H-166 バイクで偵察に出掛けよう
どんどん地上が迫って来る。
パラシュートから伸びたラインを引くことで、方向を変えられるのがこの四角いパラシュートの良いところだ。
最後は地表をかすめるように降りたところで歩くように着地をする。ちゃんと両足をオリーさんが上げてくれたけど、結構腹筋を使うんだろうな。
これが最後にして欲しいところだ。
レンジャー隊員が駆け寄ってきて、ハーネスからパラシュートを切り離してくれた。オリーさんとの接続も外してくれたけど、俺ではどうやって外すのか分からなかったからね。自分が装着しているハーネスは訓練でさんざん教えて貰ったけど、さすがにタンデム用のハーネスなんて誰も教えてくれなかったし、そもそもそんな降下を想定はしていないんだろう。
ようやく自由に成れたところで、コンテナを吊り下げたパラシュートが降りてくるのを待つ。
レディさんが手を振っているのを見てオリーさんと駆けていくと、俺達の荷がプラスチックのコンテナに入っていた。
素早く装備を身に着けて、イエローボーイを背中に担ぐ。
「サミー、ペンデルトンからの贈り物だ。お前に合わせて整備兵がカスタム化してくれたぞ。少しわるふざけが過ぎたところもあるようだが、問題はあるまい」
レンジャー隊員が木箱をばらしている光景に腕を伸ばして教えてくれたんだが、思わず目を見開いてしまった。
「偵察用バイクですか!」
「そうだ。海兵隊が使っているのはカワサキなんだが、お前がヤマハを好きだと教えたら直ぐに見つけて改造を始めたぞ。燃料タンクが少し大きいらしい。後部に小さな荷台があるから小型のダッフルバッグは搭載できるだろう。後輪左のジェリ缶は10ℓのガソリンだ。片方はジェリ缶を模した工具入れと言っていたな」
「ありがとうございます! さっそく周囲をパトロールしてきましょうか?」
「そう急ぐな。少尉の計画もあるだろう。独断専行は良くないぞ」
軍隊は集団行動だからなぁ。
渋々了承したところで、バイクを引き取るだけにした。
市販のバイクをチューンアップしたということなんだろう。だけどハンドルガードに付けられた鉄パイプを見て思わず顔がほころんだ。
同じような品を見付けてくれたんだろう。3本を連結できるようにしてある。しっかりとストラップで固定されているようだから外れることも無さそうだ。
燃料タンクは一回り大きいから15ℓは入るんじゃないかな? エンジン下部には5mmほどの厚さのアルミ板で補強されているし、排気管は結構太いものが使われている。これなら2サイクルエンジンの甲高い音をかなり低減できるに違いない。
レンジャー隊員からバイクを受け取って、とりあえず玄関前に移動しておく。
玄関前に皆が並んでいるから、急いで列に入った。
「陸軍レンジャー部隊、10名。海兵隊武装偵察部隊4名外1名、フォート・カーソン陸軍基地の撤収支援に参りました」
「ご苦労だった。やっと援軍、それも精鋭が来てくれたことに感謝したい。状況報告と、撤収計画について早速打ち合わせたい。短い時間だが、宿舎はエドソン軍曹が案内してくれる。少尉は会議室に来てほしい」
「私の副官、それに海兵隊准尉とその副官を同席させてもよろしいでしょうか」
「もちろんだ。少尉が必要と判断した人物を連れて来てほしい」
そんなわけで俺達は2手に分かれて学校に入ることになった。この学校は士官学校と言うわけでは無さそうだな。ハイスクール過程を学びながら陸軍下士官を目指す学校なのかもしれない。
廊下にはずらりと額入りの人物像が飾ってある。この学校の卒業生で、それなりの武勲を上げたということなんだろう。士官姿だけでなく下士官姿の人物までいるからね。
廊下をそれほど歩くことなく、会議室に入る。
すでに10名ほどの兵士と明らかに一般人と思える男女が座っていた。
空いている席に俺達が座ったところで、先ずは飲み物が出て来た。
コーヒーだな。下皿のスプーンの上に角砂糖が2個乗っている。
俺と同じぐらいの兵士だが、階級は1等兵だった。ここで学んでいた学生の1人なんだろう。
「先ずは状況を説明したい。そちらの救援計画と整合が取れているなら問題は無いのだが、生憎と無線機が故障してしまった。基地内ならトランシーバーでどうにでもなるが、他の基地とは全く連絡が取れない状況だったのだ」
「了解しました。こちらは、可能であるなら明日早朝からオスプレイを使った救出を行う予定です。それでは状況の説明をお願いします」
俺達に挨拶してくれたのはこの基地の大尉だった。病院に勤務していたと自己紹介してくれたから医官と言うことになるんだろう。医療スタッフの指揮は取れても実戦の経験はないとのことだから、副官のアンドリュー中尉が状況説明をしてくれた。
アンドリュー中尉はゾンビと真正面から戦ったらしい。ゾンビの恐ろしさは十分に分かっているに違いない。
