H-036 オリー姉さんと七海さん
夕食を終えた小母さん達が戻ってくると、俺達は山小屋に向かう。
すでにウイル小父さん達は夕食を終えたようで、俺達4人が夕食の席に着いた。
「雨が降ってきたぞ。ご婦人方も、バンに入ったようじゃな」
薪ストーブの傍で窓の外を見ていたライルお爺さんが、こちらに顔を向けて教えてくれた。
「ニック達は雨に濡れないんでしょう?」
「2階の通路から1階のリビングに入って来るゾンビを倒してるから濡れることは無いと思うよ。バリーさん達だって、ベランダから少し入れば屋根の下だからね」
ニックが心配なんだろう。メイ小母さんに答えると、笑みを浮かべて頷いてくれた。
テーブルにレトルトのシチューと手作りのパンが並ぶ。果物もあるけど、缶詰だろうな。
やはり新鮮な野菜と果物が欲しくなる。野菜は温室で少し育てているから、たまに皿の隅に乗る時もあるけど、果物だけはどうしようも無さそうだ。気候からリンゴ位は育ちそうにも思えるから、別荘を探せばあるかもしれないな。
食事が済んでお茶を飲んでいると、突然雷鳴が響き渡った。
季節の変わり目だから、雷雲が発達したのだろう。
小母さん達は、大丈夫なんだろうか?
「昔大きな竜巻が来たのよ。その時の雷が凄かったの!」
「地下に避難したわ。まだジュニアスクール時代だったから、ずっと母さんに抱き着いていたのを覚えてるわ」
「俺は、まだ竜巻を見たことが無いんですよ……。その内に見られるでしょうか?」
「この辺りでは無理じゃな。東の山脈が竜巻の進路を変えてしまうんじゃ。そういう意味では、ここは平和じゃな」
「カンザス辺りでは、どの家にもシェルターがあるぞ。少し深めの地下室のようなものだが、中には倉庫代わりに使っている家もあるらしい。肝心な時に逃げ込める場所が無いと困ると思うんだがなぁ」
ライルお爺さんとウイル小父さんが俺達の話に加わってきた。
どんな構造なのか、詳しく聞こうと2人のいる薪ストーブに向おうとしたら、トランシーバーからバリーさんの声が聞こえてきた。
「んっ! 交信時間じゃないな。何かあったってことか?」
ウイル小父さんがベンチから通信機の置いてあるデスクに走っていく。
『俺だ! ……本当か? とりあえずはそっちも何も出来まい。結構強い雷だからな。変化があったら、また教えてくれ!』
通信を終えて、俺達の方に歩いて来たウイル小父さんの表情に危機感はまるでない。
何が起こったんだろう?
「ゾンビの動きがおかしいとの事だ。元々おかしな動きをしてるんだが、雷鳴が聞こえてからはその場で右往左往しているらしい」
「雷鳴に反応したと?」
オリーさんの言葉に、ウイル小父さんが頷く。
雷の音は大きいからね。それに、あちこちに落ちてるみたいだから、確かに方向がまちまちになる。それで混乱しているように見えるのかな?
とはいえ、現状でそれが利用できるとも思えない。今のところは計画通りに進めることで良いんじゃないかな。
一服するために、薪ストーブに移動する。窓の外は稲妻の閃光に一瞬広場の奥まで見える時もあるし、雷鳴も結構大きく聞こえるなぁ。
パット達はオリーさんやメイ小母さん達と一緒に、カードゲームを始めたようだ。
俺達は男同士で雑談でもしよう。
「アメリカ軍はどれほど残っておるのか……」
「多くて2割。場合によっては数万人かもしれん。陸軍基地や海軍基地それに空軍基地も壊滅しているらしい。軍艦ならある程度は残っているかもしれんが、常に海上にいるわけではないからなぁ。誰か1人でも感染者がいたなら、その艦は全滅したに違いない」
「やはり大規模な反攻作戦は出来んじゃろうな」
「兵站が持たんだろう。補給基地その者は無事でも、そこにいる連中がゾンビ化したとなれば銃弾さえ手に入らなくなりそうだ。銃メーカーの工場と銃弾工場を奪回してからになるんじゃないか? 補給船にもそれなりの資材は積んであるだろうが、多くは作戦前に搭載すると聞いたぞ」
「でも、アメリカは銃社会と言われてますよ。国民1人辺り2丁は持っているような事聞いたことがあります。1丁辺り10発の銃弾があるなら、国全体で30億発近い銃弾があるんじゃないですか?」
俺の言葉に、2人が呆れた顔をしている。
変な事を言ったかな?
