H-197 オプションはノーフォーク海軍基地の奪還
オペレーション・フリーダムに関わる統合作戦本部の会議は、13時から行われるらしい。
隣の建物に移動して、定刻の10分前に会議室に入るとジョンソン少将の隣に俺の席が作られていた。
席の前に立っているネームプレートがジェネラルばかりだ。俺のネームプレートにハ、ウオレント・オフィサーと書かれているから恥じ入るばかりだ。
レディさんは少将の副官と一緒に俺達の後ろに座るようだな。
「上席が、本部長の陸軍大将だ。私達は海軍と一緒に右手だが、向かいの席は陸軍と空軍になる。本部長の反対側に座っているのは宇宙軍だな」
「ここでアメリカの全軍が指揮できるんですね」
「そういうことになる。もっとも、ここでは戦略を重視して戦術は各軍に任せてはいるんだがね」
大方針を打ち立てるということになるのかな? 詳細は現場に任せるということになるんだろうね。
次々と各軍の制服に略章をたくさん付けた人物が席に着く。
5分前には本部長も席に着いたからこれで始まるということになるんだろうが、皆コーヒーを飲んでいるんだよなぁ。
時間は正確にと言うことなんだろう。
「定刻だ。それではオペレーション・フリーダムの修正会議を始めたい。3つの軍団で南下することについては、了承されている。海軍の援護攻撃についても、サンディエゴの作戦成果を基に強襲揚陸艦と空母を砲艦として参加させることに皆に異存は無かったと思う。
今日は、タイムスケジュールに付いてもう少し議論を詰めたい。さすがに来年にはニューヨークまで到達できるとは皆も思っていないはずだ。さらに、今年はカナダのニューブランズウイック州が主な作戦地となる。10月末には降雪が始まるからな。冬ごもりの場所を確保せねばなるまい。雪解けは4月だから約5カ月は大きく前進することは出来んだろう」
正面の巨大なスクリーンに南下スケジュールが表示される。それによると、作戦終了はニューヨークを取り戻した時となっている。
最短で5年は掛かりそうだが、それだけ長い作戦ともなれば外乱についても考えておく必要が出てくるだろうな。
「7月4日の0800時に、大統領、イギリス女王、カナダ総督兼臨時首相がメッセージを放送する。それが終わり次第、大統領がオペレーション・フリーダム開始を告げる。
各国の挨拶は5分以内にしてくれと、何度も念を押しておいたぞ。長話を聞かされたなら士気が落ちないとも限らないからなぁ」
ユーモアのセンスもありそうだ。そんな話をすることで皆の緊張を和らげている。
「初日は、午前中に上陸地点への砲撃を行い、先行偵察部隊が上陸。安全を確認した後に本隊が上陸する。翌日からの南進に備えて部隊の展開を行って欲しい。翌日は0800時に先行偵察部隊が出動、本体の南進は0900時とする。
上陸地点は、カナダ軍団が『リヴィエール・オー・ルナール・ウエスト』の港だ。どれにしても長い名だな。今後は『リヴィエール』としよう。
中央のパイレーツ軍団は『シップアフガン』の港になる。大西洋岸を進むブレーブス軍団はノバスコシアを防衛するモンクトンとしエディアックを結ぶ防衛線の『モンクトン空港』に事前集結……」
当初の要害はモンクトンになりそうだな。3年間の間にかなり爆弾を投下したようだが、人口数万人の都市だからねぇ。少なくとも1万体を越えるゾンビがまだ都市内を徘徊しているに違いない。そうなると、統率型ゾンビの数も数十を越えるだろう。
早めに対処しないと、犠牲者が増えそうだな。
「エアカバーはリトルバードとブラックホークを使用する。ゾンビ相手にF18は蟻を退治するのに拳銃を使うようなものだ。だが、人口密集地への焼夷弾攻撃はF18を使用する。それに線路近くの爆撃は精密誘導弾を使ってくれ」
大事に持っていてもしょうがないということかな? 核を使わない限り問題は無さそうだ。
