H-196 明日の自由時間が無くなった
「この計画での最大の課題は、進軍をどこで止めるかを定めていないということか!」
「さすがにニューヨークまでは到達できまい。それこそ兵士を磨り潰しかねん。カナダ部隊はケベックの手前で足止めを食うとサイカ准尉が話してくれたぞ」
途端に俺を睨んでくるんだから、思わず下を向いてしまった。
そんな俺の肩をポンポンと叩いてレディさんが父親に顔を向ける。
「我等でさえ、デンバーの攻略に手を焼いているところだ。そう簡単にゾンビを駆逐できるとは思えん。ゾンビの集団に近い場所で兵を展開すれば途端に包囲殲滅されてしまいかねん。ゾンビを統率するゾンビがいるのだ。撤退してもどこまでも追いかけてくるぞ」
「単なる人食いの集団ではないということか……」
「ああ、それが分かったから我等もゾンビの集団に対して兵を向けることができんのだ。3年前よりもゾンビは知恵を付けている」
「やはり人間同士の戦とは異なるということだな。陸軍の7割が食われたわけだ……」
「少なくとも、我等と同数程度に減らさねばゾンビ相手に兵を展開出来ぬ。その為の砲船計画でもあるんだが……」
「あれはあれで、マリアンが喜んでいたよ。やはりミサイルより艦砲だと言っていたな」
「母さんは、改造砲船に乗艦するのか?」
「ブレーブス部隊に参加することになっている。インディペンデンス級戦闘艦モンゴメリーに乗艦して、揚陸艇3隻を指揮する。私は空母に砲兵を乗せるよ」
思わず笑みが浮かんでしまった。
空母だけで十分かと思っていたんだが、小型砲船艦隊が2つ出来るみたいだな。
1つはセントローレンス川を遡るのだろうが、太平洋なら、思い切って別の任務を与えるべきだと思うんだけどねぇ……。
「素人考えで申し訳ありませんが、台船と言うフラットな甲板を持つ船があったはずです。それ自体を自走式に出来ないんでしょうか?」
2人の少将が俺の話を聞いて笑みを浮かべる。
ど素人だと思ったんだろうな。レディさんは首を傾げて俺の言葉の意味を考えているようだ。
「台船は工事の足場代わりに使われえるものだ。荷役にも一部使われているようだが、基本は工事用だな。一度設置すれば長らくその位置で使われることから自走式は無いだろう。移動はタグボートを使うのが一般的だ」
「甲板がフラットであり、それなりの面積を持つ。自走式を望むのは、砲船を考えての事だろうが、それなら揚陸艇で十分に思えるが?」
「81mm迫撃砲ではなく、M777を搭載したいと考えまして……」
「長距離砲撃を考えるのか……」
用途を考えているようだ。ジョンソン少将は首を傾げているんだよなぁ。レディさんが、突然テーブルの地図に視線を移した。
「サミー、まさかと思うが……。ボストンを攻撃するのか?」
「ボストン空港を押えれば、航空燃料が手に入りますよ。ニューヨーク攻略を考えるなら燃料はいくらあっても足りないぐらいでしょう」
2人の少将が、慌てて地図を眺める。
どうやら俺の意図が分かったみたいだな。
「ボストン空港は半島にあるな。この部分は500mほどの幅ではないのか?」
「強力な砲船を据え付けることで、大陸からのゾンビを此処で阻止できるということか。ポーツマスの海軍工廟は元が三角州だったな。これも同じような方法で攻略ができそうだ」
動線を断って、じっくりとゾンビを駆逐する。
これはサンディエゴの海軍基地で実績もあるからね。
「ですが、大きな課題があることも確かです。俺のようにゾンビの存在を戦場で知ることができる者が1個分隊に1人は欲しい。デンバー空港攻略部隊に合流した陸軍兵士の中に2人程見付けることができました。現在デンバー空港で実績を作っているところです。300人足らず部隊に2人いたんですから、案外沢山いるのではないかと思っているのですが」
「日系人の兵士にゾンビの声を聞かせてみた。通常ゾンビの中に統率型が混じっていることを聞き分けたそうだ。前線に立つ兵士について調べてみては」
俺の言葉に、レディさんが追加してくれた。
その話を聞いて2人の少将が互いの顔を見てるんだよなぁ。
「午後の会議で提案してみるか。案外使える者がいるやもしれん。先ずは特殊部隊の連中からだな。日系人が何人か入っていたはずだ」
「私の方も、指示をしておこう。まだまだサンディエゴの解放には時間が掛かるし、その後にサンフランシスコやロサンゼルスが控えている。さすがに、それ以外は無いんだろう?」
「現状ではありませんが、飛行船の方はよろしくお願いします」
少将が頷いているから、後は任せておこう。
それよりも、ニューヨークが気になるんだよなぁ。
「了解した。落穂拾いには最適だろう。……もう直ぐ、昼食だな。ウルマー少将、一緒にどうだ?」
「13時からは統合作戦本部の会議だったな。ジョンソンも参加するということは、彼等も参加すると?」
「オブザーバー参加と言うことになる。本来なら、壁際の席だが、ワシの隣を用意させて貰った」
