H-208 弾薬類が足りなくなりそうだ
「弾薬が足りなくなることも予想される。デンバー空港を中継したホーソーン基地からの空輸は海兵隊主導で試行してくれ」
「輸送規模は?」
「先ずは100tと言うところだろう」
「了解しました。こちらで調整します」
本部長が従兵を呼び、コーヒーを頼んでいる。
これで終わりかな? 時刻は14時半というところだ。
「フリーダム開始まで、3日あります。午前中に、クレディ曹長の撮影したヘルメット画像を見せて貰いました。サイカ准尉の戦いが主なものでしたが、それでもゾンビとの戦がどのようなものであるかを兵士に見せておきたいのですが」
「さすがに彼の動きは出来ないだろうが、参考にはなる。特にゾンビのラッシュでも慌てずに対処しているところは兵士や民兵にも見せておきたいところだ。ゾンビを見てオートで銃弾を浴びせるようでは直ぐに銃弾が枯渇しかねない」
「サイカ准尉の愛銃はイエローボーイだったな。兵士達にも見せるべきだろう。オートでなくともゾンビを倒せるという見本のようなものだ」
レディさんがポケットからメモリーカードを取り出すと、本部長の従兵を呼んで手渡している。
後はコピーすれば皆で見ることができるんだろうけど、俺の動きよりもエディ達の方が参考になるんじゃないかな。
使用している銃もM4カービンだからね。
「ところで特殊部隊の中の日系人のリストは作ったのだろう?」
「直ぐに作らせました。20人程おりました。早速、あの音を聞かせたのですが……。虫の声だと言ったのは4人だけでした」
「陸軍は十数人おりましたぞ。彼らが役立つのは建物内の制圧でしたな」
「サイカ准尉を見るとそうなりそうだ。だが、さすがに棒を持って部屋に飛び込ませるようなことはするなよ。スタングレネードを使うんだ」
「ところで、どんな戦い方をしていたんだ? 私はまだ見ていないのだが?」
一人だけ制服ではなくスーツ姿の人物がいるんだけど、その人物が本部長に詰め寄っている。
政府関係の人ということになるのかな?
それなら、見てはいないだろう。
「コーヒーを飲みながら、もう1度見てみるか。レディ曹長、解説を頼むぞ」
「了解しました。コントローラーとレーザーポインターをお借りします……」
プロジェクターにメモリーがセットされ、いくつかの映像がレディさんの解説で映し出されていく。
「ちょっとそこで止めてくれ!」
大きな声を上げたのは、空軍の中将だった。
「彼は扉の外から、部屋の中のゾンビの動きが分かるのか?」
「試験的に作った集音装置の指向性がかなり高いようだ。扉越しに中にいるゾンビの大まかな位置と個体数を、扉を開けずに確認できる。後方で銃を持っている仲間は、部屋の奥にいるゾンビを攻撃し、手前の2体をサイカ准尉が攻撃するために、ゾンビの動きを追っているところだ」
「そこまで分かるのか! ……続けてくれ」
部屋の中に前転しながらゾンビの足を払い、立ち上がって倒れたゾンビの頭に一撃を加えたのを見て、ヒューっと誰かが口笛を吹く。
「デルタフォースでもあの動きは無理だろう。後から入った2人はまだ訓練が足りんようだが、射撃の腕は十分だな。ゾンビ相手に2発とはなぁ……」
「テレビゲームで鍛えたそうだ。ゾンビは頭部に当てればそれで終わりだと言っていたぞ。サイカ准尉と一緒に、3年前はハイスクールの最後の学年を楽しむ予定だったらしい」
「ゲームだけであの腕なのか?」
「父親に連れられて、ロッキーで狩りをだいぶしていたようだ。サイカ准尉も参加したらしいが、射撃はなぁ……」
そこで溜息を吐かないで欲しいなぁ。
皆が、可哀そうな目で俺を見ているんだよね。
「今度は、スタングレネードか! 必ずしもゾンビの位置が分かるわけではないのだな?」
俺達3人が一斉に飛び込んで射撃を始めたのを見て、ちょっと驚いているんだよなぁ。
「数が多いと、銃を使うということだな。その判断が扉を開ける前に出来るとはなぁ」
「彼らの銃は、M4カービンだ。誰もオートで連射をしていないのが不思議に思える」
「この時、サイカ准尉は、ドアのすぐ近くにはいないが数は10体以上、20体はいないということを教えてくれた。近くのゾンビを3人が倒し部屋の隅にいるゾンビは私達2番手が倒している」
そんな画像をしばらく眺めることになったのだが、映像が終わると本部長がコーヒーのお代わりを従兵に頼んでくれた。
コーヒーを飲みながら、映像について話し合うつもりなのだろう。
「誰も喫煙をしないんだな。気にせずに楽しみたまえ。今コーヒーが来るぞ。この映像だが、兵士達に見せるべきだろう。だが、サイカ准尉の真似はするなと、注意しておく必要がありそうだ」
「建屋内のゾンビを倒すのはかなり面倒に思える。出来れば建物ごと爆破したいところですな」
「8割はそれで十分だろう。だが、利用価値のある建物については、このように部屋を1つずつ潰して行くことになる。虫の声を聴くことができれば、少しは楽になるに違いない。何度か確認をしたところで、その判断を尊重すれば先ほどの映像のようなことも可能かもしれんな」
「経験を積ませるということですか……。サイカ准尉も実戦で経験を積んだからこそ、あのように扉越しにゾンビを把握できるのでしょう。ですが突入部隊に組み込むには、かなり訓練を積まねばならんでしょう」
俺達は、直ぐに実戦だったんだけどなぁ。
