H-027 銃弾不足を補う為には
駐車場に繋がる道路を、2台のピックアップトラックがこちらに向かって来る。
かなり速度を落としているのは、エンジン音を押えているということなんだろう。
駐車場に入ると荷台から3人飛び降り、棒を使ってゾンビを動かし車の通り道を作り始めた。
3mほどの棒の先にフックが付いているのが見える。あれでゾンビの衣服を引っ掛けて動かしているのだが、作業の前に1人が棒の先で突いているのは、動かないのを確認しているのだろう。
2人の後方でM16を手に周囲に目を光らせているのはウイル小父さんに違いない。
駐車場の中ほどまで入ってきたトラックの後部席の窓から、パットが身を乗り出して俺達に手を振っている。
さすがに声は出せないからな。俺達も手を振ると、ウイル小父さん達も手を振ってくれた。
直ぐ目の前にいるんだけど、少しゾンビを倒し過ぎたかな?
中々車を近付けるのが面倒のようだ。とは言っても、ゾンビを轢くという考えはないみたいだな。
何となく分かる気がする。ゾンビだって元は人間なんだからね。それなりの尊厳はあるってことだ。
動かないゾンビは良いゾンビ……、死体と同じという考えなのかもしれないな。
駐車場に現れてから30分ほど経過したところで、ようやくトラックが直ぐ下まで来ることができた。
伸ばされたハシゴを使って、荷物を下ろし最後は俺達が下りていく。
下りてきた俺達に、ゾンビを片付けていたウイル小父さん達が一人ずつ握手をしてくれたんだが、その時に叩かれた肩が結構痛かったんだよなぁ。
「ご苦労だった。詳しい話はあとで良い。とりあえずさっさと移動するぞ!」
ハシゴを畳み、俺達はそのまま荷台に座り込んだ。
俺達にとってみれば結構冒険だったんじゃないかな。駐車場に倒れているゾンビの数も半端じゃないからね。
別荘区画を抜けて、左手にグランビイ湖が見えてきた。
山小屋まで30分も掛からないんじゃないかな。
充実感が半端じゃないから、帰ったらゆっくり昼寝をさせて貰おう。
山小屋前の広場でトラックを降りて、リュックと銃を担いで山小屋に入る。
リビングに入ると、ライル小父さん達が手を叩いて俺達を迎えてくれた。とりあえずシャワーを浴びてくるようにメイ小母さんに仰せつかると、ライルお爺さんが銃を置いておくように指示された。リュックを手に部屋に戻り着替えを持ってシャワーを浴びに出掛ける。
洗濯物は名前の書かれた選択袋に放り込んでおく。メイ小母さん達が洗ってくれるから何時でも感謝し通しだ。
さっぱりしたところでリビングに向かうと、すでにエディ達が座っていた。
ニックの隣に腰を下ろすと、クリスがコーヒーを入れたカップを渡してくれた。メイ小母さんが俺達の前にハムサンドを山盛りにした皿を置いてくれたから、早速頂くことにする。
「ご苦労だった。やはり生存者はいなかったようだな」
「昨日の夕方まで呼び掛けましたから、声が聞こえたなら何らかの反応があったと思いますが……」
「お前達は、呼び掛けた……。それは俺達ができる精一杯の合図だった。その陰で、あんなにゾンビが集まったんだからな」
バリーさんがエディの言葉を聞いて、俺達を慰めるように言葉をかけてくれた。
「それにしても、だいぶ倒したな。最初のゾンビ掃討時よりも多かったんじゃないか?」
「それは至近距離から安全にゾンビを狙えたからですよ。さすがに銃弾の数だけゾンビを倒すなんてことは出来ませんでしたが、3発に1発は確実でした」
ほう……、という目で俺達を見てるんだよなぁ。
かなり怪しい目をしてるのが気になるところだ。
「銃弾はたっぷりあるが、補給が期待できないからなぁ。エディ達のやり方でゾンビを倒せるなら、次は俺達が出掛ける番だ」
ウイル小父さんの言葉に皆が頷いているけど、ライルお爺さんにはさすがに荷が重くは無いか? 一緒になって頷いているところを見ると、次は一緒に出掛けようと考えているようにも思えるんだけど……。
「賛成だ。前回はマガジン1つを消費して倒した数が5体だからなぁ。それが3倍に跳ね上がるんだからなぁ」
「3倍なら、子供達と一緒だぞ。現役なんだから4倍は倒さねばダメだろう。軍曹に知れたら大目玉を食らってしまいそうだ」
ベントンさんの言葉に、皆が大きな声で笑い声をあげる。そんなに軍曹って怖い存在なのかな?
思わずウイル小父さんに視線を向けると、苦笑いを浮かべて頷いてる。それぐらい出来て当たり前ということになるのかな?
