H-222 ゾンビの数が半端じゃない
オルバスさんがエディ達に、明日の予定を話すと言って席を立った。
レディさんを待っているんだけど、中々やってこないな。
ここは気を効かせてあげるのが礼儀ということかもしれない。オリーさんと一緒に部屋に戻ったんだが、オリーさんの荷物はナップザックより少し大きめのリュックだけみたいだ。
「観察用の機材やサンプルの保管容器はヤンセン達が用意してくれたの。それだけでペリカンの大型プロテクターケース2個にどうにか収めたみたいね。再度収納出来ないことを考えて折り畳みケースを幾つか用意したみたい」
「どうにか収まったけど、次も同じように収められる自信がないってことですか?」
それも凄い話だなぁ。何となく理解はできるけど、そこまで入れるかねぇ……。
客室の冷蔵庫に入っていたワインの封を切って、2人で楽しむ。小瓶だから酔うことは無いだろう。
「三脚は3つ用意したわ。1つはパラボラの付いた集音装置よ。それはサミーに任せるわ」
「前回のデンバーと同じですね。了解です。残り2つは映像用ですか」
俺の言葉にオリーさんが小さく頷いた。
「記録は取らないといけないでしょう。定点観測と、広域観察用で2つね。情報共有用のモニターは24インチを2つ用意したわ。電源はバッテリーとソーラー発電機を用いるから常に監視を継続できるわよ」
「エディ達がバードウオッチング用の望遠鏡を用意したと言ってました。双眼鏡は全員が持っているはずです」
「グリーンベレーの人達にも双眼鏡を用意するように伝えたから、彼らも監視要員として使えそうね。明日の午後から偵察と言う名のゾンビ観察を始めることになるけど、最初はデンバーと同じ方法で行きましょう。先ずはランタンとジャックを仕掛けて、集まって来るゾンビを観察すれば良いわ。統率型が出て来たなら、直ぐにハンタードローンを使いましょう。そのままにしておくと、どんどんゾンビを集めるでしょうから」
そうなると、周囲のビルの中も可能な限り見ておいた方が良さそうだ。
ゾンビが必ずしも地上を売り付いているわけではない。階段は苦手のようだが、昇れないことは無いからなぁ。
「そうそう、ウイル小父さんが喜んでくれました。やはり七海さん達が心配だったようです」
「あの2人の夢だったの。僻地医療が充実してこそ、医療大国を名乗れると言って所長を困らせていたみたいね。かなり時代が変わってしまったけど、夢が叶うことは良いことに違いないわ」
どんな状況下でも、夢を持つべきだということかな?
俺の夢は、エディ達が叶えてくれそうだ。広大な土地があるんだからねぇ。どこでも牧場が開けるんじゃないかな。
デンバー近郊では家畜が全くいないけど、この近くには牧場があるらしい。それにカナダの生存者が暮らしている場所は、赤毛のアンの島だからなぁ。明るい農村地帯なんだろうから、ヤギや羊を譲って貰えるかもしれない。
「一生を海兵隊で暮らそうとは思っていません。ゾンビを何とかできる目途が立ったなら、本職に任せた方が良さそうです」
「あら! サミーは既に本職なのよ。海兵隊を去るのは後継を育ててからにしなさい。私もサンディー達を何とか育てないといけないんだけど……」
秀才は秀才を育てられるのだろうか?
天才と言われる人達は、弟子の育成が全くできなかったらしい。ある意味時代を先取りしたような能力を持って、しかもその能力を当然のように使う連中だから、一般人にはなぜそうなるのかを理解できなかったに違いない。
それに比べれば、まだ秀才の方が人間的だと思う。それは努力の成果であって、天性の才能ではないらしい。
オリーさんも、俺にはもったいないような才女だけど、幼少時代から一生懸命に勉強したに違いない。
とはいえ、俺を好きになるんだからなぁ。やはり秀才も一般人とはかなり変わっているのかな。
「考えこんでるわね。まったくその表情は何時になっても飽きがこないわ。ちょっと油断すると、何時の間にか何かを深く考え込むんですもの。今度は何を考えてたのかしら?」
「天才と秀才それに一般人に違いについてです。結論は秀才もやはり変わっているとなりましたよ」
「どんな理論展開が行われたかを知りたいところだけど、それは偵察の合間の楽しみに取っておくわ。夜も更けて来たし……」
時計を見ると、そろそろ日付が変わろうとしている。
ソファーから腰を上げて、オリーさんを誘うとシャワー室へと向かった。明日の朝は8時に起床すれば良いだろう。今夜はゆっくりと眠ることにしよう。
翌朝、シャワーで軽く汗を流して着替えをする。
時計を見ると7時20分。朝食は8時と聞いたから、荷物を持ってエントランスへと向かう。オリーさんのリュックを持ってあげたんだけど、大きさの割にはかなり重いんだよなぁ。いったい何を入れて来たんだろう?
