H-153 戦士Ⅱ型の運動能力は俺達を越えている
地下のゾンビを掃討してエントランスホールに戻ると、15時を過ぎていた。
3人だけでガスストーブを使いレーションを温める。
ミートソーススパゲティにチューブに入ったフルーツゼリー、コーヒーにココア味のビスケットだ。
スパゲティの量が多いからビスケットはポケットにしまっておく。小腹が空いた時に頂こう。
「案外少なかったんじゃないか?」
「地下の機械は自動化されているみたいだね。定期的に監視するぐらいじゃないのかな? それを考えると俺には多かったように思えるよ」
ニックは博識だからなぁ。確かにいまだに動いている。それだけ上手く自動化されているのだろう。それなら数人で装置を見て回るだけで済むようだけど、遭遇したゾンビの数は十数体だったからなぁ。
「避難してきた人もいたようだけど、工事か修理をしていた人もいたみたいだ。装置に近くに工具類が散らばっていたよ」
「避難民の中に噛まれた人がいたんだろうな。だけど地下ではねぇ……」
ニックの話では、緊急避難用にも使われるらしい。その時に備えて複合ビルの収容人数の2割増しの人数が1日地下で過ごせる食料と水を保管しているそうだ。
「貯蔵庫を見たけど、まったく手を付けられてなかったよ。後で親父に教えてあげよう」
「保存食なら、まだ食べられそうだからなぁ。ありがたく頂こうぜ」
「でも、なんでこんな場所に?」
「竜巻だよ。たまに来るらしいからね。俺達の町には来ないようだけど、俺の家が頑丈に作ってあるのは竜巻対策でもあるんだ」
俺が問いかけると、直ぐにニックが教えてくれた。
竜巻ねぇ……。かなり恐ろしいとは聞いたことがあるんだけど、一度は見てみたいとも思っている自然現象の1つだ。
日本も地震に備えて非常食の準備なんて話もあったからなぁ。
「ところで、クリス達の方はまだ終わらないってことかな?」
「オリーさんだからねぇ。色々と方向を変えて観察してるんじゃないか? でも、リトルジャックを使ってゾンビを減らしてくれているなら安全だろうし、俺達の仕事もやり易いと思うよ」
屋上は本職の兵士達が向かったから、これで複合ビルについてはゾンビの駆逐を終えたはずだ。
次はどうするんだろう? 空港周辺にもいくつか建物があるんだが、そっちを先にするのかな? それとも空港ビルに向かうのか……。
レーションのゴミを集めてゴミバケツの中に放り込んでいると、オリーさん達が北の回廊から現れた。
どうやら無事だったみたいだな。手を振ると笑みを浮かべて手を振ってくれた。俺がエントランスの一角に置かれたベンチに腕を伸ばしてエディ達の存在を教えると、小さく頷いてくれたからその内にやって来るに違いない。
足早にエディ達の所に向かい、パット達が戻ってきたことを2人に教えてあげた。
「無事に戻ってきたなら問題ないよ。オリーさんの手伝いだからねぇ。パット達に目的が理解できたかどうか怪しいんだよなぁ」
「ドローンの操縦は、名人クラスだとレディさんが言っていたぐらいだ。オリーさんの注文に、あの2人ならちゃんと叶えてあげたんじゃないかな」
俺の言葉に、2人が苦笑いを浮かべる。結構自分本位なところがあるのかな?
