H-104 長いトンネルを抜けると、そこは雨だった
グランビーの町とデンバーの間には3千m級の峰々が聳えている。
直線距離は案外近いんだけど、核の影響が無かったのは東に聳える峰々の賜物なんだろう。
だけど困った点が1つだけあるんだよなぁ。10kmほどのトンネルをくぐると天候が全く異なることがたまにある。
酷い雨の時は、引き返すことになるんだけど、それほどでもない時にはそのままデンバーに向かう事になる。
雨が降っても良いように、トロッコには簡単な屋根があるんだが、帆布を縫い合わせただけの代物だ。横殴りの雨が防げるように帆布製の幕を下ろせるようにしてあるから、最初汲み上げた時には運動会のテントをトロッコに乗せたんじゃないかと思ったぐらいだ。
6月最初のデンバー行きは、トンネルの出口で急遽テントを作ることになってしまった。
「デンバーの空は何時でも青空だと言ってた奴がいたなぁ」
「直ぐに止むってことだよ。それにデンバーの初夏は雨が多いとも言われているよ」
「雨は好きには慣れないね。俺も早く晴れてくれることを祈るよ」
いつもなら解放感あふれるトロッコなんだけど、今日はテントの中みたいなものだからなぁ。タバコを楽しむわけにもいかず、ガムを噛みながら時間を潰す。
今日はテリーさんとニックさんがハンヴィーを運転しているから、エディも俺達と一緒にトロッコの乗客になっている。
「前回は貯水池まで進んだから、今回はその先になるんだろうな。統率型ゾンビは見つからなかったようだから、あの辺りにはもういないんじゃないか?」
「その方が助かるよ。だけど油断は出来ないんだよなぁ。あの先は工場が沢山あるようだから、ゾンビ騒動の頃にはたくさん働いていた人がいると思うんだよね」
ひょっとしたら住宅街よりゾンビの数が多いかもしれない。
前回確認できなかったからと言って、安心するのはもっての外だろう。
「もう直ぐ、大曲だな。この辺りならデンバーの遠景を見られるんだけど、今日は無理だな」
「視程は数kmも無いんじゃないかな。テリーさんもいつもより速度を落としてるようだ」
いつもならこの辺りで休憩を取るんだけど、今日はもう少し先に向かうようだな。
速度を落としているから時間調整をしているのかもしれない。
ようやくトロッコが停止した場所は、北の住宅街に直ぐ傍だった。
雨もいつの間にか上がったようだ。トロッコを降りて、先ずはタバコに火を点ける。
「30分間休憩を取るぞ。パット! コーヒーを沸かしてくれ」
ウイル小父さんの大声に、客車から顔を出したパットが手を振って応えている。
ガスコンロが付いているからなぁ。直ぐにコーヒーが飲めそうだ。
「火事日和ではないな。早く晴れて、風が欲しいところだ」
「ランタンはいつも通り4つでしょう? 燃え残りは俺達が炸裂焼夷弾を撃ち込みますよ」
「それで行くしかなさそうだ。もっとも私達は放火が目的ではないからな。あくまで線路際の見通しを良くするためと、ゾンビの数を減らすために行う措置だ」
目的と手段を間違えるな、と言うことなんだろう。
レディさんの話は分かりずらい時もあるんだよなぁ。
七海さんがコーヒーの入ったポットを持って現れた。バッグの中からシェラカップを取り出して半分ほど注いで貰う。
ポケットからプラスチックの小箱を取り出し、中に入れておいた角砂糖を1つ手に取りシェラカップへと落とす。熱いコーヒーだから直ぐに溶けるだろう。
「それにしても……、今回はイエローボーイを持って来たのか!」
「こっちの方が当たるような気がしましたので。銃弾は弾薬ポーチに30発、腰のバッグに24発持ってますよ。客車の棚に24発入りの小箱を5個用意して置きました」
「あまり銃弾は使わんからな。HK69の使用がそれだけ多いということになるんだろう。それに、ゾンビ相手の銃撃があれから少なくなった」
