H-031 屋上を巡りながらゾンビを倒す
2度目の呼び掛けは、ベントンさんが代わってくれた。
その間に、ウインチェスターのパイプマガジンに銃弾を装填する。12発入るとライルお爺さんが教えてくれたんだが、あまり入れるとマガジン内のコイルバネがへったってしまいそうだ。ここは8発に留めておこう。
クイックストリッパーはそのままにして、銃弾の入った箱から1個ずつ丁寧に押し込んでいく。
「10発は入れといても良いと思うんじゃがのう。まぁ、人様々と言う事じゃな。それにしても集まってきたわい」
屋上の低い擁壁に近づいて下を見ている。すでに30体を越えているからなぁ。国道伝いに町の方からもまだまだやって来るぞ。
俺の肩をポン! と叩いたのはウイル小父さんだった。
どうやら2回目の呼び掛けが終わったところらしい。
「やはり反応が無いな。だが夕暮れまでに、まだ数回はできるだろう。……今度はゾンビを掃討する。注意点は、駐車場を見てくれ。黄色のペインで囲まれた場所を狙わないことだけだ。俺とライル爺さんが左で、エンリケ達はあの印の右を頼む。サミーは屋上を回りながら、近づいてきたゾンビの処理を頼んだぞ」
駐車場が東だから、南北それに西側にやって来るゾンビを倒せばいいらしい。
「準備出来次第初めてくれ!」
「「了解!!」」
たちまち、銃声が広がった。
耳栓をしておいて良かったな。俺も始めよう。
先ずは西の擁壁からだな。それから時計周りに東に移動してみよう。その繰り返しで良いはずだ。
西の擁壁から下を覗くと、数体がゆらゆらと体を揺らしながら藪の中を東に移動しているのが見えた。
膝撃ちの態勢でウインチェスターを構えながら左手でレバーをガチャリと動かすと、ハンマ―が後ろに下がる。
慎重にドットサイトを覗き、光点をゾンビの頭に合わせて……、トリガーを引いた。
パァン! という乾いた銃声と共にゾンビの頭に命中して粘り気のある血潮が飛び散る。
俺達の血は赤いんだけど、どう見ても水で薄めたようなピンクにしか見えないな。
すでに死んでいるから変色しているのかなぁ……。それに何故動いているのか、いつも不思議に思えるんだよなぁ。
次弾は直ぐ傍にいたゾンビに狙いを定めて撃ったんだが、ゆらゆらと頭が動くから、外れてしまった。
次も外れて、4発目でどうにか倒すことができた。
動きを予測して撃たないと駄目ってことかな?
前回は此方に寄って来るゾンビだったから、それほど頭が動くことが無かった。
だけど今回は横に移動しているゾンビだから、ちょっと勝手が違うんだよなぁ……。
西で3体を倒して、今度は北に移動する。
ゆっくりと擁壁伝いに歩いてゾンビを探したんだが、生憎と見付けられなかった。そのまま東に向かうと、道路を歩いて来るゾンビの群れを見付けた。
ずっと町までつながっているように見える。
やはり、それだけ町に近づいたってことなんだろうが、かなりの数だぞ。
建物に近いゾンビを2体倒すと、チューブマガジン内の銃弾が尽きたようだ。
弾丸ポーチからスピードストリップを取り出し、ベルトについている銃弾を次々とマガジンに押し込んだ。6発だからなぁ。10発物が欲しかった。
これもそれなりに便利だから文句は言わないでおこう。ベルトをポケットに仕舞いこんで、再びゾンビを狙っていく。
2度程往復していると、ウイル小父さん達の銃撃の音が止んでいることに気が付いた。
一息入れるってことかな?
スピードストリップも使い果たしたから、一服しながら銃弾をセットしよう。
耳栓を外して皆のところに行くと、俺がやって来たことを知ったライルお爺さんがコーヒーの入ったカップを渡してくれた。
砂糖が入っていないだろうから、腰のバッグから砂糖のスティックを取り出してカップに入れる。
「コーヒーに砂糖は邪道だろうが!」
「甘くて薄味のコーヒーが正義です!」
俺とお爺さんの会話に2人の兵士が笑い声をあげる。
「全くコーヒーは、仲違いの元なんだよなぁ。自分の好きな味が一番だと、誰もが思っているじゃないか? 俺は爺さんのコーヒーが一番だと思うぞ」
お爺さんが「そうじゃろう!」と頷いているんだよね。
酒もそうだけど、コーヒーには皆こだわりがあるってことかな。
「それで、サミーの方はどうだった?」
「12体程倒しました。ライルお爺さん謹製の品ですから、外れたのは俺の腕が未熟ってことです。やはり動く目標は難しいですよ。それと道路を歩くゾンビが町まで続いてます」
「ということだ。俺達もそれなりだったが、まだまだやって来るってことだからな。銃弾はたっぷりとある。俺達が頑張ればバリー達の苦労が減るだろう。バリー達も頑張れば、次に俺達が屋根に上る時には、少しは楽になるんじゃないか?」
「無限に出てくることは無さそうですからね。さすがにデンバーからここに来るようなゾンビはいないでしょう」
一服しながらウイル小父さんがバリーさんに通信を送る。
『計画通りに推移している』との短い通信だ。
それを聞いてバリーさんも安心して山小屋に戻ることができるに違いない。次の連絡は15時になったようだ。
