H-128 統率型ゾンビの組織を採取できるかも
「さて、屋上へはヘリボーンで十分だろう。幸いにもこの基地にはたくさんヘリがある。動くかどうかは分からんが、ダメな場合はオスプレイを使うことになりそうだ。高度が高くなるがレディ達は大丈夫かな?」
「20mほどでしたら、リぺリングの経験があります」
少尉の問いにレディさんが答えた。
「伍長は最初のヘリボーンでオーストラリアンを行ったと聞いたから問題は無さそうだ。となると、サミー伍長は最初の2人の仲に含められそうだな。レディ軍曹はリぺリングで最後で良いだろう。もっとも、ヘリが使えるならファストロープで行けそうだ」
「2年も野ざらしだったヘリが使えるのですか?」
「レディ達がゾンビを掃討した格納庫に3台駐機してあったそうだ。上手く行けば使えるだろう。現在整備兵が確認している。これが研修棟の屋上だ。最上階の部屋の配置はこうなっている。
屋上の扉から、突入して4階各部屋のゾンビを掃討することになる。屋内戦は得意だったな?」
「任せてください。ところで屋上出入り口は施錠してある可能性が高いと思われますが?」
「爆破するしかなさそうだ。マスターキーは室内の扉なら有効だろうが、さすがに此処は鉄扉だったからな」
「了解です。マスターキーは2人荷持たせてありますから十分でしょう」
「ブラッド軍曹の担当で一番問題になるのが、統率型ゾンビの存在だ。そのゾンビを判別できるものが今のところサミー伍長のみだからなぁ。特殊な装置を使えば目で見ることも出来るらしいが、長時間携行するほどになっていないようだ。それに視野が制限されてしまうらしい。屋外ならともかく屋内では致命的になりかねない」
「部屋の突入に際してはサミー伍長に確認を取るということですね?」
ブラッド軍曹の言葉に、しっかりと少尉が頷いた。
「全く変わった能力だよなぁ。おかげで助かることも確かだが」
「能力と言うより、日本でずっと暮らしていたからでしょうね。それに工作船で作って貰ったこの装置がありますから。さすがに俺でも生身ではゾンビの声を聴きとれませんよ」
とはいえ欧米人が使えばただのノイズということだからなぁ。ノイズの強弱ぐらいは聞き取れると思っていたんだが、ノイズはノイズだとレディさんに言われてしまった。
どうやら人間にはノイズを無視する能力があるらしい。煩い中でもその音を無視することで仕事を継続できるらしい。
もっともそれほど長い時間は無理なようだ。
「ライフルには全てサプレッサーを取り付けて欲しい。ゾンビは音に反応する。少しでも銃声を小さくすれば遠くのゾンビが動き出すことは無い。それと、海軍から聞いたのだがスタングレネードを使えば、短時間ではあるがゾンビが混乱するらしい」
「なるほど……。全員が1個はベルトに下げているはずだ。2個持たせるとしよう。他の軍曹にも伝えておくよ」
「サミ―伍長からは、何かあるかな?」
「1つお願いというか……。この建屋は明かりが点いてますね。ソーラーパネルで発電していると思うのですが、それなら冷蔵庫に氷があるはずです。上手く統率型ゾンビを見付けて倒すことが出来たなら、その場で組織を採取したいのですが……」
皆が一斉に俺を見るんだよなぁ。
そんな怖い目付きで見ないでほしい。根が小心者なんだからねぇ。
「救急セットに注射器がありましたね。それが使えるかもしれません。サミー、サンプルはいくつ採取するのだ?」
「頭と両胸の3つです。オリーさんのところに送れば喜んでもらえると思いまして……」
「大喜びするだろうな。ここにいたならハグしてキスぐらいはしてくれるだろう……。
サミーの話にあったオリーは我々と一緒に暮らしていた大学院生なのだが、今では大統領傘下の研究所でゾンビの研究をしている。彼がサンプルを届けたいのはその研究所になる。蛇足だが、サミー伍長はその研究所の研究員でもあるのだ」
「それでゾンビに詳しいと言うことか。とはいえ俺達の仲間でもあるんだから頼もしいことだな。キャルル、レスキューセットを物色して注射器と容器を探してくれ。それと出来たらクーラーボックスもだ」
うまく行けば貴重なサンプルになる。
危険だけど、それに見合った対価を得ることが出来るに違いない。
「全くこいつの常識を疑いたくなることが多々あることは確かだ。本来なら自由に行動させてやりたいところだが、そんなことを言おうものならゾンビの群れに飛び込んでいきそうだからなぁ……」
若者はしょうがないと言う目で小隊長が俺を見てるんだよなぁ。
いくら何でもゾンビの群れには突っ込まないぞ。数体なら突っ込むかもしれないけど……。
「海兵隊としての素質は十分ということか。そのワッペンにも恥じることは無いだろうな。俺達の部隊にずっと置いておきたいところだが、上の方はどうなんだろう?」
「睨み合っているようにも思える。統合作戦本部も欲しがっているし、先程の研究所もそうだ。だが、少将殿が手放すとは思えんな」
レディさんの言葉に、皆が笑みを浮かべる。
