じがするな。
日本でなら、ドラマでしかやらないからね。
「次の作戦会議だと聞いていたんだけど、やはり北に向かうのか?」
「作戦会議の情報収集というところかな。あの食堂での騒ぎの一件で、ちょっと懲罰を食らってしまった。向こうの非ではあるんだけど、怪我を負わせてしまったからなぁ。喧嘩両成敗ということで、カンザス市を偵察してきた」
「「何だと(ですって)!!」」
テーブルに着いていたエディ達だけでなく、マリーさん達まで大声を上げた。
少し離れた兵士達までこっちに顔を向けているんだよなぁ。終わったことだからそんなに騒がないで欲しいところだ。
「サミーと例の3人組をカンザス市内にヘリで下ろして、徒歩でレーヴァの待つジャンクションまで偵察させたのだ。サンディエゴの格納庫を覚えているだろう。あの海軍連中と同じ『グッド・ネイバー』の信者だった。さすがに3人を銃殺したいところだが、軍の前例重視を踏襲して、カンザスのゾンビに始末して貰った」
「それで、問題は無いんですか?」
七海さんが、レディさんに問い掛けている。
俺も問題はあるんじゃないかと思うんだけど、そこは軍というところだからなぁ。
「母さんは少将だから、軍事裁判を開くことが出来る。既に統合作戦本部に経緯は報告されているだろう。彼らも有罪として処断されてはいない。あくまでも喧嘩両成敗の懲罰だ。3人だけなら突き上げもありそうだが、もう片方も一緒に向かわせているからなぁ。誰も文句は言えまいよ」
「それだけの能力がサミー大尉にはあると?」
「ああ、戦士型とあの棒を使って白兵戦をしていたぞ。さすがに火力不足だったのだろう。戦士型ゾンビの口の中にスタングレネードを放りこんでいたからなぁ」
それもまた……。そんな目で皆が視線を向けるんだよなぁ。
とりあえず七海さんから受け取ったコーヒーを飲んでいよう。変に答えたら、いろいろと言われそうだ。
「サミーなら、セントラルパークに降下しても帰って来れるに違いない。まったく、とんでも無いサバイバル能力だ」
「レーヴァさんに取られないでくださいよ。大尉は海兵隊なんですからね」
「ああ、それはしっかりとレーヴァに釘を刺しているぞ。とはいえ、サミーの能力が突出しているのも問題だな。レーヴァにエディ達の訓練を頼んでみるか」
オルバンさんとレディさんの話を聞いて、エディ達だけでなくワインズさん達までブンブンと音が出るぐらい首を振っているんだよなぁ。
パルクール的な訓練なら、乗り捨ててある車を使って出来そうに思えるんだけどねぇ。
「サミーの行動を通して、ゾンビの新たな知見を得ることが出来た。どうやらカンザス市内のゾンビは熱を見ることが出来るようだ。それに戦士型はザリガニのようなハサミを持っていたぞ。芋虫のような体にイソギンチャクの頭を乗せている。サミーが所持したベレッタでは倒せなかったようだ」
「それで白兵戦ですか……。5.56mmではなく7.62mmなら何とかなりそうですか?」
「装甲型までには進化していなかったよ。357マグナムを持っていれば何とかなったかもしれない。最後は棒に付けた槍を何度も頭の下の胴体に突き刺して動きを止めたけど、果たして倒せたかどうかまでは……」
「ドローンでしばらく観察したが、動かなかったな。それを考えると……、少し強力なクロスボーは案外使えるかもしれん。銃声を立てないからな」
先端に毒でも塗れば確実なんだけど、ゾンビに毒は効くんだろうか?
ゾンビ自体が毒を持っているから、毒に対する耐性があるのかもしれない。その辺りは生物学研究所が調べていそうだ。後でオリーさんに聞いてみよう。
夕食をキッチンカーで頂いて、早めにハンモックで横になる。
結構疲れたからなぁ。
なんか揺れているなぁ。
心地良い揺れだから、目が覚めても再び瞼が閉じてくる。
なんで揺れているんだ?
急速に意識が覚醒する。これって移動してるってことか?
急いで上半身を起こしたから、その場でクルリとハンモックが回転し床に落ちてしまった。
ドン! と音を立てて背中から落ちた俺を、レディさん達が呆れた表情で見ているんだよなぁ。
苦笑いを浮かべながら、立ち上がってテーブルに移動する。オリーさんがポットのコーヒーを注いで俺に渡してくれた。コーヒーを注ぐ前に砂糖を2個入れてくれたのがありがたい。
「移動する前に起こして欲しかったですね。ところでどこに向かっているんでしょう?」
「良く寝ていたからなぁ。現在24号線を東に進んでいる。ノーストビーカ市で75号線に入り北上するぞ。しばらく北に進んで、ハイアワサ市の手前で36号線だ」
「いよいよ、ローズクランソス空港ですか。先ずは、ハイアワサ市手前のホールトンの町の先行偵察ということですね」
「そういうことだ。この空港から、かなりの距離があるからなぁ。進路を確保できるかの調査になる。我等意外にストライカーが4両だ。M224を2門搭載しているから、ホールトンの町を破壊できるだろう」
人口1万人にも届かない町だったらしいから、居座っているゾンビの数も5千体には届かないということかな。
それならゾンビを全て始末するのも容易かもしれない。
「本体は、カンザス市の西をしばらく叩くということですね?」
「全て燃やしたいと言っていたが、さすがにそこまでは無理だろう。河川艦隊の別動隊が来れば東を叩くだろうから、カンザス空港を奪回する時点ではカンザス市のゾンビの数はかなり減るだろう」
計画通りということかな?
