H-106 大佐殿がやって来た
「何だと! 本部から連隊長がやって来るだと!!」
「少将が来たがっていたが、さすがにそれは問題だと認識したようだな。気心の知れた部下を送ることで納得して頂いたと聞いている」
「来る理由は……。まぁ、俺がその立場であったなら、そうするだろうな。だが、少し早いんじゃないか?」
「さすがに、直ぐに引き抜けるとは考えてはおるまい。統合作戦本部も動いているようだ。案外、互いに手を出せぬ状態になるやもしれん。他人事ではあるが、結果によっては我等の今後にも影響しかねない」
「それはそうなんだが……。やはり、少し早いんじゃないか?」
朝早くに中隊本部から呼び出しを受けたレディさんが、山小屋に帰って来るなりウイル小父さんと話を始めた。
どうやら、お偉いさんがやって来るらしい。
状況視察でもするのかな? まぁ、それなりに順調に作戦は推移しているからね。
「あれを使うしかないだろうな。さすがは大統領、これを見越していたということなんだろう。それで何時やって来るんだ?」
「明日の正午にはグランビー飛行場に到着するだろう。宿舎は中隊本部が用意するが、午後の会議を此処で行いたい。可能であれば夕食も提供して貰えると助かる。中隊本部はレーションだからなぁ」
「それぐらいは構わんが、取り巻きは何人だ?」
「5人で来るそうだ。中隊からは中隊長と曹長、それに私が出る」
「俺のところは……、俺とエンリケ、それにサミーで良いだろう。外野席も用意して置くが20人程度になるぞ」
「先ずは顔見せで十分だろう。向こうの考えを探る事が大事に思える」
「全く……。だから軍曹で終わりにしたんだがなぁ」
ウイル小父さんの溜息交じりの呟きに、レディさんが苦笑いを浮かべている。
要するにウイル小父さんは現場の人と言うことになるんだろう。
だけど、わざわざやって来るというんだからなぁ。
俺達は互いにかを見合わせて首を振るばかりだ。
そんな俺達に、急にウイル小父さんが顔を向けた。
「まぁ、そんなわけだ。来客ともなればレーションと言うわけにもいくまい。マリアン達を連れて、鹿狩りをしてこい。イノシシでも良いが、熊は止めておくんだな。狩れなかったら、明日は朝から釣りだからな」
途端にエディの顔が輝いた。
直ぐに出掛けようとした俺をレディさんが引き止める。
「近距離狙撃の名手はいらんだろう。残って明日の話をするぞ」
「次は連れて行くからな。サミーに教える為にも、何頭か狩って来るよ」
エディが笑みを浮かべて俺を諭すように言ったけど、俺を弟のように思っていないか?
ちょっと膨れた顔を向けると、余計に笑みを深くしてニックの肩を叩いてリビングを後にした。
「これでゆっくり話が出来るな。ところでエディ達の狩りは危険ではないのか?」
「2人とも経験がある。用心棒としてマリアン達が同行するならゾンビと遭遇しても問題は無いだろう。それに山でゾンビを見たことは無いからな」
「なるほど」と言った表情をしていたレディさんが、元に戻した顔を俺に向ける。
「サンフランシスコの本部から大佐クラスの人物がやって来る理由はただ1つ。サミーのヘッドハンティングだ。今までの実績を見れば欲しがるのも無理はない。サンフランシスコの島をどうにか確保してはいるが、じり貧であることも確かだ。となると……」
「資材調達が急務と言うことですか。サンフランシスコ湾の周囲にはたくさんの倉庫があるはずですが?」
「食料と銃弾類は問題が無いらしい。艦船、特に軍艦が一番消費するもの、それは燃料だ。空母については原子力機関があるから当座の心配は無い。少なくとも20年は持つだろう。だが多くの軍船はディーゼルエンジンだからなぁ。しかもタービンエンジンだから、燃料消費が半端じゃないんだ」
それは早めに係留しといた方が良いんじゃないかな。
港ならそれなりに燃料貯蔵はしているはずなんだが、消費量を考えると長くは持たないという事なのだろう。
となれば、他の港からの調達という動きになるに違いない。
「それは、東の政府機関も同じに思えますけど?」
「上手い具合に、大型タンカーを幾つか手に入れたらしい。それに軍船も太平洋から比べれば少ないからな。だが、東海岸の港を何度も偵察して無事な燃料タンクを見付けているらしいぞ」
「将来的には燃料不足で軍艦が全て動かなくなりそうですけど?」
「アメリカには2つの油田がある。カリフォルニア湾とアラスカだ。採掘から生成までのプラントを整備するのも将来の仕事になるだろう」
なるほどねぇ。当座の期間を乗り越えるだけで何とかなるという考えなのかな?
