H-579 軍の訓練の見直しが必要かもしれない
「今時白旗を振りながら近づく人間はいないぞ! だが、よく帰ってくれた。これでレディの機嫌も良くなるはずだ」
レーヴァさん達が4両のストライカーを並べているジャンクションに到着したのは、ヘリを降りてから2日後の10時過ぎだった。
線路を歩き続けて途中の踏切を北に進み、どうにか70号線に辿り着いたからねえ。
熱いコーヒーを頂きながらまだ残っていたカロリーバーを齧る。
本隊の駐屯する飛行場まではもうすぐだから、昼食には間に合いそうだな。
ストライカーの後ろにキャンピング用の椅子とテーブルを並べてあるから、ゆっくりと椅子に腰を下ろしての休息だ。
結構疲れたなぁ。今夜は早くハンモックで横になろう。
「無事に帰れたのはサミーだけのようだ。3人組は昨日ゾンビに飲まれたらしい。ゾンビに囲まれつつある状況で住宅に籠城するのではなぁ……」
「軍規を乱すようでは、後々問題になりかねません。彼らに非があるのであれば厳罰は仕方のないことなんでしょうけど、罪を減じても結果的には身を滅ぼしたということですか……」」
「無事に戻れる可能性もそれなりにあったということか。サミーと違って、訓練施設でだいぶ訓練をさせたらしいぞ。その点、サミーは現場で戦いを覚えたようなものだからなぁ。どちらかと言えば、彼らの方が生還のチャンスはあっただろうに……。その違いを考えてしまうよ」
訓練なんてしたことが無いからなぁ。市街戦の訓練はペンデルトンの市街戦訓練施設にいたゾンビを掃討した時だけに思えるけど、あれは実戦だよなぁ。
「俺と彼らの違いは、正規な訓練を受けているかいないかぐらいでしょう。となればかつての軍の教育訓練は、必ずしもゾンビとの戦いに役立たないという事になりませんか?」
俺の言葉に、レーヴァさんが濃いコーヒーを飲みながら考え込んでいる。
それ以外にもあるという事かな?
「もう1つあるな。軍に入る前の身体能力もあるだろう。まさか戦士型と戦うとは思わなかったぞ。あれは俺達には無理だ。全員にデザートイーグルが何時でも使える状態であることを確認したぐらいだからな」
「確かにパラベラムは効いていませんでしたね。でも3つの複眼は潰せました。デザートイーグルで戦士型の胴体に穴を開ける前に、目を潰した方が良いと思いますよ」
改めてカップにコーヒーを注いでくれた隊員が、俺の言葉に苦笑いをしてるんだよなぁ。
「デザートイーグルであの目を潰すなんてできませんよ。その前にベレッタでも不可能です。隊長、やはりパーティに1人はショットガンを持たせるべきです」
ダブルオーバッグの散弾で潰そうという事かな?
やはりショットガンは色々と使えそうだ。あのペネリには着色弾しか装填していないんだけど、ストリングの弾帯にダブルオーバッグとスラッグ弾を用意しておいた方が良さそうだな。
「とはいえ、いろいろと勉強になったことは確かだ。さすがに懲罰であることを表には出せないだろうが、今回ドローンで撮影した画像はあちこちで見られるだろうな。ゾンビ相手の市街戦はこれからあちこちで行われるだろう。その前に是非とも見させておきたいところだ」
苦笑いしか浮かばないな。少なくとも名前は出さないで貰いたいところだ。
一服を終えたところで、レーヴァさんがテキサスに俺を送ってくれた。
先ずは帰投報告という事になるんだろうけど、渡されたデジカメをあまり使っていないことに気が付いた。
オリーさんに何て言われるか……。
重い足取りでタラップを上がりテキサスの指揮所に入る。
大きなテーブルには少し疲れた表情の士官達が座っているんだけど、俺が入った途端オリーさんがハグしてくれた。
この辺りは、今でも慣れないんだよなぁ。
オリーさんが解放してくれたところで、カメラを渡すと笑みを浮かべて頷いてくれた。マリアンさんに足を一歩踏み出して敬礼をすると、今にも吹き出しそうな表情で答礼を返してくれた。
ひょっとして……、その場で後ろを向いてナイフの刃に顔を映す。
やられた。しっかりと頬にルージュの後が付いている。
急いでバンダナで拭きとると、再びマリアンさんに体を向ける。
「そのままにしておいても良かったのに……。ご苦労様。先ずは座って頂戴。色々と確認したいことがあるから、昼食はここに用意するわ。残念なことに、帰投報告をしてくれるのはサミー君だけになってしまったの。3人は殉職ということね」
「その件についてはレーヴァさんが教えてくれました。出来れば彼らの行動を教えて頂きたいところです」
