H-179 戦士型ゾンビを統べる存在
「七海さん。落とす前に、特Ⅰ型の周囲を見せてくれないかな?」
俺の言葉にオリーさんが首を傾げる。
「何か分かったのかしら?」
「同じ方向で、戦士Ⅱ型の声がするんです。どの辺りにいるのかと……」
「連携を考慮するということかしら。ナナ、高度を落として、ゆっくりと周囲の映像を見せてくれないかしら」
「了解です!」と七海さんが答えると同時にモニターの画像が拡大する。高度を落としたのだろう。戦士Ⅱ型は特徴があるからね。ゾンビ達のうつろ気な表情まで分かるぐらいだから、戦士Ⅱ型がいるなら直ぐに分かるだろう……。
周囲100mほどの範囲を入念に調べたのだが、戦士Ⅱ型の姿が全く見当たらない。
確認できた方向をさらに100mほど奥まで探索したのだが結果は同じだった。
「隠れているのでしょうか?」
「破壊されたビルに潜んでいるということかもしれないわね。ところで、統率型は?」
「確認して見ましょう」
共振周波数を変えてみると、どうやら2体程近くにいるみたいだな。
「いましたね。Ⅱ型です。やはり進化は進んでいるようですね」
さすがに位置までは特定できないけど、音の大きさから推測するなら戦士Ⅱ型と同じようにビルの中にいるのかもしれないな。
「では、落とすわよ。しっかりと見ていて頂戴。ナナ、お願い!」
「了解!」と言う七海さんの声と共に画像の中心から落ちていく物体が映しだされた。
直ぐに爆炎が広がり、飛び散る塵埃で画像が真白になってしまったが、徐々に風に寄って拡散していく。
「頭の触手がかなり動いてますね。キツツキの音が変化してます。戦士Ⅱ型がその声に呼応しているようにも感じます」
「特Ⅰ型が移動しています。ビルの中に入ろうとしているようです」
「それに伴ってかしら? 出て来たわね。なるほどかなりの戦士Ⅱ型になるわ」
「統率型の声にも変化があります。断続したこの声の出し方は、陸軍基地で聞いたものと同じですよ!」
「ナナ、ドローンを戻して頂戴。ちょっと頭を冷やしましょうか。今、コーヒーを作るわね。レディ! ちょっとこっちに来ない?」
頭を冷やすのは俺も賛成だ。先ずは緊張を解そうとタバコを取り出し、氷魚を付けようとしていると……。
まだスイッチを切っていなかったヘッドホンから唸り声のような叫びが聞こえてきた。
慌てて双眼鏡を掴んで先ほどの場所を見る。
俺の姿に驚いたのか。2人とも俺の傍に駆け寄ってきた。さらに俺の肩に顔を乗せたのはレディさんじゃないか!
美人なんだから、あまり俺を誘惑しないで欲しいところだ。
「何だ。あれは?」
「何だ? と言われても、見たままのものです。まったくおかしな物体ですけど、あれもメデューサの進化の結果ということになるんでしょうね」
たぶん誰もがゾンビとは言わないだろう。
強いて言うなら怪物だ。
大きさは体長3mほどなのだが、横長なんだよなぁ。短いずんぐりした足がドラム缶のような胴体から左右に10対程出ている。頭部はドラム缶の先端部よりズングリしたサボテン状に1mほど上に伸びている。特Ⅰ型と同じようにサボテンの先端部分は触手が蠢いているんだが、頭部の真ん中付近から左右、2本ずつの触手が伸びていた。1本は短いがもう1本は戦士Ⅱ型ほどの長さだな。1mほどの鉄骨を触手が絡みとって掴んでいた。
「武器を持つということですから、戦士Ⅲ型と呼称しましょう」
「確かに名前は必要ね。ビルからもう1体現れたわよ。さらに出て来たわ。あれは戦士Ⅱ型ね……」
集音器がうるさいほどの声を俺に聞かせてくれる。
解析した方が良いのかもしれないな。潜水艦のソナー手なら、案外音声解析ができるんじゃないか。
「倒せるのだろうか? 頭部を破壊するのがゾンビ相手の戦いの基本だが、あの形状では、目の奥に中枢部があるとも思えんぞ」
「試してみますか。誰か500m以上の長距離狙撃が出来れば良いんですけど」
「ジュリーに頼んでみよう。Mk14を担いできたらしいからな。……ジュリー、ちょっと来てくれないか!」
レディさんがやってきたジュリーさんにモニター画像を見せると、「ワォ!」なんて声を上げている。
「ここから狙撃してくれないか?」
「500mほどなら出来ると思いますけど……。頭はあの触手の下なんですよね?」
素朴な問いだけど、誰も答えられないんだよなぁ。
「とりあえずはあのドラム缶のような胴体で良いぞ。その次はサボテンの頭で十分だ」
オリーさんがレディさんの言葉に頷いているから、確認するにも都合が良いということなんだろう。
「ジュリーの準備ができ次第、始めてくれ」
「あんなのがいるんだったら、バレットを持ってくるべきでした……」
バレットで倒せないなんてことになったら面倒この上ない。
出来れば7.62mmの銃弾で倒したいところなんだよなぁ。
俺達が双眼鏡で戦士Ⅲ型の姿を眺めていると、右手より鋭い銃声が聞こえた。
同時にドラム缶の胴体のような真ん中に体液を散らして穴が開いた。
「緑色の体液……。あのドラム缶も緑色がかっているわね。体液の成分を調べて見たくなってきたわ」
「変化は見られませんね。通常ゾンビと同じく、胴体はいくら撃ち込んでもダメかもしれませんよ」
「ジュリー、今度はあの触手の下だ。的が小さいから、外したら何度か試して欲しい」
さて、今度はどうなるかな?
