H-211 虫の声を聴きとれる人物を探そう
こちらに来た時には必ず顔を見せて欲しいと言われたけど、あまり来るような場所ではないと思うんだけどなぁ。
遅くまで会談した後は、オリーさんの車でレディさんを宿舎に送り、俺はオリーさんの宿舎に止めて貰う。
オーロラは大統領夫人が面倒を見てくれるそうだ。
いつも抱いているんだよなぁ。絶対自分のお祖母ちゃんと勘違いするに違いない。
「なんか申し訳ない気がするんですけど……」
「そこは割り切るのが肝心よ。ここはアメリカなの。困っている人がいたら、無償の奉仕を申し出る人が必ずいるわ」
そうかな? でもそれを期待してもいけないと思うんだけどなぁ。
明日は、デンバーに帰れると思うと嬉しく思えるけど、オリーさんとオーロラにはしばしの別れになってしまう。
「今年の冬はロッキーで過ごしたいわ。所長も許してくれから、彼女達の出産前に向かうつもり」
「キャシーお婆さんがオーロラを離さないでしょうね。大統領夫人とおなじですよ」
「少しは彼女達に助言も出来ると思うわ。メイ小母さんも気遣ってくれるでしょうけど、やはり年齢が近い方が親身になれると思うの」
出産は女性にとって一大事だからなぁ。エディや俺達が力になれるとも思えないし、ここはオリーさん達女性に任せるしかない。
一緒にシャワーを浴びて、軽くワインを飲んだところでベッドに入る。
これで今回の役目は全て終わったのかな?
開けた窓から涼しい風と一緒に、虫の鳴き声が聞こえてくる。さすがにゾンビの声ではないんだろうが、やはり似ていると思いながら眠りについた。
翌日。目が覚めると隣にいたはずのオリーさんの姿が無い。
時計を見ると、8時少し前だった。俺を気遣って寝らせてくれたのかな?
急いで着替えると、今日はナップザックを肩に担いでリビングに向かった。
リビングに入った途端にコーヒーの良い香りが漂う。
オリーさんの姿が見えないけど、今の内にシャワーを浴びておこう。
シャワーから出ると、オリーさんがリビングのテーブルに座ってコーヒーを温めていた。テーブルの真ん中にサンドイッチの入ったカゴが乗っていたから、朝食を確保しに出掛けていたんだろう。
「良く寝てたから、起こさなかったんだけど」
「おかげで良く眠れました。今日は何も予定がない筈です。オリーさんが忙しくないなら散歩でもしませんか?」
「ありがたい話ではあるんだけど……。統合作戦本部から生物学研究所に協力依頼が来ているの。ゾンビの声を聞き取る試験をすると言うことなんだけど、サミーが暇なら手伝ってくれないかしら?」
あの話をさっそく試してみるということなのかな?
言い出した責任があるから、断ることも出来ないなぁ。
そうなると、レディさんは今日はどうするんだろう?
「レディさんには……」
「既に連絡したわ。レディさんはお母さんから呼び出されたみたい。サミーを同伴するようにとのことだったらしいけど、統合作戦本部から別名を受けたと断ってあげたわ」
笑みを浮かべて誇っているようだけど、後が怖そうだな。
ここはオリーさんの手伝いをして、しっかりとアリバイを作っておいた方が良さそうだ。
「それで、どこに向かうんですか?」
「9時半に向かえを出すと言っていたから、エントランスで待っていれば良いはずよ。まだ30分も余裕があるわ」
基地の中とも思えないな。
大勢が集まれる場所と言うことは、集会場もしくは体育館辺りに違いない。
「それで、どんな手段で探すつもりなんでしょう?」
「通常ゾンビの声と統率型ゾンビの声を聴かせるつもり。声を虫の音だと答えてくれたら合格ね。統率型が混じった声を聴きとれる人が何人出るか楽しみだわ」
詳しく話を聞くと、集めたのは兵士達のようだ。一部下士官が混じっているということは全員が日系人と言うことになるんだろう。
だけど、虫の声を認識するには日本語ができないとダメだとも聞いたことがあるんだよなぁ。両親が日本語を家の中で普段使いしているようなら、日本語のヒヤリングぐらいはできるんじゃないかな? それなら少しは見込みがあると思うんだけどねぇ……。
朝食を終えると、1階のエントランスで迎えを待つことにした。
一服をしていると、若い兵士が迎えに来てくれた。
俺が同行すると聞いて、ちょっと驚いているようだ。
「海兵隊士官ですか……。今回の選抜は、抜け駆け無しと聞いておりますが」
「彼は、関係者よ。私よりこの試験に詳しいわ。今回試験に使うゾンビの音源は彼が実戦で得たものよ」
オリーさんの言葉に、ちょっと驚いて俺を見るんだよなぁ。
