H-130 鉄パイプを引き摺る音がする
「部屋の中を動いています。数がはっきりしませんが10体には届きません。統率型は右奥です」
扉から体を離して後ろにいる3人に顔を向ける。
小さく頷いてくれたから、状況を理解してくれたということになるだろう。
「歩き回っているということか?」
「そんな感じですが、今までのゾンビと比べて動きが活発ですよ。そうですねぇ……、その辺をうろうろしているゾンビが今までの部屋にいたゾンビで、この部屋の中のゾンビは俺達に襲い掛かってきた時のゾンビぐらいの差があります。
それともう1つ。少なくとも2体は武器を持っていますよ。俺と同じような鉄パイプ、もしくは鉄骨だと思うんですが、床を引き摺る音がします」
「その違いが分かるだけでも助かる話だ。やることは今までと同じ、頭部に銃弾を撃ち込めば良い。問題は統率型だが、他のゾンビと見掛けは変わらんらしい。私達に分からない以上、その対処はサミーに頼んだぞ。
相手が銃を使わなければ我等に分があるだろう。それに、これを使えば短時間なら無力化できるのだろう?」
レディさんが取り出したのは、スタングレネード弾だ。
海軍から聞いた話だからどこまで信用できるかが問題だけど、やってみる価値はありそうだな」
「扉を蹴破ったら中に投げ込む。ゴーグルを付けて耳を押えておくんだぞ。炸裂後に突入する。乱射しても構わんが、制圧後は全てのゾンビの頭部に再度銃弾を撃ち込んでくれ」
スタングレネードの投擲はサムエルさんが行うようだ。俺達が扉の左右に移動して、ヘルメットの上に着けているゴーグルを下ろすと片手に鉄パイプを握ったまま耳を押えた。
俺達の様子を見ていたサムエルさんが扉から一歩離れると、右手にスタングレネードを持ち安全ピンを抜いた。
左手を上に上げて指を3本突き出す。前後に大きく振りながら指を1本ずつ戻していく。
最後に握りこぶしを前に突き出すと同時に、扉に向かって体ごと叩きつけるような動きで扉を蹴破り中にスタングレネードを投げ込むと、素早くデビットさんのいる壁に体を反転させて耳を押える。
ドオォン!
音と光の暴力だ。サムエルさんが体を翻すと同時に目を瞑ったんだけど、目の前でヘッドライトを照らされたような光が襲ってきたからなぁ。音だって半端じゃない。テロ対策では必携だとニックに聞いたことがあるけど、これではねぇ。テロリストを一瞬で無力化できるんじゃないか?
肩をグイ! と引かれて、我に返った。
早く突入しないと……。
部屋の中で銃撃の音がする。単発ではなく連射だ。
パイプを掴んで中に入ると、半分ほどのゾンビがすでに倒されていた。
「右奥だったな?」
「そうです。あの3体が怪しいですね。先ずは……」
その前にいるゾンビに鉄パイプを投げる。
ガツン! と音を立ててゾンビ片眼に鉄パイプが突き刺さる。
ワルサーを引き抜き、奥のゾンビに向かって銃弾を放つ。
3体ともその場に倒れたが……、さて統率型はどれだろう?
ゾンビから鉄パイプを回収して、ゆっくりと3体に近づく。
微かだが、まだ鈴虫の音が聞こえている。やはり頭部の破壊だけでは倒せないみたいだな。
鉄パイプを使って1体ずつ慎重に引き離す。
こいつでは無さそうだ……。
2体目を移動しようとすると、急に鈴虫の音が大きくなった。
「レディさん。見つけましたよ。こいつです。他のゾンビは全て頭部破壊を行いましたよね?」
「終了を確認した。それにしても武器を使うとなれば問題だな。体も他のゾンビに比べて一回り大きいようだ。確かサンプルを取ると言っていたが?」
「これから始めます。出来ればレディさん、これで武器を持ったゾンビの脳内のメデューササンプルを取って頂けませんか」
医療バッグから注射器を1つ放り投げた。
向こうは任せて、こっちだな。
先ずは手足を全て折って……。
まだ胸の中枢神経が生きているはずだから両胸に銃弾を放つ。
ぽっかりと開いた穴から頭部と同じようなピンク色をした粘液状の物体が流れ出した。
注射器を使ってサンプルをとりだし、錠剤を入れるような小さなボトルに入れる。
マジックでボトルに採取位置と日付に時刻を書き込む。
レディさんにお願いしたゾンビの方のサンプルも同じようにボトルに入れたところで保温容器の氷の中に入れておく。
オリーさんへのプレゼントが出来たぞ。
喜んでくれるかな?
