H-200 今度は生物学研究所の重鎮達だ
「初期のゾンビとデンバー中心部で得たサンプルの比較は当然行ったはずです。遺伝子変異は起こっているということで間違いないと思うのですが、過去の遺伝子サンプルと比較がまだ可能なのでしょうか?」
俺の言葉にオリーさんが、両目を大きく見開いた。
「さすがね。いきなり核心部分を突くとは思わなかったわ。答えは不可能よ。まったく未知の遺伝子構造を持ってしまったわ。次にどんな変化が起きるかまるで分からなくなってしまったの」
「とはいえ、基本の遺伝子はそれなりの意味があるように思えます。初期の遺伝子にどんな生物が含まれていたのかを明確にしておいた方が良いと思います」
「1つのチームが専任で行っているわ。遺伝子変異については私を含めたチームが行っているの。本来なら生物で実験してみたいところだけど、基地内で怪物ができても困ってしまうから、スパコンを使っての推定までに留めているわ」
学者さん達ばかりだからなぁ。マッドな人はいないんだろうが、興味を持ったら一直線みたいなところはオリーさんもあるからなぁ。
「進化については、その一帯のゾンビの数も要因の1つと考えられます。小さな町で確認できた進化種は統率Ⅰ型だけですからね」
「更なる進化種は大都市ということかしら。大都市ともなると核も使われているから加速されたと考えられるわけね」
オリーさんの言葉に頷いて、温くなったコーヒーを飲む。
そんな俺達の話を、サンディ―達がポカンとした表情で見てるんだよなぁ。
「サミーが統合作戦本部の席で、ニューヨークの偵察を提言したぞ。案外許可が下りるかもしれん」
「でも、あまり期待は出来ませんよ。何せ大きな作戦が始まるんですからね。予備兵力と言えども、確保して置きたい状況でしょう」
「サミーの事だから、参加人数も告げたんでしょうね」
「私達以外に1個分隊だ。デンバーを考えれば、私も賛成だ」
「囲まれるのは、高層ビルで防げる。でも階段を上って来るのよねぇ」
金属製の扉を簡易溶接したけど、それでも破られたからなぁ。階段そのものを破壊するぐらいはやっておかねばなるまい。
それとも、階段をガラクタで塞げば良いのかな? その方が簡単だし、ゾンビがガラクタ撤去をするなんて、想像もできないからなぁ。
「たぶん、許可は出るだろうな。だが、それはオペレーション・フリーダムが開始されて後の事だろう」
「状況を見て、ということですか?」
オリーさんの問いに、レディさんが頷いた。
10日程過ぎてから、統合作戦本部で状況分析を行うはずだ。その結果如何ということかな。
「ところで、サミーを頼めるか? 明日の午前中に少将と会談を行う。ここに0930時に迎えに来るが」
「良いわよ。預かるわ。サミーを楽しみに待っている人達が大勢いるから、私達にとっても都合が良いわ」
「海軍を訪ねるんですか?」
「ここまで来て顔を出さんと、後で文句を言われそうだからな。ついでに緊急連絡のチャンネルを確認してくる」
お母さんのところに行くのかな?
元気な姿を見せてあげれば喜んでくれるに違いない。
とは言っても、向こうも出向準備で忙しいんじゃないかな?
「それでは!」と俺達に言って事務室のカウンターに向かったけど、アポでも取るのかな?
「それで、ナナ達は元気なのかしら?」
急に話題を変えて来たけど、それってパットやクリスも含めてと言うことだろう。
「元気ですよ。でも、秋まで一緒に過ごせるとは思えません。ウイル小父さんの事ですから、夏が終わる前に山小屋で過ごすよう指示すると思っています」
「それなら良いんだけど、無理をさせてはダメよ。私の方から動いてみようかしら。グランビーには医者が1人もいなかったのよねぇ」
確かにいない。そもそもがグランドレイクに診療所があったぐらいだからね。あの診療所で手に負えない患者はドクターヘリで大きな町に搬送したのかもしれないな。
「サミー達は、昨年の冬はサンディエゴに行ってたのよねぇ」
「ロッキーと違って、暖かいところでしたよ。防寒服がいらないんですから。でも、今年はどうなんでしょう。デンバー空港のゾンビ駆逐はかなり順調です。残りは3つのコンコースと、空港周辺の大きな建物ぐらいですからね」
来年まで掛かりそうだったけど、空港ビルからゾンビを駆逐してからはかなり楽にゾンビを駆逐でいている感じだ。変な新種もあれっきりだからね。
今年の冬は、山小屋でウイル小父さん達が次の計画を考えるんだろうな。
狙いはデンバーそのものか、それともデンバーの南の陸軍基地かな。鉄道路がデンバーの中心部を通っていなければなぁ。線路伝いにテキサス州の陸軍基地や石油コンビナートを目指すということもあり得るんだけど……。
ウイル小父さんは元第一海兵師団と言っていた。ということは、太平洋岸からロッキー山脈に向かってゾンビを掃討する動きに連動して動くことになるかもしれない。
ロッキー山脈に点在する町から、ゾンビを駆逐するようなこともあり得そうだ。
「東の部隊は今のところ大きな問題は無さそうね。でも次はロサンゼルスでしょう? あそこには2発落としたと聞いたわ。しかも1カ月ほどの間隔を取ったらしいわ」
