H-040 グランビイに出掛けよう
「いよいよグランビイをやるってことか!」
「準備は完了しているからな。2個分隊を向かわせたいが、各班に2人ずつ付けて欲しいのだが」
「要領を教えるってことか? 確かに必要だろう。出撃した連中の車を回収することになるんだが、分隊毎に2台で良いんだな?」
「ピックアップトラックを分隊毎に2台ずつだ。中々良い車があったぞ。作戦は余裕を見て30時間だが、食料は軍のレーションを3日分持たせることにした。各兵士の銃弾は既定の2倍を用意している」
「場合によっては建物内部の掃討も必要だろう。その時はサプレッサーがいるが、用意は出来ているのか?」
「問題ない。だが、音が出ないわけではないからなぁ……」
「室内なら、それほど問題は無かったぞ。噛まれたらそれまでだ。ヘッドショットで倒してくれ」
海兵隊の小隊長と、ウイル小父さん達が明日の作戦に向けて最終調整を行っている。
傍から聞いていると雑談にも思えるんだが、それで十分に伝わっているということなのかな?
第1分隊には俺達3人が加わり、第2分隊には陸軍の現役兵2人が加わる。
ウイル小父さん達は、目覚まし時計の仕掛けと、俺達が屋上に上がるまで周辺の監視を行い、4台のトラックを移動することになるようだ。
食料は持ってこなくとも良いと言っているけど、カロリーバー位は入れておこう。
使う銃はイエローボーイとパイソンだ。銃弾もたっぷりと持ったから弾切れを嘆くことは無いだろう。
「生存者への呼び掛けだけで十便に思ええるんだけどなぁ。これも使えとライルお爺さんが渡してくれたんだ」
ニックがポケットから取り出したのは、爆竹だった。タバコの太さほどの爆竹が20個つながっている。
3つ貰ったらしいけど、最初に様子を見てから使った方が良さそうだな。
「俺は、それよりもサミーが近くを運転する方が確実に思えるんだけどなぁ。やたらとアクセルを踏むし、ローギヤでずっと走るから、かなり煩いんだよなぁ」
「確かに……。マフラーを改造したら、もっと大きな音が出そうだ」
「せっかく少しは動かせるようになったんだから、あのジープはしばらく手放さないよ」
帰ってきたのが直ぐに分かると言われるぐらい煩い音がするらしい。
運転している本人は、そんなことなど全く気にならないんだけどなぁ。ぶつけたのは6回だし、藪に突っ込んだのは2回だからね。
昨日はちゃんと道路を最後まで走れてたからね。かなり上手くなったと自分では思っているんだけど、2人はそれが分からないらしい。
パット達を乗せた時には、ジェットコースターよりスリルが味わえると好評だったんだからね。
「遊園地のアトラクションより、サミーの助手席の方がスリルが味わえるとクリスが言ってたぞ。遊園地にも行けないからなぁ。たまに乗せてやってくれよ」
「それは、構わないけど……。『キャー、キャー!』と叫ぶんだよなぁ」
俺の言葉に2人が顔を見合わせて首を振っている。どこかおかしいのかな?
「まぁ、結局は慣れの問題らしい。その内に上手くなるさ。だけど、車が走っている最中に、ギヤを見ながら動かすのは止めてくれよ。カーブの途中でそれを見た時には、思わず背筋が寒くなったからな」
しっかり見て、確認することに問題があるってことか?
