H-005 頭を殴ればゾンビは倒せる
朝7時に起きて、シャワーを浴びる。
朝食はシリアルとバナナにコーヒーだ。パット達がサンドイッチを作ったけどこれは昼食兼夕食らしい。紙袋に包んでリュックの中に押し込んでいたから、かなり変形したサンドイッチになってしまうに違いない。
「コーヒーを飲んだら出発だ。通りをしばらく見ていたけど、ゾンビの姿は無かったよ」
「先ずは車ね。全員が乗れるのを選んでよ」
エディの言葉にクリスが注意を与えているけど、これはいつもの事だからなぁ。エディもちゃんと頷いている。分かっているけど、それを俺達にも知らせたかったに違いない。
「さて、出掛けるか。裏門の先の通りは狭いから、正門から堂々と出るぞ」
エディを先頭に、リュックを担いでホッケーのスティックを握る。
杖代わりにもなるだろうし、結構長いからね。これで押し倒すこともできそうだ。
暇つぶしに槍も作ってみたけど、頭を突き刺すのは難しそうだから置いていこう。
階段を下りてエントランスに出ると、俺が先に扉に向かった。
扉のガラス窓越しに左右を見渡し、動くものがないことを確認する。
ゾンビはいないようだな……。後ろに顔を向けて頷くと、扉のロックを外した。
そっと扉を開けて外に出る。
朝に清々しい空気を吸い込むと、生き返るような気持ちになる。
俺の方をポン! と叩いたのはエディに違いない。そのまま頷くとゆっくりと正門に向かって歩いて行った。
正門は閉まっているように見えたんだが、近くに来ると人1人が通れるほどの隙間が空いている。
まさか! と思って警備所を窓越しに覗いてみると血だまりだけが残っている。ここにいたはずの警備員の出血なんだろうが、本人がいないということは……、ゾンビ化したってことだろう。
エディ達に手を振ると、此方に移動してきた。
通りにそっと顔を出して左右を眺める。
いた! ふらふら動いているけど、移動方向は東になるな。さすがに戻ろうとするゾンビはいないようだ。
後ろを振り返ると、クリスの顔が直ぐ傍にあった。
「いたの?」
「東に200mほど。1体だけだ。ふらふらしながら東に歩ているけど、あれでは市に到着するのに数日掛かりそうだ。エディ達は?」
「警備所を物色中。銃があるかも、と言ってたけど」
しばらくすると、残念そうな顔をした2人がやってきた。
なかったみたいだな。
「通りは?」
「東に1体だけだ。あれなら後ろからこれで殴れば十分だろうし、上手く歩けないみたいだから離れて歩けば問題なさそうだ」
「なら、移動を開始するぞ。俺とニックで車を調べるから、サミー達は周辺を警戒してくれ」
「了解だ!」
俺が先頭になって、ゆっくりと通りを東に向かって歩く。
すぐ後ろにナナが続き、その後をエディンとニックが車を調べ始めた。最後尾にはクリスとパットが後ろを気にしながら付いて来る。
かなり遅いペースでの移動だが、使える車を見付けるまでの辛抱だ。
最初に見つけたゾンビは女性だった。20歳ぐらいに見えるけど、腹に数発の銃弾を受けている。
よろよろ歩いているのは腰にも銃弾を受けたためだろう。
砕かれているなら、その内に歩けなくなるんじゃないかな。
10mほどの距離を取ってゾンビの脇を通り過ぎた時には、俺達に向かって手を伸ばしてきた。
目は見えるということなんだろうか?
