H-037 ワクチン作りには設備と専門家が必要だろう
ニック達を迎えに、2台のピックアップトラックでグランドレイクの町に向かう。
俺達の到着を、首を長くして待っているんじゃないかな。
朝方の交信では、バリーさん達の元気な様子が傍で聞いていても分かったぐらいだからね。
別荘区画を過ぎると、トラックの速度が落ちる。
今日は荷台ではなく後部座席に座っているんだが、何時でも狙撃ができるようにイエローボーイを持ったままだ。
「おっ! 俺達に気が付いたみたいだな。手を振ってるぞ」
「だいぶゾンビを倒したようじゃな。だが動いているゾンビはいないようじゃ」
「あの音を聞いて移動したってことだろう。少し近かったかな。ここまで聞こえて来る」
確かに聞こえて来る。そんなに大きな音じゃないんだけど、どうやら大音量を売りにした製品だったようだ。
俺達のトラックがゆっくりと駐車場にバックで入ると、後続のテリーさん達の乗るトラックはUターンして国道で待機する。
ベランダからニック達が銃を突き出して、ゾンビの警戒を行ってくれているけど、あの銃を撃ったら、ゾンビが押し寄せて来るんじゃないかな?
トラックが停まったところで素早く降車すると荷台に上がり、持ってきた伸縮ハシゴをベランダへと伸ばした。
身軽に下りてきたのはエディとニックだ。
俺とニックでハシゴを支え、梯子を斜路のように使って荷をロープでバリーさん達が下ろし始める。
周辺の監視は、車から降りたウイル小父さんとライルお爺さんがやってくれるから安心して作業を行える。
「これで荷は前部だ。次はニック達が降りるからな!」
残り4人が降りてきたところでハシゴを片付ける。ニック達は国道のトラックへと歩き出した。
「どうやら全員が乗車したようだ。山荘に戻ったら詳しい話を聞こう」
「そうじゃな。次はワシ等の番じゃ。町中じゃから、かなりのゾンビが集まって来るに違いないぞ」
車内から2人の話声が聞こえて来る。
バリーさん達の運転するトラックが動き出したから、その後を俺達のトラックが続く。
山小屋まで30分ほどの距離だから、一服して後方監視をしていよう。
後方を見ていたんだが、ふらりと国道に現れるゾンビはいなかった。ゾンビの数が減っているのかな?
別荘の方にも動きが無いんだよね。
開いた柵の間からトラックが広場に入っていく。
車が停まったところで荷台を降りると、プラスチックのコンテナに入った資材を下ろして、近くのテントに運び込んだ。
不足分を調べて補充しないといけないが、それは今日でなくても良いはずだ。
皆と一緒に山小屋に入り、テーブルに座って状況の共有を図る。
概要はリーダーのバリーさんが話してくれた。
「……と、まぁそんな感じだった。ゾンビは音に反応するというのは分かっていたが、雷鳴にも反応するとはなぁ。確かに銃声を越える音量なのは間違いないんだが」
「無事で何よりだった。最初は驚いたぞ。予定外の通信が入ってきたからなぁ」
ウイル小父さんの言葉に、「済まん、すまん」とバリーさんが頭を掻いている。
「まるで昔のディスコと言えばわかるだろう? 今までふらふらしていたゾンビがそんな風に変わってしまった。動きも少し上がったように思えるんだがなぁ」
「動きが早くなっただと?」
怪訝そうな表情でウイル小父さんが問いかける。
「倍になったとは言わないよ。動きが良くなったという感じだな。だが歩く速度はそれほど変わらなかったぞ」
「将来的には、走るなんてことが起こらねば良いんじゃが……」
ライルお爺さんがポツリと呟いた。
さすがにそうなったら、かなり危機的な状況になってしまうだろうな。
「さすがにそれは無いんじゃないか? 事故が起きてから半年以上過ぎている。まだそんなゾンビを見たことが無いからなぁ。だが、用心に越したことは無い。ショットガンを各班ごとに用意して置くべきかもしれんな」
「ポンプアクションが3丁余っとるぞ。分解して整備をしとくとしようかの」
ハンタークラブにあったからなぁ。小母さん達が使っているけど、持参してきたショットガンもあるらしいから、余ったということになるんだろう。パット達も水平2連のショットガンを持っているようだけど、あれはベレッタF92を常備しているからだろうな。
いざとなれば拳銃で弾幕を張るつもりに違いない。
「手榴弾はまだあるのか? 集団になれば一番手頃なんだが」
「生憎と、残りは2だース程だ。やはりライフルを多用してほしい。だが、出掛ける時には1個は持って行ってくれよ。節約した結果、ゾンビになりましたでは笑いごとでは済まないからな」
まだまだ猟銃の銃弾はたっぷりあるらしいが、ゾンビの数も多い。グランビイの町で同じ事をするなら少しは補充できるんだろうけどね。
俺達の話に一段落がつくと、メイ小母さん達が昼食を運んで来てくれた。
インスタントスープに手作りのパン、それにコーヒーだ。
昼食が終わると、ニック達はシャワーを浴びに出掛けた。その後は昼寝をすると言っていたけど、俺みたいに起きたら真夜中ってことになりそうだな。
テーブルから席を離れて、外に出る。
小母さん達の見張りを手伝ってあげようと、焚火に向かったんだがそこにいたのはパット達だった。
「あら、昼食は済んだの?」
「今終わったところだ。ニック達はシャワーを浴びに出掛けたよ。その後はベッドにまっしぐらだろうね。昨夜はろくに寝ていないらしいから」
「そうなんだ。夕食前には起こしてあげないとね。……それにしても、日本の小説って面白いわね。ナナが翻訳して聞かせてくれたんだけど、100年前に星空の旅を想像できるなんて、日本人の感性はかなり優れていると感心してたのよ」
『銀河鉄道の夜』を読んでいたのかな?