カーブでなければ問題ないってことだろうから、少し気を付けよう。
「それで俺達が使う銃は、猟銃なんだよなぁ。バンバン撃てないけど、確実に1体ずつ倒していくか。ニックもベレッタを持っていくんだろう?」
「当然だよ。あれなら弾幕を張れるからね。屋上にやって来るとは思えないけど、備えはしっかりしておかないとね」
すでに準備は終わっているんだけど、薪ストーブのベンチに下がって、一服しながら明日の作戦について話し合う。
1つ気になるのは、グランドレイクと違ってグランビイの人口は2倍ほどあることだ。
それを気遣って迎撃か所は2か所にしたし、1か所の人数も倍にしている。
かなり集まってしまっても、銃撃を止めて数時間もすれば移動してしまうだろう。あまり気にすることは無いと思ってはいるんだけど……。
ウイル小父さん達の話が終わったところで、俺達もリビングを引き上げる。
シャワーを浴びて、さっさと眠ろう。
明日は寝坊も出来ないからなぁ。
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翌朝。7時過ぎに目が覚めた。まだぐっすると寝入っている2人を叩き起こして身支度をする。
夏だからなぁ。薄手のジーンズにTシャツで十分だけど、夜は結構涼しい。Gシャツを羽織って、ウインドブレーカーを丸めてリュックに入れておく。Gシャツの上からガンベルトを着けて、イエローボーイを持てば俺の戦仕立ては終了だ。
ニック達も似た姿だけど、ショルダー付きの装備ベルトを装着している。
準備が出来たところで、3人揃ってリビングに向かうとウイル小父さん達が朝のコーヒーを飲んでいた。
俺達も小母さんから受け取って、ゆっくりと味わう。
ニックは粉末のミルクを入れるし、エディはそのままだ。砂糖を入れるのは俺だけなんだけど、俺が珍しいのかな? だけど甘いものは正義だと父さんも言ってたからなぁ。
「準備は出来たようじゃな。耳栓は用意しておるんじゃろう?」
「ちゃんとポケットに入ってますよ。結構音が耳に来ますからね」
「戦場では、それが問題になったんじゃ。特に室内や壕内ではまともに耳に来るからのう。難聴になった兵士も昔は多かったそうじゃ。特にひどいのは砲兵じゃな。戦車兵は最初からイヤープロテクタにイヤホンやマイクが着いたものを付け取るからなぁ」
確かに銃声は大きいんだよなぁ。火薬が爆発するんだから当たり前なんだろうけど、そんなに大きいとは初めて銃を撃つまでは分からなかったんだよね。
映画やテレビで聞く銃声とは全く別物だった。音の暴力といっても良いのかもしれない。
今日のトーストはピーナッツバターがたっぷりと塗ってあった。
夏だからお弁当は無いとのことだけど、コーヒーの入った保温水筒を受け取ったから、これを飲みながらクッキーを食べれば十分だろう。
クッキーはパット達の手作りらしい。まだ温かなクッキーの包みをナナが渡してくれた。
出発時間は9時との事だ。
今回は海兵隊の方で連絡を取り合うとのことだが、念の為にトランシーバーがリュックに入っている。
2杯目のコーヒーを飲んでいると、窓の外を見ていたパットが、トラックがやって来た事を教えてくれた。
「さて、出掛けるか! 今度は人が多いから不安はないだろう。アメリカで一番頼りになる軍隊が海兵隊だ」
ウイル小父さんの後に付いて俺達もリュックを背負って広場に向かう。
海兵隊が一番か……。でも、空軍や陸軍の兵士達も同じような事を言うんだろうな。
ちょっと面白くなってしまうが、それだけ自分達の所属していた軍を誇りに思っているのだろう。
やって来た車は5台だった。
首を傾げていると、どうやらジョナさん達がここまで同行してきたらしい。
「一緒に行くのかと思っていたが?」
「それなら、現場まで付き合うか。分隊長達が優秀だからなぁ。俺の立場が無いんだよ。オリバン! マック! 来てくれ!!」
周囲を眺めていた兵士の中から2人が駆け足でやって来た。
