H-145 先ずは1階の回廊を調査しよう
ザワザワする部屋の音で目が覚めた。
シュラフを抜け出して両手を大きく広げながら伸びをしていると、ウイル小父さんが俺を呼ぶ声が聞こえた。
声の方角に体を向けると、ウイル小父さんが手を振っている。
こっちに来いということなんだろう。
シュラフを丸めてナップザックに括り付けたところで、ウイル小父さん達の所へと足を運ぶ。
「ようやく起きたな。ニック達はまだ寝てるんだが、サミーが起きたなら都合が良い。1個小隊と資材を運んで来た。ジャックだけで20個だ。リトルジャックも12個運んで来たぞ。スタングレネードは100個程ある。これで、このビルを制圧したいのだが……。この空港ビルが厄介に思える」
俺達が今いる場所は、ホテルと駅が合体したような施設だからなぁ。空港ビルはエントランスから延びる回廊の奥にある。パンフレットを見ると、1回の回廊だけでなく3階にも回廊があるようだ。
今いる複合ビルと空港ビルは、ある意味一体で考える必要もありそうなんだよなぁ。
「航空会社の事務所は空港ビルにあるし、政府関連の設備や事務所もある。警備本部も空港ビルだ。10階建てだが、やたらと横に広がっている」
「それに比べて、このビルは12階建てですからね。上に伸びているということになるんでしょう。そうなると、先ずは動線の遮断からですか……」
「若いが、中々目の付け所が良いな。となるとウイル殿。この3か所を封鎖しないといけなくなる」
「他のアクセスも可能だろうが、少なくとも扉があるか……。分隊単位で封鎖するか」
俺達と一緒に最初にやってきたのが2個分隊。今朝方早く到着したのが4個分隊。整備兵も2個分隊に増えたと言っていたから、海兵隊だけで、8個分隊になる。それに俺達偵察部隊が1個分隊になるんだけど、現在は3人がペンデルトンに行ってるから俺達は10人だ。
グランビーとデンバー空港を行き来する列車の護衛に1個分隊を使うだろうし、さらにこの場所を確保するためには2個分隊は必要だろう。その上3か所を封鎖するとなればゾンビ掃討に使える部隊は2個分隊ということになってしまう。俺達のチームはパット達を残すことになるだろうから1班と言うところだろうな。
「現在の阻止線はこの位置だ。少なくともこのビルの出口付近にまで伸ばしておきたい。そうなると回廊の左右の事務所のゾンビが問題になるんだが、サミー達に事務所内のゾンビの数を扉に記載して貰うつもりだ」
「それだけでも助かります。数が多ければスタングレネードを使えば突入も容易でしょう」
「無理はしないでくれよ。扉を開けて数が多ければ手榴弾を使っても構わん。だが倒れたゾンビの頭に必ず銃弾を撃ち込んでくれ。9mmパラベラムだけでも2千発を運んで来たんだからな」
どうやら、今日の行動計画を立てているようだ。
それにしてもだいぶ拳銃弾を運んで来たなぁ。これで心置きなくワルサーを使えそうだ。
「3階の阻止線だが、サミー達と一緒に向かってくれ。2階は後回しで良いぞ。3階の空中回廊の途中に阻止線を築く」
軍曹達が頷くのを見て、今度は部隊を選んでいく。
部隊間で格差があるとは思えないから、ウイル小父さんが自分から見て、時計周りに配置する場所を指示しているようだ。
整備兵2個分隊は、このエントランスを防衛するみたいだな。
列車が到着したなら牽引するストライカーの点検も出来そうだから丁度良いのかもしれない。
最後にトランシーバーのチャンネルを割り振っている。チャンネル「00」は、定時連絡専用で、「09」が緊急連絡になるらしい。分隊内の通信を21番から割り振ったんだが、俺達のチームはチャンネル「29」ということになった。
今後部隊が増えた時には、再度割り振るということだが、しばらくはこのまま行けそうだな。
パット達が俺達にコーヒーカップを配ってくれた。
ありがたく受け取って、タバコに火を点ける。
「全く、とんでも無いものを作ってくれたよなぁ。ビルを作るとは聞いていたが、ホテルを兼ねていたとはなぁ。部屋数だけで100を超えている」
「レストランが5つにバーが3つ、カフェテリアが5つもあるんですからねぇ。その上美容室や土産店、旅行会社まで入ってますよ。デンバー土産なんて聞いたことが無いんですけどねぇ」
「ロッキーの熊の木彫りじゃないのか? ネイティブの良い収入源かもしれんぞ」
やはり魚を咥えてるんだろうな。後で覗いてみよう。山小屋の蒸気機関のお守りは退屈だからなぁ。俺にも挑戦できるかもしれない。
「朝食時に起きてこないならニック達を叩き起こしてくれ。食事が終わったなら、2つの回廊の調査を頼んだぞ」
「了解です。中の数を確認すれば良いですね。その場で位置が分かっても、動く可能性がありますから、突入時は十分に注意してください」
「大丈夫だ。ペンデルトンでコンバットタウンを見ただろう。あそこでさんざん訓練を受けたからなぁ」
「あれですか! 最初見た時はおかしな建物だと思ってたんですよねぇ。それにやたらと弾痕があるんですから。そこで何体かゾンビを倒しましたよ」
「俺達は訓練だったが、サミーの場合は実戦だったということか! それならサミー達も問題なさそうだな」
