H-013 ロッキーの冬の始まり
ドラッグストアから調達した最後の品がトイレットペーパーだったのには驚いたけど、毎日消費するものだからね。2人で何度も往復して在庫を全て貰った感じだ。ついでにティッシュペーパーも運んだ。これだけあるなら3年ぐらいは持つんじゃないかな。
ドラッグストアから診療所に向かう前に、ニック達とトランシーバーで連絡を取る。
ニック達も色々と集めているらしい。大工道具を運んでいると教えてくれたけど、あのログハウスを増築するんだろうか?
まぁ、あって困る代物でもないし、トンネルのような車庫があるから置く場所に困ることもない。
次は12時に連絡を取り合うと約束して、診療所に向かうことにした。
途中の教会に沢山のゾンビが動いていた。
ゾンビになっても礼拝をするということもないだろうから、教会に集まった人達をゾンビが襲ったに違いない。
ゆっくりと車を走らせたから、此方に向かって来るゾンビはいないようだな。
「その場にずっといるというのも考えてしまうわね。ゾンビは生きてる人見付けて襲うんでしょう?」
「その辺りが良く分からないんです。何かのきっかけがあるんでしょうけどねぇ……」
音に反応するのは間違いないんだが、視力はあまり良くないように思えるんだよなぁ。襲ってきた時も、走って逃げれば何とかなりそうだ。
町外れにある診療所の駐車場に車を止めて、周囲を素早く確認する。
ゾンビがいないことを確認したところで車を降りた。
さすがに診療所内にはいるだろうな。
慎重に玄関に近づいて待合室を覗き込むと、床に2体が転がっていた。ウイル小父さん達が倒したゾンビだろう。
それ以外には……。いないようだな。
車に体を向けて手を振ると、オリーさんがゆっくりと歩いて来た。
「2体、倒れてます。外には待合室にはいないようです。目的は何ですか?」
「ウイルさんが倒したゾンビね。手術室の器具が欲しかったの。狩猟が盛んらしいから、多分あると思うんだけど……」
きちんとした手術室は無いんだろうけど、流れ弾に当たっての銃創位はここで処置したかもしれないな。さすがに重傷者はヘリコプターで緊急搬送するんだろうけど。
待合室の廊下を進むと、治療室の扉をゆっくりと開いて中の様子をうかがう。
ゾンビはいないようだ。2人で中に入り、傍らのベッドのシーツに使えそうな品物をどんどん詰めこんだ。
最後に薬品棚から、オリーさんが手早く薬品をリュックに中に詰め込んでいく。
ドラッグストアに無くて、診療所にある薬品ということなんだろう。
麻酔薬辺りか?
「さて、ウイルさん達と合流しましょう。サミーはなにか欲しいものがあるのかな?」
「特に無いですねぇ。強いて言うなら、ゲームソフトですけど、ニックに頼んであります」
「冬は長いから……。確かに余暇を楽しむ物は必要になるでしょうね」
トラックに乗ったところでニックに連絡を取ると、向こうもどうやら調達を終えるとのことだった。合流はレストランの駐車場ということになったから、先に向かうことにする。
少し車を走らせると、オリーさんが通りの店の前に車を止めた。
なんだろうと顔を向けると、「本屋さんよ」と教えてくれた。
読書を楽しむということかな?
それなら俺も何冊か選んでおこう。
周囲を見渡し、ゾンビがいないことを確認したところで俺が先に店に入る。上手い具合にゾンビはいない。
オリーさんを呼んで、2人で30冊近くの本を車に積み込み、今度こそレストランに真っ直ぐに向かう。
「遅かったんじゃないか?」
ウイル小父さんのトラックの隣に車を止めた途端、ニックが窓を開けて声を掛けてきた。
どうやら10分ほどここで待っていたらしい。
「ちょっと本屋に寄ってきた。推理小説を沢山貰って来たよ。焚火を囲んで読むのに丁度良い」
「推理小説ならメイ達も喜びそうだな。ニックも読んだらどうだ? 本嫌いで困った息子だと母さんが言ってたぞ」
「誰にだって好き嫌いはあるよ。俺は偶々それが本だったってことさ」
強がりを言ってるけど、パットは本好きらしい。
共通の話題を持てば、もっと仲が深まると思うんだけどなぁ。
直ぐに車が動き出す。さぞかし皆が心配しているに違いない。
「こんなにたくさん持ってきたの! さっそく読ませて貰って良いかしら?」
オリーさんと一緒にリビングに運び入れた本は、壁の一角の棚をほとんど占領してしまった。
確かにまとまると、ちょっとした読書コーナーに見えるな。
「どうぞ、どうぞ。俺は後でゆっくり読ませて貰いますが、犯人を教えないでくださいよ」
「そうね。どうしてもわからない時には教えてあげなくもないわよ」
メイ小母さんがそう言うと1冊の本を取り上げた。
ゆっくりと読むつもりなんだろうな。
リビングの真ん中の焚火の周りに集まると、先ずはコーヒーで一息入れる。
俺達はタバコに火を点けて、ウイル小父さんの話を待った。
「食料もだいぶ運んだし、ガソリンスタンドの残っていた携帯缶にも燃料を詰め込んで運んできたからなぁ。十分にこの冬を越せるだろうし、万が一この地を離れる際にも燃料に苦労せずに済むだろう。
合衆国の状況はかなり危機的な状況になってきたようだ。
コロラド、カンザス、ニューメキシコ、それにネブラスカとオクラホマからは全ての軍が撤退したようだ。まだ住民が小さなコミューンを作っているらしいが、食料補給の望みは絶たれたようだな。
