H-024 スピーカーで生存者に呼び掛けた
エマちゃん達を救出して2日目の朝。
俺達3人はウイル小父さんの運転するピックアップトラックの荷台に乗る。
一緒にバリーさん達が5人を乗せて随行してくれているから、ゾンビが現れても直ぐに倒すことができるだろう。
「別荘は林の中に散らばっているからなぁ。道路際の大きな建物を探すぞ」
運転席の後ろの窓を開けてあるから、ウイル小父さんの声が良く聞こえる。
後部席にメイ小母さんがM16ライフルを持って座っているのは、俺達を変な場所に置き去りにしないように見張ろうとしているに違いない。
案外過保護なところがあるからなぁ。
「ゾンビが沢山出てきたら、遠慮なく手榴弾を投げるのよ。ピンを抜いて直ぐに投げれば良いわ。身を伏せるところが無いなら、屋根の反対側に隠れなさい」
「それぐらい分かってるよ。ちゃんと1個ずつ持ってるからね。でも別荘地帯だからそれほど集まらないんじゃないかな」
「分からないわよ。最初の時だって、あれほど集まるとは思わなかったもの。でも静かにしてるといつの間にかどこかに行ってしまうのよねぇ」
どこに行ったかが分かれば良いんだけど、それをつきとめるのは難しそうだ。
無理に行う話でもないだろう。先ずは自分達の安全が最優先だからね。
グランビイ湖の西岸を軽快にトラックは進む。やはり舗装道路は振動が少ないな。
3人で湖を眺めていると、やがて道路の両側が林になってきた。
木々の奥に別荘が見えるんだけど、さてどの辺りで始めるんだろう?
国道を逸れてトラックが右に曲がった。砂利道の両側には別荘が並んでいる。もっと進むんだろうかと考えていると、大きな駐車場が見えてきた。
どうやらレストランの駐車場みたいだな。
コンクリート作りはこの建物だけみたいだし、都合が良いことに屋根が平らだ。
ここなら屋根から落ちる心配をしないで済む。
駐車場の真ん中にトラックが停まると、テリーさん達がトラックを降りて正面の大きな建物の入り口や窓から中を確認していく。
ゆっくりとトラックに戻ってきたところで、ウイル小父さんと話をするとテリーさん達を残してトラックが建物に近づいて行った。
建物の傍に車を止めると、もう1台のトラックから梯子を下ろして、俺達の乗ったトラックの荷台から梯子を伸ばしていく。
2階建てだからなぁ。伸縮梯子でないと登れないってことか。
「さて出来たぞ。誰からだ?」
直ぐにエディがハシゴを上って行く。
上に着いたエディが下ろしたロープに、バリーさんが俺達の荷物を1個ずつ結んでくれている。
ニックが2番で俺が最後だ。
荷物の運び上げはエディ達に任せて、その勘にリュックからトランシーバーを取り出して、電源を入れる。
呼び出しボタンを押すと、直ぐにパットの声が聞こえてきた。
互いに交信を行って以上が無いことを確認する。
『荷物は前部乗せたそうよ。「頑張れよ!」とウイル小父さんが言ってる。今の時間は10時32分ね。11時に交信を入れて頂戴。まだグランビイ湖付近にいるはずだわ』
『了解。次は11時だね。こっちから送信するよ』
至近距離だから問題なく届くけど、距離が離れたら交信が届くかどうかわからないからなぁ。一応、3W出力だからかなり飛ぶとは思うんだけどねぇ。
電源を切って、リュックの中に入れておく。
次は拡声器の準備だな。
プラスチックケースの中から拡声器を取り出していると、トラックが駐車場から離れていくところだった。手を振ると車内から手だけが出て手を振ってくれた。
「行っちゃったな。俺達3人だけだ。サミーが準備を始めたなら、俺は屋上を一回りしてくるよ。ゾンビが上がってきたら困るからね。ニックは旗を準備しといてくれ」
「了解だ。2本あるから、1本はあのパラボラアンテナの架台に結んでおくよ。少しは高さが稼げそうだ。もう1本は、呼びかけに合わせて屋根の東西南北で降れば良いんじゃないか」
「そうだな。なら頼んだぞ!」
拡声器はバッテリー付きのアンプ、それにスピーカーの2分割だ。バッテリーは車のバッテリーだな。重いから分離するしかなかったに違いない。
先ずは、ここからで良いかもしれないな。準備を整えて皆が集まるのを待つことにした。
最初に戻ってきたのはエディだ。直ぐにニックがやってきたから、旗を振る係をニックに、マイクをエディに渡した。俺はスピーカーを支えていよう。落としたら計画が台無しだからね。スピーカーに付けられていたロープに肩を通しておけば、手を放しても下には落ちないはずだ。
「そろそろ始めるか?」
「少し待ってくれないか。11時にパットに通信を入れる約束なんだ」
「向こうもタイマーで動く仕掛けをどこかに取り付ける作業があるからなぁ。11時まで10分あるから、一服してからで良いんじゃないか?」
エディの言葉に、俺とニックが頷くと、その場に腰を下ろしてタバコを取り出す。
トランシーバーを傍に置き、時計を見ながらの一服だ。
「屋上を一回り見て来たけど、どこにも屋上に上がる場所は無かったよ。あそこにハッチのようなものがあるだろう? 多分あそこからしか上がれないんじゃないかな。開けようとしたんだがどうやら鍵が掛かっているみたいだ」
