H-135 コンバットタウン
市街戦の訓練ということで、通りには壁に追突した車まで置いてあるんだよなぁ。
それなりにきちんと設計してあるだろうと感心して見ていると、少し先の窓の中で何かが動いた。
「どうします? 掃討することも出来そうですけど」
「サミーの訓練を兼ねようか? 後方確認は任せておけ」
「なら、始めますよ……」
身を屈めて先程ゾンビを見掛けた建物に近づく。入口扉は丁番が壊れて半分ほど開いていた。
扉傍の壁に背中を押し付けるようにして張り付くと、周囲のゾンビの声を聴く。
この建物の扉の向こうに1体いるようだ。他のゾンビは離れているようなんだが、今までの建物と違ってこの街は偽物だからなぁ。
次に近いゾンビの位置を探って建物が異なることを確認したところで、レディさんに突入することをハンドサインで示す。
鉄パイプを担ぐように持ったところで扉を蹴破った。
中に入ると同時にゾンビの位置を確認する。
ゾンビに向かって駆け出すと、俺の存在に気付いたゾンビが体をこちらに向けて両腕を突き出してきた。
鉄パイプを振り上げ、右にゾンビを避けながら左腕だけで鉄パイプを振り下ろす。
ガツン! と言う感触がいつもより弱く感じた。直ぐに鉄パイプを引いて倒れたゾンビに再度振り下ろす。
「2度打ち込むのを初めて見たぞ」
「打ち下ろした時にゾンビの頭が予想外に動いたんです。打ち込みが弱かったので再度攻撃した次第です。次はこの隣に向かいます」
慢心したのかな? 出来て当たり前と思っていたのかもしれない。
やはり目標に正確に振り下ろす距離感を養うために、練習を日々行うしかないようだ。
6体目を倒すと、コオロギの鳴き声が聞こえなくなった。この訓練施設はクリアーと言うことになるんだろう。
それにしても、ゾンビの装備が俺達と同じなんだよなぁ。
訓練中に襲われたのだろうか? 銃を手にしていないだけだが俺達と同じようにSPCを戦闘服の上に着用している。
マガジンが残っているし、グレネードポーチには手榴弾が入ったままだ。
「銃で手榴弾を撃ったら、爆発するんでしょうか?」
「試そうなんて思うんじゃないぞ。たぶん爆発すると思うが、中隊に確認した方が良さそうだな。町や建物内ならさすがに装備を外してはいるだろうが、フィールド訓練中にゾンビに襲われたならこいつらと同じような装備をしていたはずだ。次も同じようなコンバットタウンだ。……少し休んでから出掛けようか」
町の中は物騒だから、町から離れた通りの真ん中にバイクを止めて小休止。
タバコに火を点け、レディさんがポットを掲げたからバイクのバッグに入れといたナップザックからシェラカップを取り出して半分ほど入れて貰う。スティックの砂糖を1本入れて冷めるのを待つ。
「次のコンバットタウンは面白いぞ。コンテナで作った迷路にような場所だ。私も1度だけそこで訓練をしたんだが、教官にたっぷりとペイント弾を浴びせられたよ」
港の一角を似せてのかな?
コンテナの迷路は面白そうだけど、規模が大きいと方向感覚がマヒしそうだ。
常に自分の位置を確認しながら、まだ確認が出来ていない場所の敵を見付けて対処する訓練なのかな?