最終防衛線となるミシシッピー河の西にもかなりの部隊がいるらしいんだが、続々と東に移動しているとのことだ。東岸部のラジオ局の放送によると現時点で人口は半減しているとのことだが、現実はそれよりも少ないだろう。
上空の軍事衛星からの偵察では地上にまだ沢山の発熱反応があるとのことだが、果たしてそれがまだ頑張っている人間かどうかまでは判別できない。
念の為に、ミシシッピーより西の原発は全て停止させたということだが、西海岸の州にもあるからなぁ。あっちはまだそれほどの被害が無いらしい、ロッキーを越えてくる連中を全て一時拘束して噛まれた跡がないことを確認しているらしいぞ」
「2割も残れば上出来じゃわい。それにしても外国の侵略以外にも国が亡ぶということはあるんじゃな」
ライル小父さんが感慨ぶかげに呟いている。
「外国はどうなんでしょう?」
ナナが大声を上げた。
両親が暮らす日本が気になってしょうがないんだろう。
「拡散し始めた。飛行機なら短時間でいろんな国に行けるからなんだろう。日本を含めたアジアでも始まったようだ。人口密度が高いだろうからたちまち広がっているとのことだ」
「そうですか……」
力ない声を出して、うつむいている。泣いているのかな? 肩が震えているから、オリーさんがナナの肩を抱いて慰めている。
「全世界に広がってしまいましたか……」
「ああ、パンデミックってことだな。原因を調査しているらしいが、分かるとも思えん。それを理由に合衆国は責任追及を逃れるつもりかもしれんな」
「ここまで広がったなら、責任どころではないじゃろう。国そのものが無くなることも考えねばならん筈じゃ」
資源の争奪戦がこんな形で終わるとはなぁ。文化自体も衰退することになるんだろうか?
どれほどの人間が残るかで、その後の復興が決まりそうだ。
それには、現在進行しているこの災厄を早期に治めねばならないんだけど……。
「状況は仲間やアマチュア無線家が教えてくれるが、それを鵜呑みにも出来んだろう。相互の情報を整理して正しい情報を掴むしかあるまい。希望的観測で情報を改ざんするようなことはしないが、あまり悲観的になるのも良くないぞ。10日も過ぎれば根雪になる。来春まで、この地にやってくる者もいないだろうが、ゾンビも動けなくなるはずだ」
のんびり無線通信でも聞いて暇をつぶすか……。
リビングでジッとしてるのも飽きてしまうだろうからなぁ。
何かしていれば、難しいことを考える事もない筈だ。
町へ調達に向かった日から6日目の朝。
リビングに行くと、ライルお爺さんが薪ストーブ傍の椅子の腰を下ろして窓の外を眺めていた。
「真白じゃわい。外には出られんぞ」
「ついに根雪ですか! 来春までこの状態が続くんですね」
「この歳になっても、雪を見ると嬉しくなるのう。まだそれほど深くは無いから狩に行くのも良いんじゃが」
「鹿狩りですね。熊は何時頃狩るんですか?」
「鹿なら初冬、熊なら初春じゃな。冬眠明けのクマなら倒すのも難しくないぞ。鹿は連れて行ったが、熊はまだ連れて行ってなかったのう」
「面白いぞ……」と講釈を始めるところに、メイ小母さんが俺達に湯気の立ち上るコーヒーを運んで来てくれた。
「また狩の話? 熊は食べられないから、つまらないわよ」
そういって台所に戻って行ったから、ライルお爺さんと俺は顔を見合わせて苦笑いだ。
「まぁ、男同士の友情は熊狩りで培うものじゃ。サミーもニック達と出掛けることだな。ウイルを案内人にすれば1頭ぐらいは狩れるじゃろう」
戦利品は毛皮ってことかな?
床に敷いても壁に飾っても良さそうだ。
この騒ぎが終わったらエディを焚きつけてみよう。
来春まで晴れる日はあまり無さそうだ。
そうなると山小屋の電力が問題になるんだが、さすがに小さな発電機でも一日中エンジンを掛けておくことは出来ないそうだ。
その為に今日から、別の手段で電気を作るという事らしいんだけど、話を聞いている内に、だんだん怪しい話に思えて来てしまった。
何と、蒸気機関で発電機を動かすってことだったからなぁ。
「石炭は曽爺さんの鉱山から採れるし、水は豊富だ。昔の代物だが、未だに使えるぞ。新しいエンジンを開発するのも結構だが、やはり近代科学の礎となっただけの事はある。俺にも修理ができるんだからなぁ」
「ワシが教えてやったからじゃろうが。もっともワシも、お前さんの親父に教えて貰ったんじゃがな。そうやってこれからも代々受け継がれていくんじゃろうな。ワシが監督するからニック達に動かして貰おう」
思わず俺達が自分の顔を指差したから、パット達が大笑いをしてるんだよね。
そっちにはおもしろいかもしれないけど、俺達にとっては晴天の霹靂だ。
ちゃんと動くんだろうか?
「後でコーヒーを運んであげるわ。でも、蒸気機関って昔の機関車みたいなものでしょう? そんな大きなものをあのトンネルの奥に置いてあったかしら?」
「大きくはないさ。だが動けば何時でもシャワーを浴びれる。復水器が大きいからなぁ。親父達はそこからシャワーを引いたらしいぞ。もっとも直接ではないとは言ってたけどな」
見ればわかるということで、朝食が終わった俺達はライルお爺さんの案内でトンネルに向かうことになった。
世界はパンデミックで大騒ぎらしいが、俺達には別の苦労がありそうだ。