H-010 先ずは状況確認から
軽い食事を取ったところでこれから暮らす部屋に案内して貰った。
ログハウスの山小屋は、1階がリビングに台所とサニタリーそれに寝室が1つらしい。俺達は2階の部屋になる。リビングから階段を上ると、奥に向かって左右に3つずつ部屋が並んでいた。通路の奥には急なハシゴがあるようだから、屋根裏部屋もあるのだろう。無理なく20人以上が暮らせるんじゃないかな。
「ここだ。俺達は01を使う。中は2段ベッドが2つにロッカーが1つ、それにテーブルが1つだ。冬はかなり寒いから覚悟しとくんだぞ」
俺達が02を使って女性達は03を使うようだ。
さっそく中に入ってみると、木製の2段ベッドが2つ左右に並んでいる。奥にあるのはテーブルだな。椅子が2個置いてある。丁度テーブルの少し上に50cm四方の窓があった。
「マットに毛布が1枚。シュラフがあるところを見ると、冬はかなり寒そうだ」
「これって暖房器具だよね? 蒸気で暖房するんだろうか?」
「蒸気か温水だろうな。少なくとも凍死することは無さそうだ」
どう考えてもこの山小屋の立地場所は標高2000m位ありそうだ。冬の外気はマイナス10度を下回るんじゃないか?
一応、冬の衣服も持っては来たけれど、クリスやナナ達はパットの服を着ることになるんだろう。
早めに準備をしておかないといけないのかもしれない。
2段ベッドの下を2人が使うことになったので、俺はニックのベッドの上を使うことにした。両脇に30cmほどの高さの柵が付いているから、落ちることは無いだろう。
木製のロッカーがあったから、銃と装備ベルトをその中に仕舞いこんだ。
身軽になったところで、部屋の明かりを暗くする。この部屋の明かりもLEDライトのようだな。見掛けは石油ランプなんだけどね。
毛布をかぶって横になると直ぐに睡魔が襲ってくる。
この辺りにゾンビはいないようだけど、町はどうなんだろう。
落ち着いたら、皆で探検に行ってみるしかなさそうだ。
翌朝。いつも通りに起きて身支度を整える。
早めにリュックを運んで来ないといけないだろう。衣服を着替えたいし、洗濯だって必要だ。
3人で顔を洗うと、ログハウスのリビングに向かう。奥からパット達の話声が聞こえてくるから、小母さん達と一緒に朝食を作っているに違いない。
薪ストーブの傍にウイル小父さん達が座っていた。俺達を手招きして空いているベンチに座らせると、俺達に話を始めた。
「とりあえずは安心できそうだ。もう直ぐ夏が終わり短い秋が来る。本当なら狩のシーズンなんだが、そうもいくまい。さらに安全に暮らすために手伝ってくれ」
俺達が頷くのを見て、笑みを浮かべると役割分担を教えて貰った。
俺は無線機でウイル小父さんの友人達からの通信を傍受するのが担当だ。聞き取りながらメモにするのは大変だからナナに手伝って貰おう。
ウイル小父さん達は、町に行って不足している物を探すそうだ。ついでに町のゾンビの状況も確認してくるらしい。
「上手く行けば小型の車を見付けられるだろう。町へ向かうのにハマーを毎回使うんでは燃料がいくらあっても足りないからなぁ」
「スズキの四駆が良いぞ。故障知らずで、燃費はハマーの数倍は良いからなぁ」
日本車で四駆が狙いどころではあるんだが、果たしてあるかどうか」
お爺さんは山小屋へ至る道の監視と、ラジオの情報を集めるとのことだった。さすがにここにはテレビは無いようだ。
「朝食が済んだら出発する。ハマーの無線機ならこのトランシーバーで連絡が取れる。電源を入れっぱなしにしておいてくれ」
「了解です。ところで、あそこに扉があるんですが、開けると外に出られるんですか?」
「俺が指さした扉を見て、ウイル小父さんが笑みを浮かべる。
「出られるぞ。だが冬場は外から板で塞ぐことになる。積雪が俺の腰を越えるからなぁ」
思わず俺達が顔を見合わせるのは仕方がないことだろう。バレナム市の積雪は30cmぐらいだからね。
だけど考えようによっては、ゾンビも身動きがとれないってことになるんじゃないかな?
町にゾンビがいたとしても、元々人口の少ない町だから俺達で掃討できそうだ。
それが可能なら、ここはアメリカで一番安全な場所になるのかもしれない。
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ウイル小父さん達は、アメリカに事ある時に私設部隊として活動することを目的とした協会の一員らしい。
冷戦時代に、そんな協会がいくつも作られたようだ。
さすがに現在では当初の目的を忘れて、一緒に楽しむのが目的になってしまった協会もあるみたいだな。
ウイル小父さん達の協会は元海兵隊の仲間が集まっていると言っていたけど、その拠点はこの山小屋だけではないらしい。なるべく辺鄙な場所を選んで拠点を構えたらしいから、ここにやって来られずとも他の拠点に避難しているならと安心しているようだ。
「拠点間の連絡周波数は34.5MHzだ。モールスで行うぞ。この拠点のコールサインは『MR』 になる。もし通信ができる状況であれば、この伝文を送信してくれ」
ウイル小父さんから渡されたメモには『MR―WE&RM+11』と書かれている。ライル爺さん夫婦とウイル小父さん家族それに俺達ってことだろう。
朝食はポトフのような野菜スープにベーコンとスクランブルエッグを挟んだパンだった。今朝は涼しいぐらいだからこれはありがたい。
朝食を終えると、ウイル小父さんはエディとニックを連れて出掛けて行った。
俺はリビングの片隅にある通信機が並んだテーブルに着く。
隣にナナが座る。
小母さんが「頑張ってね!」と言ってコーヒーのマグカップとクッキーを置いてくれたけど、こんな生活を続けていたらメタボになってしまうんじゃないかな?
