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いつだって日はまた昇る  作者: paiちゃん
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H-014 蒸気機関を動かそう


 トンネル内に停車したハマーを過ぎて奥に向かうと、右手に扉があった。

 トンネルの奥は倉庫だったから、さすがにその奥ということではなかったようだ。

 それにしても、ハマーの奥には小さなトラクターが置いてあった。まさかここで農業をしようなんて考えてないだろうな?

 扉を開くと、トンネルと同じ方向に通路が伸びている。突き当りの扉を開くと、ライルお爺さんが手を振って俺達を中に招き込んだ。


「さあ、これがかつて世の中を動かしていた蒸気機関だ。凄いじゃろう?」


 ライルお爺さんが目を輝かせて俺達に見せてくれた物体は、奥行4m高さは3mほどあるんじゃないかな?

 横に直径1mを越えるほどのフライホイールが付いており、その横に90度角度をずらして2つのピストンシャフトが付いている。ピストンの直径は20cmを越えていそうだし、ピストンの行程は50cm近くありそうだ。


「このフライホイールを回すんですか? かなりの馬力が必要に思えるんですけど?」


「ちゃんと動くさ。そのフライホイールの歯車と繋がっているシャフトの先にあるのが発電機じゃ」


 フライホイールの回転速度を、ギヤボックスで増速させてから発電機に繋いでいるらしい。発電機は交流発電機らしいから、得られた電気を整流器で直流に変換してバッテリーに充電するとのことだ。


「バッテリーは温度低下で急激に能力を落とすからなぁ。隣の部屋に置いてあるんじゃよ。ここは通気を良くしてあるから今は凍えるが、石炭を焚けばすぐに温まるぞ。動かし方じゃが……」


 先ずはボイラーの水量を確認する。側面にガラス管があってそれでボイラー内の水量が分かるようだ。後ろ側にある板の中央が緑でその上下に黄色、更に外側が赤色になっていた。   

ガラス管の水面が緑色の範囲で運転を行うらしい。


「罐を最初に焚くのは薪だぞ。2時間も焚けばたっぷりと熾きができる。その上に石炭を乗せていけばいい」


 ライルお爺さんの教えに従ってボイラーに中に焚き木を井形に組んで粗朶で火を点ける。これで少しは暖かくなるかな?

 なにせ8m四方ほどの部屋の片側には3つもの通風孔が開いている。

 酸欠にならないためのようだが、開け過ぎだと思うんだけどなぁ。


 焚き木が燃え始めてもまだ寒い。蒸気機関の反対側にある大きな石炭箱の枠に腰を下ろして一服することになった。

 途中焚き木を追加して釜の中に十分熾きが貯まったところで、スコップで石炭を投入する。

 最初は平らにして、石炭に火が付いたら真ん中を少し盛り上げるように入れるよう教えてくれた。


「温度計は3つじゃ。ボイラー内の水温、蒸気だまりの温度、それに復水器の温度じゃな。圧力容器のようなものじゃから150度以上に水温が上がるぞ。ボイラー周りの操作は革手袋をして行わんと火傷をするからな」


「これが圧力計ですか? パスカル表示じゃないんですね?」


「まあ、パスカルに換算もできるんじゃが、これは昔の物じゃからのう。標準が1気圧じゃな。運転圧力は7気圧。ボイラー本体は仕様では最大12気圧。試験圧力は10気圧じゃったな。ほれ! ボイラーの上に2つ短管が伸びてるじゃろう? あれ安全弁じゃ。8気圧と9気圧に設定してあるから、ボイラーが破裂することは無いじゃろう。あの変わった機械は回転調節器じゃ。クルクル回るから面白いぞ」


 ボイラーの周りを巡りながら、ライルお爺さんの話は尽きることが無い。

 あまり詰め込まれてもねぇ……。

 パット達が運んでくれたコーヒーを飲みながら一休み。

 だいぶこの部屋も暖かくなってきた気がするな。

 

「トンネルの外って聞いたから、結構冷えるのかと思ってたけど?」


「最初は凍えそうだったよ。でも2時間は火を焚いているからね。そういえば、まだ動かさないんですか?」


 エディンが説明していたけど、最後はライルお爺さんへの質問だ。

 

「まだじゃな。ほれ圧力計が示しておるのは5.5気圧じゃ。動かすのは7気圧になってからじゃよ」


 だいぶ圧力が高まってきた。もう少しってことだ。

 パット達も興味深々な顔をしているから、邪魔にならないようにここで見て貰うことにした。

 コーヒーを飲み終える頃に、ようやく圧力計が7気圧を表示した。


「これで蒸気機関を動かすことができるぞ。ピストンの往復運動でフライホイールの内側にあるクランクシャフトが動き出す。その軸はユニバーサルジョイントを通して、あっちのギヤボックスに伝わり、更にその先にある発電機を回すんじゃ。さて、動かすのはこのレバーを引く……」


 ボイラーの横にあるレバーを片手でグイっと下げると、ピストンがゆっくりと押し出されてきた。

 その動きに合わせてフライホイールが回りだす。

 フライホイールの軸からギヤで繋がった回転調節器がクルクルと回りだしたんだが、回転する軸から回転ブランコのようにスイングする腕の先に鉄球が付いていた。


「回転が上がると遠心力で鉄球が外に向かうんじゃ。その腕木の動きの変化を捉えて、ピストンを駆動する蒸気管のバルブを開閉する仕組みじゃな。これが出来て初めて蒸気機関が実用に漕ぎ着けたらしい」