それにしても産油国は凄いよなぁ。燃料消費の大きな自動車や船、飛行機を作るんだから。
日本では、いかに燃費を良くするか考えないといけないからなぁ。
「その調整をするためにここに来ると?」
「どちらかと言うと、アドバイスが欲しいのだろう。サミーの実績をかっているからな」
レディさんが笑みを浮かべているのに対して、ウイル小父さんは苦笑いを浮かべている。
「協力するのはやぶさかではありませんが、それで終わらないということでしょうか?」
俺の言葉に、2人が頷いた。
案外早くに、ここから出て行かねばならないのだろうか? 居心地が良い場所だからなぁ。ずっと皆と一緒にゾンビからアメリカを開放したいと思っているんだけど……。
「直ぐに、と言う事にはなるまい。統合作戦本部のお墨付きもあるからな。だが、明日の会議での対応、それに続く本部の作戦行動によっては早まる恐れがある。だが、ある意味サミーにとっては良いことにも思えるし、現場の兵士達の危険を減らすことにも繋がるだろう」
巣離れということになるのかな。
一緒に七海さんを連れて行ければ良いんだけど……。
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お偉いさん達は、双発機2機でグランビー空港に降り立ったそうだ。
連絡を受けて、メイ小母さん達がコーヒーの準備を始めたようだ。時刻は15時少し前、確かに夕食の準備は必要だろう。
七海さん達が午前中から、エディ達がし止めて来た小鹿を使って料理の下ごしらえをしているけど、メイ小母さん達に任せた方が良いんじゃないかな?
何となく3人で準備の邪魔をしているようにも思えるんだよなぁ。
「テーブルは、これで良いだろう。ベンチは5つ用意したが、外野が多いようなら外から運ぶことになりそうだな」
「最前線の拠点と言えば納得してくれるじゃろう。ワシ等はレストランを開いているわけではないんじゃからな」
「たたき上げならそれで十分だが、大卒士官ともなれば戦場を知らんからなぁ。あまり不満を言うようなら叩き出すか!」
「軍法会議に掛からんようにな」
「慌てて避けるんじゃないか? 実績と結果を重視するからな」
そんな事を言いながら、2人で大笑いをしているんだから困ったウイルさん達だ。
俺達は、邪魔にならないように早々にリビングの端に避難している。
メイ小母さん達も、今日はいつもより上等の服を着てるんだよなぁ。私服でリビング降りてきた俺達を見て、レディさんが支給された夏季迷彩服を着るように注意してくれたから3人ともこれから戦に出るような姿になってしまった。
装備ベルトとコンバットベストを外して、ライフルを担いでいないだけなんだけど、ベルトには拳銃ホルスターを付けているから、広場にゾンビが押し寄せて来ても直ぐに対応は可能だ。
「んっ! やって来たんじゃないか」
外を見ていたニックが教えてくれた。
ハンヴィー3台に乗ってきたみたいだな。あれは燃費が悪いんだけどなぁ。
「来たか! リビングに入ってきたら、教えた通りに敬礼をするんだぞ」
「「了解!!」」
朝から何度も教えられたからなぁ。手の角度と視線にも注意しないといけないらしい。
ベンチから腰を上げると、3人で横に並ぶ。
後は敬礼するだけだ。
最初に入ってきたのは、ルーマン曹長だった。
リビングに1歩足を踏み込んだところで立ち止まり、敬礼をするとそのまま大声をあげる。
「サンフランシスコの海兵隊本部より現地視察にいらしたロバート大佐殿をご案内してまいりました」
