H-174 最後は滑走路を横切って
どうにかレディさんのお説教が終わったところで、オリーさんと今回の件で分かったゾンビの能力の確認を行う。
やはり一番気になるのは、俺もオリーさんも同じらしい。
「統率Ⅱ型と呼称した方が良さそうね。最大の特徴は、ネットワークの構築ができるということ、それに目が見えるということになるわね」
「オリーさんの事ですから基地の画像ファイルは全てコピーしてきたと思います。俺が気になったのはもう1つ。北と東の増援です。これまで増援と事は無かったと思いますよ」
「基地の北の住宅街はガラガラだったらしいな。増援はそこから来たのだろうか?」
「必ずしもです。さらに北からかもしれません。住宅街でいくつか爆発の跡を見ました。それなりにゾンビがいたからジャックを使っていたんでしょうが……」
「なるほど……。すでに住宅街のゾンビは数が減っていたということになるなら、さらに北の町の中心部からやってきたことになるわね。そこまでの通信手段が不明ということになるのかしら?」
「西の群れの中の統率型ゾンビを倒した時には、統率型の束縛から離れたゾンビの群れがありました。統率距離に差があるようにも思えます」
ストライカーのキャビン後部の扉の片側を開き、短上部にハッチも開いているから、キャビン後部ならタバコが吸える。保温水筒に入れたコーヒーを七海さんが渡してくれたから、3人で集まって新たなゾンビについて話込む。
「問題は、急に今までとは異なるゾンビが現れ始めたことになりそうだな。オリー達の研究所ではそれについての議論もあったと思うのだが?」
「議論と言うより、サミーのお告げがあったから、それに反論するための論拠を皆で話し合っていたの。急な進化がなぜ起きたか、その理由が……核の使用というのではねぇ。反論したくなるでしょう?」
「それで結論は?」
「起こり得るというサミー派と、それは不可能だという反サミー派に分かれて終日言い争っているわ。新たなサンプルを届けたから、今頃は大忙しでしょうね」
やはり信じられないということなんだろうな。肯定する学者達だって、あり得るということであって起きるとは言っていないからね。
「こうなると、やはりデンバー中心部を一度探索した方が良さそうね。ヘリが確かあったわよね?」
「あるにはあるが、海兵隊の所有物だぞ。燃料の問題もある。大尉の許可が必要だろう」
「なら何とかなるわよ……」
簡単に出来るんだろうか?
思わずレディさんと顔を見合わせてしまった。
端末を取り出すと、長文のメール文を作り出した。でも、メールがここでは使えないと思うんだけどなぁ。今夜中にはデンバー空港に到着できそうだから、それから送るのかな?
「サミー。これを屋根に付けてくれない?」
「良いですけど……。これは、何ですか?」
「衛星通信のアンテナなの。下が磁石になってるから少しぐらいの振動では落ちないと思うわ」」
「これがですか?」
厚さ3cm、直径20cmほどの円盤だ。
こんなもので通信が出来るんだろうか? 衛星アンテナと言えばパラボラアンテナだと思うんだけどなぁ。
とりあえず、開いているハッチから、ヒョイと屋根に乗せる。ピタッと音がするぐらい強力に装甲板に張り付いた。
とりあえず一服しながら様子を見ることにしたんだけど、オリーさんがハミングしながら小型のノートパソコンを操作してるんだよなぁ。
「あまり横槍を入れられるのも……」
「オリーがそんな遠慮をすると思うか? この頃少しオリーの性格が分かってきたが、かなりの行動力があることは確かだ。その上に才女だからなぁ……。サミーと言うニンジンをぶら下げて手懐けるしかあるまい」
思わず自分を指差してしまった。
俺はニンジンなのか?
悩んでいる姿がおかしいのか、七海さんとレディさんが笑い声をあげてる。
「はい! 通信終了よ。サミー、アンテナを外して頂戴。後は所長達が動いてくれるわ」
とりあえず屋根のアンテナを外して、オリーさんに渡しておく。
ダッフルバッグが大きく膨らんでいるからなぁ。まだ色々と入っている気がするんだよね。
「ん? 着信だな……。『レディです……。そうですか。了解しました。上に、サミーを乗せれば、周辺のゾンビの様子も分かるでしょう。……了解です』」
「サミー、出番だぞ。上についているハッチから屋根に出てくれ。これから小さな町に入る。強行突破するが、ゾンビの状況は知りたいところだ」
「了解です。でもこの位置では……」
「先に出る。運転手、前方の車列が右に寄ったところで先頭に出てくれ。後続との距離は50mほど取るとのことだが、我等が気にする必要はないぞ」
「了解です! やはり先頭を進むのは気持ちが良いですからね。ファルク! 出番かもしれんぞ!」
「まだセーフティは解除してないが、いつでも行けるぞ!」
さて、俺も上に出るか。
ヘルメットを被ってハッチを開ける。ゴーグルを掛ければ埃も気にはならない。
左右に張り出した低い鉄パイプをしっかりと握り、銃座越しに前方を見た。
前を進んでいたストライカーが、皆右に寄っている。
俺達を乗せたストライカーが左を悠々と追い越して行く。
右手に寄ったストライカーの銃座から手を振る兵士に向かって俺達も手を振った。
ちょっとしたことだけど、こんなことから仲間意識が生まれるんだよなぁ。
「サミー殿、やはり一番前は気持ちが良いですね」
「サミーで良いよ。階級を気にしないでほしいな。そうだね。あれが、問題の町になるのかな?」
「たぶんそうでしょう。サミーは……、まさか、そのイエローボーイを使うのか?」
「慣れた銃が一番だよ。357マグナム弾を使うからね。100m以内なら結構命中するよ。ショットガンも良いんだけど、生憎とバイクに積んであるんだ」
「もう1人上げますか?」
「ゾンビ次第だね。さて、そろそろ町に入るぞ。後続が少し遅れ始めたから、偵察を兼ねているようなものだ」
町の名はライモンと言うらしい。71号線が町の真ん中をカギ状に曲がりながら貫いているらしい。
周囲に、住宅が散在しまじめたから、もう直ぐ町に入るのだろう。
さて、居るかな?
