H-055 デンバーが見えた
最初に見つけた死体は男性だった。次に見つけたのも男性だったから、やはり体力のある者達がここまで逃げてきたのだろうと思っていたら、その次は家族連れだった。
次々と線路や線路脇に死体が見つかる。その度に、ゾンビでないことを確認してトロッコの通行に邪魔にならないよう線路わきに退かさねばならない。
「30分ほどで出られると聞いたんだけどなぁ……」
「さすがに数が多くなってきたね。道路を諦めて線路伝いに逃げようとしたに違いないよ」
「ああ、それにしても何の準備もしてないんだよなぁ。ライトを持っていた人物は片手で足りるぞ」
無我夢中だったんだろうな。たまに持っている者もいるのは車に積んであったに違いない。拳銃を持っている者もいるようだけど、銃弾は全て使い果たしている。
それを考えると、ゾンビ騒ぎの最中に逃げ込んだということになるんじゃないかな。
「さて、終わったぞ。先に進もう」
テリーさんの言葉に、俺達はその場を後にする。
すでにトンネルに入って1時間以上も経過している。さぞかし七海さん達が心配しているに違いない。
さらに数百mほど進んだ時だった。
前方が明るいことに気が付いた。少なくともライトの明かりではない。
どうやらトンネルの出口に近づいたらしい。
トンネル出口に近づくと、途端に死体の数が少なくなる。最後の死体を退けた時には、はっきりとトンネルの出口が見えたからね。
トンネルの出口に向かって進むトロッコの上で俺達は銃を握り締める。
トロッコの速度は歩くよりも少し早いぐらいだ。
何時でもギヤを切換えて後退するためなんだろう。
さらに出口に近づき、出口から東に向かって伸びる線路に異常が無いことが分かると、トロッコの速度が一気に速くなる。
ガラガラと音を立ててトロッコがトンネルを抜け出し、再び夏の日差しが俺達を照らし始めた。
開けた場所でトロッコを停めると、着衣を脱ぎながらトランシーバーで山小屋に連絡を入れる。
届かないかな? と思っていたんだが、ちゃんと届いたようだ。短波だから電波があちこちの山に反射して届いているのかもしれないな。
SSB通信だからちょっと聞きにくい声なんだけどコールサインは間違いなく山小屋だ。
状況を伝えたところで、次は定時に連絡すると伝えて通信を終える。
時刻は12時近くだから、ここで昼食にするらしい。
今回はお弁当が無く、エンリケさん達が用意してくれたレーションを頂く。
ミートボールのトマトソース煮は、それだけでお腹がいっぱいになる。その上にジャムを付けたビスケットだからねぇ。
食後の薄いコーヒーが美味しく感じるな。
「さて、トンネルを抜けた。ここから先はデンバーまで大きな町はない。問題はデンバーのどこに核を落としたか分からないんだが、ウイルの話では1発は間違いなく落としたようだな。現在の放射線レベルは変化が無いが、急に上がる可能性もあるから、俺が引き続き監視しておくよ」
「放射能はどれぐらいで無くなるんですか?」
「ネバダの砂漠で実験を繰り返したところは、今でも人の立ち入りを禁止しているぞ。だが日本に落とした核については直ぐに人が住み始めた。日本人が放射線に強いわけではないから、これは気象の違いだと教えて貰ったことがある。日本は大量の雨が降るんだ。それがフォールアウト物質を洗い流したのだろうな」
「洗い流さねばいつまでもそのままだと!」
「そういうことだ。爆心地が分かれば良いのだが、線路から見て分るとも思えない。デンバーにどこまで接近できるかという言葉には、ゾンビの脅威はもちろんだが放射線の脅威もあるんだ」
エンリケさんが丁寧に説明してくれたけど、さてどうなんだろう? 核爆発時に生成される放射性物質は爆発時の気流に乗って広範囲に広がるはずだ。必ずしも中心部だけが高くなるわけではないんだよなぁ。
あれから1年近い時が経過しているから、空気中に漂うような放射性物質は全て雨の為に地面の中に浸透しているだろう。
マスク無しでも問題は無いと思うけど、放射線量が高まるような場合には早々に引き返した方が良さそうに思えるな。
「さて、10km程先に行けば、ローリンズビルだ。その後は谷を抜けながら下っていくんだが、線路近くに町や村は無い。最後に大きく360度曲がるような屈曲部を抜けるとデンバーは目の前と言うことになる。一気に進みたいが……、賛成してくれるか?」
エンリケさんの言葉に俺達は大きく頷いた。
先ずはトンネルが問題なく通れることが分かったからね。次はどこまでいけるかという課題をこなさねばならない。
帰りは夜遅くなりそうだけど、エディの話では直線区間でもっと速度を上げることができるらしい。
ここまでは恐る恐る走らせてきたし、トンネル内で行倒れの人達を線路から退かしていたからなぁ。
「さて、出掛けよう。上手く行けば4時前後にはデンバー近くまで到達できるかもしれん」
再びトロッコに乗り込み、東に向かって進んでいく。
周囲の尾根もだいぶ低く感じるなぁ。だけどこの先にまだ険しいところがあるようなんだけどねぇ。
ローリンズヒルを越えると、南の山裾を巡るようにトロッコが進んでいくから、ともすれば現在地が分からなくなってしまう。
ニックが地図と周囲を見比べているけど、理解できるんだろうか?