「さて、ここまでは良いかな? 各軍団長は所属する旅団長と詳細を詰めて欲しい。支援艦隊は既に通知している通りになる。3軍団の南進の足並みが揃わない場合は、予備兵力2個歩兵大隊を投入する。その判断はこの統合作戦本部で行うことにしたい。
既に決行日まで5日だ。各軍団内での戦術も定まっているだろう。諸君たちにとってはおもしろみの無い戦かもしれんが、この戦をすることで我等残された人類の生存圏が一気に広がる。
さて、本日はおもしろいゲストを用意したぞ。
太平洋岸のサンディエゴ海軍基地の奪回作戦にオプションを提言した人物だ。そのオプションでペンデルトン基地を奪回することができたし、カナダからのゾンビ駆逐を目的としたバンクバー遠征、さらにはアラスカ州からの生存者救出まで提言したのだからなぁ。
この場に置きたいところだが、大統領が許可を出してくれん。
とはいえ、オペレーション・フリーダムにも何らかのオプションが用意できるのではないかと呼んだのだ。
まだ准尉ではあるが、既に頭角を現しておる。准尉の提言と笑い飛ばすのも勝手だが、それは自らの能力の無さを知らしめる行為かもしれんぞ。
さて、既にジョンソン少将より作戦のあらましを聞いているはず。何か思うところがあるなら、この場で行って欲しいのだが……」
中学生が大学教授に教えるようなものだと思うんだけどなぁ……。思わず隣の少将に顔を向けると小さく頷いている。後ろにいるレディさんは小声で「思うところを言うがいい」なんて無責任なことを言ってるんだよなぁ。
笑いとばしてくれるなら、それも作戦前のストレスを解すことに繋がるかもしれないな。
「海兵隊第1師団の武装偵察隊に所属するサイカ准尉です。さすがに大国の作戦であると感心しました。
とはいえ、相手は人間ではありません。人の姿をしてはいますがヤドカリが貝の殻を被るような形で姿が人間であるだけです。デンバー市内では既に人間の姿を取らなくなったゾンビも目撃しました。作戦を考える上で常に自分に言い聞かせてください。俺達が相手にするのは亡くなった人間の尊厳を損なうおぞましい怪物であると……。
都市爆撃や砲撃では施設を灰燼にしても、そこにいたゾンビの数をゼロには出来ません。腹に穴が開いても、両足を失ってもゾンビは向かってきます。ゾンビの活動を停める唯一の方法は頭部を破壊する事です。
それでも、住宅密集地への事前攻撃はそれなりの効果があることは確かです。1度ではなく、2度3度は必要でしょう。
午前中少将と話し合い、いくつかの提案をしました。
既に作戦開始までに時間がありませんから、どこまで可能かは皆さんで考えて頂ければありがたいところです。
1つ目、第2線の構築です。これは民兵でも対応可能でしょう。前を進む3つの軍団がゾンビを掃討しているのです。第2線の目的は落穂拾いと言うことになります。ゾンビ1体でも後方に取り残せば、あの8月末日の悪夢がよみがえりかねません。
2つ目、エアカバーの方法です。航空燃料は半減しているのではないでしょうか? アメリカは車社会ですから、あちこちにガソリンスタンドがありますし、乗り捨てられた車にはまだガソリンが残っていると推測します。
それなら、レシプロエンジンの飛行機を飛ばせるでしょう。レシプロのヘリコプターもあったはずです。ハイドラや即席爆弾を作って投下することは可能に思われます。
3つ目は、即席攻撃機に改造した飛行機の、離着陸に必要な飛行場の確保です。
セスナ程度の飛行機であるなら長い滑走路は必要ないでしょう。特殊部隊による迅速な飛行場の確保と通常戦力の正体規模による維持管理が可能であれば、電撃作戦並みの速度で南下することも可能かと推測します。
4つ目は、ゾンビの探索を効率的に行う手段になります。現在ゾンビの発する音を視覚化する装置が作られています。屋外ではかなり有効です。この装置の性能を上げて、飛行船により上空から森に潜むゾンビを発見します。そんなゾンビは少ないと思いますが、取りこぼしはこの作戦では許されません……」
