H-511 コーヒーの砂糖を減らすのはなぁ……
生物学研究所の食堂の夕食は、クリスマスということもあり定番の七面鳥が出てきた。
もっともアニメで見るような姿ではなく、しっかりと切り分けられていたんだよなぁ。
ケーキを2つ持参してきたとオリーさんに話したから、俺達の食事は何時もよりも少なめだ。
「おや? サミー君にしては珍しいほどに少食だね?」
同じテーブルに座った、ハンセンさんが首を捻ってるんだよなぁ。
「しっかりと山小屋からケーキを確保してきたみたい。ハンセン博士達も後でいらっしゃいな。山小屋の小母さん達のケーキの腕は、お店を開いても良いくらいの腕よ」
「そうかい? それならミランダとお邪魔しようかな……。でも君達3人の所を邪魔しても良いのかと迷ってしまうね」
「オーロラは今頃、マッチョなサンタにおもちゃを貰っていると思いますよ。俺達2人だけですし、ケーキは2つもありますからね。どうぞいらっしゃってください」
オリーさんの部屋でケーキを4人で頂くことになったのだが、ミランダさんもケーキを1切れ食べて驚いていたからなぁ。
やはり美味しかったに違いない。帰ったらキャシィお婆さん達に教えてあげよう。
「毎年、これを食べられるの! 美味しいことは確かだけど、サミー君はそんなに食べて大丈夫なのかしら?」
ハンセンさん達2人が食べる分程の大きさに、オリーさんが切り分けてくれたんだよねぇ。
「血糖値に問題は無いわよ。それに太るということが無いんだから驚くわよねぇ。しっかりとシックスパックを保っているんですもの」
「それだけ過酷な現場ということになるのだろう。とはいえ、過剰な糖分の取り過ぎは、何時か体に出て来るに違いない。今までの生活を改善するために、あのコーヒーは1杯ごとに砂糖を抜くべきだろう」
苦いコーヒーを飲むようにとのことだろうか?
とりあえずやってはみるけど……、果たして長く続けられるか……。
「その上、このワインも甘口なのよねぇ。さすがにハンセン博士にはきついでしょうから、銘柄を変えたんだけど」
「徹底した、甘味愛好者と言うことかな? サミー君。年上からの忠告だ。やはりコーヒーは1杯ごとに砂糖を抜いて入れる砂糖は角砂糖1つにしなさい」
ゾンビに顔を向けるよりも厳しい目で忠告されてしまった。
渋々頷いたけど、心からではないからね。努力目標として忠告を受け入れよう。
「良い機会ですから、聴いておきたいのですが。その後、あの変わったドローンの仕様は変わっていないのでしょうか?」
俺の言葉に、3人が笑みを浮かべて頷いているんだよなぁ。
何を変えたんだろう?
「炸薬量を増やしたのは陸軍だったね」
「簡易型を作ったみたい。一回り小型なのは、偵察が主目的と言う事かしら。内蔵する爆薬は300kg程度だと言っていたわ」
「自律ドローンを使ってサンプルの回収ができるようにとは、所長の提案だったらしいわ」
直ぐに3つも出て来るんだから、その外にも色々と変えたところがあるんだろうな。
とはいえサンプル回収は、自律ドローンが操縦者の位置まで自動で戻ってくるとの事だから、どんなサンプルを採るかで揉めるに違いない。出来ればコクーンの内部の何かを得たいところだ。
「次の陽動作戦を行う際には、他の地下鉄入り口についても観察しないといけないでしょうね。ナナミ達に期待しても良いかしら?」
「メインは陽動ですが、統合作戦本部も地下鉄構内のコクーンについてはかなり注目しています。ドローンの操縦者はたくさんいますから、その内の何台かをオリーさん達が観察に使うのは可能だと思いますよ」
3人が顔を見合わせて笑みを浮かべている。
少し余分にドローンを運んだ方が良いかもしれないな。
「確かサミー君の部隊には日本人が4人いるんだったね?」
「そうです。常に誰かが聴音装置を使って監視できますよ。とはいえ、少し面倒化もしれませんが音響スペクトル解析が可能な装置の簡略化も、将来に備えて開発をした方が良いのかもしれません。いまのところ虫の声のようなゾンビの交信も、超低音域や可聴域に遷移した種が出てきましたからね」
「それはオットーさんが興味を示しそうだわ。オットーさん達のグループは技術を誇っているみたいだから、その腕を皆に示したいみたいね」
技術オタクの集まりみたいだな。
変わったドローンを作ることでは、満足はしないだろうな。もっと変わった開発を……、と声を出しているに違いない。
22時を過ぎたところで、ハンセンさん達が部屋を去って行った。
残ったワインを2人で飲み干したところで、シャワーを浴びてベッドに入る。
明日は10時に出頭だからなぁ。
あまり寝坊は出来どうもないな。
翌朝。8時に起きて朝食を頂く。
どうにか制服を汚さずに食べられたけど、エントランスでオリーさんが分れる際にネクタイを直してくれた。
「遅くなるようなら、連絡して頂戴」
「了解です。たぶん17時には戻れると思うんですが……」
0940時に迎えを出すと連絡があったから、それまでここで一服していよう。
薄手のバッグには、ノートパソコンに筆記用具、それと関数電卓が入っている。全てオリーさんが準備してくれたものだ。結構便利に使っているんだけど、だいぶUSBが増えた感じだな。貰った当初は2個だったけど、今では10個以上あるからなぁ。専用ケースを見付けた方が良さそうだ。
一服を終えて時計を見ると、まだ15分も余裕がある。
カウンターでコーヒーを頂いて、再びタバコに火を点けた。
2箱持ってきたから、無くなったらカードで購入しておこう。あれからこのカードの残高が増えたとは聞いてないけど、まだまだ残高はあるだろうからね。