「統計をみればそうなるだろう。だが、民家を1軒ずつ調べるなんて出来ないだろう。それに、きちんと飾ってあるとも思えんな。そうなると数軒を探しても2、3丁だろうし、銃弾は統一が取れていない」
「一般人の持つ銃は、手入れも適当だからのう。探すなら銃砲店に警察じゃな。マーケットも狙い目じゃ」
それで集まる銃弾は拳銃弾なら9mmパラベラムに38SP辺りになるらしい。
ライフル銃は猟銃として使われているらしいから、7.62mmNATO弾もしくはそれに規格が合ったものと言うことだ。
357マグナム弾は銃砲店ということだから、大事に使わねばなるまい。
「出来れば銃砲店1つを丸々手に入れたいところじゃな。カスタマイズも出来るし、強装弾も作れるぞ」
「グランビイの町でも無理だろうな……。少なくとも人口3万人の町なら、それなりの銃砲店があるだろうが、ゾンビを倒すために多くの町を爆撃している。果たして残っているかどうかだ」
それで、銃メーカーの工場ということになるのかな?
工場を町中に作ることは無いだろうから、爆撃を逃れている可能性が高いと言うことになるんだろう。
「なるべく銃弾を大事に使います」
「あまり気にしない方が良いぞ。先ずは齧られないことだ。現状でも銃弾の節約をしているんだからな。ハンタークラブでたっぷりと銃弾を手に入れた。今はそれを使っているし、それが無くなったとしても、お前達が運んで来た銃弾や爺さんが運んで来た銃弾、それに俺の家から運んで来た銃弾やここに貯蔵していた銃弾もあるんだからな」
つまらないことを考えるなと言われてしまった。
とはいえ、一番中の扱いが下手であることも確かだ。
ライルお爺さんに手ほどきして貰ったんだが、結果はお爺さんが首を傾げるばかりだったからね。
定時連絡の時間になったらしく、ウイル小父さんが無線機に向かって行く。
何時の間にか雷雨は治まったようだ。さて、ニック達はどうなってるんだろう?
通信を終えて帰ってきたウイル小父さんの表情はいつも通りだから、特段の事は無かったんだろう。
それでも、ライルお爺さんの「どうじゃった?」という問いに、表情を変えることなく、俺達と同じで問題は全くないと答えてくれた。
パット達も聞き耳を立てていたようだけど、これで少しは安心出来るに違いない。
22時を回ったから、そろそろ引き上げよう。
軽くシャワーを浴びようと、シャワー室へと向かったのだが……。
シャワー室から出てきた俺の手を誰かが握り締めた。
「これから寝るだけでしょう? ちょっと付き合って!」
当惑気味の俺に、笑みを浮かべたのはオリーさんだった。
「こっちよ!」
ちゃんと付いて行くから、手は放して欲しいんだけどなぁ……。
向かった先は、トンネル内の駐車場。天井照明の三分の二程が消されているけど、どこに何があるかぐらいは十分わかる。
冬場は、この状態で何度もシャワー室から水をバケツで運んだのは良い思い出になるに違いない。
「入って!」
俺達が山小屋まで載ってきたピックアップトラックの後部座席に俺を誘うと、いきなり俺の顔を両手で掴んでキスをしてきた。
「この先どうなるか分からないでしょう。それでね……」
俺から顔を離すと、俺を見ながら服を脱いでいく。
これって、あれか? だけど、いきなりだよなぁ?
