H-052 バイクのエンジンで動くトロッコ
ガソリンエンジンには3種類の形式がある。4サイクルと2サイクル、それにロータリーの3種類だ。
4サイクルと2サイクルはピストンシリンダーの配置によって、直列型、V型、水平対向型、それに星形に区分される。
それにしても色々とあるものだな。だけど500CC以下のバイクならほとんどが直列型のピストンエンジンだろう。その中でも一般的なのは4サイクルになる。
俺としては2サイクルの馬力とシンプルさが好きなんだけど、排ガス規制がうるさくなって徐々に廃れているみたいだ。
荒地を走るには都合の良いエンジンなんだけどねぇ……。
「狙いはホンダだな。カワサキも良いだろうけど、国内産は大型バイクばかりだからなぁ。ドイツとイタリアもあるけど、あれはマニア向けだと聞いたことがあるよ」
本田ねぇ……。やはり2サイクルは好かれないか……。
「だけど、それならスクーターもあるんじゃないか? どっちを探せば良いんだか分から無いよなぁ」
「なら両方持っていけば良いんじゃないか? 使わなければ俺達で使えば良いんだし」
エディの言葉に俺とニックが頷く。
要するに何でも良いってことなんだろうな。小型のエンジンが欲しいだけなんだろう。
補強されていないピックアップトラックをバリーさんが貸してくれたから、エディの運転でグランビイの町に向かう。
パット達も出掛けたかったようだけど、ウイル小父さん達と一緒に民家を回って物品調達に向かう事になったから、久しぶりに俺達3人だけのちょっとした遠出になった。
「俺達だけってのは久ぶりだね」
「ああ。ゾンビが現れる前も、無かった気がするよ。それにあったとしても、1回ぐらいじゃないかな」
ニックの言葉にエディが応じている。俺は初めてに思えるんだけどなぁ。何時でもパット達が一緒だったはずだ。
どこに行くのも6人一緒。たまに人数が増えることがあるけど、その時は車も増えるからなぁ。
「ところでどこに行くんだい?」
「ガレージの大きな住宅を適当に回ってみようよ。少なくとも外には停めないだろうからね」
「エンジンは掛けたまま、何時でも逃げ出せるように……、ってやつか?」
俺の提案に、エディが面白そうに言葉を繋げる。
それって、バイク泥棒をする時の心構えに聞こえるぞ。まあ、やることは同じなんだけどね。だけど、バイク泥棒なら命の危険は少ないに違いない。ガレージにゾンビがいたなら住人に見つかるよりもひどいことになりかねない。
「ガレージを開けたら、先ずは中の確認だろうな。俺が開けるから援護を頼むよ」
「任せとけって! 至近距離なら1発で仕留めるからな」
ニックが自信を持って俺に頷いてくれたけど、俺より銃の腕は遥かに上だからね。
安心して任せられそうだ。それに俺だって銃を持っている。1発少なくマガジンに入れてあるけど、それでも7発撃てば1発ぐらいは当たるに違いない。
グランビイの住宅街が見えてきた。
道路を外れて、エディが最初の住宅に向かってトラックを進めて行く。
家の前の小さな広場を使って、トラックを道路に向けると俺とニックがトラックから降りた。
先ずは家から少し距離を置いてゆっくりと家を広回りしながら、ゾンビが潜んでいないことを確認する。
それが終わると、いよいよガレージだ。
シャッターに耳を近付け、中から物音がしていないことを確認する。
「いないようだ。シャッターを開くから、少し下がって援護してくれ」
「了解だ。ゾンビの姿が見えたら声をあげるからな。そしたら後ろにジャンプだぞ!」
顔を見合わせて頷くと、次にエディに向かって手を小さくあげる。
エディも俺達をバックミラーで見ていたのだろう。直ぐに窓から手を伸ばして小さく振ってくれた。
さて始めるか……。
ゆっくりとシャッターに近づき、開閉用にシャッターから突き出た引手を握り、力を籠める。
ガガガ……。結構音が大きいなぁ。
少し動き出すと、勢いが付いて一気に持ち上げられた。俺の身長ほどに開いたシャッターからガレージの中を眺めると、車が1台とスノーモービルが置いてあった。
バイクは無しか……。だけど、スノーモービルのエンジンも確かバイク用のエンジンと同じじゃなかったかな?