あれって、小説というより童話に近い気もするんだよなぁ。だけど、日本人を褒めて貰えるのは何となく嬉しくなるな。
「子供達を連れて、小母さん達も聞いてたのよ。『良い話ですね』と言ってたわ」
クリスが笑みを浮かべている。だけど、かなり宗教色も強いんだよなぁ。その辺りは問題にならなかったのかな?
「日本人にもクリスチャンがいるとは思わなかったと言ってたわ。これって、そういうことなのかしら?」
「自己犠牲を美化した物語であることは確かだと思うよ。だけどジョバンニは果たしてクリスチャンなんだろうか? カンパネルラなら日曜ごとに教会に行ってる感じもするけどね」
俺の話を聞いて、パット達が話を始める。
話に加わるのもちょっと考えてしまうから、風向きを調べてタバコに火を点けた。
「あら! こんなところにいたのね」
俺の隣に腰を下ろしたのはオリーさんだった。
昨夜のことがあるから思わず顔が赤らんだけど、パット達はおしゃべりに夢中だから気が付いていないようだな?
ほっと、溜息を洩らしながらオリーさんに顔を向ける。
「昼食を終えたところなんです。昨夜の雷雨の時に、ゾンビの動きが活性化したような報告をバリーさんがしてくれました」
「進化してるってことかしら?」
「ウイル小父さんは否定してましたよ。それならすでに俺達の前に現れているだろうと」
「私はね。大学院に在籍してたの。就職はまだ先だと思って、資格を生かして救急医療チームでのバイトをしてたんだけど、専攻は臨床医療よ。でも大学では他の講義もいくつか聴講してたの。その中でも生物学は面白かったわ。教授が定年間近のお爺さんだったけど、ウイルス学の権威でもあったわ……」
事故前を懐かしむような表情で、湖を見ている。
きっと学生生活は楽しかったに違いない。でもオリーさんって、結構若いはずだ。パットの1つ上の姉さんと紹介されても、誰もがそれを信じると思うんだけどなぁ。
そういえば、ここは日本と違うんだよなぁ。優秀な頭脳の持ち主なら飛び級は当たり前だからねぇ。俺の両親もそれを期待しているみたいだったが、そんなに急いで卒業することも無いと思うんだけどなぁ。
先ずは友人を沢山作って、楽しまないとね。
「いつだったか忘れたけど、その教授がいつものように脱線に次ぐ脱線で展開された話の中に、突然変異の話があったの。突然変異は環境の激変で種を残すために引き起こされるというのが教授の持論だったけど、別の要因でも起こると言ってたわ。その最たるものが放射線と言う事だった。しかも個体の大きさが小さいほど影響を受けるともね」
オリーさんの話に、俺達はしばし無言になる。
そんな中、オリーさんに問いかけたのはナナだった。
「事故が起こったのはバレナム市の西にある研究区画でした。公的な研究施設だけでなく、名の知られた大企業に研究施設も沢山あったようです。となれば……、その中で新たな製薬研究の為に変わった微生物の研究も行われていたのでしょうか?」
「その通りよ。人口密集地から離れた場所だし、研究者というのは全く異なる研究者と親交を深める傾向があるの。ある意味、発想の転換を図りたいという事かもしれないわ。私の学友も何人か、そんな研究所でバイトをしているらしいけど、秘密漏洩を禁じるための制約書まで書かされたと言っていたわ。仕事は実験動物の世話だと聞いたけどね」
「研究所内で動物を飼っているんですか?」
動物好きのパットが直ぐに問い掛ける。
新薬の実験を人間で行うわけにはいかないだろうからなぁ。オリーさんの話では、種々の動物を飼っているみたいだ。
「ここだけの話だけど……、たまに軍人も見学にやって来るそうよ。アメリカは世界中に軍隊を派遣しているから、風土病の研究は一番進んでいるかもしれないわね。そんな軍人の関心事は、複数の風土病に効く特効薬と言う事らしいわ。細菌兵器かしらと思っていた私に、バイトに出掛けた友人が小声で教えてくれたわよ」
それって、表と裏がありそうな研究に思えて来るな。
だけど、名目的には誰もが賛成するに違いない。派遣される場所によっては何本も注射を受けるとウイル小父さんが言ってたことがあるからね。
それが1本で済むなら、医薬品の保管も楽になるだろうし、何と言っても兵士達が大歓迎してくれるに違いない。
ガタイの良い兵士でも、注射が怖いと言い出す連中がいるそうだからなぁ。
「ゾンビを解剖したら、少しは分かるかもしれないけど……」
「それは命掛けですよ。かなり危険な話に思えます」
とは言ったものの、多分何体かは行ったんじゃないかな。その為にどれだけの人間が犠牲になったのかは追って知るべし、と言うことになるんだろうけどね。
「そうなると、何らかの原因で変異した微生物が原因と言う線が濃厚ね。後はその微生物を培養して、対処可能なワクチンを作れれば良いんだけど……」
「そんな研究施設が残っているかどうかということですか」
俺の言葉に、オリーさんが力なく頷いた。
原因となる微生物の分離と培養、それに対処できるワクチンの精製……、いくつかの研究施設が必要になるんだろうな。
そんな研究施設がまだ残っているのだろうか。それに、その研究を行えるだけの人材が生存しているのだろうか。
いくら考えても俺達には分からないことばかりだ。とりあえずは現状の計画に沿って、ゾンビの掃討と生存者の救出を考えて行けば良い。難しいことは、別に誰かが考えてくれるだろう。