再度聞き耳を立てる。
聞こえる範囲では鈴虫の声が無いな。
これで少しは楽にゾンビを駆逐できるだろう。
『……そうです。統率型ゾンビを倒すことが出来ました。……そうでしたか。それは何よりです。引き続き研修棟内のゾンビを倒していきます』
レディさんがどこかと連絡を取っている。
あの感じでは外で指揮をしている少尉ということになるだろう。
「全て順調だ。南東部にゾンビが集まっているのを偵察ドローンで確認し、その後にハンタードローンを使ったらしい。ゾンビの群れが解かれたということだから統率型を始末出来たのだろう。エディ達も頑張っているようだな」
「それでは俺達も早めにこの階を制圧しましょう。まだ部屋が沢山あるんですよねぇ……」
再び、部屋内のゾンビを倒し始めた。
途中、4階を担当していたブラッドさんから連絡があり、4階の制圧完了と2階への移動を俺達に教えてくれた。
「やはり本職は早いですね。でも俺達は確実に行きましょう。まだまだ基地の建物はたくさんありますからね」
「確かに速ければ良いということは無いだろうが、それでも速さは必要だろう。『素早く、そして確実に』が我等のスローガンとしたいところだな」
デビットさん達のおかげで3階の制圧を終えたのは17時10分前だった。
2階の制圧も時間の問題らしい。
1階の方は、エントランスにゾンビが来なくなったということで、通路の奥の制圧を行っているということだが、それももう直ぐ終わるようだ。
「これだけ大きな建物でも、1時間ほどでゾンビを駆逐できるとは驚きです」
「それが武装偵察部隊の実力ということなんだろうな。我等もその名前を頂いているのだ。彼らに恥を欠かせることが無いようにしなければなるまい」
「サミー達なら軍曹が喜んで迎えてくれるよ。まったく、扉の前で中が分かるんだからなぁ。そのヘルメットに秘密があるようだけど?」
近くにゾンビはいないけど、遠くにはかなりの数のゾンビがいるからなぁ。
ヘッドホンからは、コオロギが遠くで鳴いているように聞こえる。
「被ってみますか? この音を聞き分けられれば同じことが出来ますよ」
ヘルメットを外してデビットさんに渡すと、興味深々な様子でヘルメットをかぶり跳ね上げたヘッドホンを装着した。
途端に、俺に視線を向けてヘルメットを外してしまった。
「設定を変えたということではないんだよな?」
「聞いてみたのか? そのノイズがゾンビの出す声らしい。我等には雑音でしかないのだが、サミーはそれを心地良い音だというんだから、世界は広いとしか言いようがないな」
「いたずらではなく、これがゾンビの声だと……。サミエルも聞いといた方が良いぞ。かなり耳障りなんだが、どうやら本物らしい」
「ウエッ! これがそうなのか?」
ヘルメットを返してくれながらサミエルさんが問いかけてきた。
「そうですよ。俺には良い音なんですけどねぇ……」
「耳鼻科に1度行った方が良いぞ。それとも脳外科かな?」
そんなことを言ってるから、レディさんが大笑いを始めた。
「笑わさないでくれ。確かに我等にとっては雑音以外の何物でもないんだが、日本人にはそうではないようだな。外にも同じように聴き分けられる民族がいるらしいぞ」
「変わった民族だと思っていたが、エイリアンの子孫ではないだろうな?」
「怪我をすれば赤い血が出ますよ。それに尻尾だってありませんし、額からアンテナも出てないでしょう?」
とりあえず同じ人間だと認識して貰わないとな。
そんな話をしていると、レディさんがトランシーバーを取り出した。
通信が入ったのかな?
『レディです……。了解しました。それと依頼をして頂きありがとうございます』
通信が終わったらしく、トランシーバーを胸ポケットに戻しながら俺達に顔を向ける。
「研修建屋のゾンビ掃討を完了したとのことだ。両手を上げながらゆっくりとエントランスに向かって歩いて欲しいと連絡があった。それと、長距離連絡機が飛行場に着陸する。回収したサンプルをオリーの元に運んでくれるぞ」
「両手を上げるだけで良いんですね? 『撃たないでくれ!』と言わなくても良いんですか?」
「テレビの見過ぎだ。他の軍隊は分からんが海兵隊は武器を持たぬ人間に発砲するようなことはしないぞ」
レディさんの話にデビットさん達も頷いている。
先ずは撃ってみるのが基本だと誰かに聞いたことがあるんだけどなぁ……。
5分後に無事にエディ達と再会できた。
エントランスに足を踏み入れた時、一斉に銃口がこちらを向いた時にはちょっと驚いたんだけどね。
「こっちは何事も無かったみたいだね」
「たまに出て来るんだ。だけど俺達が銃を構える前に、誰かが倒してしまうんだよなぁ。サミーより腕が上だと思うよ。全てのゾンビが1発で頭に穴を開けてたからね」
「俺の方も上手く行ったよ。統率型ゾンビからサンプルが取れた。もう直ぐ飛行機が来るらしい。オリーさんのところに届けてくれるとレディさんが教えてくれた」
西を見ると、綺麗な夕焼けだ。
明日も晴れるに違いない。
エディ達と一服しながら、管制建屋に向かって歩き出す。
今日の予定はこれで終わりになるんだろうな。