何軒か探して無かったなら、これでも良いのかもしれない。
「残念! ……次を探そう」
「最初で見つかるとは思ってなかったけど、現実を目にするとちょっと残念な気がするなぁ」
直ぐにトラックに乗り込むと、次の住宅を目指す。
ようやくバイクを見付けたのは、4軒目だった。ホンダだからニックが笑みを浮かべている。
このバイクは荒地用じゃないんだよなぁ。町中を自転車代わりに乗り回していたのかもしれない。
「もう1台探すのかい?」
「やはり予備は必要だろう? 3軒探しても無かったなら諦めるよ」
「そうだな。そろそろ昼食だろう。ウイル小父さんのトラックをさっき見かけたよ。だいぶ荷物を積んでたぞ」
食料や衣類なんだろう。雑貨屋は1つだけにしたそうだ。海兵隊の人達だって食料を確保しないといけないだろう。
案外他の町のゾンビ掃討は、食料確保を図る上からも大事なのかもしれない。
町の住居は海兵隊の人達が1軒ずつ、家の中を改めているとのことだ。俺達と同じように、終わった家の玄関扉にスプレーで『〇』を描いている。
結構進んでいるようだな。このまま行けば、後は周辺の別荘になるんだがそっちは点在しているから時間が掛かるに違いない。
「グランビイにも飛行場があると聞いたけど?」
「ああ、あることはあるんだが……。滑走路が短いらしいよ。セスナなら飛ばせるみたいだけど、燃料がねぇ……」
飛行機はけっこう燃料を食うからねぇ。
安易に使えないってことなんだろう。だけど、ガソリンスタンドはあるし、車の中にだってまだガソリンが残ってるんじゃないかな。
「グランドジャンクションを何とかしたいというのは、あそこにある飛行場の滑走路と燃料が目当てなんだろうな。中型機を使えるだろうけど、やはり燃料に苦労するんじゃないかな」
「太平洋に展開していた軍はサンフランシスコ湾内に軍艦を停泊させているらしいからなぁ。サンフランシスコからソルトレイク、カンザスかミズリー当たりの空港を経て大西洋に出るルートを作りたいんじゃないか」
「航空機では物資の輸送があまり出来ないと思うけど?」
「地上の道路は車が放置されたままだし、大都市を結んでいるからね。ゾンビの大軍と遭遇しかねない。それで鉄道と言うことになるんだろうけど、結局は大都市を経由しているんだよなぁ」
それでも道路を進むよりは安全に荷を運ぶことができるだろう。線路の状況調査は今後とも継続しそうだな。
何とか客車を牽引できると良いんだけどなぁ。それなら車中泊も可能だろうからさらに遠距離まで調査を進められるだろう。
戦利品をグランビイの駅に下ろしたところで、今日の仕事を終える。
駅の近くの売店を覗いてみると、バックヤードがあった。ヤードの扉には『〇』が描かれていなかったから、ダメ元で中を調べてみる。
「色々と置いてあるぞ! さすがにパンは食べられそうもないけど、チョコレートにガムはまだ食べられそうだ」
「タバコにコーラ……、ジュースもあるね。1年は経っているけど、封は切られていないから大丈夫だろう。バーボンの小瓶もあるよ。缶ビールもね!」
チョコレートとガム、それにタバコを自分達用に取り分けたところで、山積みされている品物を箱ごとトラックの荷台に積み込む。
キャンディーの袋も確保しといたから、これは七海さんとオリーさんに渡せば良いだろう。
お店の中を調べても、中々バックやードまでには目を向けないようだ。結構品物があるんだけどなぁ。
十数箱の段ボール箱を積んだから、荷台には乗れそうもないな。後部座席に乗り込んで、エディの運転で山小屋へと帰ることにした。