確かに少なくなった。今回はジムベイカー貯水池を越えて、クリアークリークの駅まで足を延ばすとのことだ。小さな無人駅の北側には駐車場があり、駅までは長い階段を上がって来ることになる。2階建て程の壁だからなぁ。階段に数人配置するだけでゾンビを阻止できそうだ。
南側には大きな工場があるんだが、駅まで昇る階段は無い。
コーヒーを飲み終えたところで、ヘルメットを装着する。
スイッチを入れると、ゾンビの声が聞こえてきた。いつ聞いてもコオロギだよなぁ。
ニックも試してみたんだけど、5分も経たずに外したからね。「ノイズを長時間聴かされるのは拷問と同じだよ!」なんて言ってるんだよなぁ。
「聞こえるか?」
「ええ、まだ線路沿いにはいるようですね。だいぶ掃討したんですが、外からやって来るのかもしれません」
「完全に掃討することは無理と言う事か……。それでも、姿を現すことが少なくなれば効果があったということになるのだろう」
「集団化していないようですね。集まっても数体と言うところでしょう。今のところ異常なしです」
「全く、良い子供を奴は託してくれたものだよ。姿が見えなければいないと判断してしまいそうだが、そうではないと教えてくれるんだからなぁ」
ハンヴィーの荷台からウイル小父さんが降りて来て、タバコに火を点けた。
俺にもタバコの箱を向けてくれたので、軽く頭を下げて1本抜きとるとレディさんまで手を伸ばして1本抜きとっている。
ジッポーで火を点けると、レディさんのタバコにも火を点けてあげた。
アメリカでは女性は色々と特権があるみたいだな。
ニック達が教えてはくれるんだけど、たまに日本流に行動してしまって注意されることがあるんだよね。
「雨も止んだし、だいぶ青空が広がってきた。このまま行けば昼ごろにはクリアークリークの駅に到着できるだろう」
「あの駅で仕掛けるんだな?」
「直ぐ東が、大きな三角地帯だからな。三角地帯を取り巻く住宅街や工場群にジャックやランタンを運ばねば安心できん。今回はフッドも3個運んで来た。あのまま倉庫に置くのももったいないだろう」
ゾンビへの効果はそれなりだけど、破壊力はあるってことだろう。
少しは効果が上がるかもしれないということで、ガソリンを入れたペットボトルを3個程縛り着けるらしい。上手く行くと良いんだけどね。
「上の道路がブルーバードだな。この先が貯水池だから、踏切を2つ過ぎればクリアークリーク駅だ」
ニックの話によれば15分ほどらしい。
到着したなら、周囲の状況監視ということになるんだろう。
イエローボーイを手にして、いつでもトロッコを下りられるようにして待つことにした。
どこかで見たような無人駅でトロッコが停止する。
プラットホームだけだからね。屋根の下にはベンチがあるけど、周囲には壁が無いからなぁ。雨が降る時には濡れてしまいそうだ。
直ぐにトロッコから降りて、東西南北を確認する。
さすがに北側の駐車場にはゾンビが数体うろついている。20台ほど止めてある車からの反応はないから、あの数体を始末するだけで駐車場まで降りて行けそうだ。
東の線路の先は少し騒がしいけど、声の大きさはかなり小さい。線路上ではなく高架下の
建物や通りから聞こえて来るのかもしれない。
南の工場からはかなり聞こえて来るが。土手にはゾンビの姿が無いから建物の中にいるのだろう。
ハンヴィーに戻ろうとする俺の上をドローンが飛んでいく。
さっそく始めたみたいだな。客車の七海さん達は忙しそうだ。
「どうだった?」
「それなりにいますね。駅に北にある駐車場に徘徊しているゾンビが数体。車の中にはいないようです。東は騒がしいですけど、距離があります。線路上ではなく高架下の通りからだと推測します。南の工場もしくは倉庫かもしれませんがかなり入ってますよ。ですが土手近くにはゾンビの姿はありませんでした」