「出来れば見学させて欲しい。場合によってはアドバイスができるかもしれない」
「お連れしますが……、見学許可は少尉殿に確認願います。それでは、此方に……」
とりあえずは選抜会場に連れて行ってもらえるらしい。
まぁ、日系人と日本人の区別が、ハンヴィーを運転している兵士に区別できるとも思えないからなぁ。
案外オリーさんが知り合いを連れて来た、くらいに思っているのかもしれない。
兵士が行先は空軍基地の格納庫だと教えてくれた。
集められた兵士や下士官の数は100人を上回るらしい。二世が多いと言っていたけど、クオーターまで動員したようだ。
藁にもすがる思いと言うんだろうな。そんな特技があるなら、味方の被害をかなり軽減することができるだろうからねぇ……。
「勘で答える人も出てくると思うんですけど?」
「生活ノイズとゾンビの声を何回か聞いて貰うわ。5回行って全て正解した兵士に次の試験、統率型が混じった声を同じように5回聞いて貰うつもりよ」
「どのぐらい合格するか楽しみですね」
「少なくとも、数人は欲しいでしょうね。でも、本命は民兵の志願兵ということになりそうよ。今回の試験は選抜担当者を訓練するためでもあるの」
民間人となれば一気に人数が増えるだろうし、日本人だっているだろうからね。
確かにそっちの方が確実ではあるんだが、今からでは間に合いそうもない。
今回の試験で合格者が出たなら、直ぐに先行偵察部隊に移動させられるんじゃないかな。
「到着しました。この中が会場なんですが、試験を受ける部屋は格納庫内の休憩室ですから、ご案内します」
「ありがとう。それにしても賑やかだなぁ」
格納庫には冷房は無いからなぁ。あけ放たれたシャッターから中にいる兵士達の話声が聞こえてくる。
急に集められたから不安なのかもしれないな。事前にある程度の情報を与えるべきかもしれない。
兵士に連れられて、俺達が待機する兵士の間を通って奥へと進む。
オリーさんは美人だからだろう。ヒュー、ヒューと口笛があちこちから聞こえてくる。
「始める前に、少し静かにさせないといけないでしょうね。彼らの聴覚を確認するんですから」
「それなら、サミーにお願いしようかしら。今回彼らを招集した目的はサミーを探すことなんだから。変わった能力だけど、今のところその能力を自由に使っているのはサミーだけよ」
「たぶん、なぜ集められたか分からないんじゃないかと思います。その辺りの説明をすれば少しは分かってくれると思うんですが」
オリーさんと話をしていると、案内してくれた兵士にぶつかりそうになった。
休憩室の前までいつの間にか来ていたようだ。
「本当に関係者なんでしょうね?」
「オリーがサミーを連れて来たと言えば、ここの責任者は分かってくれると思うわよ」
案内してくれた兵士が、胡散臭い眼差しで俺をジッと見てるんだよなぁ。
合格した兵士を横取りしようとしている部隊が多いということなんだろうな。
「先に入って、確認をしてきます。ここで待っていてください」
そう言って、扉をノックして兵士が中に入って行った。
扉を背にして、集まった兵士の顔ぶれを眺める。
制服の色の違いである程度座る場所が纏まっている感じだな。順不同なのかと思っていたけど、人間は群れを作る生き物だということが良く分かる。ここで始めて会った人達だろうけど、制服が仲間だと教えてくれるんだろう。
「そこの若いの! ここでは階級はあまり役立たないらしいぞ。こっちに来て座った方が良いんじゃないか?」
俺に手を振って呼び掛けてくれた兵士は海兵隊の制服を着ている。俺は戦闘服だけしか持っていないけど、ウイル小父さんの話では陸軍の制服と同じ制服らしい。違いは胸に記された所属名だけらしい。
「ありがとうございます。今日は別件ですから、試験は受けないんです」
「試験官ですか! 失礼しました」
立ち上がって敬礼してくれたから、答礼を返しておく。
やはり海兵隊は良いところだ。俺の戦闘服で直ぐに仲間だと知って、招き入れようとしてくれたんだからなぁ。
急に扉が開いて出てきたのは、先ほどの兵士と驚いたことにレディさんだった。
「サミーも来たのか! まったく、のんびりしていれば良いものを……。こいつは、問題ない。どちらかと言うと今回の試験を上の連中に提言した本人だからな」
「准尉ですよねぇ?」
「准尉ではあるが、上の連中が気に入っている存在でもある。それに、今回の選抜試験はこいつの代替を見つかるためでもあるんだ。立っていないで中に入ってくれ。2人の目で選抜方法を見てあげるべきじゃないのか?」
それは理解できるけど、なぜここにレディさんがいるんだろう?