そんな気性が2人以外に向かなければ問題は無い。
たまにコーヒーを淹れてくれるけど、俺好みのコーヒーを淹れてくれるからね。手渡す時に、「砂糖は控えなさい」と小言があるぐらいだ。
パット達が座るとさすがにベンチが足りなくなる。
近くのベンチを運んで小さなテーブルを囲むように配置していると、荷物を置いてきたパット達が用意したベンチに腰を下ろす。
オリーさんは……、カウンター奥の事務所から出てくるところだった。ウイル小父さんに報告をしたのだろう。
改めて沸かしたコーヒーを皆のカップに注いでいると、オリーさんもバッグからシェラカップを取り出して自分の前に置いた。
大きめのポットだからね。たっぷりと注いであげよう。
「それで、どうでした?」
オリーさんに問いかけると、難しい顔をしてタブレットを取り出してテーブルの真ん中に置いた。
手に持ったリモコンで、ドローンが捉えた画像を再生し始める。
それにしても、空港ビルは大きいんだな。
複合ビルから空中回廊で繋がったホールは1階からの吹き抜けで、ドーナツ状の回廊が取り囲んでいる。そんなホールから右手の回廊をドローンは進んでいく。
「顔認識ソフトが案外使えるのよね。戦士Ⅱ型ゾンビは直ぐに見つけられたわ……。これね!」
戦士型ゾンビを区分けしたようだ。
ペンデルトンで確認した戦士型ゾンビを戦士Ⅰ型、ここで確認されて戦士型をⅡ型としたらしい。
「良く見てて……」
フラグの付いた戦士Ⅱ型ゾンビを見ていた時だ。
ゾンビの顔がこちらを向いた途端に、触手が現れこちらに伸びて来た。
ドローンとの相対距離がどの程度か分からないけど、思ったよりも長くのびるようだ。
「推定で3mほど伸びる感じね。ここで映像を止めて、触手の先端を拡大表すると……」
「棘があるのか!」
エディが驚いて大声を上げた。
「棘と言うよりも、フックに近いみたい。先端部分が曲がっているでしょう? あれで絡めとられたら、逃げられないわ」
「クラゲにそれほど力はないと思うんですが?」
「いつまでもクラゲと思っていたら、大きな間違いを起こしかねないわ。あれは人間の殻を被った人工生命体なんだから。でも、その力がどの程度の者かは、早々に確認あるいは推測できるサンプルが欲しくなるわね」
3mまで伸びるとなれば、近寄って棒で頭を殴るなんてことは出来ないだろう。
やはり銃弾で頭を破壊することになりそうだ。
「次の映像は、戦士Ⅱ型周りのゾンビを減らすためにリトルジャックを仕掛けた映像よ。前後を映しているから、リトルジャックの評価にも使えそうね。目覚まし時計の作動時間は10分にしたんだけど……」
最初のリトルジャックは中央ホールから右手の回廊に少し進んだ場所だった。
ホールの反対側まで距離を取って、リトルジャックの炸裂前後の様子を映している。
録音が無いのはちょっと残念だけど、リトルジャックの周囲にいたゾンビが集まってくるところを見ると、目覚まし時計が動き出したということになるんだろうな。
「さすがに戦士Ⅱ型の位置までは分かりませんね」
「それが不満でもあるんだけど、今回は我慢することにしたわ。でも結構集まるのよねぇ。これほど効果があるとは思わなかったわ」
通常時なら1時間程鳴らしているんだけど、屋内ならそれほど時間を取らなくても良いということなんだろう。これも同じような兵器を作る上で参考になる。
突然画面に閃光が走り、爆炎が上がった。
「50mほど離れていたんだけど、ドローンにも何個か破片が当たったわ。装置を保護していたアルミ板の何か所かがへこんでいたのよ。結果は見ての通り、30体以上が倒れているんだけど……」
「腕や足を失っても平然としてますね。まあ、それが恐ろしくもあるんですが」
「頭部破壊以外では倒せない。さすがに両手両足を失えば無力化は出来そうだけど、それでも動くんでしょうね」
倒せたのは、およそ3割と言うところだな。
オリーさん達は、戦士Ⅱ型の位置を確認しつつ、次々とリトルジャックを使って空港ビルの2階回廊のゾンビの数を減らして行ったようだ。
「これが、最後の画像なんだけど……、良く見ていて頂戴。あの奥にいるのが戦士Ⅱ型よ」