「バリー、北と南に人員を配置してくれ。南の工場には帰投時にたっぷりとグレネード弾を撃ち込めば良いだろう。北のゾンビは可能なら倒してくれ。サプレッサーを付けてくれよ」
「了解だ。西と東はどうする?」
「マリアン達を配置する。エディとニックも借りるぞ」
数人ずつの班が作られ、直ぐに監視が強化された。
残ったのはウイル小父さんとエンリケさん、それに俺とレディさんの4人になる。
「クリスがランタンとフッドを仕掛け始めた。終わり次第ジャックを仕掛ける。場所は予定位置で問題あるまい。パットが統括型ゾンビの捜索を始めたが見つからなければ迫撃砲弾をどこかに落としたいところだな。ナナは高度を上げて、三角部周辺の偵察を先行している。状況が分かったなら、この駅の上空で待機させるつもりだ。サミーは適当に歩き回りながら、監視している連中に状況を教えてやってくれ。トランシーバーを渡すから、電源は入れとくんだぞ」
ゾンビの分布に変化がないことを確認すれば良いという事らしい。
先行偵察が終われば七海さんが上空にドローンを移動してくるだろうから、その間の保険のような存在になるのかな。
レディさんからトランシーバーを受け取ったところで「出掛けてきます!」とトロッコから降りる。
先ずは北だな。たぶんゾンビを狙撃するだろうから、その後にゾンビが駐車場にいないことを確認できるはずだ。
北の駐車場をプラットホームから見下ろしていたのは、マリアンさん達だった。
隣に立って駐車場を眺めると、すでにゾンビが倒れていた。
ヘルメットのスイッチを入れると……、駐車場からの声は無いみたいだな。遠くが騒がしいのは仕方がないところだけど、駐射場に入る道路にゾンビが見えないなら問題は無いだろう。
「片付けましたね。駐車場の車にゾンビはいないようです。遠くにはいるようですから、注射場に入ってきたら順次片付ければ問題は無いと思いますよ」
「その変わったヘルメットで聞いたの? なら少しは安心できそうね。ジュリー! コーヒーでも飲みながら監視してようよ」
東西に2つある階段はロープで簡単な柵を作ってあった。マリアンさん達なら安心して任せられそうだな。
東はエディとライルお爺さんがハンヴィーの中から監視していた。銃座にはニックさんが東を双眼鏡で眺めている。
「やはり聞こえるのかい?」
「ああ、だけどかなり遠くからだよ。線路上にはいないと思うんだ。高架下の通りじゃないかと思っているんだけど」
エディの問いに答えると、ライルお爺さんと一緒になって笑みを浮かべている。
「それじゃあ、双眼鏡で見てる必要は無さそうだな。ここまで来たのは今回が初めてだ。結構緊張してたんだけどなぁ」
「もう直ぐ三角地帯の偵察を終えたドローンが帰って来るはずです。やはり上空監視があると安心できますからね」
「全くだな。パットも頑張ってるぞ。北の住宅地帯を通りに沿って調べているみたいだからな」
見つかれば良いんだけどねぇ……。少なくともデンバー全体では数百体は存在するんじゃないかな。知恵を付ける前に倒しておきたい相手だ。
エディに手を振って南に向かった。ベントンさんとケントさんがゆっくりと歩きながら土手を眺めている。
M16は肩に掛けたままだから、今のところは問題ないということなんだろう。
「やはり見えませんか?」
「全く姿を見せないんだが、何か嫌な感じがするんだよなぁ」
「土手の向こうの工場みたいな建物に沢山いるからですよ。かなり煩い声が聞こえてきますからね。最初確認した時と大きな変化はありませんから、あの建物に閉じ込められているんじゃないでしょうか」
「そういう事か! ありがとう。となると、この駅を去る時にはたっぷりとグレネード弾をプレゼントしないといけないな。……お~い! ケント……」
状況を教えてあげるみたいだな。2人に手を振るとウイル小父さん達の所に向かう。
何かあるかもしれないからね。




