H-269 ラッシュを凌げ!
「了解! こちらの迎撃準備は出来ている。再度確認するが、ゾンビが集合しているのは1か所だけなんだな? ……了解。さすがに管制塔からでは全体が見えんようだ。移動が始まったなら連絡してくれ。以上!」
レディさんが強襲揚陸艦の指揮所からの連絡を終えたようだ。
どうやらまだ集結中らしい。
「1600現在で、およそ1千体というところらしい。まだ集まっているとは言っていたが、2千体を越えるとは思えんそうだ」
「だいぶジャックを使いましたからね。それなりに効果があったということなんでしょう。とはいえ我等は20人。1人当たり100体を始末すれば良いということですな」
俺達が身に着けている銃弾は30発入りのマガジンが4つだ。それに予備として各自マガジン2個分というところだから、180発となる。さすがにこれで倒せるゾンビは50体にも届かないんじゃないかな。20人いるから上手く行っても千体には届かないだろうな。
「3人がM203を装着しています。グレネードは5発です」
「我等は5人が持っている。都合7つということなら、初弾はグレネードで行くべきだろう。エアバーストが一番らしいが、さすがに高望みはすまい。それと、半面マスクを取り出して首に掛けておいてくれ。先程サミーに向かって放って来た。飛距離は100mにも満たないが、神経毒ガスだからな。吸い込まねば影響はないらしい」
「了解です。建屋内に撃ち込まれたなら、1発で全滅ですね。窓の補強をもう少しやっておきますか……」
軍曹が俺達から離れて、大声でガスマスクの準備を告げている。
兵士達が慌ててマスクを取り出して首に掛けているな。
「さて、これで良いでしょう。現在管制塔に2人昇っておりますが」
「狙撃兵を上げておいた方が良いだろうな。ジュリー、管制塔に上ってくれ。狙いは戦士型だ」
「統率型は? 一応、音声映像装置も持って来たけど」
「なら、マリーも行ってくれ。グレネード弾の予備を持つんだぞ!」
バッグから銃弾箱を取りだすと、10発程ベストのポケットに詰め込んでいる。
上手く倒せればゾンビの統率が崩れてくれる。
やってみるべきだろう。
そうなると、ハンタードローンも動き出すんじゃないかな?
投下時に連絡が欲しいところだけど、それぐらいは考えているだろう。
事務所に残ったのは16人になった。給湯室やトイレの窓は人が入れるほどの大きさでは無いし、隣のCICみたいな部屋にはそもそも窓がない。奥に扉があったけど、金属製の扉だしロックされているとのことだ。それでも近くの戸棚を移動して補強したらしいから、ゾンビが来るのはこの事務所の扉と窓ということになる。
4つの窓に3人ずつ配置して、その内の2人がグレネードランチャー持ちになる。
予備兵力は俺達4人だ。
状況に応じて窓の防衛に加われば良いし、扉が破られた時の対処は俺達の担当になる。
さて、これで何とかなるかな?
タバコに火を点けていると、レディさんのトランシーバーに連絡が入ったようだ。
「そうか! 動いたのだな? 移動方向はやはりこちらか……。了解だ! ハンタードローンの攻撃結果はこちらにも連絡してくれ。以上!」
レディさんが俺達に顔を向けると、大声を上げた。
「動き出したぞ! 移動方向はこの管制棟だ。場合によっては北に向かう公算があるが、その場合はゾンビの群れに攻撃を加えて、群れを2分するぞ」
「いよいよですか? マスクは何時着装しましょう?」
「ゾンビの姿が見えたならで良いだろう。距離は700m近くあるのだ。しばらくはタバコが吸えないぞ」
「ですね。……今ならタバコが楽しめるぞ! だがゾンビを見たなら直ぐに消してマスクを付けるんだ!」
最後の一服にはしたくないところだ。
俺達が一服するのを見ながら、レディさんがジュリーさんに連絡を入れているようだ。さすがに管制塔の上ならマスクを装着する必要は無さそうだけど、一応念には念を入れた方が良いだろう。
管制塔からゾンビが接近しているとの連絡が入った。
既に一服を終えて、気の早い連中はマスクを付けている。
「了解! 200mを切るようなら 銃撃を加えてくれ。……窓から少し離れてくれ。ハンタードローンが爆撃を加えるそうだ。その後も継続するらしいから、フェイスガードは必要だぞ」
「統率型が複数いるらしい。1回では倒せんだろうな」
「同じラッシュでも統率が採れると厄介です。出来れば上手く倒して欲しいところですね」
突然炸裂音が響いて来た。
100m以上離れているようだな。ゾンビの来る方向は東だから、俺達がいる事務所の窓の向きが南だということでまだゾンビの姿を見ることが出来ない。
続いて聞こえてきたのは、小さな炸裂音だった。
これはグレネード弾ということになるんだろう。
「やって来るぞ! セーフティ解除。セミオートであることをもう1度確認だ!!」
最初に放ったのはグレネード弾だった。西側の窓に位置した兵士達が次々とグレネード弾を放ち始めた。
扉近くの窓ではまだ姿が見えないが、既に西から2つ目の窓からも射撃が始まっている。
「北にも流れているそうだ。だが主力はこちらだな」
「そろそろ、ここからでも見えるでしょう。何とか凌ぎませんと……」
言っている傍から、ゾンビが窓に近づいてくるのが見えた。
机に銃を押し付けるようにして、ゾンビの頭部を狙う。
ラッシュ時にはゾンビの動きが普段より活発になる。
3発目で、どうにかゾンビを倒せた。
もっと近づいたゾンビを狙うか……。
サプレッサーを付けても、発射弾数が多くなればあまり効果が無いと聞いたのはどうやら本当のようだ。
十数人が放つ銃声で耳が痛くなってくる。
皆と同じように耳栓をしておいた方が良かったのかな? ヘッドホンはこんな場合には効果が薄いようだ。
マガジン3個目を消費した俺の前に、エディが2個のマガジンを置いてくれた。
これって予備品だよな。
既にエディ達は手持ちを消費したってことか!
