H-175 陸軍だけ使えそうな拠点が無い
デンバー駐車場の一角が大きく開けられ、ライトが煌々と付けられていた。
兵士の誘導に従って、20台を越える車が整然と停車すると、車のヘッドライトで照らされた駐車場を複合ビルに向かって中佐が兵士達を率いて歩いていく。
最後に俺達が大荷物を持って歩き出すと、エディ達が現れて女性の荷物を運んでくれた。
俺も、重いのを持ってるんだけどなぁ……。
「親父が、慰労の席にはレディさんだけで十分だと言っていたよ。それにしても、陸路でデンバー空港にやって来るとは思わなかったよ」
「オスプレイで一般人を脱出させるのが精一杯だったよ。基地内にもゾンビが入っている状態だったからなぁ。それでも何とか出来たことを神に感謝したいところだね」
「オッ! 改宗する気になったかな?」
「いやいや、俺を何時も見守ってくれるロッキーの峰々の神達だよ」
「待ったく……、お前らしいな」
エディが俺の肩をポンと叩いて呟いている。
俺達の会話を聞いて、オリーさんが七海さんに何か尋ねているみたいだけど、俺の宗教感を確認してるのかな?
エントランスに着くと、先ずは荷物を部屋に置くことにしたんだが、俺達が使っていた前の部屋を使えるのだろうか?
「女性兵士が、カウンターでホテルの部屋の管理をしてくれてるんだ。サミー達の部屋は前の通りのはずだが、カギはカウンターで貰って来いよ」
「了解だ。ところでパット達は?」
「歓迎会を手伝いに行ってるよ。直ぐに戻ってくるはずだ。サミ―達も荷物を置いたら、ここに戻って来いよ。あの隅で待ってるからな」
陸軍基地の様子を知りたいのかな?
エディ達と別れて、ホテルのカウンターに向かう。
海兵隊の戦闘服を着たお姉さん達が3人カウンターに並んでいるから、ちょっと気落ちしてしまうんだよね。
オリーさんに七海さんと俺で1部屋を取る。
良いのかな? なんて考えている俺に話もさせずにカウンターの女性兵士からオリーさんが部屋のキーを受け取った。
「さて、とりあえず部屋に行って着替えないとね」
オリーさんの言葉に七海さんが頷いている。ある意味お姉さん的な存在だからなぁ。頼りになるんだか無謀なんだか、ちょっと悩むところなんだよなぁ。
いつの間にかエレベーターが復旧していた。
整備兵に人達が頑張ってくれたんだろう。2台が使えるらしいから、結構便利になった感じだ。ホテルが上階にあるからねぇ。10階も階段を上り下りする兵士達からは感謝されたに違いない。
着替えといっても、下着を変えるだけなんだよなぁ。
軽くシャワーを浴びて着替えたところで、ベランダに出て一服を楽しむ。
七海さん達の着替えを待つぐらいはしないと、後が怖いからなぁ。
「お待たせしました。下にいきましょう」
七海さんの声に振り返えると、笑みを浮かべた2人が立っていた。
さすがにイエローボーイは置いて行くけど、装備ベルトのパイソンがあれば十分だろう。
「ソーラーパネルの発電装置があるというのは、ありがたいわね。蓄電設備もそれなりに動いているらしいわよ」
「バッテリーもですか? よくも電解液が無くなりませんでしたね」
「自己再生装置がバッテリー上部に付いてるみたい。発生する水素を触媒で水に戻しているらしいから、持ったということになるんでしょうね。触媒がこの先手に入らないとなれば、ディーゼル発電機を使うことになるんでしょう。それは整備兵の人達が考えていると思うわよ」
俺も一緒になって考えたくなってきたな。
エンジニアリングは結構おもしろいんだよなぁ。
エレベーターで1階に降りると、エントランスホールに向かう。
俺達のたまり場だったからなぁ。エディ達を探すと、いつものソファーセットにパット達と一緒に座っていた。
俺達が空いている席に座ると、早速カップにワインが注がれる。
無事の帰還を感謝してカップを掲げ、その後は雑談だ。
しばらく陸軍基地の様子を話題にしていたんだけど、急にオリーさんが笑みを浮かべてパット達に顔を向けた。
「それで、どうだったのかしら?」
パットとクリスが顔を見合わせているんだけど、互いの顔が赤くなっていく。
答えを聞くまでもないみたいだな。
にたりと笑みを浮かべて、エディ達の様子を見る。
さすがに顔を赤くはしていない。どちらかというと当然のような表情を浮かべているんだが……。メイ小母さんには報告したんだろうか?
「来年は賑やかになりそうね。3か月になったなら、山小屋で過ごすのよ」
「そうなると、ドローンを動かす担当者がいなくなってしまいそうで……」
「それぐらい、直ぐにウイルさんが決めてくれるわよ。そうねぇ……、マリアンとジュリーに教えたら良いわ」
マリアンさんがドローンを使って急降下爆撃をしている姿が脳裏に浮かぶ。
大丈夫なのかな? ある程度は性格を加味して考えないといけないように思えるんだけど……。
「ベビー用品が足りない時には、直ぐに連絡してね。東海岸の問屋を押えたみたいだから、何千人生まれても、問題は無いわ」
あちこちに物流拠点の倉庫があるからなぁ。そんな倉庫の1つを押えたということかな?