ゾンビの視力は弱いというのがゲームの常識なんだけどなぁ。
「上手く回避できたね。これからもあんなゾンビばかりだと良いんだけど……」
「ゲームだと案外簡単に倒せるんだけどねぇ……。現実ではどうなんだろう? あの女性も数発の銃弾を受けていたよ。それでも動けるんだからなぁ。それに一番恐ろしいのは、ゾンビが集団になった時だ。数体なら俺達でもなんとかなるかもしれないけど、10体を超えたなら、死にもの狂いで逃げるしかないよ」
「体力は温存、ということですね。了解です」
ナナはゾンビゲームをしたことが無いんだろうな。俺の言葉に頷いて後ろに下がって行った。
使える車を選ぶというのは案外時間が掛かってしまうようだ。
乗り捨ててある車の多くに肝心のキーが付いていないらしい。キーが付いていた車もあったんだけど、6人が乗り込むには小さすぎる。無理して乗り込むとリュックが入らない。
「アメリカにいるんだから、小型車なんて乗らないで欲しいところだ」
「燃費が良いんだろう? エコってことだよ。それに環境問題とかもあるからね」
周囲の見晴らしがよい場所で休憩を取る。
1時間は経過したんだが、遠くにジュニアハイスクールが見えるんだよなぁ。まだ2kmほどしか歩いていないんじゃないか?
「10時少し前だ。何としても昼までには見付けたいぞ。場合によっては2台を調達しても良さそうだ」
「俺は運転できないぞ。バイクなら出来るんだけど……」
「まだ持ってなかったのか? 早めに取らないとガールフレンドも出来ないぞ!」
「そうね……。さすがにバイクでデートというわけにはいかないでしょうね」
そうなのか? 思わず教えてくれたクリスに顔を向けると、笑みを浮かべて頷いてくれた。
この騒ぎが終わったなら、早めに取っておこう。
「サミーは案外人気があるのよ。ストイックなところが良いと友人が言ってたわ」
「ストイック? サミーの場合は考え過ぎってやつだ。それがストイックねぇ……」
「あばたもえくぼの例えがあるわよ。そんなことは言わないの!」
パットがやんわりとニックを注意している。さすがは公認のガールフレンドだな。
10分程度の休憩を終えると、再び東に向かって歩き始めた。
まだ使える車が見つからずに歩いていた時だった。前方に数人が車の中を確認するような動きをしながら歩いているのが見えた。
俺達と同じ連中かな?
立ち止まった俺に気付いてエディンが俺の横にやってきた。
「背中を見ろよ。銃弾の後がある。あれで動けるならゾンビに間違いない」
「あの先に進むには、倒すしかなさそうだけど」
「だな。ニックにも手伝ってもらうか。後ろから近づいて頭にスティックを打ち込めば良いだろう。それで倒せない時にはスティックの先で足を引っかけて、倒れたところで足を叩けば骨折して歩けなくなるはずだ」
「それで行くしかなさそうだね。……ニック! 来てくれ」
3人で襲う相手を決めたところでリュックをその場において、スティックを手にそっとゾンビに近づいていく。
2人荷顔を向けると、向こうも俺を見ていた。
3人が頷いたところで、一気に足を速めながらスティックを大上段に構える。
「どりゃ!!」
掛け声とともに振り下ろしたスティックが男の頭にめり込む。素早く後ろに飛び下がると、次のゾンビに向かってスティックを叩きつけた。
2人に顔を向けると、向こうも何とかなったようだな。
これって人殺しにならないよね?
「何とかなったな。それより気が付いたか?」
「ああ。俺が叫んだ時に、このゾンビは俺に顔を向けた」
視覚は劣化しているようだけど、聴覚は鋭敏になっているようだ。これもゲームに似ているな。そうなるとそれを利用することもできるってことになる。
「おい! あれを見ろよ。あれなら理想的だけど……」
「先に見て来る。サミーは俺達のリュックを頼む」
俺の返事も待たずに2人が駆け出して行った。
その先にあるのは、ピックアップトラックという車だった。5人乗りらしいけど何といっても荷台があるっていうのが良い。
後ろにも人は乗れるし、荷物も1t近く搭載できるんじゃないか?
