マティアス(2)
「ロクサーヌが可愛い」
夕食時に、幼馴染で悪友のヒューゴにそう言ったら、ヤツはゴホゴホとむせた。
「はあ?お前、何言ってんの」
「今日、ロクサーヌとデートしたんだ。あいつ、思っていたより表情豊かだな。そして何より可愛い」
「…………媚薬でも飲まされたか?女嫌いのマティアスがそんなこと言い出すなんて」
道端のゴミでも見るみたいに、眉をしかめる。相変わらず失礼なヤツだ。
「てゆーか、ロクサーヌは可愛いというより美人だろ。それに、イイ身体をしてる。その点に関してはお前が羨ましい」
「は?何を言ってるんだ?」
「胸!大きいじゃん、彼女。腰もきゅっとしてるし。でも、華奢で折れそうな感じもある。学園で一番、そそるよな~」
急にカッと頭の中が熱くなった。
即座に手を伸ばしてヒューゴの襟元を掴み、締め上げる。
「そういう、不埒な目で人の婚約者を見るな」
「ま、待て、マティアス。落ち着け。お前、今日は絶対、変だぞ」
「お前の方が問題だ。今まで、そういうヤラしい目でロクサーヌを見ていたのか?」
「ちょ、ちょっと待てってば。僕は、お前の婚約者を誉めただけだ。な?な?」
周りがざわざわし始めた。
それに気付き、俺はゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
確かにヒューゴの言う通りだ。ちょっと俺は変かも知れない。こんな急激に頭に血を上らせるなんて。
「……すまん」
「いいよ、僕も君の婚約者に対して失礼なことを言った。まあでも……マティアスが女性の苦手意識を改善したなら、めでたいことだ。男色じゃないかと言われていたからな。相手として疑われる僕が大迷惑だ」
男色?!
しかも相手がヒューゴ?
……それは死ぬほどイヤだ。たとえコイツが女に生まれ変わったとしても、俺は絶対に選ばない。
それから俺は、気が付けばロクサーヌを目で追うようになっていた。
ずっと、無表情で感情のない人形だと思っていたが……全然、そうではない。
分かりにくいが、コロコロと表情が変わる。すぐに感激したり、ショックを受けたり、落ち込んだりする性格のようだ。
授業中は、いつも凛と背筋を伸ばしていて美しい。そして、歴史の授業が一番好きらしい。始まる前から目がキラキラしている。
しかし、戦争の話や処刑された罪人の話になると、途端に眉が下がってしまう。少し肩も落ちるので、こういう話は嫌いらしい。
数学は得意でないのだろう。わずかに眉間に力が入る。
そうそう、渡り廊下を歩いているときに、一瞬、ピクリとして端へ寄ったから何かと思ったら……廊下近くの植え込みに毛虫がいた。そうか、虫が苦手なんだな。
「いやもう気持ち悪いって、マティアス。婚約者、見過ぎ」
ある日、とうとうヒューゴにそう言われてしまった。
さすがに俺もその自覚はあるので、少し自重しようと思う。
とりあえず、もう一度、デートへ行きたい。劇を見てみるのもいいかも知れない。劇中、ロクサーヌがどんな反応をするか、楽しみだ。