山小屋の広場入り口の柵で道路の監視をしていたメイ小母さんに事情を話すと、一緒に監視をしていた女性の1人に応援を頼んでいた。
「小さな売店でも、いろいろとあったみたいね。分配は私達に任せて頂戴。自分達の分は、そのナップザックに入ってるんでしょう?」
俺達のやることぐらい、お見通しらしい。
エディと一緒に頭を下げて、後をお願いすることにした。
食料や缶詰、それにジュースだからね。コーラにビールは後で俺達にも分配されるに違いない。
山小屋のリビングに入ると、薪ストーブのベンチにライルお爺さんが座っていた。
バイクを見付けて駅に置いてあると言ったら、機嫌よく頷いてくれた。
「少し減速比を変えねばなるまい。足りないものはガソリンスタンドのバックヤードを漁れば見つかるだろう。明日はワシと一緒だぞ」
「ちゃんと動くんですよね?」
「動くともさ。車と違ってバイクのエンジンはシンプルじゃからのう。前照灯はすでにあるぞ。ワシの4駆の荷台に付いている作業灯を外して付ければ十分じゃ。強力なLEDライトじゃからな。バイクのライトを付けても良さそうじゃ。それはエンジンを取り付けてからデ十分じゃろう」
「後は組み上げれば良いってことですか? 結構簡単な気がしますけど」
「元々がトロッコじゃからなぁ。漕がずに進めるだけでも十分だろう。ワシも一緒に行きたいから、丁度良かったわい」
故障しても帰る手段があるから問題ないってことにするのかな?
まぁ、西は海兵隊の人達に任せて、東は俺達ってことになるようだけど、乗車定員はどれぐらいになるんだろう?
出来れば、今回も俺達主体で行きたいところなんだけどねぇ。
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1週間ほどシーソートロッコを改造して、どうにか動かすことができた。
完成したのは良いんだが、1つ大きな問題が生じたんだよなぁ。乗員が6人だということだ。
機関車と呼んでいるエンジン付きトロッコは無理して4人だから、それよりはマシなんだが……。
「緊急用じゃから仕方ないところじゃな。となると、東の調査は5人と言うことじゃな。ワシとお前らで4人じゃから、もう1人を誰にするかじゃ」
運転席を兼ねるベンチシートが1つ、その後方が30cmほど空いているから、ベンチシートの背と、トロッコの後方に同じ高さのパイプを付けただけの代物だ。
後ろの3人はずっと立ち続けることになるんだよなぁ。
「後ろのパイプをトロッコから少し後ろに設置できませんか? 今のパイプの位置に50cmほどの高さで板を貼れば、腰を下ろすことも出来そうな気がしますけど」
「なるほど……。少しは、居心地を良くしてやるか。立ち続けるのは疲れるからのう」
完成が少し伸びてしまったが、乗員の数を変えることは出来ない。
ライルお爺さんが、その日の夕食時に緊急用のトロッコの完成をウイル小父さんに伝えた。
「そうか。やはり歩いて帰るというのは問題だったが、定員は最大で6人と言うことだな?」
「無理して6人じゃな。一応、500kgほどのガラクタを積んで動作試験まで終えておるぞ。時速15kmほどじゃが、歩くよりは楽じゃろう」
「十分だ! そうなると人選と言うことになるんだが……」
ウイル小父さんが俺達に顔を向ける。
さて、誰を選ぶんだろう?
問題なくトンネルを抜けられるようなら、これが最初で最後にはならないはずだ。
今回選ばれなくとも、次は俺達3人で行きたいところだな。