「倒したのね。やはり頼りになるわ。2人が向かったのは……、見つかったのかしら?」
「ダメならまた探せば良い。リュックを持つのを手伝ってくれないか」
自分のリュックを担いでエディ達のリュックをナナ8と2人で持つ。何を入れてるんだか知らないけどかなり重いんだよなぁ。
そんな俺達の気持ちも理解しないで、ニックがこちらに向かって両手を振っている。
それって、動かせるってことか?
俺達の足取りがだんだん早くなる。
これで歩かずに済むんだからなぁ。笑みが浮かぶのはしょうがないところだ。
「GMのピックアップだ。トヨタなら一回り小さいからな。運転は俺とニック、それにクリスができる。サミーには悪いが荷台で周辺監視を頼む」
「了解だ。何かあったら屋根を叩くよ。それとあまり乱暴な運転は止してくれよ」
「任せとけ。それと、これを掛けとくんだぞ。虫でも目に入ったら始末に負えない」
エディンが渡してくれたのはサングラスだった。これまで物色していた車から見つけたんだろう。
これはありがたい。結構眩しかったんだよなぁ。帽子は飛ばされるといやだから、リュックの中から手ぬぐいを取り出して頭にかぶる。
パットが「海賊みたい!」と言っていたけど、バンダナ以上に万能的な使い出があるからね。サバイバル用品の1つとしてリュックにいつも入っている代物だ。
各自がペットボトルとお菓子を取り出したところで、リュックを荷台に乗せてネットで覆う。これでいくら揺れてもリュックは荷台から落ちることは無い。
俺は皮手袋をして荷台の前方にあるガードパイプを握ることにした。しっかりと握れば、投げ出されないだろう。
いくら何でも、道を外れて走る予定はないだろうからね。
エディが運転席から顔を出して「行くぞ!」と声を掛けてくれた。ゆっくりとトラックが走り出す。
通りを見ると、片道2車線なんだが、対向車線との境界はそのまま1車線程開いている。さすがにコンクリート舗装ではなく、砂利道だ。
不思議に思うのは、日本ならアスファルト道路なんだけど、ここはコンクリート舗装ばかりだ。その方が工事が簡単なのかな?
たまに2車線とも車で塞がっているから、砂利道を通って対向車線を走ることも度々だ。その内に、対向車線を走ることになったのは、こっちの方が放置された車が少ないってことなんだろう。
速度はそれほどでもない。時速60kmほどだろう。日差しが強いから風が気持ちいい。
車の中はエアコンがあるんだろうけどね。
バレナム市に近づくにつれて、通りを彷徨っているゾンビの数が増しているようだ。
対向車線をのろのろと歩いているゾンビをたまに跳ねているんだが、さすがにトラックだけの事はある。あまり衝撃が伝わってこないようだ。
交差点で通りを左折する。
アウトドアショップはもう直ぐ先だ。
昼過ぎに、最初の目的地であるアウトドアショップ近くの空き地に車を止める。
さすがに道が狭いと通り抜けるのに苦労するな。途中で何台かにぶつけて車を退かしたぐらいだ。
窓から顔を出したクリスが、サンドイッチの包みと紙コップを渡してくれた。
どうやら、ここで昼食ってことかな?
荷台に腰を下ろして、車の後方を眺めながらサンドイッチを頂く。紙コップの中身はオレンジジュースだった。
甘いものを飲むと喉が渇くんだよなぁ……。
どうやら、車の中の連中も同じ考えらしく、コーヒーの入った紙コップを渡してくれた。
一口飲んだら、首が横に向いていく。かなり苦いぞ。
タバコの火を点けて、少しずつコーヒーを飲んでいると、エディが運転席を下りて荷台に上がってきた。
「いると思うか?」
「いると思って行動した方が良さそうだ」
俺達が見ているのは、アウトドアショップだ。駐車場には1台の車もないけど、昨日は大量のゾンビが学校前の通りを移動して行った。
真っ直ぐに市の中心部に向かったとも思えない。ここは用心した方が間違いないだろう。