「自分の行動と、どこが異なったのか……。死の天秤を傾けた原因は何かという事ね。了解よ。先ずは彼らの行動をおさらいしましょう」
大型モニターにヘリを降りる3人の姿が見えた。
屋上だから、すぐに3人が四方を確認し始める。この辺りは俺と同じなんだよなぁ。
俺より近くに下りたはずだから、ゾンビを刺激しなければ無事に帰れるはずなんだけど……。
少し早送りで彼らの行動を見ていると、俺との違いがだんだんと明確になって来た。
大きくは3つだな。
1つ目は、帰還ルートを最初から70号線にしたことだ。
最短ルートではあるんだけど、ゾンビとの遭遇率が高くなるんじゃないかな。
2つ目は、移動時の行動だ。車両の陰から車両の陰へと移動を繰り返している。
あれでは疲れるだけだろうし、移動距離が稼げない。
3つめは夜間に行動を行っていることだ。
ゾンビの感覚器官が人間と同じだと錯覚しているとしか思えない。通常型ゾンビの姿は、今でも人間とそれほど変わっていないからなんだろう。
なるほどねぇ……。最後はゾンビに囲まれて住宅に逃げ込んでの籠城か。
籠城する気持ちは理解できるけど、籠城するのはゾンビがその囲みを解く方法を別に作るか、救援の可能性がある場合のみだ。
それに扉から入ってくるゾンビを銃撃するだけではなぁ……。せめて最後ぐらいは立てこもる住宅に火を点けて欲しかった。
「色々と問題がありましたね。攻撃部隊や後方に広く展開して残存するゾンビを狩る騎兵隊の戦い方が、このような事態を生じるようでは市街戦は無理に思えてきました」
「懲罰ではあったけど、あえてサミー君も彼らと同じ罰を与えたのは今回のような比較を行うような命令を出すことが出来なかったからなの。その辺りは薄々感じていたようだけど、サミー君から見た3人の行動のどこがいけなかったのかしら?」
マリアンさんの言葉に、先ほど感じた3つを告げるとリッツさん達が顔を見合わせているんだよなぁ。
「1つ目は彼らの状況判断という事ですから、軍歴の長い連中なら一歩離れて状況を見ることも可能でしょう。これは部隊内で古参兵を融通しあえば解決できそうです。ですが……」
3点の相違を細かく説明することになったけど、一番大きな相違はやはりゾンビを良く知らないということになるのだろう。
「私達が戦っているゾンビと、映画やゲームに登場するゾンビを混同しているという事かしら?」
「あの夏の日から1年はそれでも良かったのでしょう。俺達がずっとヘッドショットにこだわっているのは、正しくゲーム世界のゾンビと同じように考えていたからです。でもゾンビの正体を知って、それが恐ろしい速度で進化する生命体だと分かってきました。当初は人間の体をヤドカリのようにして使っていましたが、現在では少し違っています。研究所に質問を投げかけてはいるんですが、現在のゾンビに噛まれた人間はゾンビになるのでしょうか?」
「現在調査を進めているけど、やはりサミー君の推測が当たっているみたい。ゾンビの頭部に幼体は確認されていなかったそうよ」
「それは公式なのかしら? それだったらかなり脅威度が下がるようにも思えるけど」
「調査したゾンビはドーバー市近郊から運んで来たものですから、全てがそうだとは言い切れません。広くサンプルを集めて調べませんと」
マリアンさんの問いに対するオリーさんの答えでは、公式発表までにはまだまだ時間が掛かるようだな。
それでゾンビに対する脅威度が変わるとも思えないんだけど、少しは安心できるということなんだろう。
「話を戻すと彼等とサミー君の決定的な違いは、ゾンビに対する知識ということになるのかしら?」
「知識とまでは言いませんが、ゾンビは進化するものだという認識が欠如していたように思えます。当初のゾンビは視力よりも聴覚を頼りに襲ってきました。彼らの行動はゾンビの視力がそれほど無いことを前提にしているようにしか見えません」
「隠れながら素早く移動する。夜に移動を始めた……。なるほどねぇ。サミー君はあんな通信を送って来るんだから、ゾンビが赤外線領域にシフトした目を持っていると推測したんでしょうね。それであちこちの住宅に火を放ったことに繋がると……」
「それが明確であることは、サミーが濡れたブランケットをまとった時です。あれだけ接近してもゾンビはサミーを無視していました。視力が赤外線領域にシフトしたことでしっかりとサミーの形を認識できなかったのでしょう。同じ仲間だと勘違いしていたのかもしれません」
オリーさんの話を聞いて、マリアンさんがその状況を再度モニターに映して眺めている。
何度も頷いているところを見ると、納得出来たということかな?