「それなら安心だね。うしろから突然出て来るんじゃないかと心配していたんだ」
「屋上の補修もあるだろうからなぁ。必ず上る場所を作るはずなんだが、あれなら安心だよ」
11時丁度に、パットに通信を入れる。
グランビイ湖の直ぐ傍の道路にトラックを停めて通信を待っていたようだ。
次は12時と言われたから、1時間の余裕ができた。
「1時間なら、最初の呼び掛けをしても良さそうだな。始めるぞ!」
最初はニックがマイクテストをしてくれた。その間にエディが呼びかけ分をメモにしている。メモを読み上げる感じでマイクを使えば同じ情報が間違いなく届くに違いない。
「『……テスト、テスト、テスト……』どうだ? これぐらいの音量で?」
「結構大きな声になるね。周りが静かだから遠くまで聞こえるんじゃないか?」
「出来た? なら始めようか……」
エディがマイクを握り、メモを片手に持った。
大きく深呼吸をして、マイクを口元に持っていく。
『救援を待っている住民の方々にお知らせします。もし、救援を望む方がおられれば、我々に避難している建物を教えてください。我々は大きなレストランの屋上で別荘を眺めています。黄色の旗を建て、黄色の旗を振っているのが我々です。何でも構いませんから棒の先に布を巻きつけて振ってください。その位置を記録し、明日以降救出に向かいます。繰り返します……』
3度繰り返して様子を見る。双眼鏡を使ってスピーカーの方向を俺とエディが確認し、旗を振りながらニックが小さく屋上を一周した。
「なにも見えないな? もう1度やってみるか」
再度スピーカーで呼びかけを行い、その都度周囲に視線を向ける。
やはり何も変わらないな。次はスピーカーの方向を変えて3度の呼び掛けを2回行った。
4方向に呼び掛けを行ったところで一休み。
燃料缶を使ってお湯を沸かし、コーヒーを作る。
「交信時間まで間があるね。20分ほど先だよ」
「遅れたら怒られるんだろうな。ちゃんと時計を見ておかないと……」
俺の呟きにニックが苦笑いを浮かべている。出来ればニックに変わって貰いたいところだ。
周囲を一回りしてきたエディが俺達の傍に腰を下ろす。
沸いたお湯を使ってコーヒーを作り、一息入れる。
「集まってきたぞ。どんどんやって来る」
エディの言葉に、俺とニックが顔を見合わせた。やはりやって来たか。これが2つ目の目的でもあるんだよね。ゾンビの脅威を受けない場所からゾンビを倒す。それには屋根の上が最適だ。近付いてきたゾンビの頭を狙いやすいのも好都合。
「交信を終えたら、再度4方向に呼び掛けて、その後はゾンビ狩りで良いんじゃないか?」
「そうだな。倒し放題だけど、銃弾を使い切らないようにしてくれよ。何が起こるかわからないからな」
「了解だ。先ずはマガジン1つで良いんじゃないか。良く狙えば、10体以上倒せるはずだ」
エディの言いたいことは分かるけど、そんなに倒せるかな?
屋上はコンクリートの低い擁壁がある。高さは50cmも無いから、あまり擁壁を頼らない方が良さそうだ。立射ではなく、擁壁傍で膝撃ちをするなら落ちることは無いだろう。
12時丁度に、パットに通信を入れるとウイル小父さんが交信相手に変わっていた。
『こちらは全員問題ありません。4方向に3度ずつ2回呼び掛けましたが、呼応してくる者はいませんでした。ゾンビがかなり集まっています。数は推定で100を超えていますから、この後再び呼びかけを行い、ゾンビを倒していきます』
『了解だ。あまり端に近付かないようにしろよ。真下を狙わずに10mほど離れた連中を倒して行け』
『了解です。次は15時ということで……』
「終わったよ。『真下は狙うな』と言われたぞ」
「真下だと身を乗り出さないといけなくなるからだろう。言われた通り10mほど離れたゾンビを倒していこう。……それじゃあ、先ずは呼び掛けからだ」
再びエディがマイクを持つ。
前回と同じように4方向に呼び掛けを行ったが、やはり答えてくれるものはいないようだ。
いるとしたら奇跡的な生存だからなぁ。
とはいえ、救出を信じて待っている者がいないとも限らない。今日1日だけだけど、この近くで待っている人がいないことを確認するのも目的の1つだからなぁ……。
屋上を一回りして呼び掛けたところで、サンドイッチとコーヒーの昼食を取る。
時間は12時40分。ゾンビ狩りは13時からになりそうだな。
簡単な食事だから直ぐに終わる。
コーヒーを飲みながら一服を楽しみつつ、ライフルを手に取って以上が無いことを確認する。
「サミーは15発だったよな?」
「カービン銃だからねぇ。でもドットサイトが付いているからM16よりも当たるんじゃないかな?」
「ベレッタでショートレンジでしか当たらないのにか? 数は気にしないで確実に倒すんだな。俺とニックで帳尻を合わせるよ」
笑みを浮かべてエディの肩を叩いた。
任せとけと言う感じで笑みを俺に向けてくる。
ニックの親友だったけど、俺もいつの間にか親友の1人になっている感じだな。
頼れる男と言うのはエディに対する俺に認識だ。
男気があるからね。ハイスクールでも、俺がいじめに会っていないかと結構見守っていてくれたんだよなぁ。




