H-172 皆を無事に脱出させる為に
9時を過ぎる頃には、一般人の避難をほぼ終えることが出来た。
次はいよいよ兵士達の避難になるのだが、北のゾンビが柵に達したことから2個小隊が飛行場の北西部の十字路まで後退することになってしまった。
東のゾンビは何とか飛行場間まで200mほどの位置で食い止めているが、倒す以上に後続がやって来るんだよなぁ。
このままでは飲み込まれかねない。
南西の十字路を守るレンジャー達も、先程グレネード弾を使い果たしたと連絡があったぐらいだ。急遽100発程を運んで行ったようだけど、それも過ぐに使い果たしそうに思える。
「次にやって来るオスプレイに、最初の兵士を乗せられるだけになるかもしれませんね」
「双発機がハイドラを使って攻撃してくれているようだが、それでも北からの流れが止まらんらしい。南と西のゾンビは、かなりばらけてしまったな。統率型を上手く倒せたということになるのだろう」
「ジャックをもう1度運んだところでドローンを片付けましょう。後は銃撃で倒すだけです」
「こっちも迫撃砲弾が尽きたらしいからなぁ。まだグレネードはあるようだが、それも時間の問題だ」
ここまでか……と言うような顔をしたレディさんだけど、まだまだ諦めるのは早いと思うんだけどなぁ。
「1つ提案があるんですが……」
「こんな状況だ。大尉も覚悟は決めているだろうが、何か良い方法があるのか?」
笑みを浮かべて頷くと、大きく引き伸ばしたドローンの航空写真を広げた。
「撤退戦を行います。北と東は無理ですが、南と西はゾンビの数がそれほどでもありません。訓練地の道路を南進して、自動車レース場の駐車場を経由し、高速25号の下を潜ればオールド・プエブロロードで川を越えられますよ。川を越えれば東に向かい、穀倉地帯の道路を使ってデンバー空港に行くことが可能に思えます」
そう言ってレディさんに顔を向けると、ポカンとした顔をしているんだよなぁ。
地図を広げてしばらく考えていたが、急に笑みを浮かべて俺の肩をポン! と叩いた。
「可能だ! 大尉のところに行って来る。それまで頑張るんだぞ!」
ピックアップトラックを急加速して北西の十字路に飛ばして行った。まぁ、対向車も無いからね。事故は起こさないだろう。
「グレネード、後2回で弾が尽きます!」
「了解だ。銃撃に切り替えてくれ。手榴弾はまだあるな?」
「各自3個を持っています。まだ距離がありますからねぇ……」
「近づいたら迷わずに使ってくれよ。それと、グレネード弾が10発程残ってるんだが使うか?」
直ぐに兵士が俺のところに走ってきた。
残りのグレネード弾をショルダーバック事渡したところで、近くにあったM4カービンを手にする。マガジンが3個入ったポーチも傍にあったから、予備用として運んで来たのかな?
イエローボーイの銃弾は100発程だからね。先ずはこれを使わせて貰おう。
銃に付いていたのは、ドットサイトではなく光学照準器だ。倍率は3倍ほどだけど、近距離ならこれで十分だ。
とはいえゾンビとの距離は、まだ100mほど離れているんだよなぁ。
俺にはぎりぎりだから、銃撃へ参加するのはもう少し待っていよう。
タバコに火を点けて様子を見ていると、俺の後ろで急ブレーキの音がした。
振り返ると、笑みを浮かべたレディさんとアンドリューさんが立っている。
「大尉殿が肩を落として喜んでいましたよ。ストライカーがありますから有効活用できそうです。資材運搬はピックアップトラックがつかえますし、ハンヴィーを同行させれば先行偵察も容易です。気になるのが燃料ですが、すでに用意してあるジェリ缶を搭載すれば何とかあるでしょう。空中投下と言う手も取れるはずです。次にやって来るオスプレイに傷病兵を搭乗させることが出来れば、残った私達は全員が銃を手に取れますぞ!」
「ピックアップトラックは3台使うそうだ。サミーはバイクを使うんだろう?」
「そのつもりですよ。出来れば手榴弾が少し欲しいですね」
「そう思って50個程運んで来た。グレネード弾もだ。30分ほど待たせてくれ。それでコンボイの準備が整う」
「頑張ってくれ!」と片手を振りながら、アンドリューさんがハンヴィーに乗って北西に向かった。
後30分ねぇ……、かなりギリギリだと思うなぁ。
手榴弾の入った箱から5個を貰うと、バイクの燃料タンクの両脇に下げたバッグの中に入れておく。
だいぶ前に、エディに貰った爆竹もあるんだよね。ゾンビを上手く翻弄出来れば良いんだけど……。
「レンジャー達も喜んでいたぞ。殿は任せろとまで言っていたな」
「本職でしょうからね。俺達はそこまでは出来ませんよ」
「悲惨な運命を思い描いていた連中もいたらしい。だが光明を見いだせたということだ。あまり卑下するのも良くないぞ」
「俺のバイクの通信機は強化されてるんでしたよね?」
「ああ、それは私が指示しておいた。あちこち飛び回るからな。通信障害が起きては問題だ。山小屋と通信を交わすことも可能だろう。それに、あのバイクに位置は軍事衛星でトレースできるんだ。急に飛び出して行っても、タブレットの地図上で位置を知ることが出来るぞ」
あちこちの雑貨屋を巡るなんてことをしていると、直ぐにバレそうだな。
品行方正で暮らそうとまでは考えないけど、あまり監視されるのもねぇ……。
「さあ、南からオスプレイがやってきたぞ! 先ほど大隊本部に連絡を入れておいたから、あのオスプレイが最後の便になるはずだ」
「先が見えたということは、良いことには違いありませんが撤退戦ですからねぇ……」
「贅沢を言い出したら切りが無い。先ずはゾンビを近付けぬことだ!」
「了解!」
M4カービンの光学照準器にゾンビの頭を捉えてトリガーを引く。
当たった! 150mは離れていたんだけどなぁ。
俺も長距離射撃ができるようになってきたのかな?
