H-042 軍の食事は美味しいと言ってはいけないらしい
夕暮れ前に最後の呼び掛けを行なったところで、スピーカーとアンプをプラスチックのコンテナに仕舞いこみしっかりとロープで固縛しておく。
ゾンビ掃討も、後数時間で終了だ。
すでに19時を過ぎているからね。銃撃は24時で終了する予定だ。その後は屋上を巡回して屋上に上って来るゾンビがいないことを確認するだけで済む。
銃を取ろうとした俺達を軍曹が止めた。
どうやら夕食を取ることにしたらしい。それほどお腹は空いていないんだけどねぇ。
昼食時と同様の手順でレトルトを温める。レディさんの話では、今夜はビーフシチューらしい。ビスケットと一緒にカロリーバーのようなものを渡された。乾燥させた果物をチョコレートで固めた物らしいから、今夜の夜食に取っておこう。
「軍の食事は結構美味しいですね」
「少なくとも母親には言ってはダメだぞ。それは自分の料理の腕を貶されたことに等しいからな。ニックの母親は海兵隊に所属していたんだから間違いないぞ」
レディさんがニックに真剣な表情でアドバイスをしている。
同じような顔でニックが聞いているのが、何となく可笑しくてエディと顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「やはり母さんの料理が一番だと答えるべきだ。そうすれば笑みを浮かべてニックの願いを聞いてくれるだろう。私の場合はハーレーを買ってもらったからな」
俺達の話を面白そうに見ていた兵士の1人が自慢げに話してくれたけど、ハーレーとはねぇ……。お金持ちの家なんだろうね。
「上手くやったなぁ。俺なんか正直に言ったもんだから、その日はコーヒーに冷えたパンだけだったぞ!」
「お前が正直だって! だから慣れないことはしない方が良いってことだな。俺は無言を通しているぞ」
そんな話で兵士達に笑いが起こる。
中々良い雰囲気の分隊だな。訓練と実戦は厳しいとウイル小父さんが話してくれたけど、それがずっと続から仲間意識と連帯感が生まれるのだろう。
「さて、これからは夜の掃討になる。ライトを5個用意してあるが、遠距離まで照らすことは出来んからな。至近距離のゾンビを的確に倒してくれ。分隊全員ではなく2つに分ける。最初はA班だ。30分で交代するぞ。レディはニック達と屋上を引き続き周回して欲しい。以上だ!」
オリバン軍曹の言葉が終わると同時に、4人が銃を持って立ち上がる。
南の駐車場に面する擁壁に4人が位置を定めると、直ぐに銃撃を開始し始めた。
残った人達がB班になるんだろうな。だけど海兵隊の1個分隊は8人じゃなかったか?
人数を確認してみると9人なんだよなぁ……。
「レディさんはB班なんですか?」
「私は急遽この分隊に編入されたんだ。だからその時に応じて変化してしまう。今回は周辺監視を仰せ使った」
そう言うことか。軍隊にも犠牲者が沢山出ているだろうからなぁ。
欠員ばかりで維持できなくなった部隊の隊員を、割り振ったということなんだろう。
「さて、私達も仕事に掛かるぞ。あれだけ銃声がひびいているからなぁ。それを聞いて集まって来るゾンビもいるはずだ」
「ゾンビの主力は南の駐車場ですよ。東西や北はあまり期待できませんね」
期待する方が問題だと思うんだけどなぁ。エディにしてみれば、ゾンビをどんどん狩りたい気持ちがあるんだろうけどね。
周回して倒したゾンビは数体だけだった。ライトを付ければ少しは遠くまで見通せると思うんだが、最初は用意していなかったからなぁ。
戻ったところで、リュックから小型のLEDライトを取り出し、銃身にテープで固定する。
M16だと専用のライトがあるみたいで、レディさんが素早く取り付けている。
羨ましそうにニック達が見ているから、次の補給時に用意してあげようとレディさんが言ったぐらいだ。
「本来は、これより小型のカービン銃に使うものなんだが、今はスターライトスコープがあるから、使う者は少ないぞ。お前達のように小型のLEDライトの方が役立つからな」
確かにライトを多用するようでは問題もあるんだろう。
ライトに向かって銃撃すれば良いなんて、敵に思われることだってあり得る話だ。
屋上を周回した後は銃撃をしている兵士達の邪魔をしない場所選んで、30mほど先のゾンビを倒す。
銃弾をたっぷり持ってきたからね。倒せるだけ倒しておいた方が、後々楽になるに違いない。
深夜近くになると、腕時計を睨んでいたオリバン軍曹が大声を上げた。
「銃を下ろせ! 終了だ。皆、集まってくれ」
指示は徹底しているようだ。ピタリと銃声が止んで、オルバン軍曹のところに集まってきた。俺達も兵士の後ろに腰を下ろす。
「ゾンビ狩りはここで終了となる。後は……、2、3人ずつで屋上から状況監視になる。一応屋上へ上るルートが無いことは確認しているが、何事も想定外は起こるからな。休む時も銃を手元に置いておくんだぞ! そうそう、サプレッサーを直ぐに付けておくんだ。銃声がかなり抑えられるから、それによって集まるゾンビを少なく出来る。間違っても銃剣で刺そうなんて考えるなよ。相手はすでに死んでいるんだからな。頭を破壊しないと襲って来ることになる。昔のスコップなら一撃で頭を破壊できるんだが、今のスコップはそれも出来ん。頭に銃弾を叩き込むだけだ!」