「20mほどなら俺でも結構当たりましたよ。さすがに100mを越えると途端に命中率が悪くなりましたけど」
「サミーが銃を撃ち始めたのは1年ほどだからなぁ。ニックは10歳の頃に俺が教えたんだが、それでも50体以上倒しているなら、胸を張れば良い。この騒ぎが終わる頃には優秀なスナイパーになれるだろう」
「近距離専門のスナイパーなんているんですか?」
俺の素朴な問いに、皆が考え込んでしまった。
スナイパーの通常射程を考えているのかな? 100m以内を狙うようなスナイパーはあまり映画でも見てないからね。
「ウイルの部隊が必要ないなら、俺の推薦で警察官になるんだな。警察なら100m以内のスナイパーを必要とするぞ」
「銀行強盗を撃つのか? 確かに近距離だな。なるほど……、需要はあるってことか」
そんな話で盛り上がるんだから、今回の作戦は上手く行ったということになるんだろう。
このままここにいると、話の出汁になりそうだからコーヒーが切れたところで、部屋に戻り昼寝をすることにした。
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目を覚まして窓を見ると、外は真っ暗だ。
夜ってことかな? 二度寝をしたら明日になりそうだけど、そんな事をした何ら寝過ぎで頭が痛くなるのが落ちだろう。
エディ達は寝入っているようだから、ゆっくりベッドを降りて着替えを済ます。
シャワー室で顔を洗って、リビングに向かうとウイル小父さん達の話声が聞こえてきた。
時計を見ると、20時を過ぎたところだから食事が終わって、皆と次の作戦について話し合っているのだろう。
「おはようございます!」
「おはよう! 夜だが、お前らにとっては朝ってことか。まぁ座れ。サミーの意見も貴重だろう」
リビング中央の焚火はそろそろ終わりにしても良いと思うんだけど、数本の焚き木がチロチロと小さな炎を上げている。
焚火を囲んでいるのは、ウイル小父さん以外にライルお爺さんに警察の2人と陸軍の4人だ。ご婦人方はキャンピング用のトレーラ―を包んだテントにいるのかな?
「あら! 起きたのね。お腹が空いているでしょう? 今用意してあげますからね」
ウイル小父さん達にコーヒーポットを持ってきたキャシーお婆さんが俺に気が付いて、頷きながら言葉をかけてくれた。
「ありがとうございます!」と頭を下げると、笑みを浮かべて下がって行った。
今夜の夕食は何だったんだろうな?
「さすがに2度目は俺達でやることにするぞ。お前達も交代で参加してくれ。明日は準備として出掛けるのは明後日だ。同じようにやるとすれば……、この辺りだな」
ウイル小父さんが背後のホワイトボードに貼った地図を棒で示して教えてくれた。
周りの連中が頷いているから、すでに決定事項ということになるんだろう。
「お前達が行ったレストランから2kmほど先になる。別荘地帯の出口に近いから、町から来るゾンビもいるに違いない。この辺りで良い場所はと言うと……、これになるな」
小さなプロジェクターが映し出したのは、道路に面した2階建ての建物だった。
レストランよりは小さいけれど、屋上に大きなアンテナが立っている。
「ハンティングガイドセンターの支所だ。たぶん無人だろうが、始める前に建物の中を調べてみたい。銃と銃弾が残っている可能性が高いからな。もっとも軍用ではなく猟用の銃弾だろうが、鹿を撃つならゾンビの頭も貫通できるだろう」
「NATO弾と同じ規格らしいぞ。もっとも軍の審査は通ってはいないだろう。だが狩の銃弾となれば7.62mmのはずだ。俺達が使っているM16は5.56mmだぞ」
「使える銃も用意しているが、この先見つかるのは7.62mmの方が多いに違いない。5.56mmは対人用も良いところだからな。アライグマかコヨーテ狩ならそれでも良いんだが……」
俺が使っているM1カービンも銃弾の補充が難しいということになるんだろうか? それなら早いところ別の銃を用意して貰わないとね。
「もし、猟銃と銃弾が手に入ったのなら、それを使って欲しい。生存者への呼び掛けも行うんだから銃声を気にすることは無い」
「了解だ。となると、ボルトアクションの銃ということになりそうだな。至近距離での使用なら練習もそれほど必要ないだろう」
「そういうことだ。それで、翌日の撤退時に使う目覚まし時計はこの位置にぶら下げる。道に張り出して別荘区画の名が掲げられているから、トラックの屋根に上れば吊り下げられるだろう。距離はおよそ500mほどだ」
「子供達と同じく、当日の昼前から日付が変わるまでということだな?」
バリーさんの問いに、ウイル小父さんが大きく頷いた。
「それでいく。やはりゾンビは聴覚が鋭いらしい。音を出さねば大人しくなってどこへともなく去っていくようだ。それでも全部が去るわけではないから、この目覚まし時計で残ったゾンビをおびき出す」
「了解だ。ボルトアクションでは数は倒せなくとも、人数で補うということだな。だが猟銃と、銃弾が手に入ることが前提となる作戦になってしまうぞ」
「一応、皆の使っている装備は用意しとくべきだ。銃弾だけで1人180を超えるはずだし、拳銃も持っていくんだろう?」
「現地で手に入るなら、それに変えるということだな。了解だ」
「結構荷物が多くなるだろう。それと、これを見てくれ」
再びプロジェクターの画像をホワイトボードに映し出す。
画像の一部を棒で示したのだが、そこに映っていたのは屋上への出入り口だった。
「場合によっては、ここからゾンビが屋上に上がってこないとも限らない。連中は階段を苦手にしているが登れないわけではないからな」
「しっかりと閉じる必要があるな。中から閉めてロックしたとしても、何かの拍子で解除されかねない」
「中からロックして、階段にガラクタを積みあげれば奴らが上ってくることを事前に察知できるはずだ。それに加えて……、これを使う」
ウイルさんがポケットから取り出したのは、ちょっと変わった形のガスライターのような代物だった。
「溶接機だ。これで扉を屋上側から溶接する」
そんなことが、その小さな代物で出来るんだろうか?
思わずウイルさんの手元に身を乗り出したのは俺だけでは無かった。