「第1分隊のオリバン軍曹、第2分隊のマック軍曹だ。こちらがここの責任者で、元海兵隊軍曹のウイル殿だ」
「「よろしくお願いします。ウイル殿の掃討方法を教得て頂きましたが、我等と同行して頂けると聞いています」
「同行させるのは5人だ。オリバンに俺の息子達を預ける。ニックにニックの友人のエディ、それに俺のところにホームステイをしていた日本人のサミーだ。難しい名前があるんだが、ニック達と同じようにサミーと呼べば良い。俺達の作戦は彼らが考えたものだ。まだ子供だが頼りになるぞ。マックには現役の陸軍兵であるケントとテリーが同行する」
「息子さんを我等に同行させて大丈夫なんですか?」
「この状況下だ。それに、これまでにゾンビを何体も倒しているぞ。最初は銃を持たなかったからホッケーのスティックで倒していたらしい」
「「ほう……」」
感心した様子で俺達に視線を向けてくる。
本当に危機感を持ったのは、最初だけだったように思える。今は銃を使って離れた場所から倒せるからね。
もっとも頭に当たらないと、話の外になるんだけど……。
「まぁ、海兵隊兵士と比べれば体力は無いし、頑張りも無いんだが……。一般人の中では使えると思ってくれれば十分だ」
「了解。頼りにさせて貰いますよ。それで、武器は? 猟銃にイエローボーイ……。それは本物ですか?」
「元海兵隊の爺さんが趣味で作った品だ。本物なら部屋に飾るさ。だが、357マグナムが使える。もっとも、今日使うのは38SPだろう。50mほどの距離ならヘッドショットできるからな」
「猟銃は7.62mmNATO弾ですね。5.62mmの方が反動が少ないと思いますが?」
「M16ライフル銃弾を温存しときたかった。ここはロッキーだからな。猟で使うライフル銃弾は探せばすぐに見つかる」
なるほどという表情で納得しているようだ。
彼らが猟銃を使い始めるのは案外早いかもしれないな。
「俺達の準備は出来ている。直ぐに出掛けるか?」
「そうですね。早く始めましょう。港のゾンビを掃討しようとして、かなりの仲間を失いました。グランビイが上手く行くなら、それを向こうの仲間に伝えたいです」
オリバン軍曹が俺達を手招きしている。
急いでオリバン軍曹の傍に行くと荷台に乗るように指示を受けた。
「荷台に乗ってくれ。クレディ兵長が君達の面倒を見てくれる」
「了解です!」
直ぐに荷台に乗ったのだが、そこにいたのはオリーさんより少し年上の女性兵士だった。
「そんなに驚かないで。私がクレディよ。レディと呼んでくれても良いわ」
「分かりました。俺がエディ、こっちがニック、それに日本人のサミーです」
うんうんと頷いているけど、もう名前を覚えたってことかな?
直ぐに車が動き出すだろうから、丸めたシートに腰を下ろす。
レディさんは、片手でガードバーを掴んで、俺達を見ているんだよなぁ。兵士達と異なり俺達は私服だからね。それにガンベルトや装備ベルトを着けて、リュックを持ち込んできたからなぁ。
「全員が市販の銃ってことかしら?」
「そうです。市販と言うより頂いた銃と言うのが正しいと思います。M16の銃弾節約と、ゾンビの頭を狙うことからスコープ付きの猟銃です。たくさんやってきたら、ベレッタを使います」
「なるほどね……、おっと! 動き出したわ。確か、集めて相当すると聞いたけど?」
俺達のやり方をレディさんに話すことにした。ウイル小父さんが説明してるんだけど、やはり信じられないのかな?
「そういうこと! 確かに生存者がいると想定して行動した方が良いのかもしれないわね。でも、小さな町だからできたかもしれないわよ。大きな町だと、それこそ道路を埋め尽くすようにしてやって来るんだから」
それも凄いなぁ。俺達は顔を見合わせてしまったぐらいだ。
このやり方ができるのは、小さな町限定なのかもしれないけどグランビイぐらいならどうにかなりそうだ。さすがに道路を埋め尽くすほどの人間が暮らしていたわけではないからね。