「ご苦労。案内を頼む」
答礼しながら、ウイル小父さんが答えている。元海兵隊兵士だけあって堂々としたものだ。
ルーマンさんが入り口から横にずれて、再び敬礼をする。
ウイル小父さんが俺達に視線を向けて小さく頷いた。
俺達が教えられた通り敬礼をすると、ウイル小父さんより少し年上に見える人物が入ってきた。その後ろに数人が付いてくる。最後にリビングに入ったのはエイムス大尉とレディさんだ。
そのままウイル小父さんの前に向かうと、互いに敬礼をしながら簡単な自己紹介をしているようだ。
ウイル小父さんが席を進めて客人が座った事を確認すると、俺の名を呼ぶ。こっちに来いと言うことだな。
「行ってこい。俺達はここで見てるからな」
エディが呟くように言葉を掛けてくれた。小さく頷くとテーブルに向って歩き、再度来客に敬礼をすると、不思議そうな顔をしながらも答礼を返してくれた。
ウイル小父さんの右手がエンリケさんで1つ席を開けてレディさんが座っているから、その開いた席に腰を下ろした。
「デンバー空港への道は順調らしいな」
「恐縮です。今年中には無理かと思っておりましたが、雪が降る前には空港を見ることが出来るかと思っております」
「さすがはウイル殿。噂にたがわんな。本部の誰もが感心しているよ。デンバーを横切って空港に行けるとはな。我等は考えもせずに部隊を送り込んで貴重な兵士を失ってしまった。1年遅れて行動すべきだったと悔やんでいる次第なんだが……」
パット達がコーヒーを運んで来たので、ちょっと話が途切れてしまった。
随行人の1人がプロジェクターが使えるかと聞いて来たので、ウイル小父さんがエディ達を呼び寄せて準備をさせる。
「先ずは、このスピーカーの音を聞いてください。本部に作って頂いた品で記録したものです。先ずはこちら……。次はこちらになります。この音は我等にはノイズとしか言いようがないんですが、この2つの音に違いがあると教えてくれたのが隣のサミー伍長になります。戦時任官ですが統合作戦本部の承認を得ていますから、立派な海兵隊員でもあります」
「サミー伍長については我等も聞いているが、先程の2つは同じ音ではないのかね?」
「レディ伍長です。私から説明いたします。彼は元日本人です。今は帰化してアメリカ市民になっております。日本人は虫の鳴き声を愛でる風習があるとのことです。彼が言うには、ゾンビの声はその虫の中の1つ、コオロギの鳴き声と同じであると。さらに最後にお聞き頂いた音の中には1匹の鈴虫が紛れているとも。その後は推測と言うことになります。大軍を率いるゾンビが予想される、我等は統率型ゾンビと呼称しておりますが、そんなゾンビがいたなら、この鈴虫の声の主がそれではないかと……」
「あれには我等も驚いたよ。声を見る装置等と言うものがあるとは思わなかったぞ。至急作って送ってみた結果の報告書と映像を見せて貰った。さらには群れを作る前に倒す方法まで考えてくれたのだからな。我等も使い始めたよ。おかげで犠牲者を出すことが無くなった。島からゾンビを駆逐出来たと言って良いだろう。統合作戦本部にも状況を伝え、装置の設計図も送ってある。向こうも順調に駆逐を進めているそうだ。
そろそろ私がここに来た目的を果たさねばなるまい。サミー伍長。傍に来てくれないか」
俺達に緊張が走る。命令書と言うことになるのかな?
転属指示ともなれば、ウイル小父さんが反対してくれると思うんだけど……。