再び銃声がしたが、今度は外れたみたいだ。
やはり的が小さいからだろうな……。
2度目の狙撃で当たった個所は左右の触手のある胸に相当する部分だった。
何か慌てているように見えるから、戦士Ⅲ型の急所はあのサボテン部分なのかもしれないな。
3発目の銃弾が戦士Ⅲ型の目に命中した。
体をしばらく震わせていたが、体液を吹き出しながらその場に倒れてしまった。
弱点は頭部ということになる。
「7.62mmなら倒せるということになるな。次が現れた時に5.56mmで試してみるか」
「……ちょっと戦士型ゾンビの様子がおかしいですね。先程までは戦士Ⅲ型の周囲を囲むように動いていたんですが、その動きがなくなりました」
「散開と言うより、彷徨い始めた感じだな。統率がなくなったということか?」
「統率Ⅱ型が近くにいることは確かです。状況からの推測では、戦士Ⅲ型を倒したからということになるんですが……」
「ナナ、ドローンを戻してくれないかしら。ドローンが戻り次第、状況の確認を皆で行いましょう」
「そうだな。少し考察すべきだろう。ジュリー、ありがとう。助かったよ」
「狙撃が必要になったら、いつでも呼んでください!」
銃を担いでジュリーさんがエディ達のグループに向かって行った。
エディ達は、まだ統率型ゾンビを狩っているのかな?
時刻は17時を回っている。もう1時間も過ぎれば西の峰に日が沈むだろう。
パット達がレーションを温めようとしているのを見て七海さんが手伝いに向かった。
残ったのは、俺とオリーさんにレディさんの3人だ。
タバコに火を点けて、さてどこから話したものか……。
「オリー達がデンバー中心部を調べたいと言ったのは、これを見付けようとしていたということになるのか?」
「さすがにあんな化け物がいるとは思いもしなかったわ。画像から色々な生物の特徴が見えたから、研究所の連中も大騒ぎになるでしょうね」
「とりあえず、倒せる手段は他のゾンビと同じと言うことになるんでしょう。戦士Ⅲ型……、士官型ゾンビとでも名を付けますか。戦士型ゾンビをどうやら従える能力があるみたいです」
これで戦士型ゾンビを統率するゾンビが発生したことになる。
それにしても……、あの姿になるとはなぁ……。
「まだ見ぬ新種もいるかもしれないわね。ここから見える範囲での調査と言うことになるんでしょうけど、明後日までは付き合って欲しいわ。可能なら、傷口から組織を採取したいんだけど」
「新鮮な内が良いだろう。だが、周囲のゾンビを始末してからの方が良さそうだ」
エアバースト弾を落としてからなら、案外簡単に組織を採取できるんじゃないかな?
多目的ドローンには簡単なマジックハンドが付いているからね。あれで傷口の肉片を引き千切ってくれば良い。
「食事までには終わらせたいわね。オルバンに頼んで2発ドローンに搭載落して貰うわ」
オリーさんが席を立って、食事の用意をしている七海さんのところに歩いて行った。
30分ほどで終わりそうだな。
俺も一回りして、新たなゾンビを探してみるか。
途中で、急に大きな爆発音が聞こえてきたから吃驚した。
高周波の音を聞いているから、目覚まし時計の音は気にならなかったんだが、さすがに爆発音には高周波も含まれているのが実感できたけど、耳がキーンとなってるんだよなぁ。半分ほどしか終わっていないんだけど、次は夕食後のミーティングが終わってから始めよう。
集音装置のスイッチを切って、皆が集まっている場所に向かう。
すでに夕食のレーションは出来ているみたいだな。
大きな牛肉の入ったシチューはレトルトだからね。温めるだけで済んだみたいだ。
ドライフルーツの入った大きなビスケットにデザートはオレンジゼリーだ。不足するビタミン等を添加しているんだろうな。
「新たなゾンビを確認した。食事が終わってから披露するぞ」
「統率型ですか? それとも戦士型?」
エディが、興味深々な顔をレディさんに向けた。
「サミーが、士官型と名付けたぞ。推測ではあるが戦士型を率いることが出来るらしい」
「思い出してしまいましたよ……。さすがに、あれは食事の後が良いですね」
「済まん。確かに食事中に話すことは無かったな」
オルバンさんの呟きに、レディさんが詫びを言っている。確かに食事中にする話としては不適説ではあるんだが……。
これで通常型のゾンビを統べる存在と、戦士型ゾンビを統べる存在が出てきたことになる。
2つの統率型を統べる存在はいるんだろうか?
もしいるとなれば国王型ゾンビということになるんだろうが……。そこまでゾンビが階級を持つのだろうか。
進化はその場所に住む生物の相互関係にも関わるところもある。食物連鎖の底辺を支える生物とそれを捕食する生物の関係が、メデューサの場合は明確ではない。
初期には人間やペット、それに家畜類を食べていたようだけど今では捕食する対象が殆どないんじゃないか?
さすがに何も食べないと生きてはいけないはずだから、メデューサがどんな代謝機能を持っているのかも気になるんだよなぁ……。




