H-215 M777を調達して来よう
デンバー空港に駐留する部隊が、どうにか正常に戻ったのは7月5日の午後になってからだった。
まだ寝込んでいる二日酔いの兵士達も沢山いるようだけど、明日になればケロリとして任務に就くことができるだろう。
「いやぁ、すまんなぁ。お前達に苦労を掛けてしまったな。まぁ、それだけ皆が喜んでくれたんだろう。過ぎたことだから、あまり文句を言わんでくれよ」
ウイル小父さん達が珍しく俺達に、頭を下げるんだよなぁ。雨が降らなければ良いんだけど……。
「それで、俺達は何をすれば?」
「デンバー空港からゾンビは追い出したし、周辺監視と即応体制も整いつつある。本来なら、グランドジャンクションの先に目を向けるべきだろうが、そっちは大隊が行うようだ。そうなると、このデンバー空港を維持しながら、デンバー市内のゾンビを駆逐することになるんだが……」
その方法で、いろんな意見が出てるということなんだろうな。
昨夜のM777を基地から移動してくる話も、その中に1つということなんだろう。
「とりあえずは、双発機を使った爆撃を繰り返している。キャビンを改良して、ビックジョンを落とせるようにしたからそれなりの効果は期待できるだろう。幸いにもMk.82は空軍基地にたっぷりと会ったようだ。あれからオスプレイで20発程運んで来たぞ」
250kg爆弾に目覚し時計と連動させた信管を取り付けたようだ。手作りの着火装置だから落下時に破損しないようにと、シーツで作ったパラシュートで落下速度を押えたらしい。おかげで地中貫通での爆発ではなく、地表面での爆発になったらしいからゾンビに対する効果は上がったそうだ。
「無くなったらまた取りに行くとは言っていたが、陸軍の連中がそれならM777の方が良いんじゃないかということになってるんだ。まぁ、陸軍さんの活躍の場がないということにも繋がるんだろうな。それで、一緒に言ってやってくれないか?」
「フォート・カーソン基地ですよね?」
「ああ、サミーは土地勘もあるだろうから、10人で行ってくれないか? 一緒にレンジャーと陸軍歩兵が2個分隊同行する。M777の搬送はオスプレイで懸架することになるが、砲弾輸送用のバギーとトレーラーはキャビンに搭載することになる」
レディさんが乗っているバギーのような代物かな? それに小型のトレーラーを曳かせるのだろう。
ちょっと心配なのは、この間のゾンビだ。あれからどうなったんだろう?
事前調査の結果を教えて貰ったら、双発機による低空飛行ではゾンビの姿はほとんど見られないとのことだった。
建物内に少しは残っているだろうが、基地を遠巻きにして囲んでいたゾンビはその後どこに行ったのだろう。
コロラド・スプリングス市に戻ったんだろうか? それとも、南に向かって進んでいたのか……。
まだまだゾンビの分からないところが沢山あるんだが、その中で一番大きいのはゾンビの代謝だ。ゾンビが出現して3年が経過している。人間の脳に達したメデューサの幼体が、恐るべき速さで人間の組織を自らの組織に変異させているけど、それは代謝とは言えないだろう。その後メデューサ自らが動くためのエネルギーは何処から取り入れているのだろうか? 初期には人間も食べたかもしれないけど今では町に残っている人間はいないだろうし、ペット類も食べ尽くしているはずだ。都市内でメデューサ以外の生物と言ったら、虫にネズミぐらいじゃないのか? それだって、ゾンビの数とその体を維持するための食料とするには、あまりにも少なすぎる。
省エネ型の生物もいるけど、多くはエネルギー消費を抑える為に動作が緩慢なんだよなぁ。ゾンビの動きを考えると少なくとも人間の食事並みのカロリーを必要とすると思えるんだけどねぇ。
「それで何門運んでくるんでしょう?」
「オスプレイ3機で4門だ。オスプレイ1機には2個分隊ほどしか搭乗できないからな。155mm榴弾の重さは45kgほどだ。6発を木製のケースに入れてある。重さは250kgだから小型トレーラー2台に5ケースずつ乗せられるだろう。M777の懸架や砲弾の搭載は陸軍兵士に任せておけば十分だ」
エディの問いに、ウイルさんが答えてくれた。
俺達はレンジャー部隊と一緒に、積出し作業をゾンビに邪魔されないように見張っていれば良いらしい。
上空からの偵察でゾンビが殆どいなくなっているなら俺達が同行することもないと思うけど、前回が前回だったからねぇ。それにウイル小父さんは慎重派だ。
俺達3人が顔を見合わせて頷くと、笑みを浮かべて出発予定は明日だと教えてくれた。
だいぶ急な話だけど、色々と動いているからなぁ。フォート・カーソンから脱出してきた陸軍の人達も自分達で出来ることを色々と考えているんだろう。
「レディには既に告げている。前回はエアボーンを行ったようだが、今回はオスプレイで垂直着陸するということだ。レンジャー達と一緒に保管場所周囲の安全を確保してくれ」
部屋を出ようとしていた俺達の背中に、ウイル小父さんが激励? の言葉を掛けてくれた。
ヘリボーンをするのかと思っていたのだろう、ニックの顔に再び笑みが浮かぶ。
振り返るわけにもいかないから、そのまま部屋を出るとエントランスの片隅に置いてあるソファーに腰を下ろす。