兵士達がM16ライフルの銃口にサプレッサーを取り付け始める。俺達はそれまで使っていた銃をリュックの脇にしっかりと取り付けて、代わりに拳銃を取り出した。ニック達はベレッタ92Fなんだけど、俺の場合はワルサーP38なんだよね。グリップがベレッタよりも細身だから握り易いんだけど、装弾数は8発だしバレルも少し短いんだよなぁ。
セーフティを確認してベルトに挟みこむ。
「お前達は拳銃なのか! 屋上に上がったゾンビなら、そっちの方が良さそうだな」
「猟銃とイエローボーイですからね。常に武器をもう1つと親父に言われてるんです」
「ウイル殿だからだろうな。軍曹殿、我等もそうした方が良いのでは?」
「そうだな。次の補給便に要求しておこう。だが、そっちの少年が使う拳銃は無理だぞ。たぶん、軍用のベレッタを送って来るに違いない」
ニック達の使っているベレッタの軍用版と言うことかな? それも興味があるなぁ。
結構銃には種類があると分かってきたからね。
種類が多いのはそれなりの理由があるんだろうけど、俺にとっては狙った場所に当たる銃が一番に思えるんだよなぁ。
レーションに付いていたコーヒーを飲んでみた。確かに苦いだけに思えるが、お湯で割って砂糖を入れると、それなりに飲めるんだよなぁ。
「全く泥水を飲んでるようだ」等と兵士達が言ってるけど、レーションの味と一緒で結構味付けには軍も気を配っているように思える。
「夜間の監視は俺達がやるから、お前達は寝ていて良いぞ。何かあれば叩き起こすから、その時は手伝ってくれ」
軍曹殿のありがたい指示を受けて、俺達はリュックを枕にブランケットに包まる。
すでに夏ということになるんだが、やはり夜は冷える。ここは標高もあるからなんだろう。
ふと目が覚めた。
隣のエディが大きなイビキをかいている。目が覚めたのはエディのおかげってことだな。
3人の海兵隊員が、ストーブでコーヒーを沸かしていた。
傍に行くと、席を空けてくれたから一緒に座れということなんだろう。
礼を言って腰を下ろすと、ポットを持ち上げて俺に掲げてくれたので、バッグからシェラカップを取り出して注いで貰った。
タバコを取り出すと恨めしそうな顔をしているから、彼らに箱を差し出して勧めると笑みを浮かべて1本取り出して火を点けている。
「切らしていたんだ。良く持っていたな?」
「雑貨屋や民家を調べると、結構見つかるんです。後で1箱進呈しますよ。帰ればカートンで渡せるんですが……」
「ありがたく頂くよ。そういうことか。町の探索が楽しみになってきたな」
皆が1本取り出したところで、最後の兵士が笑みを浮かべて呟きながら残ったタバコの箱を返してくれた。
「名目はゾンビの掃討だぞ。たまたま見つけたなら文句は言われないだろうな」
「となると、酒もあるってことか! 早くグランビイのゾンビを掃討したくなってきたよ」
ちょっとした冗談で、場が和む。
30分ほどの感覚で周囲を見回っているらしい。やはり動いているゾンビの数はだいぶ減ったようだ。
「聴覚が発達しているってことだろうな。あんな濁った眼で俺達を見ることは出来ないと思うんだが?」
「だが、障害物を避けるんだよなぁ。近くは見えるってことじゃないか?」
彼らにも少しずつゾンビの動きが理解できつつあるってことかな?
それは俺達も疑問に思っていることなんだよね。
一番不思議なのが、頭を破壊しないと倒せないってことだ。
「これで、朝にはいなくなるのか?」
「さすがに全部と言うわけにはいかないと思いますよ。そこで役立つのが、道路を南に進んだところに取り付けた目覚まし時計です。しばらく鳴り続けますから、その間に撤退です」
「音で集めて掃討し、音を使ってゾンビを此処から他の場所に誘導するってことか。中々考えたな」
「作戦でも欺瞞工作は大事だと言われたが、実際にそれを見たのは初めてだよ。鍛えるのは体だけじゃないってことだな」
「今さら頭を鍛えようがないぞ。特に俺達はな。それは頭の良い奴に任せとくに限るんだが……、奴らは武器の仕様と地図で考えるからなぁ」
それも問題がありそうだ。
やはり現場の状況を見て考えることが大事に思えるんだけどね。
「そういえば、お前さんはサミーと呼ばれてたな。日本人だから俺達に発音しにくい名前なんだろうが、海兵隊に入りたいと聞いたぞ?」
「将来は航空エンジニアになりたいと思っているんですが、就職する前に現場で最先端の技術を見てみたいと思ってるんです」
「確かに色々と訳の分からん兵器が増えてきたな。飛行機だけでなく総合的なエンジニアリングを学ぶなら、確かに軍が一番かもしれんが……。サミーは俺達と比べて体力が無さそうに思えるんだが」
頭でっかちは海兵隊になれないってことかな? 確かに実戦経験は一番ありそうな軍隊だからなぁ。
「これでも結構強いですよ。さすがにナイフ相手では少し分が悪くなりますが、人間相手ならそこそこ行けると思ってます」
「良く言った! ちょっと体を動かそうか。海兵隊は白兵戦のプロだからな。武器を持たなくとも強いということを教えてやろう」
昔同じ事をウイル小父さんも言ってたんだよなぁ。
やはり俺の貧相な体を見るとそう思えるのかな?
ここは1つ、彼らに教えてあげても良いだろう。マーシャルアーツを誇るだけではいずれ痛い思いをしそうだからね。