コーヒーを飲みながら雑談に興じていると、朝食が出来たと教えてくれた。ここで待っていれば運んでくれるらしい。
知らせてくれたジュリーさんに、エディ達を起こしてくれるように頼んだら、すでにパット達が向かったらしい。
可哀そうに……。その内に横腹を押えながらここにやって来るんだろうな。
やがて姿を見せたエディ達を見て、皆が苦笑いを浮かべている。
想像通りと言う事なんだろう。
「全く、いつも蹴り起こすんだからなぁ。横腹は鍛えようがないんだ」
その様子が容易に想像できるんだよなぁ。たぶん一生それが続くだろうから、横腹の筋肉も腹筋並みに鍛えられるに違いない。
「蹴られるぐらい我慢しろよ。俺なんか銃のストックで腹を一撃だぞ。油断していたからなぁ。かなり痛かったよ」
エディの言葉に、皆が食事を中断して大笑いを始めた。
「朝から笑わせないでくれ。だが良い嫁さんになれるだろうな。起こしてくれるだけありがたいと思わねばいけないぞ」
「まぁ、それぐらいしないと起きないというのも、ある意味特技かもしれんな。兵隊は寝るのも仕事だ。そして直ぐに起きなければならん。体教だと思って我慢することだ」
ウイル小父さんは、すでにニックの朝寝坊を諦めているのかもしれない。パットと一緒なら問題ないぐらいに考えているのだろう。
「エディ達の仕事は、サミー達に伝えてある。朝食を終えたなら始めて欲しい」
ウイル小父さんの話に、2人が俺に顔を向けたので「回廊沿いの事務所内のゾンビの確認」と教えてあげた。
「先行偵察と言うことだな。それは俺達の仕事だ」
うんうんと2人が頷いている。
確かに偵察ではあるけど、ゾンビを倒すことは無いんじゃないかな。
コーヒーを飲み終えたところで、俺達が席を立つ。
「3人で行くつもりなのか?」
「俺とニックで周囲の警戒をすれば、その間にサミーが部屋の中を扉越しに確認できるはずです。それに、ゾンビが2、3体ならその場で倒しますけど、数が多ければ直ぐに撤退します」
「それなら3人で十分だな。ニック、トランシーバーを持っていくんだぞ。チャンネルは定時が『00』で、緊急は『09』だからな」
「了解!」とニックが答えている。俺達の部隊内での通信チャンネルは『29』だから、後で教えてあげないといけないな。
今回はイエローボーイを持って来た。至近距離ならこれが一番俺に合ってる気がするんだよね。背中に担いで、御祖父さんのところで手に入れたスコップの柄を持つ。
4本の金属製の筒を連結すると1.5mになる優れものだ。中間の2本はチタン製で、両端がステンレス製だから、それほど重く感じないのが良い。
これでゾンビの頭を殴れば倒せるし、頭蓋骨を叩き割る音はサプレッサー付きのライフルよりも遥かに音が小さい。
「それで行くのか?」
「これが一番だよ。俺が確認する間は背中を任せるからね」
「ああ、安心して聞き耳を立ててくれ。それじゃあ、出発だ」
こういう時はエディが先行するんだよなぁ。その後ろを俺が続き、殿はニックの役目だ。
最初は南の回廊に向かう。
いろんな会社の事務所が並んでいるんだけど、回廊に向かってガラス窓がある場所もある。ホテルの宿泊客目当ての会社なのだろう。窓越しに見るとソファーセットやカウンターが見える。
「これは、一目瞭然だね。2体かな?」
「いや……、もう2体いるようだ。あのパーテーションの裏が怪しいんだよなぁ」
扉にマジックで、4と書き込んで次に向かう。
次も窓のある事務所だけど、生憎と窓が遮光されている。中からは見えるけど外からは見えないのはこんな時に困ってしまう。
「3体いるようだ。ここは?」
「車のレンタルだな。案外お客がいただろうけど、上手く逃げたのかもしれない」
中の3人は、社員なのかな?
直ぐに逃げられなかったのかもしれないな……。
1時間ほど掛けて、回廊の終点に達した。
扉は無く大きな屋根が付いている。
屋根が横に伸びて、ロータリーの直ぐ近くまで達しているのは、ここで車の乗り降りをするためだろう。
出口付近にいたゾンビはエディが1発で倒してくれた。
倒れたゾンビをスコップの柄を使って頭を動かして弾痕を確認する。
後頭部に当たったみたいだな。額が半分吹き飛んでいた。
「さすがに駐車場にはかなりいるなぁ。目で見ただけでも20体は超えていそうだ」
「車の中にもかなりいるよ。この駐車場だけで100体近くにはなりそうだ。あの立体駐車場にはどれぐらいいるんだろう。かなりいるみたいだな。ここを一掃してくれれば少しはゾンビの声が聴き取り易くなるんじゃないかな」
さて、ここはこれで良いだろう。
急いでビルのエントランスに戻り、ウイル小父さん達に報告する。
「駐車場にそんなにいるのか! ジャックを上手く仕掛けた後で一掃するしかなさそうだな。オルバン軍曹、ジャックを仕掛けてくれ。出来れば車体から離して欲しい。ガソリンは使いたいからな」
「了解です。確かにガソリンは貴重です。駐車場の車の総数を考えれば、ドラム缶50本を越えるでしょう」
思わずエディ達と顔を見合わせてしまった。そんなにあるとはなぁ。
それなら駐車している車になるべく損傷を与えないように、ジャックを仕掛けねばなるまい。