そんなに欲しがる人材ではないと思うんだけどなぁ。基礎訓練が出来てないから、足を引っ張りかねないくらいなんだけど……。
扉が叩かれ、若い兵士が部屋に入ってきた。
「報告します。ドリー軍曹以下2個分隊が到着いたしました。現在ハンヴィーの荷下ろしをしております」
「了解。ドリー軍曹それにもう1人軍曹が来たはずだ。2人の軍曹を呼んでくれないか」
少尉の指示に若い兵士が「了解!」と敬礼をしながら答えると直ぐに部屋を出て行った。
時刻は14時を回っている。そろそろ作戦の準備に取り掛からないといけないな。
オリバンさん達が部屋に入って来る。
少尉に敬礼を済ませると、開いている席に座った。
「諸君には研修建屋周辺に待機して、やって来るゾンビを迎撃して貰いたい。ハンヴィーにM19は搭載してあるかな?」
「8台中6台の銃座に搭載してあります。残り2台はM2です」
M2と言うのは、昔から使われている12.7mmの機関銃らしい。至近距離でゾンビに撃ち込めば胴体が千切れるだろうとライルお爺さんから聞いたことがある。
「十分だろう。指揮はオリバン軍曹に任せたい。増援部隊と一緒に行動してくれ。1530時に仕掛けたジャックが炸裂する。場所は、ここになる。持って来たジャックを全て使うことになるが、今回の輸送で運んでいるから次の作戦にも使えるはずだ」
「ここですか……」
オリバンさんが素早く持参した地図にジャックを仕掛けた位置を書き込んでいる。
「ところで、サプレッサーは持っているんだろうな?」
「全員が所持しています。さすがにM2にはありませんが、ゾンビの数が少なければサプレッサーを付けたM4を使います」
「最後に、スタングレネードを用意して欲しい。短時間ではあるがゾンビを混乱させることが出来るそうだ。
最後に、今回の作戦目的は研修棟に潜む統率型ゾンビを倒すことだ。併せて研修棟内のゾンビを始末する。
作戦開始は1600時。仕掛けたジャックの炸裂を合図に武装偵察部隊2個分隊がエントランスに突入。エントランスにいるゾンビを始末する。
同時に、屋上へ1個分隊をヘリボーンさせて、4階から各室に潜むゾンビを始末していくことになる。私は君達と一緒に全体指揮を執るつもりだ。以上、質問はないかな?」
「ありません。それにしても研修棟ですか……」
オリバンさんもあの研修棟で色々と学んだということなんだろうな。
あまり破壊しないようにしなければいけないのかもしれない。さすがにエントランスは悲惨なことになりそうだけどねぇ……。
「さて、我々も準備するか。それで、結局ヘリは使えるのかな?」
「まだ確認中とのことだ。ヘリが使えなければ予定通りオスプレイを使ってくれ」
席を立ってエントランスに向かう。
エントランスで銃を持って待機していたのは整備兵の人達だった。
数人しかいないようだけど、ヘリの整備を継続しているんだろうか?
「済まんが、後を頼んだぞ」
「任せてください。そっちの方で大きな音を立てるなら、こっちには来ないと思いますがねぇ」
曹長の襟章を付けた整備兵が少尉に大声で応えている。
海兵隊は全員が戦えると聞いたことがあるけど、整備兵達もそれなりの腕を持っているに違いない。
「ボルトン、状況は?」
「ジャックの設置を実施中です。途中で何体かゾンビを倒したと連絡がありましたが、銃声で集まって来るゾンビはいないとのことでした」
「了解。今のところ順調だな」
地図を見ながら、研修棟外側の防衛体制をオリバンさんと話している。
まったく来ないということは無いだろうが、予想より多かったらどこで第2線を構築するかまで話しあっているようだ。
エディ達がハンヴィーから手を振っている。近くに俺が使っていたバイクが止めてあったから鉄パイプを回収しておいた。
2分割だから、革のスリングで纏めておく。M4カービンはテレスコピックのストックを短くして背中に担ぐ。
エディ達と一服していると、キャルルさんがポットを持って来てくれた。コーヒーが入っているのかな?
「これが依頼の品です。中にたっぷりと氷が入ってますよ。保温タイプですから1日ぐらいは融けないと思います。それとこれが注射器ですね。錠剤を入れる小さなボトルがあったのでそれも持ってきました。さすがに注射針で吸い出すことは出来ないでしょうから、ナイロンのパイプもこの中に入ってます」
ポーチに一式揃えてくれたみたいだ。
ポーチはベルトに着けておこう。ポットは……、ベルトに下げられるように大きめのカラビナが付いているから、とりあえず下げておくか。
「コーヒーじゃなかったのか」
「統率型ゾンビがいるのが分かっているからね。さっさと倒したところでサンプルを取り出すんだ」
「オリーさんが喜ぶんじゃないか? だけど、気を付けて採取してくれよ。前に採取した時のように手足を折ってからやるんだぞ」
ありがたい忠告をしてくれたエディに笑みを浮かべて頷いた。向こうにいるレディさんが俺を手招きしている。
出発するのかな? エディ達に手を振ってその場を後にした。