約束の時間の5分前に扉が開き、若い女性兵士が入ってきた。
俺の姿を見付けて歩いてきたから、席を立ってバッグを手にする。
「失礼ですが、サミー大尉でしょうか!」
綺麗な敬礼をして問い掛けてくる。
「サミー大尉です。迎えを出して頂きありがとうございます」
答礼をしながら応えると、直ぐに車に案内してくれた。
ドーバー基地内の移動手段を持たないのも問題だな。こっちにきた時には1台借りようかな。
統合作戦本部の建物前に到着して車を降りる。ここまでが迎えに来てくれた軍曹の仕事らしい。
受付で用向きを伝えると、エントランスのソファーで待機していた士官が本部長の私室に案内してくれた。
本部長室の扉を叩き、俺の名を告げる。
直ぐに扉が開かれたから、1歩中に入り再度名を告げる。
「よく来てくれた。そのソファーに座ってくれないか。いまコーヒーを出そう」
本部長が執務机から立ち上がり、俺の前に座ると手を伸ばしてくる。
先ずは握手と言うことかな。
「佐官クラスばかりの席は気の毒だ。作戦指揮官達ばかりだからなぁ。難物もいるから、少し気の毒だと思っていたし、彼らの矜持も考えねばならん。まったく面倒な場所だと感じているよ。とはいえ報告書では分からん前線の状況は、サミ―君に聞くのが一番だろう。その経験を踏まえた将来構想は、我等が是非とも知りたいことでもある……」
会議は人数が少ない方が纏まり易いと誰かが言っていたからね。
俺が会議に参加するような人間でないことを、分かってくれただけでもうれしいところだ。
「私が抱える一番の課題が何か分かるかね?」
「さすがに、俺には分かりかねるところではありますが、俺が気になっていることもあります。案外本質が同じかもしれません。俺の一番の気掛かりは、兵站が持たなくなりつつあるという事なんですが……」
俺の言葉を聞いて、本部長が大きな溜息を吐いた。
「やはり分かるか……。作戦開始時に準備した資材は既に使い果たしている。銃砲弾、爆弾は生産ラインを作ってはいるが、消費量がそれを上回るからなぁ。不足分は近くの軍の基地から補充してはいるが、さすがにゾンビが集団化しているような基地から調達は出来ん。2度程ホーソーン基地からギャラクシー3機で空輸をしたが、さすがに何度も行うことは出来んだろう」
「たぶん一番消費しているのは、フリーダム作戦だと思います。となれば、一時的に作戦を中断するのが一番に思えるのですが?
「止めるのは簡単だが、士気は低下するだろう。さらに止める場所が問題だ。資材不足の状況下だからなぁ」
「大規模なゾンビの移動にさらされることなく、一時的な作戦中断を行える場所ということになるのなら……。地図を出して頂けませんか?」
横に座っていた副官が立ち上がり、執務机の横のマップ棚から地図を持って来てくれた。テーブルに広げると、メイン州からニューヨーク州までが描かれている。
鉛筆で色々と書き込まれているから、この地図を使って何度も打ち合わせをして北に違いない。
「フリーダムの矛先は3つあります。セントローレンス川沿いに進むカナダ軍。中央を進むパイレーツ軍、大西洋沿岸を進むブレーブス軍です。地理的条件や町や都市の規模が同じではありませんから横一列になっての南下は出来ません。間をすり抜けるゾンビを狩るために後方部隊を第2陣として展開していますが、第2陣の方は第一陣と比べて横並びが出来ているはずです……」
第1陣と第2陣の距離は50kmとしているようだ。
その間を飛行船でゾンビを探しているらしい。そういう意味では第2陣と言っているけど実質は第3陣になるのかもしれないな。
「エリー運河とハドソン川を結んだ線。それとニューベリーポートから西に流れるメリマック川と支流の川を使った線で進軍を停止してはどうでしょうか? ゾンビは川を泳ぐことはしませんから、川を挟んだ位置でなら安心して資材を補充できると思うのですが……」
「この位置か……。ニューヨークに足を踏み入れて、足並みを揃えるというなら反対するものはおらんだろうな。おもしろい案だ。十分参考に出来るな」
「1つ問題が……。2つの流域は合体しておりませんから、どうしても空隙が生まれます。この辺りですかね……」
「確かに100km近い空隙ができるが、湖沼地帯になるようだな。少なくとも半年以上は、そこに留まることになるだろう。マリアン大佐のように水路を作ることも可能だろう。それにこの辺りには人家も少ない。大規模に移動するゾンビを発見することは容易だろうし、爆弾やミサイルで数を減らすことも出来そうだ」
「作戦開始から1年半。そろそろ休ませてあげたいところです」
「それもある。やはりニューヨーク市を前にしての再準備という位置付けになるだろうな。フリーダム作戦の第1段階を此処で終わらせるという言い方もできる。次は第2段階でいよいよ……、ということかな。スタティン島の奪回ともリンクさせることができるだろう。若手の参謀を3人程使って、今の話を纏めてくれんか? これはかなりありがたい提案だな」
俺に改めて顔を向けると、笑みを浮かべて頷いてくれた。
『採用!』ということかな?
「だが、このアイデアが単に脳裏に浮かんだわけではあるまい。サミー君の事だ。まったく異なる作戦を考えていた時に浮かんできたのではないのか?」
さすがは本部長。俺の事等お見通しだ。
タバコを取り出して、ジッポーで火を点ける。勿体ぶっているわけではないんだが……、さてどう説明したら良いんだろう?
レディさんがいないから困ってしまう。俺の説明だと取り留めが無くなるんだよなぁ。