「パット達はなにをするんだろう?」
「掃除をするみたい。部屋が結構あるのよね」
キャシイお婆さんは、薪ストーブに大きな鍋を載せ終えると、ライルお爺さんの隣で編み物を始めた。
その隣の椅子が空いているけど、たぶんメイ小母さんがそこに座って一緒に編み物を始めるんじゃないかな。
そういえば、リビングの真ん中に置いてあるテーブルは円形なんだよなぁ。
テーブルの3mほど上に、直径3mほどの傘がある。傘の中央は天井に向かう銅板で作られた煙突と結ばれているから、厳冬期には、もう1つ薪ストーブを使うんだろうか?
ライルお爺さんのところにある薪ストーブだけで暖を取るには、ちょっと心元ないからね。
さて、通信機の電源を入れてウオッチを始めよう。
周波数を合わせると、直ぐにモールス信号音が聞こえてくる。
「このトランシーバーはウイル小父さん達と繋がってるんだ。何かあれば連絡が入るよ」
「オリーさんも同行してるんです。ドラッグストアに行きたいと言ってました」
救急医療チームに所属していたらしいからなぁ。それに医者がいないから何かあればオリーさん頼みになりそうだ。
この通信機に付属しているこのディスプレイは……。
表示を見るとモールス信号のデコーダーらしい。スイッチを入れると、直ぐに解読されて英数字が左に流れていく。
「これならナナにも分かるんじゃないかな。モールス信号を解読して表示するからね」
素早くメモに書きとっているけど、それを見てがっかりした表情をしている。
モールスでの通信はかなり符丁が入っている。それが分からないと何のことだかさっぱりだ。ウイル小父さんが送ってくれたモールスは平文だったけど、これは確かに分かり辛い。
『SR―KL&LL&OH+19』なるほど、何のことか分からないだろうな。
「出掛ける前にこれを受け取ったんだ。もしコールがあれば応答して欲しいと言われたんだけど」
メモをナナに見せると、目を丸くしている。
「これって、ここに到着した家族と人数を知らせる物だったんですか!」
「たぶんそうだろうね。SRがどこにあるのか分からないけど、これでも仲間内なら十分に伝わるよ。もし『TO MR』の表示が出てきたら、ここへの呼び出しだから、俺が返信する」
デコーダーがあると便利に使えるな。
出来ればパソコンを繋いでキーボードによる通信を行いたいけど、そこは元軍隊ってことで可能な限りシンプルに無線機を構成しているみたいだ。
10分ほどの間を取って、4つの局が送信しているようだ。ウイル小父さんから預かった通信文を送信しても良いんだろうけど、送信はウイル小父さんの許可が下りてからにしよう。
ちょっと外に出てみようかな。
通信機をナナに任せると、リビングの扉を開けて外に出る。山小屋の南側が大きな広場になっていた。西には湖が広がっているし、東はロッキーの峰がいくつも連なっている。
少し周囲を歩いてみて分ったのは、岬の幅がそれほど広くないということだった。200mは無いんじゃないかな?
国道から1本道でここに来ているから、ライルお爺さんが薪ストーブ傍の椅子に座っていても十分に見張ることができるに違いない。
湖に突き出した岬のこんもりと膨らんだ地形を上手く使って駐車場と倉庫を兼ねるトンネルを作ったんだろうな。
広場の外れにある一本道から眺めると、少し大きなログハウスが見えるだけだ。この辺りには別荘が沢山ありそうだから、上手く存在を隠してくれるに違いない。
湖は人造湖らしいけど、大型のマスがいるとニックが教えてくれた。
時間が空いたら、ルアーを試してみるか。車庫にいくつか釣竿が並んでいたし、カヌーも用意してあった。
湖を眺めながら、釣り場をどこにするか悩みながら一服を楽しむ。
本当なら、そんなキャンプで訪れたい場所なんだけどね……。
リビングに戻ると、キャシイお婆さんがコーヒーを淹れてくれた。
インスタントではないコーヒーは苦みの中に酸味がある。だけど俺は……、砂糖を2つ入れて飲みだしたから、皆が驚いているんだよなぁ。
「サミーよ。コーヒーはブラックじゃぞ」
「また、そんな自論ばかり……。でも、ミルクは必要だと思ってるわよ」
コーヒーの飲み方には結構拘る人が多いからね。
甘いコーヒー以外は認めない主義だけど、それを他に広めることは無い。
俺だけの美味しいコーヒーの飲み方だからね。
「サミー、ちょっと来てくれない! これって、ここへの呼び掛けよね?」
「どれどれ……。ああ、そうだね。どこからかな? MMがコードネームだけど……」
モリイが素早く書き取った内容は『MM TO MR R80 WS ST』それだけだ。
メモを持って薪ストーブ傍の椅子に腰を下ろすとタバコに火を点ける。
隣に座っていたライルお爺さんが身を乗り出して俺の手元のメモを覗き込んだ。
「ほう……。マイヤー達は来られんか。高速80号線はシャイアンで閉鎖されたようだな」
「あらまあ……。エメルに会えると思ってたんですけどねぇ。そうなると……」
「たぶんモンタナに向かうじゃろう。そう簡単にくたばるようなやつじゃないからなぁ」
そうですね、と言いながら2人で笑い声をあげている。
お爺さんの古い友人らしい。
とはいえ、ワイオミング州にまで影響が広がっているということになりそうだ。これは長引くんじゃないかな?
12時少し前にニックから通信が届いた。
少し遅れるけど、14時を回ることは無いとのことだ。
あちこちの店を巡っているに違いない。ハマーの荷台は既に満載なんじゃないか。