ゾンビの中には窓から入ろうと身を乗り出してくるのも出てきている。
窓近くに倒れたゾンビが足場になっているのだろう。
だが、近くなら確実に頭部を破壊できることも確かだ。10m未満だからね。外す方が難しいんじゃないか?
オルバンさんが窓の外に手榴弾を投擲する。咄嗟に机に突っ伏したけど、ゾンビが盾になってくれたようで事務所では爆風すら感じられないほどだ。
そんなオルバンさんの行動を見た兵士の何人かが同じように手榴弾を投擲している。
この隙にマガジンを交換しておこう。
突然辺りが静かになる。
窓から侵入しようとするゾンビがいないし、窓から外を見る限り、動くゾンビの姿もないようだ。
終わったということか?
レディさんが管制塔のマリアンさんに連絡をしているようだ。
マガジンが後1つ残っているだけだったからなぁ。これが尽きたらワルサーを使うしかなかった。
周囲の兵士達もホッとした表情を見せて、互いの肩を叩き合っている。
とりあえず一服しよう。
タバコを取り出して火を点けると、近くの兵士にタバコの箱を見せた。
笑みを浮かべて受け取ってくれたから、皆で分けてくれるに違いない。まだ十数本は入っていたはずだ。
「ありがとうございます。頂いてよろしかったんですか?」
「この間コンビニで仕入れたんです。まだ1箱ありますから……」
案外この基地の中の売店でも見つかるんじゃないかな。ちょっと楽しみにしてるんだけどね。
「どうやら、ゾンビは散開したらしい。今日は、ここまでだな。直ぐに暗くなるだろうが、ゾンビを片付けるのは明日で良いだろう」
「とはいえ窓に引っ掛かったゾンビは向こうに落としておきましょう。それは我等で行います」
軍曹の指示で数人が銃を使ってゾンビを窓から払落し始めた。
俺のフックの付いた棒を渡したら、結構上手く使って落としている。
さて、夕食には少し時間があるから、状況を確認しておいた方が良さそうだ。
軍曹を呼んで、テーブルに基地の地図を広げる。
レディさんが強襲揚陸艦の指揮所にトランシーバーを繋いで、状況を地図に描き始めた。
「……了解。集まって来たゾンビは東の施設からが主流ということだな。……再度ジャックを仕掛けると……。ゾンビラッシュをどうにか防いだが、銃弾があまりない。輸送して欲しい。……了解した。以上!」
どうやら銃弾を輸送して貰えるらしい。残り少ないから皆も心配だったに違いない。
「基地の東のアパート群から集まったようだ。基地の住宅街は砲弾を撃ち込んだがアパートは残していたからな。ラッシュを起こした以上、数は半減しているだろうが、油断は出来んな。銃弾は1個分隊の兵士と共に直ぐに送って来るそうだ」
「戦力が増えるのはありがたいですね。少し片づけて寝る場所ぐらいは確保してあげましょう。サミー殿達は隣の計算機室を使ってください」
色々と置いてあるけど、寝るだけだからね。
この部屋はだいぶ薬莢が転がっているから、少し掃除をしないといけないだろう。
「とはいえ、ここにどうやって入って来るんでしょう? 外は一面に倒れたゾンビですよ」
俺の言葉に、レディさんとランセンさんが顔を見合わせる。
倒れているゾンビが再び起き上がらないとは限らないからなぁ。しっかりと頭部に損傷を与えてあるなら安心なんだが。
「サミー、エディ達と少し片づけてくれないか?」
「さすがに中尉殿に率先させて行わせるのも……。マーフィ、キングを連れてこっちに来てくれ!」
「2人出します。普段から力自慢をする連中ですから、調度良いでしょう」
「エディ達も棒を持って来たんだろう?」
「持って来たさ。さすがにこれで殴ろうとは思わないけど、ゾンビを引き摺るぐらいは出来るよ」
さて、始めようか。
先ずは扉を塞いでいた机を移動しないといけないんだよなぁ……。