レディさんも今日はのんびりするんじゃなかったかな。
レディさんの後に続いて中に入ると、クロード少佐がいたのでびっくりしてしまった。
そんな俺を見て笑みを浮かべると、部屋の中にいた兵士に椅子を用意するよう指示を出している。
手招きされたから佐官クラスが座るテーブルに着いたんだけど、他の人達が首を傾げているんだよなぁ。
「クロード少佐。海兵隊は少佐だけではなかったのか? 我等も副官は同行させてはいないんだが……」
「彼は特別です。今回の選抜の目的は、サミー准尉を見付けるようなものですからね。先程見せた武装偵察部隊の索敵を行っていたのがサミー准尉です」
「なるほど、日系人ということか……。ここで彼と同じ能力を持った人物を見付けることになるわけだな。それなら、問題はあるまい。彼の目を通して、使い物になる人物を見付けることもできるだろう」
何とか納得してくれたみたいだ。
オリーさんはと言うと、レディさんと一緒になって、装置の最終点検をしているみたいだ。
格納庫はだいぶ煩かったけど、ここはそれほど気にならない。試験はヘッドホンを付けて行うようだから、少しぐらいの雑音は問題ないみたいだな。
レディさんが、オリーさんと顔を見合わせて頷いている。
どうやら準備が整ったようだ。
「少佐殿。準備完了です。始める前に待機している兵士達に簡単な説明をしたいと思います」
「そうだな。たぶん、何も知らされていないだろう。全て君達に任せるぞ」
レディさんにクロード少佐が答礼を返したところで、俺達を案内してくれた兵士と一緒に休憩室を出て行った。
頼まれると思っていたんだが、ちょっと拍子抜けだな。
テーブルに灰皿が乗ってるのを見て、タバコを取りだし火を点ける。
一服を終えようとした時、最初の被験者がレディさんと一緒に部屋に入ってきた。
誘導係の兵士が被験者を椅子に座らせて、ヘッドホンを渡した。
「貴方に、生活ノイズを聞かせるわ。その中に違った音が混じっていると分かったなら赤いボタンを押して頂戴。変化が無ければ青いボタンを押してね。5回聞いて貰いますから、ヘッドホンを付けて……」
10秒ほどの音源を5かい繰り返す。
最初の被験者の正解率は20%だった。正解したのは偶然ということだろう。
試験が終わった兵士は、元の格納庫に戻さずに、別の扉から案内係が退出させていく。
次の兵士は全問不正解……。その次もだった。
これは見つけられないかもしれないと思っていた時だった。
レディさんが、俺達に振り向いて大きく頷いた。
途端に少佐達に笑みが浮かぶ。正解者の制服は陸軍のものだ。陸軍少佐がうんうんと何度も頷いている。
立て続けに3人が全問正解する。今度は海軍も混じっているな。海兵隊がいないのは寂しい気がするけど、誰もいない時にはデンバーから移動させることになりそうだな。
再び不正解者が続出して、今度は軽兵隊の女性兵士が全問正解を成し遂げた。
少佐達に笑みが浮かび始め、部屋付きの兵士にコーヒーを頼む余裕すら生まれてきたようだ。
オリーさん達の試験のやり方を傍で見ていた女性兵士が、もう1つの装置を使い始めたから次々と被験者が部屋に入って試験を受けている。
「10人程素質のある者が出てきそうだな」
「これで、かなり楽になるだろう。そこにいると分かるだけでも対処が格段に楽にあるはずだ」
「問題は、この後の試験です。統率型を見付けることができれば良いんですが……」
昼食も取らずに試験を継続して、どうにか終わったのは14時を過ぎていた。
本来なら、帰投する時刻が15時なんだけどなぁ。レディさんがクロード少佐を通して、俺達の帰投自国を17時に伸ばして貰った。
1次試験を通過した兵士が14人。次は統率型の分別までできる兵士を見付けねばならない。