「進化の加速が問題ですねぇ……。そうなると、ニューヨークは?」
「2発を落として、その後に3発落としたらしいわ。最後の3発が実際の数字として使われてるようだけど、実際には5発よ」
やはり、ニューヨークが鬼門に違いない。
周辺の大都市にも落としてはいるんだろうけど、2発程度で済ませているだろうし、再度落とすことは無かったはずだ。
「アメリカ大陸のどの都市にいつ何発落としたかを確認する必要がありそうですね」
「既に調べてあるわ。投下位置もね。後でコピーを渡してあげる」
じっくりと見ておきたいところだな。
それに投下した都市の総人口と地理的条件も確認しないといけないだろう。
「あのう……。彼は本当に兵隊なんでしょうか? 元大学の特待生だから、今の地位についているのでは?」
俺達の話を聞いていた、新たな助手の少女がオリーさんに問い掛けた。
サンディーと背丈は似ているけど、少し瘦せているかな? 亜麻色のセミロングと大きな目は深い藍色だ。
「そうじゃないの。あの騒ぎのあった年には、カレン達はハイスクールに入る直前だったのよね。サミーはハイスクールの最後の年を楽しもうとしていた時だったの。
頭は……、良いのかしら? でも飛び級は出来なかったでしょうね。でも彼との議論はおもしろいというか、私達とはまるで異なるの。そうねぇ……、1つの事を深く考えるのではなく、いろんな事象を別な角度から眺めるというのかしらねぇ……」
「全く別の事を関連付けすることができると?」
「全く異なる事象を組み合わせると分かることもあるということなんでしょうね。少なくとも疑問を持つことができるわ。その疑問の答えを見つけるために、今までに得た情報と推測を組み合わせて深く考えることができるのよ。これは私達には無理な話ね。
彼を含めた皆で大きな山小屋で暮らしていたの。大きなリビングに真ん中で焚火ができるのよ。
その焚火の火を見つめながらジッと考え込んでいるサミーをよく見かけたわ。まるで先住民の酋長のような威厳があったわね……」
そこで笑い出すのはおかしくないか?
皆にも笑われていたのかな。ちょっと考えてしまう。
「御免、御免。サミーを笑ったんじゃないわよ。レディの事よ。まるで彫像のような姿で思考の海を泳いでいるんですもの。レディがいたずらしたくなるのも理解できるわ。
それだけ深く考え込んでいた彼なんだけど、背後から薪で彼の肩を叩こうと近付いたレディが薪を振り下ろそうとした瞬間に、その場から横に転がって素早くナイフを持って身構えたの。レディが、ゾッとしたと話してくれたわ」
「レディさんは、先程の女性兵士ですよね?」
「そうよ。サミーがこんなだから、レディが付いていないと上の人達も心配なんでしょうね。でも、彼は強いわよ。現役の海兵隊兵士を相手にしても投げ飛ばせるし、ゾンビはサンディーは見てたでしょう? 棒で倒せるんだから」
ふ~んという目で、カレンと呼ばれた少女が俺を見てるんだよなぁ。
尊敬の眼差しでは無さそうだけど、軽蔑の目でもないな。おもしろいと言う感じなのかな?
「さて、そろそろ時間かな? サンディー達も一緒よ。所長がここで協力してくれたなら、ハイスクールの証書は出さないといかんだろうなと言ってたわよ。それなら、私達の研究についてもある程度は知っておいた方が良いでしょう?」
「所長に、そんな資格があるんでしょうか?」
「所長は元マサチューセッツ工科大学の生物工学の権威よ。MITにはMITアカデミーがあるから、ハイスクールの証書は所長の名で出せるみたいね」
MITか……。俺も学んでみたかったな。だけど生物学ではなく電子工学のほうだけどね。
でもかなり頭が良くないと無理だと親父が言ってたんだよなぁ。
「さぁ、行きましょう!」
オリーさんが席を立ったところで、俺達も席を立つ。
荷物はナップザック1つだから気軽なものだ。
オリーさんの後に続いて、エントランスから右手に伸びる通路を歩いていくと、大きな1枚板の扉があった。
かなり凝った彫刻がしてあるんだよなぁ。これだけでも結構な値段がするんじゃないか。
トントンと軽く扉を叩きオリーさんが中に入ったので俺達もその後に続いて入ると、数人の男女が座っている。壮年を過ぎた人ばかりだな。
「早かったね。まだ全員揃っていないんだよ。隣の青年がサミー君かな?」
俺を見て笑みを浮かべた御老人が、所長なんだろうか?
その場で、軽く頭を下げると「サイカと言います。発音しにくいらしく、皆からはサミーと呼ばれています」と応えたところで、オリーさん達の椅子を引いてあげて最後に腰を下ろした。
レディファーストと言うのは、中々面倒なんだよなぁ。
「オリー君が、『弟みたいなものよ』と常々言っていたからどんな青年化楽しみだったんだが、想像した通りだったな」
老人の言葉に、テーブルを顔んでいた数人が笑みを浮かべている。
「私は、もっと年上だと思っていたんですけどねぇ……。あのような推測を立てられる学生はいませんでしたよ」
「育った環境が思考にも影響を与えたに違いない。我等にとってはありがたい存在だよ。私の部屋にはいつ訪ねて来ても構わんぞ」
意外と好印象のようだ。これなら、今夜は早く休ませてもらえそうだな。




