H-162 七海さん達もだって!
「まあ、可愛い! 次は私に抱かせてくれない」
キャシーお婆さんからパットがオーロラを預かると、七海さんが大声を上げてはしゃいでいる。
「黒髪に、瞳は黒……。正光さん……。この子は、この国で差別を受けることが無いんでしょうか?」
「俺も少し気になったんで、キャミ―お婆さんに訪ねてみたんだ。そしたら羨ましがられることはあっても蔑まれることは無いということだったよ」
「私も子供のころは、黒髪と黒い瞳に憧れたものだ。神秘的に思えるんだ。ストレートの長い黒髪……、深淵を宿す黒い瞳……。神殿の巫女になるなら、誰もがその神託を得ようとするに違いない」
コーカソイドの中にもそんな人がたまに生まれるらしい。希少価値みたいなものかもしれないな。
だけど、オーロラの場合は二世だからなぁ。
俺の遺伝子を受け継いだ結果だと思うんだよね。
「娘は父親に似ると言いますよ。きっと、そっくりになるんでしょうね」
ドキリとするような話をしているんだよなぁ。
「でも、良い姉さんになって貰わないと……」
七海さんの言葉を聞いて、感電したような勢いでレディさんにオリーさんが顔を向けた。
「降下訓練前の検査で分かったようだ。まだ兆候さえ出ていないようだが検査結果は陽性だったぞ」
今度はパットとクリスが七海さんに視線を向けている。
そんな2人に小さな箱をレディさんが手渡した。
「検査キットを貰って来た。説明書を読んで確認して見たらどうだ。案外、来年はこの山小屋がもっと賑やかになりそうだ」
パット達がちょっと顔を赤らめて検査キットを受け取っている。
明日には分かるのかな?
エディ達もちょっと動揺しているように見えるんだよなぁ。
「お祝いをしないといけないですね。パット達の結果を待ってから準備しましょう。ここにはお兄さんやお姉さんも沢山いますから、子育ては安心して行えますよ」
「養子を貰おうと思っていたんじゃが、その必要も無さそうじゃな。ウイルが帰ってきたら驚きそうじゃわい」
ウイル小父さんが山小屋に戻ったのは、夕食の準備がすっかり終わった時だった。
レディさんに軽く手を上げて挨拶したんだが、キャシーお婆さんが抱いているオーロラを見て目を丸くしてるんだよなぁ。
「冗談だと思ったんだが、本当だったとはなぁ。だがライル達に託すのは少し早いんじゃないか?」
「ダディに見せてあげないといけないでしょう。ナナにだって紹介しないといけないでしょうし」
「そういうことか……。まぁ、オリー達がそれで良いならそれで良い。……キャシー、俺にも抱かせてくれ!」
笑みを浮かべて、キャシーお婆さんからオーロラを受け取るとおどけた表情を作って笑わせようとしている。
だけど……、努力は無駄だったようだ。
むずかりだして、とうとうかわいらしい鳴き声を上げたからなぁ。
途端に台所から、メイ小母さんが飛び出してくると、ウイル小父さんからオーロラを取り上げてしまった。
「全く……。3人の子供で懲りたと思ったけど、本人に自覚が無いのも困ったものね」
ヨシヨシしながら、メイ小母さんが呟いている。
「人見知りするんだろう。その内に慣れるさ。だが、子供は良いものだな。ニック達もそろそろだと思うんだが」
「ナナが来年だそうですよ。そうなるとパット達も……」
「ほう! なるほどな……」
2人で顔を見合わせ、笑みを浮かべながら頷いている。何となく時代劇の悪代官と悪徳商人に見えてしまうんだよなぁ。
「亡くなった者達も多いが、生まれてくる者達も多いということかな。希望が形になるのは良いことに違いない」
オーロラの頭をやさしく撫でたところで、ウイル小父さんが俺達の所に戻ってきた。
「呆れた話だな。3人の父親だと聞いたのだが?」
「ああ、なぜか俺が抱き上げると泣き出すんだ。しばらく忘れていたが、上の2人はどうなったか……。だがニックが残ってくれたからな。家系が途切れることは無さそうだ」
すでに諦めているに違いない。
生存者が数%にも満たない状況だからね。
でもウイル小父さんの薫陶を受けているなら、案外東海岸にいるかもしれないな。
「生存者が1千万人以上いるそうだ。改めて人員名簿を作りつつあるようだから、完成したなら、問い合わせてみては?」
「だな……。仲間達の安否も気になっているところだ。東海岸はそこまで進んでいないだろう。希望を閉ざすのは確認を終えてからでも良いのかもしれん」
「本部から、これを預かってきた。ウイル殿の指揮権は統合作戦本部にあるのだが、できれば協力して欲しいとのことだ」
「サミーを冬場に貸したのが、不味かったかな……」
レディさんから指示書を受け取って読み始めると、どんどんウイル小父さんの表情が強張っていく。
「強硬策に思えるな。しかも2日でそれを行うということか?」
「一緒のオスプレイでレンジャー部隊が同行してきた。1個分隊だが精鋭揃いと聞いている」
「デンバー空港の後だと思っていたんだがなぁ……」
「大佐殿からは、サミーだけでもと言うことであった」
んっ! おれ?