でも、コンテナに上ってしまえば、簡単そうに思えるんだけどなぁ。
次の目的地はこのまま道なりに進めば良いらしい。
一服を終えてバイクで向かう。
道路は砂利が敷いてあるだけだ。それほど草が生えていないのは、たまに除草をしていたに違いない。
今後除草するのはずっと先になるだろうから、この道は消えてしまうのかもしれないな。
『左手にコンテナ群が見えてきました。あれですか!』
『そうだ。おもしろそうだろう?』
整然としているようで、そうでもない。あのようにコンテナを配置した人物はきっと迷路好きな人物だったのだろう。
コンテナ群から20mほど離れたところにバイクを止める。
エンジンは切らずのバイクを降りると、コンテナに近づいてゾンビの声を聴いてみた。
「いますね。2体……、いや3体です」
「先ほどと同じように撲殺するのか?」
レディさんの眼が笑っているんだよなぁ。ここで訓練したからだろう。コンテナとコンテナの間隔がコンテナ1個分ほどだ。いつ飛び出してくるか分からない状況下では、さぞかし神経を消耗することになるだろう。
「訓練ではありませんから、短時間で済ませましょう。これで行きますよ」
鉄パイプをその場に置くと、背中に回していたM4カービンを外して銃口にサプレッサーを取り付けた。
「ここで白兵戦の訓練も行うのだ。その選択は考えてしまうな」
「そんなことは無いですよ。ちょっとエンジンを止めてきますね」
バイクのエンジンを切り、鉄パイプをバイクに立て掛けた。
左手で銃を握り、レディさんのところへ走った。
「どこからでも入れるがゾンビの位置は分かるのだろう?」
「向こうも動いているようです。ここから抜け出せなくなってるのかもしれませんね」
「面倒だな。後方警戒は私がしよう」
「いえ、少し離れた場所で状況を見ていてください。この中から出てくるゾンビがいないとも限りません」
「1人でやるつもりか! さすがにそれは死地に向かうようなものだぞ」
真剣さを通り越して怒っているんだよなぁ。
そんなに危険とは思えないんだけど……。
「ご心配には及びません。それでは行ってきます」
すたすたとレディさんの元を離れて一番近くのコンテナに向かった。
再度銃を背負ってコンテナを登る。
コンテナの上に登り切ったところで、レディさんに手を振ると、呆れた表情で俺を見ていた。
ゾンビがコンテナの迷路を徘徊しているなら、コンテナの上から安全に狙撃が可能だ。
さて、最初のゾンビは……、あっちだな!
コンテナの上をあまり足音を立てないように進んでいく。
コンテナの間を彷徨っているゾンビを頭上から狙撃。
10m程度の距離だからしっかりとヘッドショットが出来たけど、このくらいの距離ならヘルメットを貫通出来るんだ。
ダメなら少し考えないといけなかったんだが……。
『サミーからレディさんへ。1体倒しました。次に向かいます』
『了解。パット達も順調のようだ。ここを終えたら昼食にするぞ。コーヒーを沸かしておくからな』
なら、頑張らないといけないな。
次は、あのゾンビか……。
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今日予定していた施設群からゾンビを掃討したところで、管制建屋に戻る前に近くの町の様子を見ることにした。
町に見えるけど、レディさんの話では各種の専門学校が集まった区域ということになるらしい。
海兵隊の軍楽隊の本拠地もあるというんだから驚きだ。
「海兵隊と言う組織に必要な各種のスキルを学ぶ場所ということなんでしょうか?」
「その認識で問題ないだろう。ここで訓練できないのは艦船と揚陸艇ぐらいなものだ」
余計に分からなくなるんだよなぁ。
「海兵は良いぞ!」とウイル小父さんに言われ続けられたから、ある意味洗脳されているのかもしれないけど、海兵隊とはそもそも何なのかを俺が理解していないことは間違いなさそうだ。
だいたい何で軍艦や戦車を持っているんだろう? それに戦闘機さえ持っているんだからなぁ。
持っていないのは、潜水艦に宇宙ロケットぐらいじゃないのか?