笑みを浮かべながら、次のゾンビに狙いを定めてトリガーを引く……。
残念! 次弾を放とうとしたら、他の兵士に獲物を奪われてしまった。
やはりもう少し近い方が良さそうだ。
あれだな……。ゆっくりと狙いを定めトリガーを引く。
マガジン1つで倒したゾンビは12体……。あまり良くないな。
新たなマガジンに交換していると、後方からエンジン音が聞こえてきた。
「これを使ってください! 運転手も一緒ですから、後は乗るだけです!」
大きな6輪装甲車が停まっていた。
上部の銃座にはMk19が取り付けてある。
「ストライカーか! ありがたく使わせて貰うよ。我等が使っていたピックアップトラックはどうするのだ?」
「予備燃料を搭載します。3人程貸してください。移し変えます」
軽油を入れたジェリ缶を6缶持って来たらしい。先が長いからなぁ。沢山あれば安心できるだろう。
「1個分隊が乗れるんですよね?」
「車体上部が平らだから、シートをクッション代わりにすればさらに数人が乗れるぞ。道路を進む以上、何人かを乗せるに違いない」
途中で落とさないか心配だな。もっとも、それほど速度を上げて進むとも思えないけどね。
オスプレイが飛立つと、いよいよ俺達が撤退する番になる。
分隊単位でストライカーに乗車し、ストライカーの銃座と車体上部から銃撃を浴びせてるのだろう。
柵を防衛している兵士達が全てストライカーに乗り込んだところで移動を開始することになるのだが、先ずは南の丘にある弾薬庫の広場まで各部隊がバラバラに移動するとこのことだ。
「さて、俺達も出発しますか!」
「そうだな。全員後ろのストライカーに乗車だ。ハッチは車体後部にあるぞ。荷物はすでに運んである。そのまま乗り込んでくれ!」
「さて、俺はバイクで行きますよ。たっぷり手榴弾を受け取りましたから、少しゾンビを翻弄してから脱出します」
「くれぐれも注意してくれ。相手は人間ではないんだからな」
「了解です。それではお気を付けて!」
互いに敬礼をして別れる。すでにアイドリング状態だから、直ぐにストライカーが飛行場から荒地を南西に向かって走りだした。
さてM4カービンは此処に置いておくか。
バイクのエンジンを掛けて、一服しながらアイドリングをする。
ゾンビとの距離は200mほどだけど、坂だからねぇ。そう簡単に上って来れるとも思えない。
無人になった防衛線だが、遠くから爆発音が聞こえてくる。出掛ける間際にジャックを仕掛けたのかな? それともクレイモアかもしれないな。
先ほどまで俺達が狙撃をしていた場所にゾンビが現れた。
急いでバイクに乗り、ヘルメットのゴーグルを掛ける。
集音装置の電源を入れると、途端に騒がしいコオロギの鳴き声が聞こえてきた。南だけでなく北からもゾンビが近付いて来たようだ。
ガソリンタンクの左右に振り分けたバッグから爆竹を取り出しながらバイクを近くの格納庫に向かって走らせる。
中に何も無いのを確認したところで、タバコの火で爆吐くに火を点けて倉庫に投げ込んだ。
急いでその場を離れると、後ろから景気の良い爆発音が連続して聞こえてくる。
バックミラーを覗くと、倉庫に群がるゾンビの姿が見えた。
この間に、移動距離を稼がないと……。道を外れて、真っ直ぐに南西方向にバイクを走らせる。
『こちら、サミー。レディさん、聞こえますか?』
『レディだ。どうした?』
『かなりのゾンビが飛行場になだれ込んできました。統率型がいるようですから、このまま南に向かえばレディさん達の後を追う形になります。かなりしつこいですからね。それを避けるために、別ルートで撤退します。俺に構わず、当初の予定通りデンバー空港を目指してください』
『サミーはどうするのだ?』
怒鳴るような声なんだよなぁ。怒ってるのかな?
だけど、当初から決めていたことでもある。撤退ルートを2つ考えていたんだが、南のゾンビがかなり数を減らしてくれたから、デンバー空港へのルートで良いだろう。もう1つはとっきーの山を越えてグランビーの戻るルートだったんだが……。
『ゾンビを引き連れて、西に向かいます。115号に出たら北上して、コロラド・スプリング空港をかすめるように東に向かいます。20km程過ぎれば穀倉地帯ですから、道路を適当に選んで北上するつもりです』
『コロラドスプリングスの住宅街を通ることになるぞ!』
『俺1人なら何とかなります。それでは、デンバー空港で会いましょう。ナナにもよろしく伝えておいてください』
通信を終えたところで、再び爆竹を取り出す。
少し離れすぎたかな? でも俺の方に向かっているなら問題はあるまい。
バイクを止めて、ゾンビが近付くのを待つ。
数十mほどの距離になったところで、ジッポーで爆竹に火を点け後ろに放り投げた。
直ぐにバイクを走らせる。
爆竹の激しい音で、さらにゾンビが集まっているのがバックミラーで見て取れる。
今のところは上手く行っているようだ。
レディさん達には無事に脱出して貰いたいからなぁ。




