ロクサーヌ(6)
あれは、本当に夢だったのかしら……?
なんとなく腑に落ちない気分で、学園に登校する。
ぼんやりしていたせいだろうか。
角を曲がった途端、誰かにぶつかった。
「きゃっ!」
わたくしは腕が当たっただけだったけれど、相手はそうではなかったらしい。悲鳴を上げて尻餅をつく。相手の教科書がばさばさと散らばった。
「あ……」
手を差し出し、ごめんなさい、大丈夫ですかと言いかけて───わたくしは硬直した。
リゼット。
わたくしの前で尻餅をついているのは、ヒロインのリゼットだ。
「まあ!みっともないですわね。あなた、きちんと前を向いて歩いていらっしゃったの?ロクサーヌ様に無礼だわ、謝りなさい」
すぐそばにいた……オレリー様(オレリー・モラン侯爵令嬢)がぴしりとリゼットに言う。オレリー様の後ろには、ジャクリーン・フォンテーヌ公爵令嬢。綺麗にカールされた美しい金髪を指先で弄びながら、蔑んだ眼差しでリゼットを見下ろしている。
ああああ……これ、まるで3人がかりでリゼットを虐めている図に見えるのではなくて?
リゼットに手を伸ばしたまま、オレリー様とジャクリーン様に何と言うべきか悩んでいたら、この場に一番来て欲しくない方が登場した。
そう、マティアス様だ。横にはご友人のヒューゴ・ベルトラン様がいる。マティアス様の幼馴染みで、筆頭王宮魔術師の息子。彼もリゼットの攻略対象者の一人だ。
「廊下で固まって何をしている?」
はあ~……、わたくしの計画は全然うまくいかないのに、ゲーム上のイベントは着々と進行するのね。これが噂に聞くゲームの強制力ってわけ?
わたくしが弁解する暇も謝る隙もなく、リゼットは教科書を拾い集め、さっと去ってしまった。
それを見て、オレリー様がマティアス様にわざとリゼットがぶつかってきたとか何とか言ってる。
マティアス様の静かな翠石色の瞳が問うようにこちらを向いた。いつもは冷ややかな視線が、今日は熱が籠っているように感じる。
その視線に昨夜の出来事を思い出して、わたくしは背筋がすーっと冷えた。
……やっぱり夢、じゃ、ないかも。
ダメだわ、マティアス様と目を合わせられない。
わたくしは黙って頭を下げ、そそくさとその場から離れた。この対応が良くないことは分かっている。分かっているけれど、他にどうしたら良いか、まったく思い付かなかったのだ。
何か問いたそうなマティアス様を必死に避けること1週間。
その間、わたくしは何故かリゼットと接触しまくった。
薬草学の授業では、出来上がった解毒薬を先生に見せに行くとき、リゼットがわたくしの目の前で勝手に転び、彼女の解毒薬瓶が粉々に。
普段、昼食は自分で作ったサンドイッチを中庭のベンチで食べることが多いのだけれど、たまたま食堂へ行ってみれば……お盆の上のコップが倒れて、近くの席に座っていたリゼットを水浸しにしたり。
破けた教科書を拾ったら、なんとリゼットのものだったというのもあったっけ。
そして、恐ろしいまでに、その全てをマティアス様に目撃されるのだ。
これはもう、わたくしを陥れる企みとしか思えない。
そんなわけで、最近はどこを歩くのも気が抜けなくなっていた。特に階段は怖い。うっかりリゼットと遭遇したら、勝手に彼女が転がり落ちる気がする。
だけど今日は、運良くリゼットにエンカウントせずに済み、ホッとしながら部屋に戻った。
「……今日は無事に過ごせたわ。良かった~」
思わずホッとして笑顔になったが───室内に信じられない人物を見つけて、わたくしのノドはヒュッと鳴った。
「……マティアス様」
「ずっと避けられるから、部屋まで来てしまった」
勉強机の椅子に腰かけていたマティアス様は立ち上がり、わたくしのそばに来る。
スッと右手が伸びてきて、硬直しているわたくしの髪を一房、すくいあげた。
「夜中に俺の部屋へ来たんだ。俺だって、君の部屋に来ても問題はないだろう?」
…………ひぃぃぃ。
やっぱり、夢じゃなかったぁぁぁ。
身内に不幸があり、ちょっと予定していた書き物をする時間がなくなりました…。
途中まで書いているのですが、更新が少し滞りそうです。ごめんなさい。