ミズーリ川が作った屈曲部にある空港を奪回出来れば、カンザス空港の奪回準備を始めることが出来る。
さすがに今年中にカンザス空港の奪回を始めるには戦力不足だろうから、その準備を整えるまでが今年の目標になるのだろう。
「これが朝食と昼食だ。我等は既に昼食を終えているぞ」
時計を見ると14時を過ぎている。だいぶ寝ていたからなぁ。
袋を受け取って中身を取り出すと、どちらもサンドイッチだった。2食分だから少し量が多いけど、これぐらいは食べられそうだ。
改めてコーヒーをカップに注いで貰い。モニターに映る周囲の景色を眺めながら食事をとることにした。
何度も往復した道だけど、南北に低い山が連なっている。
谷間ではあるんだけど、結構広い土地だ。
食事を終えてドライフルーツを摘まみながらコーヒーを飲んでいると、車が移動方向を変えて今度は北に向かって進み始めた。
山の切れ目を削ったような道路を進むと広い荒野が広がった。
この辺りもかつては豊かな農場だったに違いない。今は雑草の茂る荒地に変わってしまった。
「道路のコンクリートの切れ目にも雑草が育っていますね。このまま10年も過ぎたら道路が無くなってしまいそうです」
「10年ぐらいではそこまで酷くならないだろうが、50年も経ったなら小さな道路は荒地と区別がつかないだろうな。その前にはゾンビを何とかしたいところだ」
長く続く戦いになりつつある。
当初は、20年も掛からないかと思っていたのだが、俺達の代で終わることは無さそうだ。
とは言っても、ゾンビとの戦いに目途が着く状況で軍を去りたいところではあるんだけどねぇ……。
「サミーがいない間に、統合作戦本部から第2陸上艦隊の創設に向けた動きが伝えられたぞ。さすがにテキサスのような大型のダンプを基軸にすることは無かったようだな。テキサスの半分ほどの大きさらしいが、それでもコンテナ4基を搭載したような形になったらしい」
大型ダンプの改造型が2両に長距離トラックの改造型が2両。それにストライカーが16両という事らしい。自走砲は105mm榴弾砲を搭載したハンヴィーが8両という事だけど、81mm迫撃砲も4門ストライカーが牽引するとのことだ。
「兵站を支えるのは輸送部隊になるようだが、軍用トラックだけで10両、それに護衛のストライカーが4両とのことだ。さすがに騎兵隊は同行することは無いようだな」
「やはり騎兵隊ではゾンビとの戦に無理があると?」
「馬を操れる兵士の絶対数が足りないらしい。ペンデルトンで訓練をしているとのことだが、クロケット中尉が率いる騎兵隊の技量に届くにはしばらく時間が掛りそうだ。騎兵隊と似た組織として、ネイティブ主体の部隊も出来そうだ。もっとも1個小隊程の戦力との事だが、ソルトレイク近郊のゾンビを叩いているらしい」
ネイティブの人達なら乗馬は得意だろうからなぁ。
案外騎兵隊よりも活躍してくれるんじゃないかな。
「さすがに兵器は供給しているんでしょうね?」
「改造したガーランドを使っているらしい。7.62mmのNATO弾だから、戦士を相手に出来るだろう。グレネードランチャーもあるからな」
騎兵隊と同じように、かつての御先祖様達のような出で立ちで馬を駆っているのだろうか?
さすがに騎兵隊とは戦区を分けてはいるんだろうけどね。
「彼らの部隊で、度々サミーの事が話題に上がるらしいぞ。ペンデルトンでの逸話が噂になって拡散しているようだ。その内に招待されるかもしれんがこれ以上嫁は増やさんほうが良いかもしれんな」
レディさんの言葉に、通信機の前でパソコンを開いていたパットが大笑いをしてるんだよなぁ。今日はパットが通信機の当番になったらしい。
「レディさん。あまり笑わせないで頂戴。とはいえ、ナナも安心できないわよねぇ。いつの間にか重婚が認められているみたいだし」
「正式な発表は出ていないが、その内に法令改正の通達が出ることは間違いないだろう。キリスト教徒としては考えるところもあるが、教会の重鎮達も現状を憂いているらしいぞ」
宗教はアメリカの良心だからなぁ。
日本のようにいろんな宗教画乱立しているわけではないから、案外早く結論が出そうに思える。
お淑やかで芯のある七海さんと自由奔放の才女であるオリーさんを妻にしているんだから、早めに重婚を認めて欲しいところだ。