H-201 共存か、それとも闘争か
俺達が食堂に入った後に、数人の男女が入ってきた。
研究所で働く重鎮はオリーさんを含めて12人ということらしい。さすがに助手が一緒に食事を取ることは無いらしいから、サンディ―達は今日は特別と言うことかな。
俺からロッキーでの暮らしを聞きながら、名立たる博士達が静かに食事を進める。
ステーキを食べたのは何年振りだろう。
大きくはないけど、鹿肉とはやはり違うんだよなぁ……。
最後にはフルーツの盛り合わせまで出てきた。カットされたフルーツだけど、新鮮な果物なんてひさしぶりだ。
食後のワインが出てきた時に、薄いコーヒーをマグカップで頼んだ。
食器類が片付けられ、テーブルにはワイングラスとマグカップが置かれた状態だ。
クリスタルグラスの灰皿を手元に引き寄せて、食後の一服を楽しみながらコーヒーを飲む。
さて、これからが問題だな。
「夕食も終わったことだ。今夜は待ち望んだゲストも着てくれたことだから、ゆっくりと議論してみよう。先ずはゾンビと呼称されている生物だが、正確にはメデューサとここでは呼びたい。あの8月の終わりにそれは一気に世界中に広まった。あれほどの勢いで種を拡散する生命体は地球の歴史始まって以来の事で間違いあるまい。拡散と同時に周囲の動物を捕食したことでかなりの種が数を著しく減らしている。
さて、オリー君が我等にもたらしてくれたメデューサの中枢群体を分析することで、13種類の生物の遺伝子を持つキメラ生命体であることが分かった。
人間の脳内に到達した幼生が短時間で群体を形成し、死亡した人間を動かして新たな犠牲者を探し回る。
正しく、映画で見るゾンビそのものだな。体を銃で撃たれても動きまわり、頭部損傷、正確には頭蓋骨を破壊して頭蓋骨内のメデューサ中枢群体を外気に流出させることで活動を停止させられる……。まったく、とんでも無い生物じゃな。
ここで、最初の疑問が浮かぶ。
なぜメデューサは人間を襲ってその体を乗っ取るのか。犬や猫、牛や馬を襲って粗食することはあっても、その体を乗っ取ることが無いのは何故か……。
答えは天然痘ウイルスの遺伝子だったな。今年採取できた士官型ゾンビの遺伝子にも同じ部分があった。案外強固な構造体と言うことになるのだろう。
次に、統率型と呼んでいる種が現れた。メデューサの中枢群体が肺にまで入り込んでいることから、知能はかなり高いとだろう。超音波領域でゾンビに指示を与えているというのは驚くべきことではあったが……」
俺達が手に入れた画像記録を大型スクリーンに写し出すだけでなく、研究所内で調査した遺伝子モデルまでも表示しながら所長の話が続いていく。
集まった重鎮達も知っているはずなんだが、俺を含めてもう1度情報共有をするということになるんだろう。
「さすがに、人の姿を変えるとはワシも思わなかったが、サミー上級研究員が見つけた怪物がこれだからなぁ……。サミー上級研究員の推測通り、進化していると考えて間違いあるまい」
「進化の速度は早すぎます。核による遺伝子変異であるなら、もっと早期に確認できたのではありませんか?」
四角い眼鏡をかけた小母さん風の女性が疑問を提示する。
ちょっと見た感じでは、どこにでもいる小母さんなんだけどなぁ。眼鏡の奥に光る眼に知性が溢れている感じがする。
「マーガレットの言う通りだろう。案外初期にこの形になった可能性もある。我々が目に出来なかったのは、大都市でしかも核の洗礼を受けた場所であるからに他ならない。こんな場所に行くのは命掛けだからな」
そういう考えも出来るということか……。
進化ではなく変異と言うことになるのかな。
だが、変異であるならそれ以上数を増やすことは無いだろう。進化ならゾンビの姿は今後徐々に変わっていくことになる。
「だが、オリーの考えも成り立つことは確かだ。進化種なのか、変異種なのかは今後の調査で確認していくことになるのだが、状況が状況だからなぁ。大統領も承認を渋っている」
「ニューヨーク中心部の調査は、サミーが統合作戦本部の席上でその必要性を伝えた様ですから案外大統領の許可が早期に下りるかもしれません」
オリーさんの言葉に、所長の顔に笑みが浮かぶ。
「ありがとう。そうなると、人選をしておいた方が良いかもしれんな。さすがにワシ達年寄りは無理だろう。オリーは当然参加するのだろうが、それ以外には……」
「私が参加します!」
「待ってくれ! 私も参加したい」
まだ壮年とは言えないけど、かといって若手とも言えないな。30代中ごろと言う感じの男女が小さく手を上げている。
「ヤンセンにミランダか……。適任だな。ヤンセンは生物変異の権威者だし、ミランダは分類学者だ。オリーが遺伝子工学に若いながらも多大な貢献をしているし、サミー上級研究員は、新種のメデューサ発見を独占している。おもしろいチームになりそうだ」
「参加して頂けるのは大変ありがたいことですが、場合によっては再びここでワインを酌み交わすことができなくなることも念頭に置いて、参加の是非を考えてください。生物調査の実績は此処にいる皆さん全員が持っていると思いますが、相手が相手です。デンバー中心部での調査時にも、ゾンビの襲撃に会い慌てて退散しました」
俺の話を聞いて、一瞬会話が途切れた。
そんな中、ヤンセン氏が笑みを浮かべて俺に顔を向けて来た。
「覚悟は出来ているよ。それに、万が一の事があったなら、妻に会えるんだからね」
その言葉に、ミランダさんも小さく頷いている。
家族を失ったということか……。だけど、亡くなった家族の為にも長生きして欲しいけどなぁ。
「3人には、いつでも出発できるよう準備をしておいて欲しい。現地調査に向かう装備であれば問題は無いのだろうが、オリーは何度もサミーと同行している。通常の現地調査以外に必要な品と言うのはあるのかな?」
「拳銃ぐらいかしら? 9mmパラベラムが使えるオートマチックが一番みたい。私はベレッタに予備のマガジンを2個携帯するわ」
「了解だ。シグのP320を持っている。ミランダは持っていないんじゃないか? 妻がコンパクトサイズを持っていたんだ。使ってくれないか?」
「ありがとう。使わせて貰うわ。エミルダの形見なら私の力になってくれると思う」
知り合いだったのかな?