「ヘリボーンかな? と思ってたんだけどなぁ」
「着地したらキャビンの後部ハッチが開くんだろう? いや、その前の開けるのかな」
「指示に従って降りれば良いはずだ。でも、シートベルトは着地するまでは外せないだろうね」
久ぶりの遠征だからなぁ。エディ達も嬉しそうだ。
カウンターにいる女性兵士から、紙コップに入ったコーヒーを受け取ってそんな話をしていると、レンジャーのバクス准尉が通り掛かった。
俺達を見て、一緒の兵士を先に行かせると開いているソファーに腰を下ろす。
本来なら、敬礼を互いにするんだろうけど俺達が頭を小さく下げるのを見て笑みを浮かべ俺達に同じように挨拶してくれた。
「サミーの仲間達かな? 俺はバクス。レンジャーだ。今回は一緒に行動することになるんだが……」
「エディです。本物のレンジャーにあえて嬉しいです。ずっと憧れてましたから」
「ニックです。足手まといにならないよう努力します!」
エディ達の言葉を聞いて、笑みを浮かべている。
どんな連中だと思っていたのかもしれないな。とはいえ、俺を含めてエディ達は海兵隊に入隊訓練などしなかったからね。いきなり実戦だ。
「サマースクールから運河を通って生還した仲間です。ホッケーのスティックを使えばゾンビを倒せますよ。それに射撃の腕は俺より上です」
「ほう……。サミー並みに動けるとは思えんが、ホッケーのスティックで殴り倒せるレンジャーは俺も含めていないんじゃないかな。素人集団だと思っていたが、それなりに使えるということか」
「俺達の部隊は、レディさんやオルバンさんのように海兵隊もいるんですが、ドローン操縦に特化した女性が3人いるんです。今回は空港に残すことになりましたが、その外に2人、ドローンを使える兵士がいますから問題は無いと思います」
バクスさんは七海さんを知っているからなぁ。今回は一緒ではないと知ってちょっと驚いているようだ。
「武装偵察部隊は俺達レンジャーとどれほどの違いがあるのかと、少尉殿と話をしたことがあるんだが、前回のサミーを見てから考えが改まったよ。俺達以上に命知らずだとな」
そう言って、大きな笑い声をあげた。
単独行動を目にしたからかな? だけどあれは事前準備をしっかりとしていたからこそ出来たことだ。
「今回は、あれはやってくれるなよ。そうでないと俺達もやらされそうだからなぁ」
「レンジャーは攻撃が主体でしょうから、囮の役は回ってこないように思えるんですが?」
「案外、そうでもないんだ。陽動作戦には結構駆り出されるし、威力偵察もやらされるからなぁ。海兵隊は威力偵察の特化した武装偵察部隊を持っているが、陸軍には無いからね」
ある意味、便利屋的に部隊が使われている感じがするなぁ。だけど、それをこなせる技量がレンジャー部隊にはあるってことになりそうだ。
「頭角を見せれば、グリーンベレーですか……」
「そういうことだ。さらに上にはデルタフォースがある。それが見えるからこそ、俺達の部隊の兵士達は常に向上心に溢れてはいるんだが……。さすがに、サミーの動きは出来ないようだな。やはりマーシャルアーツだけではサミーを相手に出来ないと理解できただけでも、世の中の広さが分かったよ。エディ達もワーレン基地で動きを見てたが、訓練不足はいたし方が無いところだ。だが、新兵よりは遥かに優れているぞ。今回も期待させて貰う」
バクスさんが席を立って、エディ達の肩を叩くと俺達から離れていった。
かなり体格が良いのはいつも鍛えているからに違いない。バクスさんの後ろ姿を見ていたエディ達が、俺に顔を向けてくる。
「見るからにレンジャーだよなぁ。あのまま戦場に出掛けられそうな雰囲気だったぞ」
「俺の憧れだったからねぇ。俺ももっと鍛えた方が良いんだろうな。ニックはともかく、サミーはもっと筋肉を付けないとダメだと思うんだが?」
「これでも十分に付いてると思うんだけどなぁ。あまり体重が増えると動きが鈍くなりそうなんだよね」
「サミーは素早さ特化ということか。だけど、あの鉄パイプを片手で振り回せるんだから、少しは筋肉が付いているんだろうけど……」
エディ達は相変わらず力づくで相手をしている感じに思える。確かに力は必要だ。だけどそのバランスを上手く使うことはもっと大事だと思う。
棒を振り回すだけなら誰にでもできるけど、殴り付ける力を最大にするにはそれなりの技術が必要だからね。上手く一撃を繰り出すことができるなら、ゾンビの首さえ刎ねることができるんだから。
「少しは頑張っているんだけどなぁ。レディさんの親父さんに貰った拳銃を何とか片手撃ちしたいと鍛えてはいるんだ……」
左手をニギニギしている俺を憐れむようにエディ達が見ているのは、俺には無理だと思っているのかな?
「先ずは両手でしっかり持って、的に当てることだな。この間は25m先の的に1発も当たらなかったじゃないか」
「かなり衝撃があるんだよなぁ。なんでウイル小父さんは片手で撃って5発もあたるのか不思議に思えるよ」
「体格の違いだ。ウイルさんの右腕はサミーの太腿並みだぞ」
それは分かっているんだけどねぇ……。それを技術で何とかできないものかと頑張っているところだ。せっかく貰ったんだから使えないと壁の飾りになってしまいそうだからなぁ。