着替えだけかと思っていたんだけどなぁ……。
エントランスのソファーに座って待っていると、部屋の鍵をカウンターに返したオリーさんが紙コップに入ったコーヒーを持ってきてくれた。
スティックシュガーを2本入れて、タバコに火を点ける。
そんな俺の姿を見て、オリーさんが笑みを浮かべているんだよなぁ。
「問題は、エディ達ね。ちゃんと起きられるかしら?」
「8時を過ぎてやって来なければ、電話のベルで起こして貰いますよ。それでも起きない時には、レディさんが強硬手段を取ると言ってました」
マスターキーで扉を開き弱装弾のスタングレネードを投げ込むと言ってたんだよなぁ。訓練用だから装薬は半分以下と言っていたけど、それなり大きな音がするらしい。
「おや? だいぶ早起きだね」
誰かな? と顔を声の方向に向けると、グリーンベレーの中尉殿だった。その後ろに顔を隠すように横を向いているのはレディさんだ。
「朝の散歩かしら? まだ食堂が空いてないのよ。カウンターでコーヒーを貰えるわよ」
「それなら、同席させて貰おうかな」
中尉殿がカウンターへ向かった。
なるほど、こういう行為が何気なくできるのが紳士と言われるんだな。俺も見習いたいところだ。
「中々良い男性じゃない」
「そう見えるか? それ程でもないように思えるんだが……」
「俺には立派な紳士に見えるんですけどねぇ……。先程の何気ない行為が意図しないで出来るのは見習いたいところです」
「サミーは、男性社会で育ったから仕方が無いわ。頑張ってレディファーストを心掛けているんでしょうけど、結構ほころびが見えるのよねぇ。思わず笑ってしまいそうになるわ」
そう言って笑っているんだから、オリーさんにも困ったものだ。でも、頑張っていることは評価してくれてるのかな?
苦笑い顔の俺を見て笑みを浮かべたレディさんの横に、中尉殿が腰を下ろしてレディさんの前にスイッと紙コップのコーヒーを置いた。
「レディから色々と逸話を聞かされたよ。どこから見つけて来たのだろうと、訝しんでいたんだがね」
「サイカ少尉です。今はアメリカに帰化していますが日本人ですから名前を発音しずらいので皆がサミーと愛称で呼んでくれています。いつも、レディさん頼らせて貰っています」
「似たような境遇だな。私の名も発音しにくいようだ。普段はレーヴァと呼ばれているよ」
「レーヴァティン!」
俺が思わず口にした名前に、レディさんまで驚いている。オリーさんは首を傾げているから、あまり神話なんて読んだことが無いに違いない。
「驚いたな。まさか日本人が俺の本名を当てるとはねぇ」
「全く、無駄な知識ばかり持っているのだからなぁ。いったい学校で何を習って来たのか確認したくなるぞ」
「スルトがナグナロクの際に振るう炎の剣がレーヴァティンですよ。常識の範疇だと思いますが?」
「いったいどんな暮らしをしていたのか、じっくりと聞きたくなるな。私でさえ彼にいわれを聞いて知ったぐらいだ」
「そこが、サミーの良いところかもしれないわね。私達とはまるで考え方が違うんですもの。それに知識が偏っているでしょう。身体能力も変わっているところがあるけど、私達と同じホモ・サピエンスであることは間違いないわ」
「中尉殿ではなく、レーヴァと呼んでくれ。確かにレディが気に入るわけだな。私としては恋敵とならずに済んで良かったと思っているよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。前回逃げ帰った経緯がありますから、今回はレーヴァさんを頼らせて頂きます」
デンバーでの暮らしを披露しながら時間を潰していると、エディ達がダッフルバッグを担いでエントランスにやってきた。
眠そうな顔をしているけど、ちゃんと起きられたようだな。時計を見ると8時5分前だ。間一髪で、レディさんの攻撃を防げた感じだな。
8時を回ると、続々と集まって来る。
大きなバッグを持っているのは、10日間の予定だからだろう。俺達のバッグも含めてレンジャー達が外に運んでいく。荷物搬送用のトラックが来ているらしい。
皆で食堂に移動して、サンドイッチとオレンジジュースの朝食を頂く。
昼食のお弁当もここで渡されるのかと思ったけど、どうやら昼からレーションとなるらしい。
朝食が済むと、バンに乗り込んで空港へと向かう。
総勢22人だけど、オスプレイ1機でどうにかなりそうだ。
飛行場を9時に飛び立って、10時前に強襲揚陸艦の甲板に着陸する。
既にヘリが3機準備されていた。
俺とレディさん、それにレーヴァ中尉の副官であるバルマン准尉とモイス伍長の4人が先行するヘリに搭乗した。
バッグ類が沢山あるのは、皆の荷物をまとめて搭載したからかな?
俺達を下ろした後に、2機のヘリがエディ達を下ろした後、着陸して荷を下ろすのだろう。
「全員の搭乗が終了しました。このヘリが先行だということですが、出発してよろしいでしょうか?」
「ありがとう、出発してくれ!」
機銃手が、レディさんの言葉に頷くと、コクピットのパイロットの肩を叩く。
パイロットが片手をあげると、ヘリのローターの回転音が高まった。
ふわりと、期待が上昇する。
扉は開けたままだから、ソリに足を乗せて扉傍の鉄パイプを握りながら眼下を眺めることにした。
「覗き込み過ぎて落ちないでくれよ!」
「ちゃんとセーフティロープをベルトのカラビナに通してますよ。それにしてもだいぶ様相が変わりましたね」
「全く、自分の国に核を使うとは思わなかったなぁ。だけど……、ほら、見えて来たぞ。まだたくさんのゾンビが蠢いている」
俺の肩越しにバルマン准尉が眼下を眺めていたのだが、直ぐに俺の隣に腰を下ろして一緒に眺めることになった。
まるでゾンビが蟻のように見えてしまう。通りを無秩序に動いているんだが、数百mほど上空からでは通りの上に黒く帯状にゾンビが連なって見える。
やはり大都市だけのことはあるなぁ。ゾンビの数が半端ない。