集音装置のスイッチを入れると、前方遠くからコオロギの鳴き声が聞こえてくる。
少しボリュームを上げてみたが、鈴虫は紛れ込んでいないようだな。
これなら、素早く通り抜けられそうだ。
ハッチを開いたままにしてあるから、レディさんに状況を伝える。
そんなことをしていると、前方に踏切りが見えてきた。
その先は十字路だ。右に曲がって町中を進む。大きなT字路で今度は左に曲がって北上を始めた。
「かなりゾンビがいるようですが、道路にはいませんね。このまま進めそうです!」
「了解だ。200mも進まずに町が切れるはずだ。その後は、再び最初の車列位置に戻るぞ」
「町が切れたところでキャビンに戻ります!」
ちょっと拍子抜けだな。
町が切れ、周囲に農地が広がり始めたところでキャビンに入ることにした。
この先5km程進んだところで、今度は71号から36号に乗り換えるようだ。
「だいぶ空港に近づいて来たな。だが、日が傾いてきたことも確かだ。GPSナビは有効らしいからGPS頼りで進むことになりそうだな」
ストライカーには前照灯だけだが、何台かには小型のサーチライトを搭載してあるらしい。もっともスターライトスコープを装備すれば300m先の監視は出来るんじゃないかな。
コンボイが36号線に乗り換え西に向かって進み始めたところで、休憩を取ることになった。
キャビンから出て手足を伸ばす。
女性達もいるから、小さなテントを作ってトイレを済ませるようだ。
俺達は道の端に並んで用を足す。こんなことで互いに笑い合うんだからなぁ。
コーヒーを沸かし、レーションを温めての夕食がその後に続く。
レディさんは、デンバー空港のウイル小父さんと連絡を取り合っているようだな。
到着するのは21時を過ぎているに違いない。
ホテルの客室のベッドで今夜は眠れそうだ。
運転手達は、燃料の確認を行っている。ジェリ缶1個を燃料タンクに入れているけど、ストライカーは1ℓの軽油でどれぐらい走れるんだろう?
まだ100km程ありそうだからね。残量警告灯が点滅する前には空港に到着したいところだな。
コーヒーを飲みながら一服していると、「出発するぞ!」との声が聞こえてきた。
残ったコーヒーを投げ捨て、吸い殻を携帯灰皿に入れる。
さて、早めに車上がっていた方が良いかもしれないな。
側面をよじ登ってキャビンの上に乗る。
車高が2.5mほどあるからなぁ。眺めが良いんだよね。丁度西のロッキーの尾根に西日が落ちようとしている。
夕焼け空が綺麗だから、明日も晴れるに違いない。
順調に西に向かって進んでいたコンボイが急に右に曲がる。今度は北上しているんだけど、遠くがぼんやりと光っているんだよなぁ。
あれがデンバー空港かもしれないな。
この辺りは農業用トラクターが走る道かもしれないな。
舗装道路とは異なるから、結構振動が激しくお尻が痛くなってきた。
ついに我慢できずのキャビンに入ったのだが、すでに20時を回っていると七海さんが教えてくれた。
「西がぼんやりと光ってました。たぶんデンバー空港の明かりかと」
「今日は一日、ストライカーに乗っていた気がするな。だが、このストライカーを陸軍は持っていくことも出来ぬだろう。我等に貸与と言うことになりそうだ」
「でも燃費が悪そうですよねぇ。俺達でも持て余しそうに思うんですけど」
「軽油でしょう? ガソリンスタンドに沢山あるんじゃないかしら? それに、デンバーみたいな大都市ならタンクに蓄えて、ガソリンスタンドにタンク車で配送するはずよ」
「オリーの言う通りだ。デンバー空港のゾンビを掃討出来たら、次はデンバー市そのものになるだろう。先は長いが、ウイル殿の事だからなぁ……。やり遂げると思うぞ」
一緒に乗っていた兵士達もうんうんと頷いているんだよなぁ。
コロラド州出身者ということなのかな? やはり愛着はあるんだろうなぁ……。
「空港ビルが見えて来たぞ。このまま進むと……。飛行場に出るんじゃないか?」
銃座から大声で教えてくれた。
ようやく安心できそうだ。
ガクンと何かを乗り越えたショックが伝わってきたけど、次の瞬間には振動すらない進み方だ。
どうやら滑走路入ったようだ。
「何か変な方向に進んでいるな。確かこっちに向かうと……。屋外駐車場か!」
何度かデンバー空港に来たことがあるのかな?
終着点は屋外駐車場か。屋外駐車場のゾンビはすでに倒しているはずだから、安心して降りることが出来そうだ。