夫婦揃って、拳銃を持っていたとはねぇ。ガンシューティングを趣味にしていたのかもしれないな。
「後は3人に任せるぞ。我輪が想像もできない変異種がいるやもしれん。画像データーも忘れんでくれよ。
さて、次は……。サミー上級研究員の話を聞いてみようか。現場で実際に変異種と戦っている人物だからなぁ。その知見と推測は我等を越えるだろう」
急に話を振られてもねぇ……。ましてやこの場にいるのはその道の権威者ばかりだからなぁ。
俺が躊躇しているのを見て、オリーさんが俺の横腹を肘で突くんだよなぁ。
早く始めろと言いたいんだろうけど、地味に脇腹が痛いんだよね。
でも口を開かないと、このまま腹を押えてうずくまることになりそうだ。意を決して、皆の顔を先ずは眺めることにした。
興味深々の表情で俺を見ている。オリーさんの話では俺の推測に賛同する人と、それを否定する人が日夜意見を戦わせているらしい。なら少し先を行った推測について話をしてみるか。
「急に話をすることになってしまいましたが、俺の学歴は皆さんも知っている通りハイスクール中退と言うのが本当のところです。俺の推測はそれまでに学んだ学習と俺の勘によるものであることを最初に断っておきます」
「ここはアメリカだ。アメリカの教育とサミーが元暮らしていた日本では学習方法や修学する科目に大きな違いがあるのは知っているよ。それでは始めてくれ」
確かに科目によってかなり違いがあったんだよなぁ。
それが良いのか悪いのかは分からないけどね。
「あの夏の終わりから、すでに3年が経過しています。その間に俺達の前に現れたゾンビの種類は通常型、統率Ⅰ型それにⅡ型、戦士Ⅰ型にⅡ型、それに士官Ⅰ型にⅡ型と増えています。
これで終わりになるのでしょうか?
俺にはそうは思えません。通常型を率いる統率型ゾンビと、戦士型ゾンビを率いる士官型ゾンビを統率するゾンビが出てくる可能性があります」
「オリーの言っていた王侯型ゾンビと言うことだな?」
所長の言葉に小さく頷いた。
その辺りの事はオリーさんが話してくれているのかな?
「そうです。ここでおもしろいことが分かります。ゾンビ達の階級構成が、中世時代に似ているように思われるんです」
「ゾンビの階級社会か……。知恵を持つのであれば当然とも言えるな」
「俺達人類の中世社会と、ゾンビの階級社会を比較すると必ずしも一致はしていませんが、それに似た社会を構築することができるのではと推測します。
そんな社会をゾンビが構築したならば、それは1つの国家にも思えます。俺には国家の定義がどのようなものであるのか分かりませんが、国として認識しても問題は無いと思っています」
「なるほど……。ゾンビの国家か……、認めたくはないが、そうなると代表者が必要ではないのか?」
所長の問い掛けは俺ではなく、別の老人に向けられたものだ。
「必ずしも、そうとは限らんだろうな。だがハチやアリは女王を中心とした社会を構築している。あれは1つの王国といっても良いだろう。ゾンビの女王なぞ想像したくもないぞ」
「可能性はあると言うことだな? サミー、続けてくれないか」
「もしも、国家として機能するような社会をゾンビが構築できたなら、俺達は大きな選択をしないといけないでしょう。共存もしくは闘争の継続です」
「共存も可能だということか!」
途端に部屋が賑やかになってしまった。
治まるまで待つしかないな。タバコに火を点けて、ワインを一口。……甘口だな。出来ればお土産に欲しいところだ。