「それはスピードストリップか……。俺達はクリップを使えるが、ウインチェスターではそうもいかないな」
「ガンベルトに銃弾を挟んでおけば良いんじゃ。山荘にいくつかあったと思ったが?」
「1階の事務室で見つけてやったぞ。次は、あのバックスキンを着てガンベルトをしてみるんだな」
「ほう、似合うかな?」
そんな事を言いながら、皆で笑ってるんだよなぁ。
しばらくは笑うことなど出来なかったのかもしれない。笑うことができるのは良いことだとは思うんだけど、俺をネタにしないで欲しいな。
20分ほどの休憩を終えると、再び生存者への呼び掛けを行うことになった。3度呼び掛けて、5分ほど時間を置いて再び3度呼び掛ける。
その間、周囲の建物に目を凝らしたけれど、やはり呼びかけに応じる様子は見られなかった。
「この呼びかけで集まるんだからなぁ。だいぶ駐車場に溜まってきたぞ。手榴弾を使ってみるか?」
「それなら俺達は、目印の右手に落とします。ウイルさんは左手に落としてください」
「了解だ。爺さんも頼むぞ。まさか忘れたわけじゃないだろうな?」
「覚えとるさ。何度危機を回避したか分からんほどじゃ。だが、何時の間にか形がかわっておるのう。こんなに丸くは無かったぞ」
「車と同じで、たまに変えないと兵隊が厭きてしまうからだろうな。それじゃあ、始めるか。サミー、後ろに下がってるんだぞ!」
「了解です!」と返事をして耳栓を付けた。俺が後ろに下がったのを見て、4人が手榴弾を取り出して頷くと、それを合図に駐車場に投げる。
その場に身を屈めると、炸裂音が連続して聞こえてきた。
ドカン! ではなくて バァン! だな。
これで駐車場のゾンビが少しは減ったに違いない。
北から東に移動しながら、再びゾンビに銃弾を放っていく。
スピードストリップの銃弾を全て消費したところで、再び皆のたまり場に向かう。
ウイル小父さん達はまだ頑張っているようだ。荷物の近くにいたのはライルお爺さん1人だった。
「昼食はサンドイッチじゃが、市販の粉末スープを持ってきたぞ。少しは美味しく頂けるじゃろう」
「燃料缶がリュックにありますから、コーヒー用のお湯を沸かします」
「持って来てたのか! それは助かる。水は、そのタンクにあるからのう。10ℓ容器じゃから、この人数なら十分じゃろう」
各自が水筒を持っているし、リュックの中にはペットボトルが入っているに違いない。2日分は優に超えるんじゃないかな。
ゾンビに囲まれても、何とか2日は持ちそうだ。
2つのポットのお湯が沸くころに、ウイル小父さん達も射撃を中断して集まってきた。
さっそく昼食が始まったけど、今回は紙コップでスープを飲むことになってしまった。
洗うのが面倒と言うことなんだが、確かに余分な水は無いからね。
「ところでまだ、町からゾンビが繋がってるのか?」
「はい。西と北にはあまりいませんね。東側だけです。少し距離があるので、中々当たらないんです」
「38SPだからなぁ。50mを目安にすればいいさ。慣れてきたら357マグナムを使えば200mも行けるぞ」
「婆さんは250m先のオオカミを倒したぞ。まったくワシに同行してアメリカに来なければ、十分に佐官には成れただろうに」
「今では良いお婆さんだ。それで良いんじゃないか? まさかこんなことになるとは思わなかったがな。おかげで安心して山小屋を任せられる」
「それもそうじゃな。若い時分に苦労しただけ、今の助けになるってことかのう」
それを考えると俺はあまり頼りにならないなぁ。合気道の道場通いはしていたけど、ゾンビ相手に素手で挑むのは無謀も良いところだ。
まぁ、棒で殴るのは師範に教えて貰ったから、それが少しは役立つかもしれないけどね。
「手榴弾は余分に数個持って来てある。夕暮れ時に再度使い、後は夜間の状況次第で使うとするか」
「俺達も、2個ではなく3個持ってきましたよ。次の呼び掛けを終えた時に状況を見て使いましょう」
「お前達も持ってきたのか! ワシも数個持ってきたぞ」
準備に時間を掛けたから、皆が予備を持ってきたってことかな?
俺も1個持ってるんだけど、これは使わずに済みそうだな。
食事が終わると、コーヒーを温め直して皆のカップに注いであげた。
タバコに火を点けて、のんびりとコーヒータイムを楽しむ。
下でゾンビが騒いでいるようだけど、大声を上げないから案外静かなんだよね。
日差しが強いのは、夏が直ぐそこまで来ているからだろう。少し汗ばんできたけど、シャツのボタンを外すぐらいにしておこう。
「さて始めるか! やはりだいぶ集まってるなぁ」
「前と同じで良いでしょう。あの目印はまだしっかりと分かりますからね」
「その前に、呼びかけをしないといけない。面倒ではあるが、生存者がいないとも限らない」
2度呼び掛けを行っているから、今度の呼び掛けで反応があるとも思えない。
これは俺達のできる精一杯の行動だからなぁ。見捨ててしまったと、後で後悔するより遥かにマシだ。
今度も軍人2人組が行ってくれるらしい。その間俺は旗を振ろう。