「ご存じのように、この基地は州兵の訓練基地でもあります。基地の建設当時は市街地とは離れていたのですが、今ではごらんと通りコロラドスプリングの住宅地に隣接した形になってしまいました。3年前のあの騒動時には、こことここ、それにこの道を装甲車で塞ぎ、ゾンビの津波を相手にしましたが、最終的に突破され基地が蹂躙されてしまいました。
私達は南に避難して、この道路に柵を幾つか作り、その背後で息を潜めることしかできなかったのです。
基地内のゾンビの一部は東へと移動して行きましたが、基地内には1万体近くのゾンビが未だに存在しております。
ところが、最近ゾンビの動きに変化が起こりました。
我等の存在を知ったかのように、我等を1辺が2kmほどの大きな三角形を描くようにゾンビが取り囲み始めたのです……」
グランビーの空港から飛び立った双発機が映した画像の通りということだな。
次に映像を映してくれたんだが、これはハンタードローンの映像だ。
統率型がいるなら一目瞭然だけど……、たしかに判別がつかないな。赤の輝点が現れずに大きくぼけた画像になっている。
「2度程迫撃砲弾を投下して見ましたが、結果は同じでした。調整不良を疑いもう1つでも試しましたがやはり同じ画像です」
「やはり新種かしら? サミーの推測は?」
急にオリーさんが中尉の話を中断させてしまった。
皆が急にオリーさんに視線を向けるんだよなぁ。隣の俺にも視線が突き刺さって来る。
「彼女は、大統領指示で新たに設けられたゾンビの研究チームの一員です。デンバー空港で新種のゾンビが確認されたため、急遽こちらにやってきました。今回も疑わしいとのことで我等に同行しているのです」
「専門家ということだね。それなら、話が早い。そうなると対処方法が直ぐには分からんということになりそうなんだが」
「そうでもないです。隣に、今までのゾンビに対する対処法を考えた人物がおりますから。早速ですが、彼に退避計画の良し悪しが判断できるとも思えません。早速調査に向って貰うことを了承して頂けませんか?」
「武装偵察部隊か……。それなら車を用意させよう。護衛は1個分隊ほどになるが……」
オリーさんと大尉の間で勝手に話が進んでいるんだよなぁ。
「サミーが偵察に向かうなら、1人で十分だ。バイクも運んであるから丁度良い。それで、どこを見てくるつもりなんだ?」
「南の荒地が一番良さそうですね。ゾンビが隠れる場所もないでしょうし、ある程度接近できそうです」
「なら、直ぐに行ってこい。状況報告はトランシーバーを使ってくれ。あのバイクの位置はタブレットで分かる。ヘルメットのカメラもバイクに搭載した無線機で送ることが出来るぞ」
「了解です。俺も少し気になるところがあるので、それを確認したら帰ってきます」
席を立って、会議室に集まった連中に軽く頭を下げると直ぐに玄関へと向かう。
さっそく乗れる。どんな具合にチューニングしたんだろう?
笑みを浮かべながらバイクのエンジンを掛けて、先ずは一服を楽しむことにした。
吸殻をポケットの携帯灰皿に入れたところでバイクに乗る。
エンジンは温まっているし、走行距離系のメーターは100kmを過ぎたところだった。
ペンデルトンで走行試験をしてくれたのかな?
当然オイルは交換しているだろうから、次のオイル交換は1000kmを過ぎたあたりで十分だろう。
皮手袋とゴーグルを装着したところで、再度空ぶかしをしてエンジン音を確認する。
2サイクルエンジンの音と言うより4サイクルの音に近い気がするなあ。音も結構静かだ。太いマフラーに秘密があるんだろうけどね。
後は走ってみれば分かるだろう。
『こちらサミーです。レディさん聞こえますか?』
『ああ、聞こえるぞ。まだ出掛けてなかったのか? 定時連絡は不要だ。何かあれば連絡してくれ。トランシーバーはオリーに渡しておくぞ』
救出計画の調整で忙しいのかな?
そっちは任せて、俺達は周囲を囲むゾンビの調査を進めよう。
クラッチを握り、左足でギヤをロ―に入れる。
アクセルを回して、クラッチを話すと……。
ブロロロ……と言う音と共に前輪が上がる。中々良い感じだ。ウイリー状態で玄関先から駐車場を抜け、飛行場へと繋がる道路に出る。坂道だからアクセルを戻し加減死して前輪を着地させると再びアクセルを回す。坂道をものともせずに速度が上がっていく。
ギヤを次々と変えて、トップに上げる。もう1つあげられるんだが、それは飛行場の滑走路で確認してみよう。
新車に乗ると、どうしても口元が緩むんだよなぁ。
やはりバイクは一番だ。夏に車を乗ろうとする連中が理解できないところでもあるんだが、エディ達の話では車を持ってないとガールフレンドが出来ないということだからなぁ。
七海さんやオリーさんがいるから、今さらな気がするんだけどねぇ……。
それに、あまり同乗してくれないんだけど、一応運転は出来るからね。
あのジープに小さなキャンピングカーゴを引いて、景色の良いところで家族キャンプができるような世の中になれば良いんだけどなぁ……。




