マティアス(3)
ロクサーヌのこと考えてばかりいるからだろうか。
夜、妙な気配を感じて目が覚めたら、目の前にロクサーヌがいた。
───しかも、ネグリジェ姿。
広い襟ぐりから扇情的な白い胸元が覗き見える。
思わず、息を飲んだ。
ヒューゴが邪なことを言うから、もしや俺の妄想が変な形で具現化したのか?!いや、そんなハズが……!
「……ロクサーヌ?」
「……はい」
「……何故、ここに?」
幻か?本物か?
混乱しながら問うたら、ロクサーヌの頬がうっすらと赤くなった。それが見る間に全体に広がる。ぷるぷると唇が震えた。
……いや、これ、幻じゃないだろ。ここまで鮮明な幻なんか、あるものか。
では、ロクサーヌが俺の部屋に?一体、なんのために?そして、何をしに?
だが、廊下で足音がした。寮監だ。
ロクサーヌにも聞こえたのだろう、ハッと顔色が変わる。
ヤバい。
いくら婚約者とはいえ、学生の身でこれはヤバい。全身から血の気が引いて、慌ててロクサーヌを布団の中に引っ張りこんだ。
寮監から見えないよう、扉に背を向けてロクサーヌを抱え込む。
「マ、マティアス様……」
「静かに!」
冷や汗が出る。
ロクサーヌがこれ以上しゃべらないよう、口を塞ぐ。
足音が部屋の前で止まった。
非常に危機的状況だ。だが……ロクサーヌの体は、信じられないほど柔らかで……いい匂いがする。頭がクラクラしてきた。なんだ、これは。
───部屋の扉が開く。
そして、すぐに閉まる。
よし。助かった。
ロクサーヌもホッと息を吐く。掌にその息を感じた瞬間、俺は思わずロクサーヌを強く抱き締めた。
甘い香りが広がり、頭の奥が痺れる。
ロクサーヌ……!
俺の腕の中から抜け出そうともがく彼女に「暴れるな」と囁いて、堪らずその可愛らしい耳に齧りつく。
ビクン。
全身を硬直させたロクサーヌは……すぐにくたりと力を失った。
ッ?!?!!
気を失ったロクサーヌを前に、途方に暮れた俺は……不本意ながらもヒューゴに助けを求めた。
頼れそうな相手として思い浮かぶのがコイツだけというのは、情けない話である。
ヒューゴには詳しいことを何も言わず、とにかく俺の部屋まで来させた。眠いんだよぉと文句を言いながら付いてきたヒューゴは、ベッドで眠るロクサーヌを見て愕然と俺を振り返った。
「お前……ヤッちゃったの?!」
「下品な発想をするな」
「えと……じゃあ状況がさっぱり理解できないんだけど」
「俺もまったく分からん。ただ、このままではヤバいことだけ分かるから、お前を呼んだんだ」
「……僕を巻き込むなよぉ」
ヒューゴは頭を抱え込む。
珍しい光景に、こんなときだが少し笑ってしまった。
ヒューゴは部屋の真ん中で頭を抱えたまま、しばらくぶつぶつと言葉にならない言葉を呟く。思考が高速回転しているときのコイツのクセだ。
これなら、何か使える案を出してくれそうだ。
ホッとしていたら、やがてぶつぶつが止まった。
「……女子寮の妹に連絡を取る。裏口を開けてもらおう。マティアス、黒のローブでなるべく目立たないようにして、彼女を運べ」
「分かった」
寮監は一度見回ったら、もう来ない。安心して外へ出られる。
ヒューゴの二つ年下の妹、ルイーズに女子寮の裏口を開けてもらい、ロクサーヌの部屋へ。
運ぶ間、あまりにロクサーヌが軽いので、ちゃんと食事をしているのか心配になる。そういえば、食堂で見かけることはほとんど無いな。どこで、何を食べているんだろう?
それと、顔色がやや悪いことも気になった。
だが、ベッドに寝かせて、すぐに男子寮へ戻る。誰かに見られるわけにはいかない。
女子寮を案内してくれたルイーズは問いたげな目をしていたが、あえて無言を貫いた。大体、俺に何が言えるというんだ?
しかし部屋に戻ると、それまで黙って付き従っていたヒューゴが口を開いた。
「で、詳しい説明をして欲しいんだけど」
まあ、そりゃそうだよな。
正直、俺も詳しい説明が欲しいところだ。
「……人の気配に目覚めたら、ロクサーヌがいた。そのとき、タイミング悪く寮監の来る足音がしたから、とりあえず彼女を布団の中に押し込んだ。で、寮監が去ったと思ったら、ロクサーヌが気を失っていたというわけだ」
気を失ったのは、たぶん、俺が耳を噛んだせいだが。
ヒューゴは顔を歪めた。
「……ぜんっぜん意味が分からない。え?君の婚約者が夜這いに来たってこと?」
「それはないだろう」
目があった途端、真っ赤になって逃げたし、耳を噛んだら気を失うし。
「そもそも、どうやって男子寮へ?」
「俺に分かるか。……明日、ロクサーヌに聞いてみる」
「うん、まあ……そうだね。本人に聞かないとサッパリだ……」
───だが、その後、俺はロクサーヌに避けられまくることになる。