だが、虫の声が聞こえる人物が必ずしも行動的であるとは限らないからなぁ。何人かで護衛しながら確認するっことになりそうだ。
「ゾンビ相手に白兵戦とは……。特殊部隊の連中もこれは願い下げでしょうな」
「銃があるんだから、銃撃すれば良い。とはいえ部屋の中だからなぁ。ライフルを構えて照準を合わせるより棒で殴った方が手っ取り早いと言うことなんだろうが……。真似をする奴が出ないと良いんだが」
数体なら皆で殴れば問題なく倒せると思うんだけどなぁ。
案外、第2線の民兵部隊の方が殴って倒す連中が出るかもしれない。射撃を練習している兵士は、どうしても銃を使うだろうからね。
「1つだけ、言い聞かせてください。画像を見ても分かる通り、俺達は頭部射撃を心掛けています。統率型は頭部だけを破壊してもダメなんですが、通常型のゾンビであれば体にいくら銃弾を撃ち込んでも向かってきます」
「確かに、頭部に撃ち込んでいたな。咄嗟にそれができる兵士がどれだけいるか考えると心細くなってしまうが、この銃撃を模範とすればよかろう。統率型は、胸にも銃弾を撃ち込む必要があるそうだ。頭を破壊しても動くようなら、両胸に撃ち込めば良いだろう」
やはり日系人を探す必要がありそうだ、なんて言っているけど全ての分隊に派遣する事も出来ないだろう。屋内掃討の専門部隊を作った方が良いのかもしれないな。
「さて、後はカウントダウンを待つだけになる。既に部隊の集結も始まっているはずだ。統合作戦本部も寂しくなるな。残すところあと3日しかない。3つの攻略部隊の連携については、現場の少将に任せるが、調整が取れない時には直ぐに連絡して欲しい。それぐらいはワシ等がしないと、ただの老害になってしまいそうだ」
「気掛かりなのは、ケベック部隊です。パイレーツとブレーブスだけであれば統合作戦本部に委ねることも可能でしょうが、カナダ軍とイギリス軍の混合部隊ですからねぇ……」
「その為に、国務長官が可能な限り本部に詰めてくれるよ。外交問題となれば、大統領の判断も必要だからね。それに、彼らの行く手に待ち構えている大きな町は無いからなぁ。場合によっては砲艦の一部をケベックに先行させるかもしれん。その提案については頷いて構わんぞ。いずれはケベックの砲撃を行うことになるのだからな。ただし、ドローンを使った市内の状況調査は砲撃の都度行って欲しい」
「了解しました。その時には、マリアン中佐が指揮を執る予定だった艦隊を向かわせます。マリアン中佐の後任はレジーナ中佐としました」
うんうんと本部長が頷いているところを見ると、レディさんのお母さん並みの女性士官と言うことになるのかな?
各軍共に女性の進出が多いようだ。女性ならば、男性のような妥協をすることは無さそうだから、徹底的に砲撃するんじゃないかな?
となると、砲弾の消費が多くなるそうだ。やはり、早期に陸軍の兵站基地から弾薬を輸送しないといけないんだろうなぁ。
「サイカ准尉の明日の午前の予定は、統合作戦本部でのオブザ―バー参加だったな。昨日と今日で、我等の懸念がかなり減ったよ。最後まで調整をすることを予想していたが、明日はそれを無くして、各部隊への圧力を軽減するつもりだ。サイカ准尉も、ゆっくりと帰る便の準備ができるまで過ごすが良い」
本部長の言葉に思わず笑みを浮かべて頭を下げる。
そんな俺を見て、クスクスと笑い声が上がっているけど気にすることは無い。
「お心使い感謝します!」
「なぁに、気にすることは無いよ。ドーバーはアメリカでも歴史の古い町だ。散策するのも良いかもしれんな」
「しばらくは合うこともないだろう。……これは、私からの礼だ。クレディから使っている拳銃がパイソンだと聞いたのでな。ワシもそろそろ銃を変える時期だから、私の愛銃を誰に譲るか考えていたのだが……、サイカ准尉なら有意義に使えるだろう」
従兵を呼び寄せて、布包みを渡している。
俺のところに持って来てくれたので、その場で開いてみたら……。これって、あの動いているエンジンでも破壊できるというやつじゃないのか!
「ありがたく使わせて頂きます。それにしても大きいですねぇ」
「ヘビイバレルにしているからな。安定して撃てるぞ」
ホルスターも一緒なのはありがたい。
これなら、357マグナムでも倒せない相手に使えそうだ。
「統合作戦本部からは、出発するときに土産を渡すよ。大それたものではないから受け取って欲しい」
「ありがとうございます」
改めて、目の前に並んだ将軍達に頭を下げた。
レディさんが「帰るぞ!」と小声で俺に伝えてきたので、席を立って居並ぶ御歴々に敬礼をすると、皆がその場で答礼を返してくれた。
踵を返して、部屋を出る。後ろでレディさんが扉を閉めた音を聞いて、ホッと溜息を吐く。
「さて、予定が少し変わったな。下のエントランスで先ずは一服だ。上官ばかりではタバコも楽しめん」
「そうですね。この後は夕食に招待されているようなんですけど、オリーさんが教えてくれないんですよねぇ」
「オリーに体が空いたと連絡を入れるから、ついでに聞いておこう。さすがに招待主が分らんでは心構えができん」
エレベーターで1階に降りると、エントランスの片隅のソファーセットに向かう。レディさんがカウンターに向かったのはコーヒーを頼むのかな。
先ずはソファーに腰を下ろして、タバコを取り出す。
明日は予定が無くなったから、15時に飛行場を飛び立つだけになる。
俺の知り合いなんて、アメリカにはいないからね。ゆっくりと寝坊ができそうだ。