 機械的なフィードバック制御ということになりそうだな。

 これで電気を産めるんだから、古臭くとも使える技術ということになるんだろう。

 ガションガション、シューシュー……。

 単調だけど、良い音だな。これが蒸気機関の音なんだ。


「以上が蒸気機関の運転方法じゃ。電気の方は勝手に定格出力になれば蓄電池への充電を始めるから構わんでいいぞ。今日はここでのんびりしているんじゃな。たまに釜に石炭を投入するのを忘れぬようにな。それじゃあ、後は任せるぞ」


 俺達3人を残して、パット達を連れてライルお爺さんが部屋を出ていく。

 とりあえず罐を覗いてみると、真っ赤になって石炭が燃えていた。石炭をスコップ1杯追加しておけば30分ぐらいは大丈夫だろう。

 換気口が並んだ先に扉があったから、少し外を見てみるか。


 扉を開けると、その外側はテラスになっていた。幅5m、長さは10m以上ありそうだ。水面まで石垣が伸びているし、手動で動くホイストがあるから、石炭は船を使って石垣の傍まで運んできたようだ。テラスの右端の小屋は簡単な扉があるだけで、中に天井まで石炭が蓄えられている。少なくとも5㎥以上はありそうだ。蒸気機関の後ろ側にあった石炭箱にも1㎥以上入っていたからね。これだけあれば十分に冬を越せるに違いない。


 しかしよく見ると、この荷上場は微妙な位置に作られている。テラスから見えるのは直ぐ近くの岬だけだ。この岬と同じぐらい高さがあるようで、国道が走る岸がまるで見えない。少しでも存在を隠そうと考えた結果ということになるんだろうな。


 暇だから、3人でいろんな話をすることになったけど、2人にはガールフレンドがいるんだよなぁ。そっちの方に話が流れていくと、俺の立場が無くなってしまう。


「この際だから、ナナにアタックしたらどうなんだ? ここでの暮らしが長くなりそうだからなぁ。向こうだって寂しいに決まってるよ」


「だけどナナは帰化するわけではないんだよなぁ。俺は帰化しようと考えているから、ちょっと立ち位置が微妙に思えるんだ」


「それぐらいはどうにでもなるだろう? 二重国籍も良くある話だからな。だが、軍隊に入るとなればそうはいかないか……」


 アメリカ国籍を有すること……。それが1つの条件だ。夫婦の国籍が異なるなんてことがあるんだろうか? それで上手く生活できるんだろうか?

 ちょっと考えてしまうな……。


「だが、この状況なら、帰国なんて無理だぞ。それに日本という国が残っているかも問題だ」


「今朝の話だね。それにしてもいったいどれぐらいの犠牲者が出るんだろう? 合衆国の人間が半分になるぐらいなら、それほど影響がないように思えるんだけどねぇ。建国当時はそれほど暮らしてなかったんじゃないかなぁ」


「南北戦争当時で5千万人らしいよ。今では3億人を超えてるけどね。100年ちょいで6倍だ」


 3割程度に人口が減っても、当時の暮らしができるんだろうか?

 かなり怪しい気がしてくるな。もっと古い時代に戻ってしまいかねない気もしてくる。

 それでも人類が滅びなければ、再びこの災厄前の状態にまで復興するまでに時間は掛からないだろう。


 昼近くになってライルお爺さんが、片手に水を入れたブリキのバケツを持ってやって来た。

 ボイラーの水量計を見るように言われたので、皆でガラス管を見ると、水量が減っているのが分かる。


「3時間でこれぐらい下がるんじゃ。まだ余裕はあるが、注水器の操作を教えるぞ」


 ピストンを動かした蒸気はこの部屋に放出されるから、定期的に水をボイラーに補給しないといけないらしい。

 ボイラー上部に取り付けられた注水器のタンクに、ファンネルの付いた注水口から水を入れて注水口のバルブを閉じる。

 しっかりと閉じないと水が噴き出すらしい。

 続いてボイラーからタンクの上部と下部に接続された配管のバルブを操作することになるのだが、順番が大切らしい。

 上が最初で下が後。最初にタンクとボイラー内の圧力を同じにして下のバルブを開けばボイラーに水が流れるってことだな。


「各配管にバルブは2つずつ付いてるからな。ちゃんと目で見て確認するんじゃぞ」


 お爺さんが説明しながらバルブを操作すると、水量系の目盛りがだいぶ上昇した。


「3時間ほど過ぎたらバケツ1杯分を入れれば問題ない。あまり多く水を足すとボイラー内の温度と圧力が下がってしまうからな」


 次の注水は昼食を終えてからで良いと言われたので、皆でリビングに向かう。トンネルでバケツを2つ見付けたから、戻ってくるときにシャワー室で汲んでこよう。

 昼食を取りながらウイル小父さんが教えてくれたのは、蒸気機関で発電した電力は5KWを少し超えるぐらいらしい。

 100Vで50Aってことだ。日本の1戸建て住宅程になるんだろう。

 山小屋以外にもいろんな部屋があるから、電力消費を抑えようと省電力のLEDや冷蔵庫を使っているんだろうな。もっともこの季節なら、肉や野菜は雪の中に押し込んでおいた方が良いらしい。

 ロッキー山脈の冬ならではの、暮らしの知恵と言うことになるんだろう。


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