最初は呆気に取られて聞いていたけど、途中からメモを取る姿まで見ることができた。
全て採用するような事態にはならないだろうけど、大切なことだと思うんだよなぁ。
「耳痛い話だな。第二線は此処でも話題になったのだが……。民兵ということか……」
「エアカバーも低速のセスナなら都合が良いでしょうな。空母からの発進も可能では無いですか?」
「発進は可能だろうが、着艦ともなると訓練が必要だろう。だが、すでに飛行場が占拠されているなら、問題は無いだろう。それに燃料もあるだろうからな」
発言を終えると、会議室が騒がしくなってきた。
その間に、会議室付きの兵士が俺達のカップを新たなコーヒーを注いだカップに交換してくれた。
「もう少し早く呼べば良かったと思うぞ。出来れば、1カ月程前に呼ぶべきだったのでは?」
「彼も忙しい身だからなぁ。そっちは誰かに任せてここに来いとは言えんのだ。資材調達から帰ったところでここに呼んだ次第だ。
ところで、今までの話はオペレーション・フリーダムに関わるものだ。オプションは無いのかね?」
「オプションと言えるかどうか……。2つあるんですが、その内の1つは1個中隊程必要ですし支援の砲艦も必要です」
「ほう、やはり港と言う事になるのかな? そうだとすれば、セントジョンの先行攻撃辺りか……」
「いえ、ポーツマスの海軍工廟やボストン空港はブレーブス軍団を支援する大西洋艦隊で容易に奪回できるでしょう。狙いはノーフォーク海軍基地です」
数人が勢いよく立ち上がったから、バタンと椅子の倒れる音が会議室に大きく響く。
「可能なのか?」
「地形図を見る限りは可能だと推察します」
立ち上がったジェネラル達が顔を見合わせて、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
本部長が笑みを浮かべて、俺を見ているんだよなぁ。
「どんな頭をしているか医者に検査をして貰いたいところだな。だが、それが可能であるなら……」
「海軍はまだまだ戦えますぞ! 即応資材が保管されておりますからな」
「ところで、オプションは2つと言ったな。もう1つは?」
「ニューヨークの先行偵察です。これは是非とも早期に行いたい。オペレーション・フリーダムがニューヨークのゾンビを駆逐することで終了するとなると、まだ見ぬゾンビが行く手を阻む可能性があります。それを事前に確認して弱点を探す必要があります」
「なるほどな……。だが、ニューヨークには100万を越えるゾンビがいるのだぞ」
「屋上のヘリポートに着陸して、周囲を観察します。デンバー市では士官型ゾンビの存在を確認しました。今夜生物学研究所との懇談を予定していますから、同じ事を所長にも提言するつもりです」
「部隊数はどれほど必要なのだ?」
「俺達以外に1個分隊は欲しいところです。1個分隊でデンバー中心部に向かった時は、簡易溶接した扉を破壊されました。救援に来たヘリコプターでどうにか逃げ帰った次第です」
あれは、ちょっと危なかったな。次は事前準備をもっとしておかないといけないだろう。
「さすがにポーツマスの海軍工廟は頭に無かったな。島だから、シールズ達にやらせてみるか」
「ボストンの飛行場も魅力ですね。あの飛行場は国際線の飛行場ですから、大型機も使えます。周辺500kmのエアカバーが可能でしょう」
「ノーフォークから撤退はしたのだが、確かに資材は役立つだろう。これは本作戦とは別に考えよう。それにしても1個中隊とはなぁ……」
本部長が溜息を吐いている。
簡単ではないけど、結局はサンディエゴの作戦と同じなんだけどなぁ。
本部長が休憩を宣言したので、ポケットから煙草を取り出す。
少し冷めたコーヒーを飲みながら、ニューヨークのゾンビがどのように変化しているのか想像を巡らせて時間を潰すことにした。