思わずレディさん顔を向ける。
「ああ、それが必要な理由は大尉殿達が来てから話そう。さすがにエディ達には荷が重そうだ。私とサミーだけなら海兵隊としても頷ける話になるだろうし、陸軍としても借りを大きくしないと考えることが出来るだろう」
「2人でも精鋭と言うことだな。だが……」
「ああ、必ず帰って来る」
かなり厳しい作戦ということになるのかな?
事前のシミュレーション結果はどうなっているんだろう?
リビングにオリーさんが戻ってきた。七海さん達は戻ってこないみたいだな。
俺の隣に腰を下ろして、タバコを取り出す。
「赤ん坊がいるんだからタバコは控えるべきだと思うんだが?」
「4人で夕食を食べさせてるわよ。その後はお風呂に入って寝るだけだからリビングに来ることは無いわ。今夜換気をするとメイさんが言ってたから、大丈夫だと思うんだけど」
そういうことならと、俺達もタバコを取り出す。
ずっと我慢していたからなぁ。だけど赤ん坊が多くなったなら、広場で喫煙することになりそうだな。喫煙所を作った方が良いのかもしれない。
「赤ん坊は手が掛かるわね。向こうでは大統領夫人に任せっきりなんだけど、あまり甘えるのも恐縮してしまうのよねぇ」
「それなりに忙しいと思うのだが?」
「サロンにも連れて行くみたいよ。今からファーストレディ並みに暮らしているの」
オリーさんの話を聞いて、レディさんが苦笑いをしている。
オリーさんの話では、孤児達の世話を他のご婦人方と一緒にしているみたいだから、オーロラを連れて行っても違和感が無いのかもしれないな。
「さぁ、夕食ですよ。いつもは人数が少ないんですが、やはり大勢だと作り甲斐がありますね」
メイ小母さんの言葉に、皆がテーブルに着く。
時刻は18時を少し回ったところだ。大尉達がやって来るのは20時とのことだから、慌てる必要は無さそうだな。
軽く炙ったサイコロ上の鹿肉がゴロゴロ入ったシチューは絶品だ。レストランを開けるんじゃないかな。
七海さん達がちょっと遅れてやってきたところを見ると、オーロラの面倒はキャシーお婆さん達がしてくれているのだろう。
「やはりかわいいわね。お風呂に入れると、小さな手で私の指を掴むのよ。結構力があったわ」
クリスの言葉に七海さん達が頷いている。
3人で入れてあげたのかな?
「でもパットが石鹸で滑らせて湯船に落としそうになった時は、ドキリとしたのよ。あれは心臓に悪かったわ」
ちょっとパット達の子育てが心配になってきたけど、そこは慣れるしかないんじゃないかな。
「まだ赤ん坊だからなぁ。メイは一緒だったんだろう?」
「後ろで見ていてくれました。色々とアドバイスしてくれたんですが……」
中々アドバイス通りには行かなかったということだな。
ウイル小父さんが笑みを浮かべながら、モシャモシャとパンを食べていた。でも、シチューにパンを付けて食べるのをメイ小母さんが見たら、お小言では済まないだろうな。
食事が終わると食器が下げられ、コーヒーが配られる。
コーヒーカップを持って薪ストーブのベンチに移動し、一服を楽しむのは昔からだ。
「後は大尉殿一行を待つだけになるな。1時間前だから丁度良さそうだ」
「子供達は、どこで食事を?」
「広場の片隅にインディアンテントを張ったんじゃ。たぶんのその中ということじゃな。大人でも10人は寝られる大きさだから、子供達なら十分じゃろう。昼間も中で遊んでおるぞ」
どこに作ったんだろう? エディ達に視線を向けるとやはり同じことを考えていたんだろう、俺に顔を向けて小さく頷いてくれた。
「そうだ! エディ、白板を運んでくれないか。陸軍基地を撮影したメモリーを預かってきた」
「了解しました。プロジェクターも一緒に用意します。地図は必要ですか?」
「あると、話がし易い。だが大きな地図は無かった気がするが?」
「前に地図をスキャナーで取り込んであるんです。25万分の1が殆どですけど、大きな都市については10万分の1ですよ」
「それは助かる。プリントも可能なのか?」
「可能です。でも、メモリーをコピーすればタブレットで使えると思います。後で1つ渡します」
おかげで小型のタブレットでも見れるんだよね。充電するのが面倒なんだけど。
「タブレットは……、持っていたな。ありがとう」
笑みを浮かべたニックが席を立つ。エディが一緒に行ったのは白板の移動を手伝いに行ったのだろう。
時計を見ると、19時40分。そろそろやって来るんじゃないかな。
「そろそろだな。パット、コーヒーを準備しておいてくれないか? 話が一段落したらワインを頼む」
「そんな時間? ところで私も聞いて良いのかしら?」
「サミーの推測を補完してくれる人物は少ないからな。オリーが判断できない時には、後ろに優秀なブレーンがいるだろう?」
「丁度良いということね。良いわ。聞かせて貰いましょう」
改めて、タバコに火を点けようとした時だった。
広場に入って来る車のヘッドライトが見えた。
どうやら、大尉達がやってきたようだ。
レディさんは、未だに明確な話をしてくれないんだよなぁ。少しは予備知識が欲しいところだったんだが……。