他の陸軍や海軍、それに空軍との役割分担がかなりあいまいに思えるんだよなぁ。
せっかく、ここに来たんだからその辺りの事を教えてもらう必要もありそうだ。
問題の町に行ってみたら、近寄るだけでゾンビが沢山いることが分かった。
統括型もいるみたいだから、あまり近付かずに戻ることにした。
少なくとも、何度かジャックを仕掛けないとなぁ。それで統括型が建屋の外に出てくれると助かるんだけどね。
管制建屋に戻ると、エントランスでエディ達が寛いでいた。レディさんはオルバン軍曹を伴って研修建屋に向かったから、今日の結果報告と明日の計画を調整してくるのだろう。
エディの隣に腰を下ろすと、七海さんがコーヒーを渡してくれた。
「サミーの方はどうだったんだい?」
「枠だけで出来た町の一角があったよ。レディさんはコンバットタウンだと言ってた。その次はコンテナを使った迷路だったよ。ゾンビが中にいなかったから倒してきたけど、どちらも数体と言うところだね」
「あの場所ね。でも、ゾンビが隠れているとなると面倒なんじゃないかしら?」
「私達もやったことがあるけど、ペイント弾をあちこちから撃たれるから、後で洗濯が大変だった」
マリアンさん達はやったことがあるみたいだな。他の3人が真剣な表情で聞いているところを見ると、まだやっていないということなんだろう。
エディ達は、やって見たそうな顔をしているんだよなぁ。
「こっちは、ジャックを仕掛けて状況監視だったな。ジャックを仕掛ける前と炸裂後を確認するから結構時間が掛かってしまった。案外明日も同じ町かもしれないな」
1度で全部倒すことが出来ないからなぁ。2度、3度と繰り返すことになるだろう。
中隊の方も道路の反対側の町でジャックを使ってゾンビを駆逐しているみたいだからね。
「明日は新年なんだよなぁ。最初の日ぐらいは休暇で良いと思うんだけどね」
作戦自体はそれほどきつくは無いんだろうけど、毎夕軍曹達がエディ達の訓練をしてくれている。
その訓練がきついらしい。マリアンさん達も、訓練が終わるとぐったりしてしまうんだからなぁ。
その点パット達にはそこまで訓練をさせないんだよね。
性差別だ! なんてニックが叫んでいたけど、俺もそれで十分だと思う。
積極的に相手を攻撃できずとも、自分の身を守れれば十分だ。
今のところドローンのパイロットだからなぁ。安全な場所で俺達を支援してくれれば十分に思える。
「サミーも夕方は車の運転操作の訓練をやるんだろう?」
「そうなんだよ。あれ以上上手くなる必要があるんだろうかと考えてるんだけど、レディさんが納得してくれないんだよなぁ」
俺の言葉に全員が首を振るのはどういうことだ?
ハンヴィーではなく、駐車場にあったジープモドキを使って広い基地内の林間コースを走るのが俺の訓練なんだけど、整備兵が必ず俺の後ろをごつい4駆で付いて来るんだよなぁ。
「この基地内にサミーの名の付いたプレートが10枚を越えてると言ってたぞ。まだギヤチャン時の度にギヤ位置を確かめてるのか?」
「レディさんがカンカンに怒ってたから、ちょっと不安だけど見てないよ。俺の運転技術にあの車が追従できないんだよなぁ。昨日はカーブから飛び出したけど、あれはカーブが悪い。直角だったからね。それに下が小石だらけだった」
溜息を吐いてエディがコーヒーを飲んでいる。
「ナナに運転を教えた方がアメリカの将来は安全に思えて来たよ。それにしても、バイクをあれだけ乗り回せるのに、なんで車はダメなんだ?」
エディの呟きに皆が頷いているんだよなぁ。
俺の技術が高尚過ぎて理解できないんじゃないか?
「そうかな? 結構上手いんだぞ。エディを助手席に乗せて一周してこようか?」
「あのプレートが1週間増えなかったら乗せて貰うよ。整備の小父さん達が、沢山作ってたぞ。『この基地の名物が出来た』と言ってたよ」
「あのプレートに番号が付いてるでしょう? あの番号を巡るランニングなんて将来やりそうね」
「順不同も良いところだ。やり方によっては20kmを越えるランニングになりそうだぞ」
クリスの言葉にニックが言葉を繋げる。
途端に皆の笑い声が上がった。
あまり俺で遊ばないでほしいけど、そんなに俺の運転は、エディ達から見ると酷いのだろうか?
車の傷は増えるばかりだけど、怪我はしたことがないんだけどなぁ。