これがこの国の伝統だとしたら問題に思えるんだけど……。
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「さすがに、恋人という鎖であなたを縛ろうとは思わないわよ。でも、たまには私の相手をしてくれるのが今夜の口止めの条件ね」
ブランケットに一緒に包まって、タバコを2人で楽しむ。
さすがに夜中にトンネル内にやって来る人はいないだろうけど、まだドキドキしてるんだよなぁ。それにオリーさんの形の良い胸が未だに俺に密着しているのも問題だ。
「俺に利点があり過ぎるように思えますけど……」
「いつまでも縛ろうなんて思わないわ。少なくともここにいる間だけ……。他の人達と合流したなら、私にだって新たなロマンスが生まれると思うの」
「俺には、良いお姉さんの思いでだけが残ると?」
「そうね! その通りよ。明日から、私の事はオリー姉さんと呼ぶこと! 良いわね」
渋々頷くことで了承を伝える。
なんだかなぁ……。それで良いのかな? 確かにオリーさんは美人だし、スタイルも良い。お姉さんだったらと思う気持ちもあるんだけど、それならさっきまでの行為は何だったんだろう?
「次が楽しみね。期待してるわ」
そういって、俺から体を離してブランケットから抜け出るとシートの端に放ってあった服を着る。
車から降りて、俺に手を振って出て行ったけど、俺はもう少しここにいた方が良いのかもしれないな。
とりあえず服を着て室内を基に戻し、トンネル内で一服することにした。
あまり考えないでおこう。考え過ぎると眠れなくなってしまいそうだ。
一服を終えたところで、部屋に戻る。
夜遅いからだろう。誰にも会わずに済んで部屋の扉を後ろ手に閉めると、ほっとした気分になる。
明日はニック達を回収するからね。遅くまで寝ているわけにはいかない。
ゾンビをおびき寄せる為に目覚まし時計を沢山集めたのだったら、俺達の部屋にも1つ欲しいところだな……。
翌朝の目覚めは、お腹への強い衝撃にいるものだった。
慌てて上半身を起こすと、ナナの顔がベッドの直ぐ傍にあったから、思わず「ギャァ!」と叫び越えを上げるところだった。
顔だけだからなぁ。まるで生首だ。あまり表情を見せないナナだから、かなり怖かったぞ。
「いい加減に起きる! 皆起きてるわよ」
「ああ、分かった。そうだな。今日は俺だけだったんだ……」
久しぶりに日本語を聞いた。
ナナも久しぶりだったに違いない。俺の言葉に笑みを浮かべて頷いている。
「たまには、母国語を使いたいわ。そうしないと、忘れそうだもの」
「そうしようか? 今日からはナナと呼ばずに『七海さん』と呼ぶよ。……そうだ。日本から持って来た本があるんだけど……、読んでみるかい?」
着替えを済ませて、ロッカーからリュックを出す。確か下の方に入れておいたんだよなぁ……。
あった! これだな。
どうにか探し当てたのは、2冊の小説だった。
宮沢賢治に森鴎外。ハードカバーの立派なものだ。しかも旧漢字で書かれているのが凄いと思って購入したんだが、結構読めない漢字があるんだよなぁ。
「この2冊なんだけど……」
「今なら貴重な本になるんでしょうね。ありがとう。借りるわね」
嬉しそうに笑みを浮かべて受け取ってくれた。
さて、今日の朝食は何だろう? ジャムが毎日違うんだよなぁ。出来ればマーマレードなら嬉しいんだけどね。
何時の間にか、七海さんが俺の左手を握っている。
これは、あれかな?
今日は1日、良い日が続くに違いない。