デンバーにも当然あったはずだ。どの辺りなのか分からないけど、倉庫ならそれほどゾンビもいないだろう。
住宅街のゾンビを掃討しながら、倉庫を確保するのもこれからの対応になるんだろう。
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「とりあえず、無事に戻って来たな。レディがべた褒めしていたぞ。元日本人だが、サミーには海兵隊魂を持っているとな」
俺の頭をポンポンと叩きながらウイル小父さんが歓迎会で披露された俺の逸話に喜んでいるようだ。
酒臭いんだよなぁ……。かなり飲んでるんじゃないか?
「ハーメルンとはなぁ。俺も見たかったよ」
今度はエンリケさんに頭を小突かれた。
笑みを浮かべているから、それなりに評価してくれたに違いない。
俺達はコーヒーなんだけど、ウイル小父さんとエンリケさんはバーボンをまだ飲んでいる。明日のゾンビ掃討は出来ないかもしれないな。
「気になってることがあるんですけど、オスプレイで救助した一般人は今夜泊るところはあるんでしょうか?」
「大隊の連中が、テントを30程張ったそうだ。住宅の手直しには時間が掛かるだろうからなぁ。冬前には住宅に住むこともできるだろう。そのままグランビーで過ごして貰うそうだ」
「人口が2倍になってしまったよ。大隊はグランドジャンクションの町を解放しようと考えているようだが、半分は廃墟になってしまうんだろうなぁ」
「そうでもしないと、こっちがやられてしまうだろう。ゾンビの数はグランビーよりも遥かに多いらしいぞ」
俺達が出掛けた時もかなりいたからね。
あれから爆撃をしたり、ジャックやランタンも仕掛けているに違いない。
元々の狙いは飛行場だったんだが、少し欲が出たのかな?
「陸軍の連中は、しばらくここで預かることにしたよ。複合ビルの部屋数は多いし、ニック達が地下で保存食を見付けてくれたからなぁ。これで海軍と海兵隊、それに空軍は拠点を持てたんだが、陸軍はまだない。
主要な基地が東にあることもさることながら、古くからある軍隊だけあって、陸軍基地を中心に町が作られているところすらあるようだ。
おかげでゾンビ騒動に巻き込まれて基地が全滅したところもあるようだし、それ以外にもゾンビを必死に食い止めようと努力したからなぁ。アメリカ軍の4つの軍隊の中で一番被害を被ったのが陸軍になる」
「彼らがつかえる基地が無いということか……」
「他の3軍の中から陸軍に供与することになるかもしれんな」
寂しそうな表情でウイル小父さんが呟いた。
あると思うんだけどねぇ。それも、結構近い場所に。
「俺から、1つよろしいですか?」
「サミーか……。無駄知識が多いから、案外良い場所を知っているかもしれんな。それで、サミーが押すのは何処にある基地だ?」
「オクラホマにロートンと言う基地があるんですが……」
「誰か地図を持ってこい!」
ウイル小父さんが立ち上がって大声をあげる。
「ここにあるわよ。電子地図だけど、航空写真バージョンもある優れものよ」
オリーさんが、ウイル小父さんの裾を引っ張りながらタブレットを取り出した。結構器用な動きをするんだな。
「確かに、ロートンには陸軍基地があるぞ。だが、他の基地と同様に町に近すぎると思うんだが」
エンリケさんは行ったことがあるのかな?
確かに近すぎることは確かなんだが……。
「ここね……。おもしろい都市計画なのね。43号線を挟んで北が陸軍基地で南が町なのね」
「なるほど! サミー分かったぞ。この43号線を境に、南を東西に渡って更地にしようってことか!」
エディが嬉しそうに大声を上げた。
「サンディエゴの縮小版を此処で行うんだな。それにしても綺麗な升目だよなぁ。1区画が1km程ありそうだ」
「この升目を43号線の沿って破壊するということですか。緩衝地帯と言うことになるんでしょうね。南側は堅固な柵が続いていますから、それができたなら北と西は演習地、東は小さな住宅街だけでしたね……、そうそう、この住宅だけです」
「町そのものはグランドジャンクションの半分というところだな。大佐に耳打ちしてやろう。案外、本部も飛びつきそうだな」
「とはいえ、陸の孤島も良いところですよ。デンバーと線路が繋がっているなら良いんですが……」
「オスプレイがある。それに、ここを拠点に出来たなら農業を行えるぞ。デンバーと違って標高は500mほどだろう」
「生存者を食べさせねばならんからなぁ……。ロッキーの山の中ではあまり実りを期待できないだろう。近くに川もあるなら好都合じゃないのか?」
だけど攻略しようとするなら、デンバー空港を俺達の手で取り戻してからになるだろう。
地上攻撃用の飛行機だって運用できるだろうからね。往復2時間程度の飛行なら、パイロットたちへの疲労も少ないんじゃないかな。