そんなことはしないで欲しいところなんだけどなぁ。戦闘服のままだから、かなり問題がありそうだ。
「まさか、その服で参加させるのか?」
ちょっと驚いた口調で問い掛けてきたのが面白かったのか、ジョンソン少将が笑みを浮かべて頷いている。
「彼らは作戦途上なのだ。統合作戦本部の都合で呼び出したなら、十分に思える。ここに来る当日の朝早くに資材調達を終えて帰ってきたぐらいだからな」
ウルマ―少将が少し考え込んでいる。
そんな少将にジョンソン少将が声を掛けて食堂へと出掛けることになった。
上級仕官専用の食堂らしいけど、俺達は招きに応じてやってきたということで、問題なく利用できるとのことだ。
とはいえ、1つ問題があるんだよなぁ……。
俺にはテーブルマナーの心得なんて皆目無いからねぇ。レディさんが恥をかかぬよう3人の食事を見ながら同じように食べるしかなさそうだな。
白いテーブルクロスの上には燭台まで載っている。シミなんて付けたら、怒られそうな雰囲気なんだよなぁ。
レディさんの椅子を引いて座らせたところで、隣に腰を下ろす。
「確か元日本人だと聞いたが?」
「ゾンビ騒動で帰化がうやむやになっていたところで、帰化を認める書類を頂きました。おかげで憧れの海兵隊員になれました」
「日本人なら、海軍だと思っていたのだが……」
「大砲が1門だと聞いて、がっかりしていたぞ。軽巡が1隻でもあったなら、喜んで移籍したかもしれん」
時代が変わってしまったんだろうけど、やはり軍艦と言えば大砲が沢山あった方が見栄えがするに違いない。
戦闘力は今の軍艦の方が遥かにあるんだろうけど、ゾンビ相手には無駄な装備でしかないんだよなぁ。
料理が出てきたところで、早速頂くことになったのだが……。昼からワインを飲むとはねぇ。
半分ほどで終わりにしておこう。酔って思わぬ提案等したくないからなぁ。
「だが、統合作戦本部が下級士官を呼んだのだろう? ワシはそれが不思議でたまらん」
「現場の実績を重視したということなんだろうな。サンディエゴ海軍基地奪回に多大な貢献をしているし、アラスカでの生存者救出は彼のサブオプションだ」
「メインではないと?」
「メインのオプション、はバンクーバー偵察だったな。だがこれには意味がある」
「まさか!」
「そのまさかだ。一応、大統領の提案になってはいるが、大統領に耳打ちした人物を辿れば、そこに彼がいる。とはいえ、人脈も凄いな。ワシにはそんなことができんぞ」
「我等の案を耳打ちするとなれば、どうしても統合作戦本部が中に入るだろうからなぁ。参考にしようとは思わんが、どうやって伝えたんだ?」
「これは、ここだけの話にして欲しい。彼の娘を産んだのが生物学研究所の博士の1人だ。それを自分の子供の様に溺愛しているのが大統領夫人ということになる」
レディさんが裏を説明すると2人が大きく目を見開いている。
大統領夫人から告げられた時は、大統領もかなり驚いたらしい。思わず聞き返したらしいからなぁ。
「そういえば、たまに赤ん坊を抱いているのを見たことがあるぞ。その子が彼の娘ということか?」
「たぶんそうだろうな。オーロラと名付けたらしい」
少将達が顔を見合わせてニヤリと笑みを浮かべる。
他の将軍達と一歩先に出られると思ったに違いない。まったくおかしな話になったものだ。
「午後の会議では、特殊部隊を使った空港の攻略それに民兵団を組織しての第2陣を提言させるつもりだ」
「海軍大将には耳打ちをしておくぞ。陸軍に伝手が無いのが残念だが、エアカバーが可能なら、もろ手を挙げてくれるだろう。妻には、台船の砲船化をそれとなく伝えておこう」
「ここまでがオプションと言うことになるんだろう……。さて、サイカ准尉。サブオプションもあるんじゃないのか?」
「もし、小型の空母があるのであれば……、ノーフォーク基地だけなら奪還できると思っているのですが」
「ノーフォークだと!」
ウルマー少将が、椅子を蹴飛ばすようにして立ちあがった。
「……可能なのか?」
「イージス艦2隻と小型空母1隻。それに兵士1個中隊に工兵1個小隊。ゾンビの声を聴きとれる隊員のいる特殊部隊が2つあれば可能かと。ただし、基地周辺の建物は全て破壊することになりますし、橋の幾つかを破壊することになります」
「1度詳しく話をしたい。クレディ、時間は取れるか?」
「明日の午後であれば3時間程自由時間がある。母さんに会おうと思っていたのだが……」
「それは、お前だけで良いだろう。サイカ准尉をその間預かる」
なんか自由時間が無くなりそうだ。お土産でも探そうと思ってたんだけどなぁ。
「とはいえ貴重な時間を拘束することになるのだから……、私の秘蔵の品を渡そう」
ん? ワインかな。何となく笑みが浮かんでくるんだよなぁ。
呆れた表情で俺と父さんを見ているレディさんだけど、男同士だからね。
何となく期待してしまうんだよなぁ。