フラグが立っているから、直ぐに分かる。リトルジャックを仕掛けた位置から100m以上離れているようだ。
リトルジャックの周囲にいたゾンビが、今までと同じように集まって来る。戦士Ⅱ型周囲からも、ふらりふらりと近付いて来るゾンビがいるけど、戦士Ⅱ型はそのままだな。多少は動いているんだけど、リトルジャックに近づく様子はないようだ。
閃光が走り、一瞬回廊の映像がホワイトアウトする。
再び映像が現れた時、その映像に思わず背筋に冷たい汗が流れる。
「オリーさん、ドローンの位置は変わらないんですよね?」
「気が付いた? その通りよ。私も最初はそれを疑ったもの」
「んっ? 何のことだ。さっぱりなんだけど……」
エディの問いに、ニックまで頷いている。
案外分からないものなんだな。そもそもそんなことはあり得ないと、脳がブロックしているのかもしれない。
「戦士Ⅱ型の位置を見てくれ。リトルジャックの爆発でのカメラのホワイトアウトは一瞬だったけど、その間に20mほど動いてるんだ。オリンピック選手だってあの距離を移動するのは無理だぞ」
2人が改めて画像を見る。
顔を青くして「本当だ!」なんて言ってるけど、確かに脅威以外の何物でもない。
それにしても驚くべき瞬発力だ。一瞬にして距離を縮めるとなると、白兵戦を挑むようなことは出来ないだろうな。それに通常型と比べて特徴が無いからなぁ。あの触腕を何時も出していれば分かるだろうけど……。
んっ! ちょっと待てよ。
なぜ、戦士Ⅱ型はあの位置で止まったんだろう?
「オリーさん、爆発後の戦士Ⅱ型周辺の映像を拡大して再生して貰えませんか?」
「良いわよ。何か気になることがあったということかしら?」
「思い付きではあるんですが、それを確認したいと……」
爆発後にドローンが戦士Ⅱ型に近づいた時に、直ぐに気が付いた。
戦士Ⅱ型の足元に、観葉植物の鉢が転がっている。なるほどね……、障害物があればそこで止まるということか。
「もう、良いですよ。疑問が解けました。瞬発力は並外れていますが、付ける隙はあるようです。……ニック、俺達の使う銃弾は音速を越えてるんだよな?」
「急に何を言うかと思えば……、M4カービンが初速900m毎秒、ベレッタ92FSが350m、お前のイエローボーイで357マグナムを使えば450mと言うところだな」
「ならライフルで倒せそうだ。ゾンビは音で反応するからね。音速を越える銃弾なら、反応する時間がない筈だ」
「そういうことか! 3人で同時に撃てば確実だな。だが外れたなら、厄介だぞ。サミーだってその棒で対応しようなんて考えるんじゃないぞ」
どうしようもない時にはそうしようと思ってるんだけど、その前に何とかなりそうだ。
「これを見てくれ。観葉植物の鉢が足元に転がってるだろう? どうやら障害物をそれほど認識できないようだな」
「この鉢で足を止めたのか?」
エディが驚いている。オリーさん達も初めて気が付いたみたいだな。うんうんと頷いているからね。
「推測だけど、案外正しいんじゃないかと思ってるよ。このベンチ辺りでも十分だと思う。何か適当な障害物を作って、その後方から撃てば、例え外れても2発目を撃てると思うんだ」
パチパチとオリーさんが笑みを浮かべて拍手をしてくれた。
「サンディー、これがサミーなの。現場の状況を基に推論を重ねて、結果を出してくれるわ。彼を害するような人間を私が嫌う訳が分かったでしょう?」
「でも、私より2つ年上なだけですよね? 日本人は若く見えると聞いたことがありますけど……。長年、軍で偵察なんてしていませんよね?」
「生憎と、ゾンビ騒動が起こる時は17歳。最後のハイスクールライフを楽しもうというところで災難にあったみたいね。でも彼を好きになってはダメよ。すでに同棲しているんだから、私は……、今まで通りお姉さんで良いわよ」
そんなことを言って俺達にウインクするから、エディ達が脇腹を押えている。
腹筋は鍛えているみたいだけど、わき腹の筋肉は中々鍛えるのが難しいからなぁ。相変わらずパット達の制裁はきついみたいだな。これから長く暮らすんだから、少しは脇腹も鍛えた方が良いと思うんだけどねぇ……。