「現在地かい? おおよそは分かるぞ。集落は地図にも出てないけど、道路は画がかれているからね。踏切を見れば良いんだ。今この辺りかな?」
ニックが地図で示してくれた場所には確かに線路と道路の交差があった。さっきの踏切がそうなのかな?
道路の番号は何だろうな? 国道では無いようだから、州道と言うことになるんだろう。
地図から見れば次はバンクリフになるのか……。まだ14時前だから、17時にはデンバー市が見えるかもしれないな。
バインクリフの踏切を越えると、再び谷間の南岸沿いにトロッコは進んでいく。人家はおろか道路さえ見えない。
たまに鹿の小さな群れが目に入るだけだ。
結構近くまで寄ってきたんだよなぁ。あの距離なら俺にも鹿を仕留められそうだけど、近くの町からここまでくる手段がねぇ……。
線路上に行倒れもいないようだ。獣にでも食べられたのかな?
ゾンビを獣は食べるんだろうか? まさか獣がゾンビになったらと思うと、ちょっと背筋が寒くなる。
14時半前に少し開けた場所に出て、クレセントの踏切を通る。この先はエルドラド山を時計周りに谷を巡るらしい。
線路の先を眺めてはいるんだが、景色も気にあるんだよなぁ。
こんな山間鉄道なら都市で暮らす人達にかなり人気が出ると思うんだけど、この路線を走る客車は少ないらしい。やはりアメリカは車社会ということなんだろうと、改めて感心してしまう。
エルドラド山を迂回して南にトロッコが向かい始めた時だった。東には遮るような山が無いから遠くにデンバーが見えてきた。双眼鏡で眺めると、デンバーを取り囲む住宅街を見ることができた。
だけど線路は東ではなく南に伸びてるんだよなぁ。住宅街に近づくのはまだまだ先になりそうだ。
テリーさんが、下を見てみろと声を掛けてくれた。
ニックと一緒にトロッコから頭を上げて左手下を見ると、もう1本の線路が走っている。
「この先で大きく円を描いて下の線路に乗るんだ。これからはどんどん標高が下がっていくぞ」
道理で暑いはずだ。Gジャンの前を開けているんだけど、腕が汗ばんでいる。
やがて東の景色が良く見える場所に出たところでトロッコが停まる。
ここで一休みと言うことになるんだろう。時間は15時を少し過ぎた頃だな。
燃料缶でお湯を沸かし、コーヒーを皆で頂く。
エンリケさんが放射線量を測定したところで、俺達の輪に入ってきた。
コーヒーを美味しそうに飲みながら、線量は平常時の2倍程度で止まっているらしい。
「平常時の2倍ならかなりあるように思えるんですが?」
「そんなことは無いぞ。これなら問題ないレベルだからな。俺達は全く放射線を浴びていないわけではない。宇宙から降り注いでいるし、この石からだって出ているんだ。通常でも、ヒューストンに住んでいる住人とソルトレイクに住んでいる住人では1年間に受ける放射線量が2倍以上異なるからな。これからデンバーに近づくことになるが、通常の数倍に達した段階で後退する。それでも問題ないレベルではあるんだが、科学者の言うことを信じるのも問題だからなぁ」
確か放射線を測定するモニターは1時間当たりの放射線量を計っていると聞いたことがある。短時間で通常の数倍を越える放射線を受けても、年間に受ける量の変化の中に埋もれてしまうということなんだろう。
だけど、そんな事を提唱する科学者を信じないのもねぇ……。母さんが似た話をしてくれたのは歯の治療の際に行うX線撮影の話だったな。かなりの放射線量になるらしいけど、一瞬だからね。
「今のところ順調だ。ところでエディ、あのエンジン付きのトロッコはこの坂を登れるんだろうな?」
「やってみないと何とも言えませんけど、一応4段のギヤがありますよ。順調に走っている時には4段目までギヤを上げていますが、坂道なら2段もしくは3段目にすれば登れると思います。それでもきついようなら、後ろのシーソートロッコも使いましょう」
「あれか! 一応、緊急用と聞いてはいるんだが、それを聞いて安心したよ。皆でトロッコを押すのでは何時になったら帰れるか分からないからなぁ」
あれは気休めだと思っているんだけどねぇ。俺達の遊び道具として、次のエンジン付きトロッコが手に入ったら譲って貰おう。
それにしても、広大な大地が広がっているなぁ。
地球が丸いということがこの場で見ると良く分かる。
日本なら水平線になるんだけど、アメリカでは地平線でそれが分かるんだからなぁ。