「それなら、カンザス川沿いに歩くべきだと思うけど?」
「ゾンビの狩場に、出掛ける勇気はありませんよ。革の両岸にはかなりのゾンビがいるはずです」
俺の答えにちょっと目を丸くして、マリアンさんがオリーさんに視線を向ける。
オリーさんが頷くのを見て、ため息を漏らしているんだよなぁ。
「ゾンビの狩場という可能性はありそうです。ドローンで川岸の偵察はしていませんでしたが、一度行ってはどうでしょう?」
「そうするわ。でも、渡河地点にはいなかったようだけど……。都市部のゾンビの食料という事ね」
そういう意味では、3人組が大きな道路を選んだのは間違いだと言い切れないところがあるけど、ゾンビが結構うろついているからなぁ。それならまだ狩場の方が安全に思える。
「それで、他の都市との違いはあったのかしら?」
「そうですねぇ。統率型は通常型とそれほど相違はありませんから、違いが分かりませんでした。強いて言うなら通常型の目ですね。額部分に第3の目が作られています。かつての目は白く濁っていましたからほとんど視力を失っていると思います。聴力は他のゾンビとそれほど変わってはいないようです。戦士型は初めて見た形態ですね。1対の大きなハサミを持っています。ザリガニのような形ですが硬化しているのは二の腕と先端部分のようでした。硬化の程度はキチン質を持っているだけに思えます。胸が無いんですよねぇ。頭部だと思っていたのは口だったようです。イソギンチャクのように上部に口がありました」
「スタングレネードを使ったのは?」
「一時でもマヒしてくれたなら、槍を突き刺せた型と思いまして……。手榴弾はまだまだ先が長いことから使うのをためらいました」
俺達の会話をしっかりとオリーさんがメモに残している。
直ぐに研究所へ送ろうとしているのかな?
「これで終わりにするわ。ご苦労様。 最後にもう1度行ってくれないと頼んだら?」
「直ぐに出掛けますよ。その時には重量制限を解除してください。出来ればバイクに乗っていきたいですね。サンプルも色々と取りたいところですし……」
俺の話にレディさんの表情がだんだんときつくなって、最後には睨みつけてくるんだよなぁ。
マリアンさんは笑みを浮かべているし、オリーさんも笑みを浮かべて頷いているんだけどねぇ。
「全く懲りない奴だ。それで、その指示を出すということか?」
「少し考えたいところね。でも、サミー君はどこに出掛けても単独なら帰投できることが分かったのが、今回の一番の成果に思えるわ」
終わったと判断したんだろう。レディさんが俺の腕を掴んで立たせると、肘で腹を突いて敬礼を強要してくる。
顔をしかめながらなんとか敬礼をすると、レディさんに腕を掴まれ護送されるような恰好で指揮所出る。
後でマリアンさん達の笑い声が聞こえるんだよなぁ。
オリーさんまで一緒になって笑うことはないと思うんだけどねぇ。